年の暮れ、神さまと
公開 2012/12/20 11:37
最終更新
-
顔を覆ってメソメソと泣いて、手を離して鼻をかんで、ふと目をあげたら神さまがいた。神さまが現れるのは久しぶりだったので私は少しおどろき、泣くのを忘れてしばしその姿に見入ったのだが、神さまのほうは相変わらず、二千年ほどまえからすでにそこにいましたよ、とでも言いたげな顔でみかんの皮を剥いている。白くてほっそりした、怪我なんていちどもしたことのないような、お姫さまみたいな手をしているので、みかんなぞ剥いたら黄色くなってしまうんじゃないかと思うのだけれどもそこは流石に神さまだけあって、手がよごれたり爪のあいだに皮が挟まったりはしないのだ。そうして一房くちに入れ、ふむ、としばし瞑目する。閉ざされたまぶたも、とても白い。「うまいな。甘さと酸味のバランスが実に絶妙だ」「宇和島産」「愛媛か。結構」満足そうに頷いて神さまはもう一房くちに入れる。私はそれを見ている。「何かをつくるひとはすごい」とつぶやくと神さまは頷く。「それを分けてもらうひとは、見あった対価を支払う」「世のなかギブアンドテイクだからな」またも頷く、私を見ずに。「でも私は何も支払っていない、おいしいところだけちょこっといただいて何も返さないし、何も生まないし、何の役にも立たない。ただ世界に寄生して、おこぼれに与って、いろんなものを消費してただ食いつぶすだけだ。私は卑劣だ。生きる意味とか価値とかそういう問題じゃなくて、無駄な存在だ、害悪と言ってもいい」一息に話したら呼吸が詰まって、げほげほと咳きこむのと同時に涙が出た。神さまはようやく私を横目で見て、いかにもばかばかしいという調子で「なんだ」と言う。「そんなことで泣いていたのか」「だって」「きみはいつも泣いてるな」てっきり私が泣いているときにこそ現れるものだと思っていたのでその言い草に私は多少唖然とした。「一人で泣くのはただ、だから」「ほう」「でも好きなものを好きと言う資格はただじゃなかった」神さまは、こんどはきちんと私に向き直った。白くて清潔なおでこ。「きみ権利とか資格とか、そういう話はきらいじゃなかった?」「不都合だからきらいなんだよ」神さまは鼻で笑い「卑劣でいいじゃないか」と、みかんを一つ私に投げて寄こす。「何もそんな正統な生きかたでなくても。無駄に生きて、しねばいいじゃない」身も蓋もない。「正統じゃなくてもいいかな」「いいとは言わない。が、そんなことで泣くのはくだらない」卑劣なら卑劣らしく、ふてぶてしくしなさいと言って椅子ごとくるりとまわると、現れたときとおなじように唐突に消えた。神さまはちっとも親切でないのだが、もしかすると宇和島のみかん農家はいまごろ手放しでほめられているのかも知れない。羨ましくない、わけではないが、私は私の神さまのリップサービスの少なさがきらいでもないので、世のなか上手くまわっている。卑劣らしい食べかた? いま私はみかんに指を刺す。
車の運転と犬が好き
他人に話すほどでもなく日記に書くほどでもないメチャクチャどうでもいい話と過去の習作置き場です
「いま私は静かにしている」はいちおう連作ですが、それぞれの話につながりはないです
他人に話すほどでもなく日記に書くほどでもないメチャクチャどうでもいい話と過去の習作置き場です
「いま私は静かにしている」はいちおう連作ですが、それぞれの話につながりはないです
最近の記事
タグ
