はいしゃこわい
公開 2020/05/01 22:16
最終更新
2025/07/05 16:56
地元にもどってきてから初めて歯医者に行った。
問診で「こわがりですか」と訊かれたので「こわがりです」と答えたら「何がこわいですか?」と訊かれた。
何がこわいのか?
改めて訊かれると歯医者への恐怖は漠然としている。痛いのがこわいと思うが、近ごろの歯科治療はあんまり痛くないのも知ってる。じぶんで言うのもなんだが俺はわりとがまんするほうだ(がまんするから余計に虫歯が悪化するのだ)。
「音がこわいとか?」と訊かれた。音はまあこわい。て言うか、くちのなかにいろいろ入れられるのはふつうに厭だろうが。でも音そのものがこわいわけではない気がする。くちのなかで鳴ってちゃいけない音が鳴るのはこわい。
「トラウマみたいなのはありますか?」と訊かれたが、流石に心的外傷と呼ぶほどではない。が、厭だったことを思い返せば歯医者にまつわる記憶はすべて厭だ。いい思い出があってもどうかと思うが。でも前に行った歯医者さんが俺の田舎を訪れたことあると話してたのは嬉しかったっけ。
「じゃあ、特別されて厭なことはないですね?」と言われた。そんなことはないと思う。されて厭なことはたくさんあるが、されて厭なことをされるのはすべて虫歯になった己がわるいので言えないだけだ。
不思議だよ。風邪をひいても、自己責任とはあんまり思わない。しかし虫歯になると自己責任の感じがする。こわいし厭だが言えないのだ。言えないことがこわい。責められてる気がしてこわい。
にんげんがこわい…………
というのもまあ気恥ずかしくて言えないので結局「はい!何をされても大丈夫です!」と答えた。こわいもの知らずだ。俺はよく「こわいもの知らず」と言われるが、ビビりすぎていて表に出せないのだよ。
レントゲンを撮ったあと二時間くらい診察台で待たされた。個室にでかいテレビとソファがあって病棟の有料個室みたいだった。ワイドショーみたいなやつでコロナウイルスの話がされていた。壁にはパソコンのディスプレイだけがあって、いぬかうまのポスターを貼ってほしいと思った。
外のほうからは子どもたちの悲鳴が聞こえていた。院内BGM(J-Popらしいがよく分からない)と重なりまさに阿鼻叫喚というやつだ。
隣りの個室の少年の治療が始まった。悲鳴というよりもはや絶叫だ。合間に母親か看護師さんか、「大丈夫」「すぐ終るよ」「大丈夫だから」と励ます声が聞こえてくる。がんばれ……と思いながら俺はマレーバクのハンカチをにぎりしめた。
「ヤダーーーーーッ!」
「キエーーーーーーッ!」
「絶対ヤダーーーーー!!」
途切れることのない絶叫を聞きながら、人生でこれほど全力で何かに抗ったことがあっただろうか……と考え始めた。少なくとも物心ついてからはないと思う。俺の周りに「大丈夫」と言ってくれるおとなはいなくて、何かを拒めばますます大丈夫じゃなくなるだけだったので早い段階であきらめを得たのだ。
「こわいーーーーーッ!」
「ウワーーーーーーッ!」
「ギャーーーーーッ!」
次第に少年の恐怖と憤り、絶望が伝染してきた。世界はあまりにも非情だ。これほど全力で抗っても、無駄なのだ。「大丈夫」「こわくない」と他人は言うが、恐怖は本人にしか分からない。全然大丈夫じゃない。しかし、考えてみれば厭なことやこわいことを強要されているひとは世のなかに山ほどいる。少年もいつかは、どれだけ抗ってもだめなときはだめだと知ってしまうのだろう。
生きていくことがこわい。結局はそれに尽きるじゃん。でもそんなこと言えないから、こわくないふりをしつづけるだけで、ずっと、死ぬまでこわい。なんなんだ人生。
気づいたら少年の悲鳴は止み、俺はちょっと泣いていた。
そして歯医者さんが「お待たせー」とやってきた。
治療のあいだ俺はチワワのように震えていて、歯医者のせんせいは「大丈夫ですか?」と十回くらい訊いてくれたけど笑ってた。俺は「大丈夫です」と言いながら、おまえがこわいわけじゃない、俺は人生がこわいんや!と思っていた。
でも正直せんせいの顔もちょっとこわかった。
病院を出て車に乗ったら緊張がとけて、妙にかなしくて、泣きながら帰った。
歯医者こわかった。
問診で「こわがりですか」と訊かれたので「こわがりです」と答えたら「何がこわいですか?」と訊かれた。
何がこわいのか?
