2024年第24週 暇つぶし
公開 2024/06/16 21:43
最終更新
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2024年の第24週はとても暑く、まるで真夏のような週でした。
そんな中、GUでSABONのなんとも涼しげでかわいいコラボ商品が発売! 以前より情報を得ていたので、発売日に早速お店へ行きました。(GU特設ページhttps://www.gu-global.com/jp/ja/special-feature/contents/collaboration/sabon/women)
Getしたのは、ピンクとグリーンのラウンジドレスとヘアバンド。子どもとおそろいで着ましたが、すっごくかわいいので気分がアゲアゲになりました。嬉しい~!
ベッドはニトリのデコホーム商品で揃えているので、ピンクのフリル付き寝具がラウンジドレスとヘアバンドにマッチしてかわいいです。(ニトリhttps://www.gu-global.com/jp/ja/special-feature/contents/collaboration/sabon/women)
これにIKEAのピンクのベッドテントが合わさって、子どもからは「これが…プリンセスベビーベッド完成形!!」と言われていますが、自分の好みを突き通せたので結構満足です。子どもも「やるじゃん」って顔もしています(笑)。おしゃれって楽しいですね。
そんなことを、私が楽しんでいた一方でSNSでは「カジュアルおばさん」なるワードが非難を浴びていたらしく…。それに対して憤っている方々を見かけました。
正直、私はリアルカジュアルおばさんなため、「自分がこれを受け入れすぎていて、揶揄が成立しているのか、怒るポイントや焦るポイントは何なのかさえわからないな…」と思いました。
でも、この記事を読んで思い出すのは私がまだ大学生だった頃のこと。ある時、ボランティアで行った先の子どもたちから水着を褒められたことです。ボランティアでの服装は機動性や汚れ対応が重要と考えたので私は当然のように「ジーパン」「Tシャツ」「スニーカー」を選んで行きました。しかし、私の知らないところで子どもたちからは「地味すぎる」と、残念に思われていたようです。そんな中、ボランティア先で水着を着ることがあり、その時子どもたちが私の着ている水玉柄のキャミソールタイプの水を指して言ったのです、「そういうのかわいいね! いつもそういうのを着ればいいのに!」。え! そんな風に私のことを見ていたんだ! と、びっくりした私は「えーでも、ボランティアだしなー」とは思う一方で「もっとかわいい服を着なよ」と人から言われたことが初めてだったのでなんだかくすぐったいような感じでとても嬉しかったです。
そう! 「かわいい服を着て!」と言われたのが初めてだったので、この時は本当に嬉しかったです。振り返ると、家庭では母親が私の気に入るアイテムを腐すのが常態化していました。小さな頃に小学校の入学式のために買ってもらった深緑のワンピースが大好きで、入学式の前に何度か着ていたのですがその時は「ふーんあんたはそういうのが好きなんだ」と冷たい目で言ってきたり、また服屋でこれが欲しい! と、主張したときは「あんたには似合わないよ」と言ってくるような人でした。そういう経験を無数に重ね、私はいつしか「ファッションの世界には自分の身の置き所がない」ように感じていました。
でも、「カジュアルおばさん」の姿を見ると「これ私じゃん!(笑)」と思うし、なんなら「これ、自分の母親じゃん!」とも思うのです。そして、一緒に思い出すのが若かりし頃の母親の写真です。昔一度だけ見た、独身時代の母親の写真、——当時会社に通っていた母親はスーツをばっちり着込んだ女性事務員でした。しかし、結婚をし、退職をすることでいつの間にか身に着けていた装飾がなくなり、カジュアルおばさんロードを歩むように。やがて娘が生まれてからはその娘が好むファッションアイテムを腐す修羅道へと進んでいったんだなぁと、「カジュアルおばさん」の画像を見て私の中で母子関係への理解がまた一歩進みました。
