脱三日坊主
公開 2025/12/13 21:06
最終更新
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日記4記事目。
無事三日坊主にならずに済んだといえる。
とはいえ三日続けるのは自分としてはそんなに難しくない。
本当に超えるべき壁はこの先にある。
どこまで続けられるでしょうか。
この日記を付け始めて変わったことといえば、一日が経つのが以前と比べて異様に速くなったように感じることだ。
朝のんびり起きてきて、お昼を過ぎた頃になると「最後に日記書いたのってもしかして昨日……?」とやっと実感する。
特別忙しい生活は送っていないのだが、毎日ぼんやりしているとあっという間に日が暮れてしまう。(冬至も近いですし)
とはいえ書く内容に困るということは今のところない。
日記は小学生の頃にも度々書いていたが、当時は一日の長さに反して書くことがあまり思い浮かばず、一日一ページを割り当てていても3行くらいで止まってしまうことが多かった。
しかも毎日似たようなことばかり書いていたような気がする。
普通の小学生の日常にペンが止まらなくなるほどの大事件なんてそうそう起こらないのだし、また、普通の日常の中の一瞬間を取り出して矯めつ眇めつ眺めてみるなんて大人の嗜みが10歳かそこらの子どもにできるでもなし、まあ当然のことだろう。
あの頃大した日記が書けなかったことは特に恥ずかしいとも思わない。
だが、読む、書くという行為をほとんどしてこなかった中高生時代だけは、勿体なかったなあと思う。
十代のうちにもっと書く練習をしておけば……!ということでなく、多感な時期の自分の考えていたことを見返す手段がなくて惜しいなあという。
自分はあまり喋る子どもではなかったので、数少ない当時の自分を知る人に尋ねたみたところで自分が普段どんなことを考えていたのか、あまり知ることができないのだ。
寡黙すぎる人間は人の記憶に何かを残すのがとても難しい。
日記くらい残しておけばなあ。
ただ楽しいから続けるだけではあるが、この日記ももしかしたら何年か経ったら大事な存在になるのかもしれない。
無事三日坊主にならずに済んだといえる。
とはいえ三日続けるのは自分としてはそんなに難しくない。
本当に超えるべき壁はこの先にある。
どこまで続けられるでしょうか。
この日記を付け始めて変わったことといえば、一日が経つのが以前と比べて異様に速くなったように感じることだ。
朝のんびり起きてきて、お昼を過ぎた頃になると「最後に日記書いたのってもしかして昨日……?」とやっと実感する。
特別忙しい生活は送っていないのだが、毎日ぼんやりしているとあっという間に日が暮れてしまう。(冬至も近いですし)
とはいえ書く内容に困るということは今のところない。
日記は小学生の頃にも度々書いていたが、当時は一日の長さに反して書くことがあまり思い浮かばず、一日一ページを割り当てていても3行くらいで止まってしまうことが多かった。
しかも毎日似たようなことばかり書いていたような気がする。
普通の小学生の日常にペンが止まらなくなるほどの大事件なんてそうそう起こらないのだし、また、普通の日常の中の一瞬間を取り出して矯めつ眇めつ眺めてみるなんて大人の嗜みが10歳かそこらの子どもにできるでもなし、まあ当然のことだろう。
あの頃大した日記が書けなかったことは特に恥ずかしいとも思わない。
だが、読む、書くという行為をほとんどしてこなかった中高生時代だけは、勿体なかったなあと思う。
十代のうちにもっと書く練習をしておけば……!ということでなく、多感な時期の自分の考えていたことを見返す手段がなくて惜しいなあという。
自分はあまり喋る子どもではなかったので、数少ない当時の自分を知る人に尋ねたみたところで自分が普段どんなことを考えていたのか、あまり知ることができないのだ。
寡黙すぎる人間は人の記憶に何かを残すのがとても難しい。
日記くらい残しておけばなあ。
ただ楽しいから続けるだけではあるが、この日記ももしかしたら何年か経ったら大事な存在になるのかもしれない。
