2024年第21~22週 自分で決めたことを楽しむ
公開 2024/06/02 22:43
最終更新
2024/06/02 22:43
2024年の第21~22週は生活のムードが整い自分で決めたことを楽しもうと決めた週でした。
生活と言いますと、私は随分前から疲労感が強く、ちょっと何かをしただけで疲れてしまいます。何に対しても疲れてしまうせいで、やりたいことをやろうにもなかなかできません。作業を考えるだけでとにかく重苦しい。そんな調子のためせめて疲れや苦痛を少しでも取りたいと、色々なことにチャレンジもしてきました。しかし、今まで根本的な改善はできずにいました。
さて、そんな困難を抱える中、第21週の半ばに私は「ウキウキするような音楽をかければ苦痛がまぎれるのかも」と、いつもの調子で思いつきました。
実は、音楽や環境音で苦痛を改善するという試みは今までもやってきました。ただ、これがいいと聞けば試してみるのですが、「いいとは思ったけど、自分にはあまり効果がなかったかも…」と思うことの方が多く……。なのでこの時は自分でも「またかー」と思っていました。
しかし、今回は誰かがこれがいいよ! と勧めるものではなく、自分が「これがいいな」と思える曲を見つけることにしました。条件はいくつかあって、簡単にまとめると、「軽快で、楽しく、日常感があり、耳に馴染んだ曲。また、歌詞はなく、できるだけ激しすぎず、反対に落ち着き過ぎもしない、作業にあった曲」こんな感じです。
もうちょっと具体的に言うならば、あつまれどうぶつの森や、ゆるキャン△、映画すみっコぐらし等かわいくて面白い作品の音楽が好みです。じゃあ、これらの作品のサウンドトラックを聴けばいいのではないか? と思うのですが、あまり物語との関係性が強いと聞き入ってしまい、「もっと聴きたい」と興奮のスイッチが入ってしまいます。そうすると、サウンドトラックだけでは物足りないと感じ「音楽探しの旅」を始めてしまうので、「物語との関係性の少ない曲」も条件に入れました。
そこで見つけたのがこちらの曲。
こちらはOneulさんという韓国の作曲家の方の曲です。
Oneulさんは作曲された曲を素材としても提供(※)されているのですが、そのためかいくつかの曲はとてもなじみがあります。そして、とってもかわいいので作業をしていても深刻な気持ちや自動思考が起こりづらく軽快に作業ができます。
その結果、日常空間に苦痛を感じることが減り、ゆったりしつつも作業が早くなりました。苦手な通院の予約も遅れることなく守ることができました。また、逆に疲れてしまったとしても「今はゆっくりと休む時間だから」と思うことができ、休憩に対して罪悪感を感じ逆に疲れてしまうとはなりませんでした。
こんな感じで第21週は自分の生活のムードを整えることに成功しました。
さて、生活のムードを整えたことで私はある一つのことに気が付きました。それは自分の生活への思いです。何をやるにしてもとても苦痛に感じてきたといいましたが、やりたくて始めた結婚生活なのにどうしてこんなに毎日毎日なんでもかんでも苦痛を感じるのか……と、改めて考えたのです。
さてさて、私が毎日やるといえば家事です。家事は自分のためにすることもありますが、他者のケアを含むことも多いです。その中には他者からのリクエストもあります。リクエストは「あれをして欲しい」「これはして欲しくない」のような具体的なものから、「こう振る舞ってほしい」「こんな存在でいてほしい」等の言葉にならないようなものもあります。
子どもを育てているとリクエストのオンパレードで、慣れないうちは「うおー!」となることがしばしばありました。しかし、問題なのは子どもからのリクエストではなく年長者からのリクエストです。
年長者……父母祖父母、兄、姉等。
実のところ、私は年長者相手に具体的なケアが成功した、つまり「喜ばれた」という経験に乏しいです。それよりも年長者が私のケアに対して「不満」や「不機嫌」、「拒絶」で返答をしたことの方が多く、未熟な私がそれを思い悩んだことの方が大半です。
しかし、音楽でムードを整え、心を落ち着けて思い出すと、もう少し違うことが見えてきました。
私は相手が不機嫌になってしまったからケアを失敗したと感じていましたが、その後思い悩むことで相手の気分に合わせたこと、それが感情的なケアの核だったのではと思ったのです。