なお、私が現在カジュアルおばさんなのは基本的に「機動性」とか、「汚れ対策」とか、洗濯耐久性とかが理由で、つまりは毎日が資源回収とか草刈とかそういう気分ということです。また、発端のブログが書いているように「加齢と時代が進みファッションが難しい」と感じるようになり挑戦を避けているということもあります。でも! それら以上に! もう一つ理由を! 上げるとしたら! 「子ども時代に自分の好みのファッションを否定され続けた経験」があるということをあげておきたいと思います。ある種、親子コーデのように親から「娘にも自分の好きなファッションを否定される経験をして欲しい」というありがたい?教育を施されたために簡単にいえば成長過程で自分軸を失ってしまったのが原因であり、私は加齢と時代を重ねるまでもなく今も昔もファッションがわからない、という状況なのです。
で、そこまでわかれば自分軸は取り戻せるわけで要は母がかけたカジュアルおばさん化ロードを歩むのをちょっとやめればいいわけです(カジュアルおばさんは実用性に溢れているので完全にはやめられません(笑))。そして、自分が子ども時代に好きだった「プリンセス」や「魔女っ子」、「宝石」「花」「リボン」「ハート」などを地道に求道する方向が多分ベストなのだと思いました。なので、今寝ている「プリンセスベビーベッド」なんて百点満点だと思います。
しかし、ここで一つ問題があります。それは、恐ろしいことにもう一つ苦しい呪いが私にはかけられていることです。それは「真剣に取り組む」という呪いです。もうちょっと詳しく説明すると「もっと真剣に取り組みなさい!」と家庭や学校、友達関係趣味関係等で怒られ続けた結果、何かに取り組もうと思うと恐怖と焦りで頭の中がくしゃくしゃになってできなくなるということです。しかも生活の中で皿洗いや、掃除機掛けなど細々としたことにもこういった教育をされたので、正直、生活すること自体が息苦しいです。主婦なのに致命傷です。
また、あまり握力が強くなく手指が小さくて器用ではないことと、センスもあまりないために上達したという感じもなくそのせいでいくら経験を積んでも自分が怒られる初心者のような気がしてゾッとします。
そのため、生活や仕事、趣味などありとあらゆる場所で「真剣に取り組む」ことに恐怖と拒絶感を覚える経験をしており、鬱々とインターネット空間に引きこもる毎日でした。
けれども、残念ながらそれも最近は安泰ではありません。インターネットで遊ぶことも加齢のためか眼精疲労や視力の衰えを感じてつらいからです。目が疲れるからインターネットができない! でも、他にどうしたらいいかわからない! しかし、インターネットは体のためにもできるだけやめたい! という気持ちで、私は「スマホ・SNS以外の暇つぶし」という直球なワードで検索しました。
で、たどり着いた記事がこちらです。
最初の例が"スマホやパソコンで"暇つぶしだったため「いきなりスマホを使うやないかい!」と思い、この記事は期待はずれかもと思ったのですが、このリストに書いてあることを一個一個見ていくと「え! これも? これも暇つぶしに!?」と、驚きに変わりました。
ところで、普段SNSで色々な投稿を見ていると自分よりも様々なすごい人の、様々なすごい成果とすごい人気がお手軽に見られます。例えば、記事のリストにある”読んで・聴いて”暇つぶしの場合では、様々な読書経験を持ち、豊富な知識があり他の人が真似をしたくなるようなウィットにとんだ、あるいはノリの良い感想をSNSに投稿する人がいます。また、”書いて・描いて”や”手芸・ハンドメイド/DIY”などの場合は成果物と人気がとても分かりやすい分野かと思います。素敵な投稿は人気があり、閲覧数やいいね数、またRTなどの数も多いです。また、こうしたSNSの使い方はたんに趣味というだけでなく商売にもつながっていたりします。
一方で、それら人気の陰では「自分なんてすごくないから……」と、自分を卑下して落ち込む人、成功しなきゃと空回りする人、最初から新規参入をあきらめてしまう人、心折れてやめてしまう人、下手くそは去れ! と他人に言い散らす人等々沢山います。そういうことがあるためか、若者がSNSの影響で挑戦しなくなったという記事も時々目にします。
しかし、そういうことに関しての打開策が大体「根拠のない自信を持て」みたいなどこで調達できるかわからないもので、私は???となることがとても多かったです。だって、現実に「下手くそ」とか「不器用ね」とか「遊んでいるの?(真剣じゃないの?)」と面と向かって、あるいは陰口として言われたら、どうやって根拠なく自信を持てるのかわからないからです。
