蜘蛛と勝手にお別れのブルース
公開 2010/10/03 22:33
最終更新
-
「窓開けたら、くも彦出て行っちゃったよ」と言われて「そっかー」と答えた。それからテレビを観て笑って、いつものように夜更かしをして、明るいふとんで眠った。差しこむ日差しがまぶしくて目を覚ますとお昼だった。メールをチェックして部屋に掃除機をかけてお風呂で髪を乱暴に洗って、机に向かって、そっかーと思った。あたためたパンとコーヒーでお昼を済ませて、また少しテレビを観たり、知らないだれかの話を聞いて笑った。それから洗いものをして、排水溝を念入りに磨いて、手をきれいに石けんで洗ってからサンドウィッチをつくった。私がつくるサンドウィッチは大抵いつもおなじ、きゅうりとハムとチーズ入りで、半分はマスタードが塗ってある。八十円で買った袋入りの食パンは開けたときからすでに少し乾いている。マーガリンを塗って、ハム、チーズ、きゅうりの順に重ねたのをいくつも積みあげた。最後にうえからぎゅうぎゅうと押して、ラップにくるんで冷蔵庫に入れた。上出来だ、とつぶやく。手もとがいつの間にか薄暗い。窓を閉めてカーテンを閉めて、なかなか上出来だと思いながら椅子に腰をおろすと、急に涙が出た。私はよく泣くのだ。泣き慣れていると言ってもいい。さっと泣いてすぐに泣き止む。けれどもその涙はだらしなくだらだらと流れて止まらず、へんだなと思いながら私はそれを腕で拭いた。うげえ、と妙な声がくちから洩れて、可笑しいなあと思うまえに喉の奥の、おなかの底のほうからつぎつぎに声があふれた。あ、だめだな、とくちを押さえたけれど、すぐに、まあいいか、と考え直した。私は一人なのだ。窓だって閉めた。今更だれに聞き咎められると言うのだろう。それで、うう、うう、うう、と唸ってみると調子が出てきて、うううっ、うううっ、とどんどん大きな声が出た。それは少し面白く、ほとんどは腹立たしかった、なぜなら、私はずっと準備をしていたからだ。言い聞かせていたからだ。私のものなんて何もないのだと、うしなったと思うことすら我が儘の一つに過ぎないのだと。はてあの準備はなんだったのだろうかと私は思ったが、それはそうとしばらくは飽きずに声をあげて泣いた。それから少しずつ呼吸が落ち着いて、古い蛇口をしめるようにゆっくりと涙は止まった。二回ほど鼻をかんで、冷めたコーヒーをひとくち飲んで、なぜだか急にがさがさし始めた手にぼろいチューブのクリームを塗った。青いカーディガンを羽織って、少しだけ手の匂いをかいだ。そっかー、といま私は思い、それはもう、それでよかった。
車の運転と犬が好き
他人に話すほどでもなく日記に書くほどでもないメチャクチャどうでもいい話と過去の習作置き場です
「いま私は静かにしている」はいちおう連作ですが、それぞれの話につながりはないです
他人に話すほどでもなく日記に書くほどでもないメチャクチャどうでもいい話と過去の習作置き場です
「いま私は静かにしている」はいちおう連作ですが、それぞれの話につながりはないです
最近の記事
タグ