相手の気分に合わせることで成功するということは例えば結婚式やお葬式等で雰囲気を共有することがあげられると思います。一方失敗例でいえば、「頭が痛い」と訴える妻に対し、夫が「オレも」と返すことでしょうか。「あとはやっておくから休んでおいで」と言われることを期待していた妻からしたらその反応は見当違いと思うでしょう。
今回の場合は頭痛の例に近く、私は「これは嫌だ」という相手に対し、感情のケアとして思い悩み続けるという方法をとったといえると思います。
ただ、悲しい話ですが、例の夫には「あとはやっておくから休んでおいで」と妻に言えますが、私には他に解決する方法はありませんでした。私に対して不満を持った年長者にはもっとお気に入りの子どもや相手がいましたし、その人にとっての理想の状況や隠している秘密の条件等もあったからです。
また話し合いに対しても、相手が自分こそが正しいと主張している場合はそれも難しいです。なので、私は深刻に自分の至らなさを思い悩むことと、責任を取り私に不満を感じる人から離れて暮らすことしかできませんでした。
相手の感情に対して責任を負いすぎた、それが私の苦痛の元だったのです。
ただ、あの時ぶつけられた不満を思い悩むことの全てがマイナスだったとは思いません。思い悩んできたからこそ離れてからも、もっとこうしたらいいだろうか、こうするのはやめよう、人とはこう接しよう、もっと人を理解したい、勉強だと自分なりの道を歩んできました。できることも増え、自分にも心があると発見できました。
しかし、それをやり続けるのも無理があると、かわいい音楽を聴くうちに思うようにもなりました。
なので、それにプラスして「自分で決めたことを楽しむ」ことにしました。今の生活はつらいことや不安なこと以上に、自分がやりたいと思ったことをできる環境です。また、私に対して不満を感じる人とは離れているので四六時中思い悩んでいる必要もありません。
「自分で決めた生活」そうなるように頑張ってきたのだからそれを楽しむ。
必要のなくなったストレスを手放し、今は「自分で決めたことを楽しむ」そういう気持ちで生きていこう、第22週はそう感じられる週でした。
(※楽曲の提供に関しての詳細はyoutubeの動画などでご確認ください)
生活と言いますと、私は随分前から疲労感が強く、ちょっと何かをしただけで疲れてしまいます。何に対しても疲れてしまうせいで、やりたいことをやろうにもなかなかできません。作業を考えるだけでとにかく重苦しい。そんな調子のためせめて疲れや苦痛を少しでも取りたいと、色々なことにチャレンジもしてきました。しかし、今まで根本的な改善はできずにいました。
さて、そんな困難を抱える中、第21週の半ばに私は「ウキウキするような音楽をかければ苦痛がまぎれるのかも」と、いつもの調子で思いつきました。
実は、音楽や環境音で苦痛を改善するという試みは今までもやってきました。ただ、これがいいと聞けば試してみるのですが、「いいとは思ったけど、自分にはあまり効果がなかったかも…」と思うことの方が多く……。なのでこの時は自分でも「またかー」と思っていました。
しかし、今回は誰かがこれがいいよ! と勧めるものではなく、自分が「これがいいな」と思える曲を見つけることにしました。条件はいくつかあって、簡単にまとめると、「軽快で、楽しく、日常感があり、耳に馴染んだ曲。また、歌詞はなく、できるだけ激しすぎず、反対に落ち着き過ぎもしない、作業にあった曲」こんな感じです。
もうちょっと具体的に言うならば、あつまれどうぶつの森や、ゆるキャン△、映画すみっコぐらし等かわいくて面白い作品の音楽が好みです。じゃあ、これらの作品のサウンドトラックを聴けばいいのではないか? と思うのですが、あまり物語との関係性が強いと聞き入ってしまい、「もっと聴きたい」と興奮のスイッチが入ってしまいます。そうすると、サウンドトラックだけでは物足りないと感じ「音楽探しの旅」を始めてしまうので、「物語との関係性の少ない曲」も条件に入れました。
そこで見つけたのがこちらの曲。
こちらはOneulさんという韓国の作曲家の方の曲です。
Oneulさんは作曲された曲を素材としても提供(※)されているのですが、そのためかいくつかの曲はとてもなじみがあります。そして、とってもかわいいので作業をしていても深刻な気持ちや自動思考が起こりづらく軽快に作業ができます。