また、「下手くそ、不器用だっていいじゃん!」とポジティブに思い直しても、世の中には求道者がたくさんおります。実力の有無に限らず長期間にわたってチャレンジし続ける他者の姿を見ると、物事が長く続かない自分はなんてダメなのか……と、挫折した自分に対してため息をついたり、また語学や運動などにたいして「長く続けられないかも……」という不安を感じて新しいチャレンジに尻込みをしたりしてしまいす。こうした気後れに対し、自虐やダメ出しをしないように! と、考えても自分の頭が「事実じゃん」と言い出すので、それがまたつらいのです。
さて、そのつらさを脱出するヒントがこのキナリノの記事にはあります。それは記事の中というよりも、「暇つぶし」というワードです。これはもともと私が自分から検索にかけた言葉でもありますが、この「暇つぶし」というワードと身近な事例を組み合わせて読むと、私の頭の中が非常に落ち着くということがわかりました。
例えば、先ほどのリストの中には家事に関する事柄があります。”料理を作って”や、”部屋の片づけ”などです。私は主婦ですのでこれらは毎日します。また、他の家族もいますので自分だけのためにならない配慮も必要なため、真剣に向き合うことが必要な作業でもあります。しかし、これらをリストにならって「暇つぶしに夜ご飯作るか~」と思って作業をはじめ、また、途中疲れてきて自分にダメ出しをしそうになったら「いや、でもこれ暇つぶしだからさ」と頭の中でダメ出しをストップさせます。もちろん、暇つぶしなのでこの先、やるか・やらないかも選択できます。(限度はありますが)
料理を完全にやらないのは難しいけど、「今日は疲れたから夕食を簡単にしよう」とか、「メニューが多すぎるようだから端折ろう」とか、「暇つぶし」をかませるとそういう調整がとても楽になるなと思いました。私の場合、今更自分や他人に発破をかけられなくても放っておくと真剣になりすぎてしまうくらいの凝り性なようなので、「暇つぶし」を意識することが過集中防止にもなるという感じです。
また、これに、以前ブログで紹介したCute music(https://simblo.net/u/zt5KHb/post/37609)を組み合わせると効果は倍増です。
また、他にも”おうち美容・自分磨き”で暇つぶしはセルフケアの分野でもありながら、先ほどのカジュアルおばさんの例ように他者から見て何が正しく、何が間違っているのかを問われるバトルフィールドになりやすい分野でもあります。バトルフィールドを思い出すと(呪いも手伝って)頭が自動的に「やられた~!」となってしまうため、やはり疲れます。で、これは真剣な人には怒られるとは思いますがここは腹をくくって開き直り、「暇つぶしだから」メイクはやってもやらなくてもいいと思うと、特に抵抗なくすっとできるようになりました。メイク後の疲労感も少ないので、毎日のメイクもそんなに苦ではないなぁと、さらに思うことができるようになりました。
こうやってできる限り抵抗を減らすことで作業ができるようになると、子どもの頃は何でも楽しく挑戦していたことに気づかされます。しかし、大人に近づくにつれ他者からの評価の侵襲性が高まり、不必要に生活や人生がかかっていると思い込まされ、心の在り方や作業姿勢までも指定されていくうちに楽しさは遠ざかり、気まぐれな挑戦も「やらなければならないこと」という重荷になっていき、そうすると段々と物事の覚えも悪くなり、今まで以上に成果や成長が感じられなくなるために不器用さに苦しみ、ついには行動自体を放棄してしまったなと思いました。
その放棄した行動を取り戻すワード「暇つぶし」。これからも、人生を楽しく暇つぶしで埋め、私の心が求めるかわいさを追求し、乗り切っていきたいと思います。そんな第24週でした。
ではでは、また!
【追記】この「暇つぶし」を覚えてからはBluebirdはあんまりいらないかな~と思えるようになりました。
そんな中、GUでSABONのなんとも涼しげでかわいいコラボ商品が発売! 以前より情報を得ていたので、発売日に早速お店へ行きました。(GU特設ページhttps://www.gu-global.com/jp/ja/special-feature/contents/collaboration/sabon/women)
Getしたのは、ピンクとグリーンのラウンジドレスとヘアバンド。子どもとおそろいで着ましたが、すっごくかわいいので気分がアゲアゲになりました。嬉しい~!
