2024年第46週 無言実行
公開 2024/11/18 10:00
最終更新
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2024年の第46週は無言実行の週でした。
この週は予定が多かったため、いつもだったらへとへとになってしまうことが予想されます。しかし、そうなってしまうと翌週の月曜日の午前中は体力が枯渇して倒れてしまうので、最近はそうならないような方法を考えて実行しています。
その方法とは「スケジュール中心にして家事はある程度見逃す」という方法です。当たり前っちゃ当たり前の方法です。
私の実家は親や祖母が規律に厳しく小さなミスや違和感に対しても見逃さずガミガミと指摘をする、そんな家庭でした。そのため、自分が大人になり、家庭内外の労働の場面では常に緊張をし、できる限り仕事に励むよう自分を叱咤してきました。しかし、そのような状態で日々を送り続けることなどできるわけもなく、燃え尽き症候群からの仕事放棄ということが度々ありました。またそこからの回復は「できる」という基準の理想が高いこともあり困難を極めました。周囲からも肩の力を抜いてリラックスしてはと、よく言われていたのですが、そのような方法を教わり許し合える環境が身近にないため、何をどうしていいのかわかりませんでした。
そこで、自分なりに「完璧である」という状態とは何かということを見直すことにしました。私は原家族や育った環境から自己を抑圧して働くということによって、上位者に対してリクエストに応え状態を完璧にしようという方法を取りがちです。
しかし、残念ながら家事には完了という文字がありません。散らかったおもちゃを片付けたとしても、明日また使うならばそれは散らかる前の段階といえます。次に使わないとしても長らく放置するならば埃がたまりますし、経年劣化だって考えられます。電池の玩具なら電池の残量や電池を危険な状態にしないために時々確認やメンテナンスも必要です。他にも単に片付けておいておくというだけでは「死蔵」という状態に過ぎず、これらは新しい何かをしたいという時に邪魔になり全体的に片づけをしなければならないという大変頭の痛い問題になりもします。片付けたのに更なる片付けが必要!という矛盾した状態が訪れるのです。でも、使い続けて片付けるというのも「完璧」や「完了」を求める限り膨大なエネルギーがいります。
そこで、私は作業に終わりはあるけれども、生きている限り家事に終わりはないと考え方を変えて、その場その場の完璧や完了を目指さずに、「今のこの状態は試行錯誤の末の最新である」というように意識をチューニングすることにしました。だから、家事を少し疎かにしてもその時しか機会のないスケジュール、——子どもの行事のサポートや、健康診断を受けること、友達との約束ができるように「ふわっと」優先順位を変えました。そうすることによって起きた変化としては、スケジュールや約束を完遂できたことにより気持ちがスッキリし自信につながりました。また、自信があるため余裕も生まれ、手をこまねいた家事も余力と家族からのサポートによってそれなりにできたので日々が過ごしやすくなりました。
TODOリストとにらめっこする日々はなくなり、ちょっといい加減だけどまぁ悪くない日常が手に入ったなと思いました。(TODOリストを見て頑張りもしましたが、自分で作って管理しなきゃいけないから大変だなと思いました。管理ができないのにですよ!)
ということで、2024年の第46週は無言実行の週でした。
ではでは、また!
この週は予定が多かったため、いつもだったらへとへとになってしまうことが予想されます。しかし、そうなってしまうと翌週の月曜日の午前中は体力が枯渇して倒れてしまうので、最近はそうならないような方法を考えて実行しています。
その方法とは「スケジュール中心にして家事はある程度見逃す」という方法です。当たり前っちゃ当たり前の方法です。
私の実家は親や祖母が規律に厳しく小さなミスや違和感に対しても見逃さずガミガミと指摘をする、そんな家庭でした。そのため、自分が大人になり、家庭内外の労働の場面では常に緊張をし、できる限り仕事に励むよう自分を叱咤してきました。しかし、そのような状態で日々を送り続けることなどできるわけもなく、燃え尽き症候群からの仕事放棄ということが度々ありました。またそこからの回復は「できる」という基準の理想が高いこともあり困難を極めました。周囲からも肩の力を抜いてリラックスしてはと、よく言われていたのですが、そのような方法を教わり許し合える環境が身近にないため、何をどうしていいのかわかりませんでした。
そこで、自分なりに「完璧である」という状態とは何かということを見直すことにしました。私は原家族や育った環境から自己を抑圧して働くということによって、上位者に対してリクエストに応え状態を完璧にしようという方法を取りがちです。
しかし、残念ながら家事には完了という文字がありません。散らかったおもちゃを片付けたとしても、明日また使うならばそれは散らかる前の段階といえます。次に使わないとしても長らく放置するならば埃がたまりますし、経年劣化だって考えられます。電池の玩具なら電池の残量や電池を危険な状態にしないために時々確認やメンテナンスも必要です。他にも単に片付けておいておくというだけでは「死蔵」という状態に過ぎず、これらは新しい何かをしたいという時に邪魔になり全体的に片づけをしなければならないという大変頭の痛い問題になりもします。片付けたのに更なる片付けが必要!という矛盾した状態が訪れるのです。でも、使い続けて片付けるというのも「完璧」や「完了」を求める限り膨大なエネルギーがいります。
そこで、私は作業に終わりはあるけれども、生きている限り家事に終わりはないと考え方を変えて、その場その場の完璧や完了を目指さずに、「今のこの状態は試行錯誤の末の最新である」というように意識をチューニングすることにしました。だから、家事を少し疎かにしてもその時しか機会のないスケジュール、——子どもの行事のサポートや、健康診断を受けること、友達との約束ができるように「ふわっと」優先順位を変えました。そうすることによって起きた変化としては、スケジュールや約束を完遂できたことにより気持ちがスッキリし自信につながりました。また、自信があるため余裕も生まれ、手をこまねいた家事も余力と家族からのサポートによってそれなりにできたので日々が過ごしやすくなりました。
TODOリストとにらめっこする日々はなくなり、ちょっといい加減だけどまぁ悪くない日常が手に入ったなと思いました。(TODOリストを見て頑張りもしましたが、自分で作って管理しなきゃいけないから大変だなと思いました。管理ができないのにですよ!)
ということで、2024年の第46週は無言実行の週でした。
ではでは、また!
成人済腐/オタクの日常・オタ活日記。
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