隠れ節目祝い作文コンテストに参加してみた
公開 2024/05/17 09:17
最終更新
2024/05/17 12:01
タイッツーのがっつり機能を活用するのには最適な企画だなと思いました、靴下屋のTabioさんと「よなよなエール」さんのこちらの企画に乗っかった文章を、残しておきたいと思います。
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忘れた頃に。
ほのさんが高校生だったときのことです。わたし目線だけどほのさんの話じゃん…とも思いましたが、がんばったよねを送るのもありとのことなので、これで行きます。しかもタグを盛大に間違えたので再投稿ですorzさっきのにいいねくださったかたごめんなさい
(注・最初の投稿はタグの頭に「創作」がついてしまってたのです…ちゃんと確認しないからorz。既にいいねやスタンプがこの時点で、わたしにしてはかなりついてたので、そのままにするのも考えましたが、いやいや創作じゃないから!で、再投稿した際にがっつりにならない部分の文章を直しました。このあとのがっつり部分は、実は手直しなしそのままです…)
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ほのさんは、最初の高校を1年生の2学期で退学しています。その先のことを考えるに、やはり高卒の資格はないと大変であろう…と話し合いを重ねて、なんとか納得してもらって(と思いたい)、再びの高校受験を経て定時制高校に通うことになりました。
さて、学校は夜間部でしたので「学校生活に慣れたら、アルバイトなどで働く経験をしてください」という指導がありました。しかし、ほのさん自身が積極的に前に出る性格では決してないこともあり、アルバイトに応募するのも気が重かったらしく…たしかに、電話するとか、勇気が要りますね。どうにか行動に出ないものかと、かなり気をもみましたが、わたしができることは結局なく、同級生に教えてもらったという、メールで応募できるファミレスに連絡して、面接を受けました。ようやく働きながら学校に行くスタイルになったのは1年生も終わる頃だったかと思います。
そんなほのさんと我が家に転機が訪れたのは、アルバイトを始めてからわりと程ない頃だったのですが、当時ほのさんがいちばん推していたアイドルさんの、グループからの卒業発表でした。「こんなに早くこの日が来るとは思わなかった…」と言いつつも「卒業コンサートには、学校を休んででも絶対に行って見送りたい」と。ななななんですと?!と思いました。そこまで???止めても聞きゃしないわな、でもなあ…と、とりあえず様子を見ることにしたのでした。
しかし、心配をよそに、高速バスやら前泊することにしたらしく泊まる場所やら、付随して行きたい場所の予約やら、気づけばほぼ全部自力で手配しておりました。
こうなってくると「学校を休んでまでアイドルのコンサート…」と思って見てたほうも応援モードになるのでした。学校をこんな理由で休むのを黙認するのか、という賛否両論はあるかもしれませんが、それを超えるものがあって、動かされたのだと思います。かくしてコンサートのチケットもなんとか確保、学校への欠席の連絡もわたしが入れた記憶はないので、おそらく自分で落とし所を見つけて伝えたのだと。最終的にはアルバイトの収入だけではちょっと足らなくなった部分を援助したりはしましたが、コンサートの思い出とあわせて、たくさんの経験値を積んで、無事に、そして意気揚々と東京から戻ってきました。この経験を経て、その後のほのさんは、学業に支障が出ない程度の推し活遠征やらお友達との旅行やら、自分でやりたいことを決めて動ける、という手応えを得たように見えました。
と同時に、わたし自身もほのさんへの対応がちょっと変わったというか、必要以上に口を出さないとか、心配でも見守るとか、良い加減の距離感をとるようなことが多少でもできるようになったのは、このことがきっかけだったかな、と思います。
最終的にはほのさんは、これまでの学校生活の中ではこの時期いちばんちゃんと勉強してたのではないかと思いますし(えっ)、生徒会長を引き受けて学校生活を彼女なりに案じて考えていたり、扶養家族の範囲内にアルバイトの時間を収めるのに苦労したりしてました。よく働きよく学びよく遊び、の4年間は、ほのさん本人だけでなく、家族にとっても必要な時間だったのだなあ、と、これを書きつつしみじみ振り返ったのでした。
