ハッタリ
公開 2026/01/09 18:45
最終更新
-
自分はいわゆる「大学デビュー」に成功した部類の人間だと思う。
高校までは人から「かわいい」と言われるのはせいぜい仲の良い女子までであって、クラスで目立つタイプとかでは勿論なかった。
小学校から高校までずっと男女比半々くらいの共学だったのに、男子ともろくに話したことがなかった。
自分から話しかけてもいいかわからなかったし、向こうから話しかけられることもなかった。
そもそも容姿どうこうの前にかなり大人しい生徒でもあった。
それが大学に入った途端、入ったサークル内で「かわいい子」というポジションに収まった。
単なる後輩としての「かわいい」を向けてくれる女性の先輩だけでなく、まだ仲良くなっていない同期からもそういう扱いを受けるし、男性が普通に面と向かって「かわいい」という単語を発してくるのに非常に驚いた。
今までとは明らかに違う扱いを受けているっぽいことは入学早々なんとなく実感していた。
「人から『かわいい』と褒められた経験のある女の子」と、「所属集団内で『かわいい子』というポジションにいる女の子」の違いは、かつて女子であった者なら理解できるんじゃなかろうか。
大学デビューとは言っても、容姿が別人レベルに様変わりしたわけではない。
当たり前だが高校卒業と同時に美容整形をしたとかではないし、体重を100kgから50kgまでに落とす過酷なダイエットに成功したとかでもない。
変わったことといえば、メイクをするようになったのと、あとは私服で生活するようになりみんな同じ制服を着ていた頃に比べるとセルフプロデュースをしやすくなったことだろうか。
制服よりも人となりが想像しやすい格好と言うのか。
そのように変化というと取り外し可能なものばかりだったので、すっぴんで部屋着姿とかなら高校生の頃と大して変わらない見た目だったんじゃないかと思う。
でも、すっぴんで部屋着姿になる合宿を経てもなお、自分の「『かわいい子』というポジション」は変わらなかった。
一度そのポジションに収まったからだ。
それが両者の違いである。
何が言いたいかというと、人のルックスや外見から受ける性的魅力というのはハッタリによるものも大きいんじゃないだろうかということだ。
同じ人間が同じ店にバッチリお洒落して行ったときとすっぴんダル着で行ったときとで、受ける扱いが全然違ったみたいな話はよく聞くが、多分それと同じようなことが自分の大学入学時に起こったものと思われる。
もし自分がメイクせず髪も整えず、スウェットとかでサークルに毎回顔を出していたら、あのような扱いは受けなかったに違いない。
まあ当たり前なんだけど。
当たり前だけど、でも、同じ人なのにな〜不思議だ!とも思う。
大学デビューという言葉は使ったが、当時の自分の認識としては大学デビューをめちゃくちゃ意識していたわけではない。
なんとなく普通に、「大学生になったらメイクするんだろうな」と思って友達にメイクを教わり、「大学生は私服で学校に行くんだよな」と思って春休みに服を買いに行った。
ものすごい大変身をしてやるぞ!と思った記憶は全然なかった。
だから何ていうか、「え、こんなことで(笑)」と思った。
自分が思っていたより人間社会のルールって単純なのかもしれない、みたいな。
それまで気付かなかったのもちょっとアレなんだけど、人って喋らなくてもその場にいるだけで印象が勝手についていくんだってことにやっと気付けた。
きれいな服を着ていればきちんとした人だと勝手に見做されるし、メイクをしていればお洒落に関心のある人だと勝手に見做されるし。
すごく生きやすくなった気がした。
無理に喋らなくても人となりってある程度演出できるんだな〜みたいな。
だから自分は割と、お洒落に関するものに助けられていると思う。
校則ガチガチだった中学生の頃とかと比べて生きやすさが全然違う。
眉毛を剃ってはいけないって校則があったんだけど、眉毛がボサボサのまま過ごして「眉毛太い子」みたいに思われるのが嫌だったタイプ。
ほんとはきれいにしたいのにって。