ベッドはニトリのデコホーム商品で揃えているので、ピンクのフリル付き寝具がラウンジドレスとヘアバンドにマッチしてかわいいです。(ニトリhttps://www.gu-global.com/jp/ja/special-feature/contents/collaboration/sabon/women)
これにIKEAのピンクのベッドテントが合わさって、子どもからは「これが…プリンセスベビーベッド完成形!!」と言われていますが、自分の好みを突き通せたので結構満足です。子どもも「やるじゃん」って顔もしています(笑)。おしゃれって楽しいですね。
そんなことを、私が楽しんでいた一方でSNSでは「カジュアルおばさん」なるワードが非難を浴びていたらしく…。それに対して憤っている方々を見かけました。
TOKYO REAL CLOTHES
★カジュアルおばさんと呼ばないで!! 大人のロゴアイテムコーデの作り方
https://ameblo.jp/jphotostyling/entry-12789332726.html
まず、お洒落見えを意識するなら
避けたほうが良いのは
ロゴアイテムに
デニムパンツ&スニーカー
の組合わせ
大人世代がこのコーデをすると
カジュアルおばさん
と思われやすいのだとか💦💦
正直、私はリアルカジュアルおばさんなため、「自分がこれを受け入れすぎていて、揶揄が成立しているのか、怒るポイントや焦るポイントは何なのかさえわからないな…」と思いました。
でも、この記事を読んで思い出すのは私がまだ大学生だった頃のこと。ある時、ボランティアで行った先の子どもたちから水着を褒められたことです。ボランティアでの服装は機動性や汚れ対応が重要と考えたので私は当然のように「ジーパン」「Tシャツ」「スニーカー」を選んで行きました。しかし、私の知らないところで子どもたちからは「地味すぎる」と、残念に思われていたようです。そんな中、ボランティア先で水着を着ることがあり、その時子どもたちが私の着ている水玉柄のキャミソールタイプの水を指して言ったのです、「そういうのかわいいね! いつもそういうのを着ればいいのに!」。え! そんな風に私のことを見ていたんだ! と、びっくりした私は「えーでも、ボランティアだしなー」とは思う一方で「もっとかわいい服を着なよ」と人から言われたことが初めてだったのでなんだかくすぐったいような感じでとても嬉しかったです。
そう! 「かわいい服を着て!」と言われたのが初めてだったので、この時は本当に嬉しかったです。振り返ると、家庭では母親が私の気に入るアイテムを腐すのが常態化していました。小さな頃に小学校の入学式のために買ってもらった深緑のワンピースが大好きで、入学式の前に何度か着ていたのですがその時は「ふーんあんたはそういうのが好きなんだ」と冷たい目で言ってきたり、また服屋でこれが欲しい! と、主張したときは「あんたには似合わないよ」と言ってくるような人でした。そういう経験を無数に重ね、私はいつしか「ファッションの世界には自分の身の置き所がない」ように感じていました。
でも、「カジュアルおばさん」の姿を見ると「これ私じゃん!(笑)」と思うし、なんなら「これ、自分の母親じゃん!」とも思うのです。そして、一緒に思い出すのが若かりし頃の母親の写真です。昔一度だけ見た、独身時代の母親の写真、——当時会社に通っていた母親はスーツをばっちり着込んだ女性事務員でした。しかし、結婚をし、退職をすることでいつの間にか身に着けていた装飾がなくなり、カジュアルおばさんロードを歩むように。やがて娘が生まれてからはその娘が好むファッションアイテムを腐す修羅道へと進んでいったんだなぁと、「カジュアルおばさん」の画像を見て私の中で母子関係への理解がまた一歩進みました。
なお、私が現在カジュアルおばさんなのは基本的に「機動性」とか、「汚れ対策」とか、洗濯耐久性とかが理由で、つまりは毎日が資源回収とか草刈とかそういう気分ということです。また、発端のブログが書いているように「加齢と時代が進みファッションが難しい」と感じるようになり挑戦を避けているということもあります。でも! それら以上に! もう一つ理由を! 上げるとしたら! 「子ども時代に自分の好みのファッションを否定され続けた経験」があるということをあげておきたいと思います。ある種、親子コーデのように親から「娘にも自分の好きなファッションを否定される経験をして欲しい」というありがたい?教育を施されたために簡単にいえば成長過程で自分軸を失ってしまったのが原因であり、私は加齢と時代を重ねるまでもなく今も昔もファッションがわからない、という状況なのです。
