椅子のある部屋
公開 2010/10/04 08:38
最終更新
-
あれ、ナオミ? と呼びかけると「なあに」という声が重なった気がした。気のせいではなかったようだ、ひょっこりと洗面所から顔を出したのと、欠伸をしながらソファから起きあがったのと、台所で振り返ったのがいた。おかしいな、どれがほんものなのか分からない。どれがほんもの? と尋ねると、私がにせものに見える? と全員がくちを揃えた。にせものには見えない。どれもナオミに見えた。それで、どれもほんものに見えると私は答える。だって私はほんものだから、とナオミたちがまた合唱する。そうか、と私は頷くが、ふと不安になって三人のナオミたちを交互に見た。「時間が経ったらまた一人のナオミにもどるのかな?」「ばかだねえ」「ナオミは最初から一人でしょ」「ばかだねえ」ナオミたちはくちぐちに言って、あきれ顔で私を囲んだ。これが夢だとしたら、目が覚めたときにはナオミはやはり一人なのだろう。それは、どのナオミなのだろう? どのナオミが残ってどのナオミがいなくなるのだろう? それとも、三人が粘土のように混じりあうのか、セロファンのように重なるのか? 三対の目が私を見ていた。これが夢でも、うしなわれたら寂しいだろうと思った。そしてそれが、強欲なことであると感じた。「どうしようか」「なあに」「ナオミの椅子が一つしかない」そう言うと途端に泣きそうになり、私は眉間に力をこめた。ナオミたちは顔を見あわせて「ばかだねえ」「それ以上椅子を増やしてどうするの」「ばかだねえ」うん、うん、と頷きながら私は必死に眉を寄せ、ナオミはそれを見てニヤニヤと笑った。ナオミの手は小さく、蔓のようにしっかりと私の手をにぎる。いま私は、朽ちかけた古い椅子に座っていた。
車の運転と犬が好き
他人に話すほどでもなく日記に書くほどでもないメチャクチャどうでもいい話と過去の習作置き場です
「いま私は静かにしている」はいちおう連作ですが、それぞれの話につながりはないです
他人に話すほどでもなく日記に書くほどでもないメチャクチャどうでもいい話と過去の習作置き場です
「いま私は静かにしている」はいちおう連作ですが、それぞれの話につながりはないです
最近の記事
タグ