その結果、日常空間に苦痛を感じることが減り、ゆったりしつつも作業が早くなりました。苦手な通院の予約も遅れることなく守ることができました。また、逆に疲れてしまったとしても「今はゆっくりと休む時間だから」と思うことができ、休憩に対して罪悪感を感じ逆に疲れてしまうとはなりませんでした。
こんな感じで第21週は自分の生活のムードを整えることに成功しました。
さて、生活のムードを整えたことで私はある一つのことに気が付きました。それは自分の生活への思いです。何をやるにしてもとても苦痛に感じてきたといいましたが、やりたくて始めた結婚生活なのにどうしてこんなに毎日毎日なんでもかんでも苦痛を感じるのか……と、改めて考えたのです。
さてさて、私が毎日やるといえば家事です。家事は自分のためにすることもありますが、他者のケアを含むことも多いです。その中には他者からのリクエストもあります。リクエストは「あれをして欲しい」「これはして欲しくない」のような具体的なものから、「こう振る舞ってほしい」「こんな存在でいてほしい」等の言葉にならないようなものもあります。
子どもを育てているとリクエストのオンパレードで、慣れないうちは「うおー!」となることがしばしばありました。しかし、問題なのは子どもからのリクエストではなく年長者からのリクエストです。
年長者……父母祖父母、兄、姉等。
実のところ、私は年長者相手に具体的なケアが成功した、つまり「喜ばれた」という経験に乏しいです。それよりも年長者が私のケアに対して「不満」や「不機嫌」、「拒絶」で返答をしたことの方が多く、未熟な私がそれを思い悩んだことの方が大半です。
しかし、音楽でムードを整え、心を落ち着けて思い出すと、もう少し違うことが見えてきました。
私は相手が不機嫌になってしまったからケアを失敗したと感じていましたが、その後思い悩むことで相手の気分に合わせたこと、それが感情的なケアの核だったのではと思ったのです。
相手の気分に合わせることで成功するということは例えば結婚式やお葬式等で雰囲気を共有することがあげられると思います。一方失敗例でいえば、「頭が痛い」と訴える妻に対し、夫が「オレも」と返すことでしょうか。「あとはやっておくから休んでおいで」と言われることを期待していた妻からしたらその反応は見当違いと思うでしょう。
今回の場合は頭痛の例に近く、私は「これは嫌だ」という相手に対し、感情のケアとして思い悩み続けるという方法をとったといえると思います。
ただ、悲しい話ですが、例の夫には「あとはやっておくから休んでおいで」と妻に言えますが、私には他に解決する方法はありませんでした。私に対して不満を持った年長者にはもっとお気に入りの子どもや相手がいましたし、その人にとっての理想の状況や隠している秘密の条件等もあったからです。
また話し合いに対しても、相手が自分こそが正しいと主張している場合はそれも難しいです。なので、私は深刻に自分の至らなさを思い悩むことと、責任を取り私に不満を感じる人から離れて暮らすことしかできませんでした。
相手の感情に対して責任を負いすぎた、それが私の苦痛の元だったのです。
ただ、あの時ぶつけられた不満を思い悩むことの全てがマイナスだったとは思いません。思い悩んできたからこそ離れてからも、もっとこうしたらいいだろうか、こうするのはやめよう、人とはこう接しよう、もっと人を理解したい、勉強だと自分なりの道を歩んできました。できることも増え、自分にも心があると発見できました。
しかし、それをやり続けるのも無理があると、かわいい音楽を聴くうちに思うようにもなりました。
なので、それにプラスして「自分で決めたことを楽しむ」ことにしました。今の生活はつらいことや不安なこと以上に、自分がやりたいと思ったことをできる環境です。また、私に対して不満を感じる人とは離れているので四六時中思い悩んでいる必要もありません。
「自分で決めた生活」そうなるように頑張ってきたのだからそれを楽しむ。
必要のなくなったストレスを手放し、今は「自分で決めたことを楽しむ」そういう気持ちで生きていこう、第22週はそう感じられる週でした。
(※楽曲の提供に関しての詳細はyoutubeの動画などでご確認ください)
成人済腐/オタクの日常・オタ活日記。
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