で、そこまでわかれば自分軸は取り戻せるわけで要は母がかけたカジュアルおばさん化ロードを歩むのをちょっとやめればいいわけです(カジュアルおばさんは実用性に溢れているので完全にはやめられません(笑))。そして、自分が子ども時代に好きだった「プリンセス」や「魔女っ子」、「宝石」「花」「リボン」「ハート」などを地道に求道する方向が多分ベストなのだと思いました。なので、今寝ている「プリンセスベビーベッド」なんて百点満点だと思います。
しかし、ここで一つ問題があります。それは、恐ろしいことにもう一つ苦しい呪いが私にはかけられていることです。それは「真剣に取り組む」という呪いです。もうちょっと詳しく説明すると「もっと真剣に取り組みなさい!」と家庭や学校、友達関係趣味関係等で怒られ続けた結果、何かに取り組もうと思うと恐怖と焦りで頭の中がくしゃくしゃになってできなくなるということです。しかも生活の中で皿洗いや、掃除機掛けなど細々としたことにもこういった教育をされたので、正直、生活すること自体が息苦しいです。主婦なのに致命傷です。
また、あまり握力が強くなく手指が小さくて器用ではないことと、センスもあまりないために上達したという感じもなくそのせいでいくら経験を積んでも自分が怒られる初心者のような気がしてゾッとします。
そのため、生活や仕事、趣味などありとあらゆる場所で「真剣に取り組む」ことに恐怖と拒絶感を覚える経験をしており、鬱々とインターネット空間に引きこもる毎日でした。
けれども、残念ながらそれも最近は安泰ではありません。インターネットで遊ぶことも加齢のためか眼精疲労や視力の衰えを感じてつらいからです。目が疲れるからインターネットができない! でも、他にどうしたらいいかわからない! しかし、インターネットは体のためにもできるだけやめたい! という気持ちで、私は「スマホ・SNS以外の暇つぶし」という直球なワードで検索しました。
で、たどり着いた記事がこちらです。
キナリノ
今日は何する?退屈しない「大人の暇つぶし」アイデア38選
https://kinarino.jp/cat6/40007
「好きなことをする時間が欲しい!」そう思っていたはずなのに、いざ時間ができるとスマホを眺めて終わってしまう…なんてことはないでしょうか?そうならないためにも、日頃から有意義に過ごすための“暇つぶしアイデア”を収集しておくのがおすすめ。
今回ご紹介する38のアイデアが、暇つぶしの質を上げてくれるはずです。
目次
”スマホやパソコン”で暇つぶし
“読んで・聴いて”暇つぶし
“書いて・描いて”暇つぶし
“手芸・ハンドメイド/DIY”で暇つぶし
“料理を作って”暇つぶし
“部屋の片付け”で暇つぶし
“体を動かす”暇つぶし
“おうち美容・自分磨き”で暇つぶし
“語学の習得”で暇つぶし
“資格の勉強”で暇つぶし
“楽器の練習”で暇つぶし
最初の例が"スマホやパソコンで"暇つぶしだったため「いきなりスマホを使うやないかい!」と思い、この記事は期待はずれかもと思ったのですが、このリストに書いてあることを一個一個見ていくと「え! これも? これも暇つぶしに!?」と、驚きに変わりました。
ところで、普段SNSで色々な投稿を見ていると自分よりも様々なすごい人の、様々なすごい成果とすごい人気がお手軽に見られます。例えば、記事のリストにある”読んで・聴いて”暇つぶしの場合では、様々な読書経験を持ち、豊富な知識があり他の人が真似をしたくなるようなウィットにとんだ、あるいはノリの良い感想をSNSに投稿する人がいます。また、”書いて・描いて”や”手芸・ハンドメイド/DIY”などの場合は成果物と人気がとても分かりやすい分野かと思います。素敵な投稿は人気があり、閲覧数やいいね数、またRTなどの数も多いです。また、こうしたSNSの使い方はたんに趣味というだけでなく商売にもつながっていたりします。
一方で、それら人気の陰では「自分なんてすごくないから……」と、自分を卑下して落ち込む人、成功しなきゃと空回りする人、最初から新規参入をあきらめてしまう人、心折れてやめてしまう人、下手くそは去れ! と他人に言い散らす人等々沢山います。そういうことがあるためか、若者がSNSの影響で挑戦しなくなったという記事も時々目にします。