大人は好きな格好ができるからいいですね。
子どもに戻りたいとか全然思わないです。
高校までは人から「かわいい」と言われるのはせいぜい仲の良い女子までであって、クラスで目立つタイプとかでは勿論なかった。
小学校から高校までずっと男女比半々くらいの共学だったのに、男子ともろくに話したことがなかった。
自分から話しかけてもいいかわからなかったし、向こうから話しかけられることもなかった。
そもそも容姿どうこうの前にかなり大人しい生徒でもあった。
それが大学に入った途端、入ったサークル内で「かわいい子」というポジションに収まった。
単なる後輩としての「かわいい」を向けてくれる女性の先輩だけでなく、まだ仲良くなっていない同期からもそういう扱いを受けるし、男性が普通に面と向かって「かわいい」という単語を発してくるのに非常に驚いた。
今までとは明らかに違う扱いを受けているっぽいことは入学早々なんとなく実感していた。
「人から『かわいい』と褒められた経験のある女の子」と、「所属集団内で『かわいい子』というポジションにいる女の子」の違いは、かつて女子であった者なら理解できるんじゃなかろうか。
大学デビューとは言っても、容姿が別人レベルに様変わりしたわけではない。
当たり前だが高校卒業と同時に美容整形をしたとかではないし、体重を100kgから50kgまでに落とす過酷なダイエットに成功したとかでもない。
変わったことといえば、メイクをするようになったのと、あとは私服で生活するようになりみんな同じ制服を着ていた頃に比べるとセルフプロデュースをしやすくなったことだろうか。
制服よりも人となりが想像しやすい格好と言うのか。
そのように変化というと取り外し可能なものばかりだったので、すっぴんで部屋着姿とかなら高校生の頃と大して変わらない見た目だったんじゃないかと思う。
でも、すっぴんで部屋着姿になる合宿を経てもなお、自分の「『かわいい子』というポジション」は変わらなかった。
一度そのポジションに収まったからだ。
それが両者の違いである。
何が言いたいかというと、人のルックスや外見から受ける性的魅力というのはハッタリによるものも大きいんじゃないだろうかということだ。
同じ人間が同じ店にバッチリお洒落して行ったときとすっぴんダル着で行ったときとで、受ける扱いが全然違ったみたいな話はよく聞くが、多分それと同じようなことが自分の大学入学時に起こったものと思われる。
もし自分がメイクせず髪も整えず、スウェットとかでサークルに毎回顔を出していたら、あのような扱いは受けなかったに違いない。
まあ当たり前なんだけど。
当たり前だけど、でも、同じ人なのにな〜不思議だ!とも思う。
大学デビューという言葉は使ったが、当時の自分の認識としては大学デビューをめちゃくちゃ意識していたわけではない。
なんとなく普通に、「大学生になったらメイクするんだろうな」と思って友達にメイクを教わり、「大学生は私服で学校に行くんだよな」と思って春休みに服を買いに行った。
ものすごい大変身をしてやるぞ!と思った記憶は全然なかった。
だから何ていうか、「え、こんなことで(笑)」と思った。
自分が思っていたより人間社会のルールって単純なのかもしれない、みたいな。
それまで気付かなかったのもちょっとアレなんだけど、人って喋らなくてもその場にいるだけで印象が勝手についていくんだってことにやっと気付けた。
きれいな服を着ていればきちんとした人だと勝手に見做されるし、メイクをしていればお洒落に関心のある人だと勝手に見做されるし。
すごく生きやすくなった気がした。
無理に喋らなくても人となりってある程度演出できるんだな〜みたいな。
だから自分は割と、お洒落に関するものに助けられていると思う。
校則ガチガチだった中学生の頃とかと比べて生きやすさが全然違う。
眉毛を剃ってはいけないって校則があったんだけど、眉毛がボサボサのまま過ごして「眉毛太い子」みたいに思われるのが嫌だったタイプ。
ほんとはきれいにしたいのにって。
大人は好きな格好ができるからいいですね。
子どもに戻りたいとか全然思わないです。
