おもちゃの楽器が好き
公開 2025/12/10 18:59
最終更新
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数日苦しめられていた風邪(コロナ?)がようやく和らぎ、今日は一日Youtubeで楽器の動画を見てカリンバを弾いていた。
この「楽器の動画」と称してわたしが視聴していたものとは、トイピアノ演奏動画、プラ管フルートやサックスの購入品紹介、おもちゃのドラムで○○叩いてみた等々、いわゆるおもちゃの楽器の演奏動画である。
おもちゃの楽器好きなんだよな〜。
楽器の経験がないがゆえに代替品として好きというわけではない。
本物のピアノが弾けるくせに、トイピアノが欲しいし、鍵盤ハーモニカは未だに楽しい。
ホルンが吹けるくせに、カラフルでチープなプラ管楽器には心躍るし、リコーダーも未だに楽しい。
おもちゃの楽器という一ジャンルとしてものすごく好き。
そこらへんの楽器屋さんやおもちゃ屋さんで100〜10000円くらいで買えるような半分おもちゃみたいな楽器や、本来楽器としての用途を想定されていない空き瓶や箱なんかが楽しそうに演奏されていて、しかもちゃんと聴いてかっこいいと思える仕上がりになっているとすごく嬉しい。
このおもちゃの楽器の、音を出すだけなら特殊な技能がいらず誰でもできるってところに魅力を感じる。
敷居0cm。
音楽って聴くだけならともかく、演奏するとなると途端に特権意識が強くなる気がする。
金銭的にも時間的にも空間的にも能力的にも、とにかく全てを兼ね備えないとできないもの、みたいなイメージが強いんじゃないかと思う。
聴くだけならスマホ一つあれば事足りるのに。
そこに対して「そんなことないよ!!!」と強く否定してくれるのがおもちゃの楽器の演奏動画なのである。
楽器なんて必ずしも何十万、何百万円するものじゃなくていいし、音を出すのに数ヶ月かかるような楽器しか「楽器をやってる」って言っちゃいけないわけじゃない。
音楽なんて間口が広い方がいいに決まってる。
でもこれ別に音楽に限った話でもないと思ってる。
お絵かきでも小説書きでも手芸とかでもそうだけど、何かすごい機材が必要なんじゃないかとか、何か事前にたくさん勉強しなくちゃいけないんじゃないかとか、なんかそう思われがちな趣味って結構多いと思う。
こういうイメージが定着する原因?みたいなのが、仮に趣味人の側にあるのならそういうの破壊していきたいよなあ……みたいな……。
なんでこう思うかっていうと、結局一緒に同じ遊びを遊んでくれる仲間が欲しいんですよね。
何かやっていることに対して、勝手に「すごい」ってイメージを作られて枠の外側から「すごいねー」って言われるんじゃなくて、一緒に輪の中で遊んでほしい。
その境界線に越えにくい高い柵ができているなら、それを壊したい。
こんなものでも「絵を描いてる」って言っていいんだ!と思ってくれる人がいますようにという気持ちもあって、自分は何か描くときにわざと小学生でも買えるような画材でアナログ絵を描いたりしています。
この「楽器の動画」と称してわたしが視聴していたものとは、トイピアノ演奏動画、プラ管フルートやサックスの購入品紹介、おもちゃのドラムで○○叩いてみた等々、いわゆるおもちゃの楽器の演奏動画である。
おもちゃの楽器好きなんだよな〜。
楽器の経験がないがゆえに代替品として好きというわけではない。
本物のピアノが弾けるくせに、トイピアノが欲しいし、鍵盤ハーモニカは未だに楽しい。
ホルンが吹けるくせに、カラフルでチープなプラ管楽器には心躍るし、リコーダーも未だに楽しい。
おもちゃの楽器という一ジャンルとしてものすごく好き。
そこらへんの楽器屋さんやおもちゃ屋さんで100〜10000円くらいで買えるような半分おもちゃみたいな楽器や、本来楽器としての用途を想定されていない空き瓶や箱なんかが楽しそうに演奏されていて、しかもちゃんと聴いてかっこいいと思える仕上がりになっているとすごく嬉しい。
このおもちゃの楽器の、音を出すだけなら特殊な技能がいらず誰でもできるってところに魅力を感じる。
敷居0cm。
音楽って聴くだけならともかく、演奏するとなると途端に特権意識が強くなる気がする。
金銭的にも時間的にも空間的にも能力的にも、とにかく全てを兼ね備えないとできないもの、みたいなイメージが強いんじゃないかと思う。
聴くだけならスマホ一つあれば事足りるのに。
そこに対して「そんなことないよ!!!」と強く否定してくれるのがおもちゃの楽器の演奏動画なのである。
楽器なんて必ずしも何十万、何百万円するものじゃなくていいし、音を出すのに数ヶ月かかるような楽器しか「楽器をやってる」って言っちゃいけないわけじゃない。
音楽なんて間口が広い方がいいに決まってる。
でもこれ別に音楽に限った話でもないと思ってる。
お絵かきでも小説書きでも手芸とかでもそうだけど、何かすごい機材が必要なんじゃないかとか、何か事前にたくさん勉強しなくちゃいけないんじゃないかとか、なんかそう思われがちな趣味って結構多いと思う。
こういうイメージが定着する原因?みたいなのが、仮に趣味人の側にあるのならそういうの破壊していきたいよなあ……みたいな……。
なんでこう思うかっていうと、結局一緒に同じ遊びを遊んでくれる仲間が欲しいんですよね。
何かやっていることに対して、勝手に「すごい」ってイメージを作られて枠の外側から「すごいねー」って言われるんじゃなくて、一緒に輪の中で遊んでほしい。
その境界線に越えにくい高い柵ができているなら、それを壊したい。
こんなものでも「絵を描いてる」って言っていいんだ!と思ってくれる人がいますようにという気持ちもあって、自分は何か描くときにわざと小学生でも買えるような画材でアナログ絵を描いたりしています。