しかし、そういうことに関しての打開策が大体「根拠のない自信を持て」みたいなどこで調達できるかわからないもので、私は???となることがとても多かったです。だって、現実に「下手くそ」とか「不器用ね」とか「遊んでいるの?(真剣じゃないの?)」と面と向かって、あるいは陰口として言われたら、どうやって根拠なく自信を持てるのかわからないからです。
また、「下手くそ、不器用だっていいじゃん!」とポジティブに思い直しても、世の中には求道者がたくさんおります。実力の有無に限らず長期間にわたってチャレンジし続ける他者の姿を見ると、物事が長く続かない自分はなんてダメなのか……と、挫折した自分に対してため息をついたり、また語学や運動などにたいして「長く続けられないかも……」という不安を感じて新しいチャレンジに尻込みをしたりしてしまいす。こうした気後れに対し、自虐やダメ出しをしないように! と、考えても自分の頭が「事実じゃん」と言い出すので、それがまたつらいのです。
さて、そのつらさを脱出するヒントがこのキナリノの記事にはあります。それは記事の中というよりも、「暇つぶし」というワードです。これはもともと私が自分から検索にかけた言葉でもありますが、この「暇つぶし」というワードと身近な事例を組み合わせて読むと、私の頭の中が非常に落ち着くということがわかりました。
例えば、先ほどのリストの中には家事に関する事柄があります。”料理を作って”や、”部屋の片づけ”などです。私は主婦ですのでこれらは毎日します。また、他の家族もいますので自分だけのためにならない配慮も必要なため、真剣に向き合うことが必要な作業でもあります。しかし、これらをリストにならって「暇つぶしに夜ご飯作るか~」と思って作業をはじめ、また、途中疲れてきて自分にダメ出しをしそうになったら「いや、でもこれ暇つぶしだからさ」と頭の中でダメ出しをストップさせます。もちろん、暇つぶしなのでこの先、やるか・やらないかも選択できます。(限度はありますが)
料理を完全にやらないのは難しいけど、「今日は疲れたから夕食を簡単にしよう」とか、「メニューが多すぎるようだから端折ろう」とか、「暇つぶし」をかませるとそういう調整がとても楽になるなと思いました。私の場合、今更自分や他人に発破をかけられなくても放っておくと真剣になりすぎてしまうくらいの凝り性なようなので、「暇つぶし」を意識することが過集中防止にもなるという感じです。
また、これに、以前ブログで紹介したCute music(https://simblo.net/u/zt5KHb/post/37609)を組み合わせると効果は倍増です。
また、他にも”おうち美容・自分磨き”で暇つぶしはセルフケアの分野でもありながら、先ほどのカジュアルおばさんの例ように他者から見て何が正しく、何が間違っているのかを問われるバトルフィールドになりやすい分野でもあります。バトルフィールドを思い出すと(呪いも手伝って)頭が自動的に「やられた~!」となってしまうため、やはり疲れます。で、これは真剣な人には怒られるとは思いますがここは腹をくくって開き直り、「暇つぶしだから」メイクはやってもやらなくてもいいと思うと、特に抵抗なくすっとできるようになりました。メイク後の疲労感も少ないので、毎日のメイクもそんなに苦ではないなぁと、さらに思うことができるようになりました。
こうやってできる限り抵抗を減らすことで作業ができるようになると、子どもの頃は何でも楽しく挑戦していたことに気づかされます。しかし、大人に近づくにつれ他者からの評価の侵襲性が高まり、不必要に生活や人生がかかっていると思い込まされ、心の在り方や作業姿勢までも指定されていくうちに楽しさは遠ざかり、気まぐれな挑戦も「やらなければならないこと」という重荷になっていき、そうすると段々と物事の覚えも悪くなり、今まで以上に成果や成長が感じられなくなるために不器用さに苦しみ、ついには行動自体を放棄してしまったなと思いました。
その放棄した行動を取り戻すワード「暇つぶし」。これからも、人生を楽しく暇つぶしで埋め、私の心が求めるかわいさを追求し、乗り切っていきたいと思います。そんな第24週でした。
ではでは、また!
【追記】この「暇つぶし」を覚えてからはBluebirdはあんまりいらないかな~と思えるようになりました。
成人済腐/オタクの日常・オタ活日記。
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