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忘れた頃に。
ほのさんが高校生だったときのことです。わたし目線だけどほのさんの話じゃん…とも思いましたが、がんばったよねを送るのもありとのことなので、これで行きます。しかもタグを盛大に間違えたので再投稿ですorzさっきのにいいねくださったかたごめんなさい
(注・最初の投稿はタグの頭に「創作」がついてしまってたのです…ちゃんと確認しないからorz。既にいいねやスタンプがこの時点で、わたしにしてはかなりついてたので、そのままにするのも考えましたが、いやいや創作じゃないから!で、再投稿した際にがっつりにならない部分の文章を直しました。このあとのがっつり部分は、実は手直しなしそのままです…)
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ほのさんは、最初の高校を1年生の2学期で退学しています。その先のことを考えるに、やはり高卒の資格はないと大変であろう…と話し合いを重ねて、なんとか納得してもらって(と思いたい)、再びの高校受験を経て定時制高校に通うことになりました。
さて、学校は夜間部でしたので「学校生活に慣れたら、アルバイトなどで働く経験をしてください」という指導がありました。しかし、ほのさん自身が積極的に前に出る性格では決してないこともあり、アルバイトに応募するのも気が重かったらしく…たしかに、電話するとか、勇気が要りますね。どうにか行動に出ないものかと、かなり気をもみましたが、わたしができることは結局なく、同級生に教えてもらったという、メールで応募できるファミレスに連絡して、面接を受けました。ようやく働きながら学校に行くスタイルになったのは1年生も終わる頃だったかと思います。
そんなほのさんと我が家に転機が訪れたのは、アルバイトを始めてからわりと程ない頃だったのですが、当時ほのさんがいちばん推していたアイドルさんの、グループからの卒業発表でした。「こんなに早くこの日が来るとは思わなかった…」と言いつつも「卒業コンサートには、学校を休んででも絶対に行って見送りたい」と。ななななんですと?!と思いました。そこまで???止めても聞きゃしないわな、でもなあ…と、とりあえず様子を見ることにしたのでした。
しかし、心配をよそに、高速バスやら前泊することにしたらしく泊まる場所やら、付随して行きたい場所の予約やら、気づけばほぼ全部自力で手配しておりました。
こうなってくると「学校を休んでまでアイドルのコンサート…」と思って見てたほうも応援モードになるのでした。学校をこんな理由で休むのを黙認するのか、という賛否両論はあるかもしれませんが、それを超えるものがあって、動かされたのだと思います。かくしてコンサートのチケットもなんとか確保、学校への欠席の連絡もわたしが入れた記憶はないので、おそらく自分で落とし所を見つけて伝えたのだと。最終的にはアルバイトの収入だけではちょっと足らなくなった部分を援助したりはしましたが、コンサートの思い出とあわせて、たくさんの経験値を積んで、無事に、そして意気揚々と東京から戻ってきました。この経験を経て、その後のほのさんは、学業に支障が出ない程度の推し活遠征やらお友達との旅行やら、自分でやりたいことを決めて動ける、という手応えを得たように見えました。
と同時に、わたし自身もほのさんへの対応がちょっと変わったというか、必要以上に口を出さないとか、心配でも見守るとか、良い加減の距離感をとるようなことが多少でもできるようになったのは、このことがきっかけだったかな、と思います。
最終的にはほのさんは、これまでの学校生活の中ではこの時期いちばんちゃんと勉強してたのではないかと思いますし(えっ)、生徒会長を引き受けて学校生活を彼女なりに案じて考えていたり、扶養家族の範囲内にアルバイトの時間を収めるのに苦労したりしてました。よく働きよく学びよく遊び、の4年間は、ほのさん本人だけでなく、家族にとっても必要な時間だったのだなあ、と、これを書きつつしみじみ振り返ったのでした。
