楽曲「花(ブーケ)束」を思い出す。
公開 2024/01/28 13:58
最終更新
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昨年末、八代亜紀さんが亡くなったよね。病気療養のため予定していたスケジュールをすべてキャンセルして休業したのを覚えている。「たしか三島市の文化会館の日野皓正コンサートのゲストが八代亜紀だったよなぁ・・・・・」と記憶の片隅にあった。たしかそのコンサートまで1週間~10日前という程度であったように記憶しているね。12月の中旬だったかな。行きつけの床屋さんが沼津にあって「日野皓正がこの間来てさ。熱海に居るんだよ。日本にいるときはね。久しぶりで一瞬誰だったか分からなかったよ。」って話していた。「あ~三島市文化会館のコンサートで八代亜紀さんが病気で・・・・」「そうそうその何日か前だったかな。来てさぁ代演が森山良子になったんだよな。」って教えてくれた。この床屋さん「孤独のグルメ」原作者:久住昌之さん御用達なのは知っていたけれど、日野皓正御用達というのは、この時初めて知ったね。
特にあたしは八代亜紀のファンではない。
とおいとおいとおい昔「付き合ってください。」と言ってきた女の子が、なぜか八代亜紀のファンだった。
ただ、この人は元々クラブ歌手で、ジャズ歌っていたのね。2~3年ほど前にJAZZのCDを出していてFM放送で流れていて「あ~さすがだな。」と思ったね。
日本における「あっこの人は確かにJazzシンガーだぞ」と言えて、ビッグバンドをバックに従えて絶対的な存在感があるのは、美空ひばり、江利チエミの2人だね。そこに3人目として入れても遜色無いと思えたのが八代亜紀。
1980年代の終りだったかな。八代亜紀って「トラックドライバーのアイドル」と呼ばれるほどの演歌歌手だったのは、誰もが知る事項だよね。
1990年に服部一族の三代・・・服部良一、服部克久、服部隆之とコラボした作品「八代亜紀 / 服部メロディを唄う」というアルバムと、そこからシングルカットされた「花束 (ブーケ)」という曲がある。
「花束 (ブーケ)」、あたしは長い間晩年の作曲家服部良一が「作詞」をあえてした作品で
服部良一、服部克久、服部隆之の3人と八代亜紀の作品なのかなと思ったら、このシングル作品CDは「花(ブーケ)束」と「たそがれ東京」の2曲が収録されていて、
「花(ブーケ)束」は、作曲:服部克久/編曲:服部隆之
「たそがれ東京」は作曲:服部良一/編曲:服部克久
作詞はともに阿久悠だったのね。
んで、この「花(ブーケ)束」は演歌じゃない。「えっこの人こういう曲歌うんだ。」と驚いた。
前述のように「トラックドライバーのアイドル」であったので、演歌=八代亜紀というファン層からは受けが良くなかった。だからさっき調べたらヒットチャートでは最高位が68位ほどなのね。メインのファン層の取り込みが出来なかったということなのだけれど、それ以外の層の取り込みができたため、この曲は100位内に25週間チャートインしていたという。全く演歌色のない楽曲なのね。
ふと八代亜紀さんが亡くなったとメディアが伝えてきた時、この曲が頭に流れてきた。「あ~この曲だけは、八代亜紀作品としてあたしの頭に残っているんだなぁ。はて曲名なんだったかな??」とその直後に調べ始めたことを記憶にとどめておきましょう。
今更ながらではありますが、
ご冥福をお祈りいたします。
特にあたしは八代亜紀のファンではない。
とおいとおいとおい昔「付き合ってください。」と言ってきた女の子が、なぜか八代亜紀のファンだった。
ただ、この人は元々クラブ歌手で、ジャズ歌っていたのね。2~3年ほど前にJAZZのCDを出していてFM放送で流れていて「あ~さすがだな。」と思ったね。
日本における「あっこの人は確かにJazzシンガーだぞ」と言えて、ビッグバンドをバックに従えて絶対的な存在感があるのは、美空ひばり、江利チエミの2人だね。そこに3人目として入れても遜色無いと思えたのが八代亜紀。
1980年代の終りだったかな。八代亜紀って「トラックドライバーのアイドル」と呼ばれるほどの演歌歌手だったのは、誰もが知る事項だよね。
1990年に服部一族の三代・・・服部良一、服部克久、服部隆之とコラボした作品「八代亜紀 / 服部メロディを唄う」というアルバムと、そこからシングルカットされた「花束 (ブーケ)」という曲がある。
「花束 (ブーケ)」、あたしは長い間晩年の作曲家服部良一が「作詞」をあえてした作品で
服部良一、服部克久、服部隆之の3人と八代亜紀の作品なのかなと思ったら、このシングル作品CDは「花(ブーケ)束」と「たそがれ東京」の2曲が収録されていて、
「花(ブーケ)束」は、作曲:服部克久/編曲:服部隆之
「たそがれ東京」は作曲:服部良一/編曲:服部克久
作詞はともに阿久悠だったのね。
んで、この「花(ブーケ)束」は演歌じゃない。「えっこの人こういう曲歌うんだ。」と驚いた。
前述のように「トラックドライバーのアイドル」であったので、演歌=八代亜紀というファン層からは受けが良くなかった。だからさっき調べたらヒットチャートでは最高位が68位ほどなのね。メインのファン層の取り込みが出来なかったということなのだけれど、それ以外の層の取り込みができたため、この曲は100位内に25週間チャートインしていたという。全く演歌色のない楽曲なのね。
ふと八代亜紀さんが亡くなったとメディアが伝えてきた時、この曲が頭に流れてきた。「あ~この曲だけは、八代亜紀作品としてあたしの頭に残っているんだなぁ。はて曲名なんだったかな??」とその直後に調べ始めたことを記憶にとどめておきましょう。
今更ながらではありますが、
ご冥福をお祈りいたします。
禰󠄀子屋宇之助堂時川
我が家の先代御猫『宇之助』を置いたネーミング。
宇之助御猫様が創業御猫様でありますねぇ。
今は虹の向こうからお守り頂いております。
手代の福助お猫
丁稚の辰五郎お猫が御店を守っておりまする。笑
我が家の先代御猫『宇之助』を置いたネーミング。
宇之助御猫様が創業御猫様でありますねぇ。
今は虹の向こうからお守り頂いております。
手代の福助お猫
丁稚の辰五郎お猫が御店を守っておりまする。笑
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