十月の雨
公開 2010/10/01 11:48
最終更新
2025/03/01 11:49
雨だ、といち早く言って彼は手のひらを見た。数秒も置かずにそれは本降りになって、灰いろに乾いていたアスファルトがあっという間に塗りつぶされる。急ぐのがきらいな私たちは通りすがりのシャッターのまえに身をひそめた。どこから湧いて出たのか分厚い暗雲が空を覆い、真昼だというのにあたりは暗い。「雨に最初に気づくひとって」と私が言いかけると、彼はくびを振る。またへんなことを言う気でしょ、と眉を寄せるがくちもとがゆるんでいるので覇気はない。大粒の雨が音をたてて、周囲は奇妙に無人だった。「やみそうにない」彼は言い、器用に鼻のうえに皺を寄せて私を見る。まいったね、と私は答えて閉ざされたシャッターを見る。印刷所のようだ。塗装があちこち剥げている。どうしよう、と彼はつぶやいて、頼りなげな視線を投げた。実に弱々しい、子どものような横顔。視線の先にはコンクリートの塀に囲まれた庭があって、楓が申し訳程度に染まり始めていた。つめたい雨が、降りつづく。彼は私の目のまえで、迷子みたいな表情をしている。「傘を買わないと」と私は言う。この先のコンビニまで走って、傘を買おう。一本買えばなんとかなると曖昧なことを言ってのけると、彼は力なく笑って「きみは傘がへたくそだからなあ」と私を見た。私は傘がきらいなのだ、さすのも持つのも。それは上手いとかへたとか、そういう問題ではないはずだった。私たちは傘を買い、はみ出した肩を濡らしながら帰った。二度と雨のなか歩きたくない、と私が洩らすのを聞いて彼はくびを振り「傘はやっぱり一人に一つだな」と言った。上達したくないと思った。何一つ、上手くなんてなりたくない。さあ風邪をひくまえにお湯をためよう、と言われた気がして閉じた傘から目をあげたが、いま私は雨に煙る軒先で一人で立っていた。
車の運転と犬が好き
他人に話すほどでもなく日記に書くほどでもないメチャクチャどうでもいい話と過去の習作置き場です
「いま私は静かにしている」はいちおう連作ですが、それぞれの話につながりはないです
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