改めて訊かれると歯医者への恐怖は漠然としている。痛いのがこわいと思うが、近ごろの歯科治療はあんまり痛くないのも知ってる。じぶんで言うのもなんだが俺はわりとがまんするほうだ(がまんするから余計に虫歯が悪化するのだ)。
「音がこわいとか?」と訊かれた。音はまあこわい。て言うか、くちのなかにいろいろ入れられるのはふつうに厭だろうが。でも音そのものがこわいわけではない気がする。くちのなかで鳴ってちゃいけない音が鳴るのはこわい。
「トラウマみたいなのはありますか?」と訊かれたが、流石に心的外傷と呼ぶほどではない。が、厭だったことを思い返せば歯医者にまつわる記憶はすべて厭だ。いい思い出があってもどうかと思うが。でも前に行った歯医者さんが俺の田舎を訪れたことあると話してたのは嬉しかったっけ。
「じゃあ、特別されて厭なことはないですね?」と言われた。そんなことはないと思う。されて厭なことはたくさんあるが、されて厭なことをされるのはすべて虫歯になった己がわるいので言えないだけだ。
不思議だよ。風邪をひいても、自己責任とはあんまり思わない。しかし虫歯になると自己責任の感じがする。こわいし厭だが言えないのだ。言えないことがこわい。責められてる気がしてこわい。
にんげんがこわい…………
というのもまあ気恥ずかしくて言えないので結局「はい!何をされても大丈夫です!」と答えた。こわいもの知らずだ。俺はよく「こわいもの知らず」と言われるが、ビビりすぎていて表に出せないのだよ。
レントゲンを撮ったあと二時間くらい診察台で待たされた。個室にでかいテレビとソファがあって病棟の有料個室みたいだった。ワイドショーみたいなやつでコロナウイルスの話がされていた。壁にはパソコンのディスプレイだけがあって、いぬかうまのポスターを貼ってほしいと思った。
外のほうからは子どもたちの悲鳴が聞こえていた。院内BGM(J-Popらしいがよく分からない)と重なりまさに阿鼻叫喚というやつだ。
隣りの個室の少年の治療が始まった。悲鳴というよりもはや絶叫だ。合間に母親か看護師さんか、「大丈夫」「すぐ終るよ」「大丈夫だから」と励ます声が聞こえてくる。がんばれ……と思いながら俺はマレーバクのハンカチをにぎりしめた。
「ヤダーーーーーッ!」
「キエーーーーーーッ!」
「絶対ヤダーーーーー!!」
途切れることのない絶叫を聞きながら、人生でこれほど全力で何かに抗ったことがあっただろうか……と考え始めた。少なくとも物心ついてからはないと思う。俺の周りに「大丈夫」と言ってくれるおとなはいなくて、何かを拒めばますます大丈夫じゃなくなるだけだったので早い段階であきらめを得たのだ。
「こわいーーーーーッ!」
「ウワーーーーーーッ!」
「ギャーーーーーッ!」
次第に少年の恐怖と憤り、絶望が伝染してきた。世界はあまりにも非情だ。これほど全力で抗っても、無駄なのだ。「大丈夫」「こわくない」と他人は言うが、恐怖は本人にしか分からない。全然大丈夫じゃない。しかし、考えてみれば厭なことやこわいことを強要されているひとは世のなかに山ほどいる。少年もいつかは、どれだけ抗ってもだめなときはだめだと知ってしまうのだろう。
生きていくことがこわい。結局はそれに尽きるじゃん。でもそんなこと言えないから、こわくないふりをしつづけるだけで、ずっと、死ぬまでこわい。なんなんだ人生。
気づいたら少年の悲鳴は止み、俺はちょっと泣いていた。
そして歯医者さんが「お待たせー」とやってきた。
治療のあいだ俺はチワワのように震えていて、歯医者のせんせいは「大丈夫ですか?」と十回くらい訊いてくれたけど笑ってた。俺は「大丈夫です」と言いながら、おまえがこわいわけじゃない、俺は人生がこわいんや!と思っていた。
でも正直せんせいの顔もちょっとこわかった。
病院を出て車に乗ったら緊張がとけて、妙にかなしくて、泣きながら帰った。
歯医者こわかった。
車の運転と犬が好き
他人に話すほどでもなく日記に書くほどでもないメチャクチャどうでもいい話と過去の習作置き場です
「いま私は静かにしている」はいちおう連作ですが、それぞれの話につながりはないです
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