悪い想像を働かせるのをやめたい話
公開 2025/07/17 18:32
最終更新
2025/07/17 19:20
皆様、こんばんは。もしくはこんにちは。あるいはおはようございます。夕緋です。
先日、お世話になっている人に自分の考えていたことを話し、そこで自分の過去の思考について様々な気づきがありました。いくつか記事を作るか、この記事だけにするかはまだ決めていませんが、今回は「これはやめておきたいな」と思った話をします。
毎度のことながらこのブログは夕緋の夕緋による未来の夕緋のためのブログですので、読んでいただく際にはその点ご了承ください。
私がこれからやめたいと思っている小さい頃からの思考のクセはタイトルの通り「悪い想像を働かせること」です。別の言い方をすれば「最悪の想定を常にすること」。この思考のクセが出来たのには理由があります。
私には年長から中学1年生の始め頃まで続けていた習い事があります。その習い事の先生が本当に厳しかった。その先生が特別厳しかったのか、その世界がそういうものだったのかは分かりませんが、少なくとも私に合っていなかったのは確かです。今もそうですが、幼い頃から怒られることがとにかく怖くて、でも習い事に行くと基本的に厳しい言葉が飛んでくるので、何か対処法を考えなければなりませんでした。
そこで私が考えついたのは「何を言われるかを予想して事前に避けておく」ことでした。これ言い方次第でいくらでも印象が変わってしまうのです。今の言い方だと良く聞こえるかもしれませんが、実際の感覚に近づけて言うと「できるだけ酷い言葉を事前に予想しておいて致命傷を避ける」になります。怒られて泣くと余計怒られるので、先回りして傷をつけておく、といった感じでしょうか。
子供時代の7年間で培ってしまったその考え方は今でも私に根を張っています。1人で完結することであれば新しいことも出来るのですが、対人になると悪い想像を働かせてしまいます。受け入れられないんじゃないか、否定されるんじゃないか、嫌われるんじゃないか。もしくは自分自身について失敗するんじゃないか、そして迷惑をかけるんじゃないか……。組織の中で上手くやれるイメージは湧いてきません。全ての予測が失敗に繋がっている。全部架空の出来事なのに「やっぱり自分にはできない」という思いばかり強くなる。
この思考には出来るだけ先回りして予想を立てておくという特徴があります。この前気づいたのは「私は私の心の中さえ自由にしていない」ということ。何かそのまま他人に言ったら傷つけるようなことを思った時に、「そんなことは思っちゃダメ。思っていたらきっとそのうち口に出す。そして傷つける」という思考が働き、咄嗟に蓋をするのです。
ここまで読んでくださった方はお気づきかもしれませんが、この思考を持っていて良いことが見当たらない。致命傷は避けられたのかもしれないけれど、その前に自分が傷だらけになっているし、予想外の方向から致命傷を与えられることだってある。自信になることだって何もない。でも、そんなことは今だから言えることで、当時の私にとっては必要な思考だったことも理解しています。けど、今は必要ではないはず。
書きながら思ったのは、当時の私は致命傷を1人で抱えるしかないと思っていたのだろうな、ということです。元々人を頼るハードルの高い子で、人を頼れないなと思った出来事もあったので、1人で戦うためにはこういう方法を生み出すしかなかったのかな、と思います。
色んなことがあった子供時代を生き抜いてくれたことにはとても感謝しています。出来ればあの頃の私が今の私を見た時に「こうなれるなら生きていたいな」と思えるような人でありたい。だからこそ悪い想像を働かせることをやめたい。今はそれによって身動きが取れなくなっている気がするから。
もうちょっと自由になって、自分に希望を抱けるといいなと思います。
目を通してくださった方にお礼を。ありがとうございました。
今日はここでおしまい。
先日、お世話になっている人に自分の考えていたことを話し、そこで自分の過去の思考について様々な気づきがありました。いくつか記事を作るか、この記事だけにするかはまだ決めていませんが、今回は「これはやめておきたいな」と思った話をします。
毎度のことながらこのブログは夕緋の夕緋による未来の夕緋のためのブログですので、読んでいただく際にはその点ご了承ください。
私がこれからやめたいと思っている小さい頃からの思考のクセはタイトルの通り「悪い想像を働かせること」です。別の言い方をすれば「最悪の想定を常にすること」。この思考のクセが出来たのには理由があります。
私には年長から中学1年生の始め頃まで続けていた習い事があります。その習い事の先生が本当に厳しかった。その先生が特別厳しかったのか、その世界がそういうものだったのかは分かりませんが、少なくとも私に合っていなかったのは確かです。今もそうですが、幼い頃から怒られることがとにかく怖くて、でも習い事に行くと基本的に厳しい言葉が飛んでくるので、何か対処法を考えなければなりませんでした。
そこで私が考えついたのは「何を言われるかを予想して事前に避けておく」ことでした。これ言い方次第でいくらでも印象が変わってしまうのです。今の言い方だと良く聞こえるかもしれませんが、実際の感覚に近づけて言うと「できるだけ酷い言葉を事前に予想しておいて致命傷を避ける」になります。怒られて泣くと余計怒られるので、先回りして傷をつけておく、といった感じでしょうか。
子供時代の7年間で培ってしまったその考え方は今でも私に根を張っています。1人で完結することであれば新しいことも出来るのですが、対人になると悪い想像を働かせてしまいます。受け入れられないんじゃないか、否定されるんじゃないか、嫌われるんじゃないか。もしくは自分自身について失敗するんじゃないか、そして迷惑をかけるんじゃないか……。組織の中で上手くやれるイメージは湧いてきません。全ての予測が失敗に繋がっている。全部架空の出来事なのに「やっぱり自分にはできない」という思いばかり強くなる。
この思考には出来るだけ先回りして予想を立てておくという特徴があります。この前気づいたのは「私は私の心の中さえ自由にしていない」ということ。何かそのまま他人に言ったら傷つけるようなことを思った時に、「そんなことは思っちゃダメ。思っていたらきっとそのうち口に出す。そして傷つける」という思考が働き、咄嗟に蓋をするのです。
ここまで読んでくださった方はお気づきかもしれませんが、この思考を持っていて良いことが見当たらない。致命傷は避けられたのかもしれないけれど、その前に自分が傷だらけになっているし、予想外の方向から致命傷を与えられることだってある。自信になることだって何もない。でも、そんなことは今だから言えることで、当時の私にとっては必要な思考だったことも理解しています。けど、今は必要ではないはず。
書きながら思ったのは、当時の私は致命傷を1人で抱えるしかないと思っていたのだろうな、ということです。元々人を頼るハードルの高い子で、人を頼れないなと思った出来事もあったので、1人で戦うためにはこういう方法を生み出すしかなかったのかな、と思います。
色んなことがあった子供時代を生き抜いてくれたことにはとても感謝しています。出来ればあの頃の私が今の私を見た時に「こうなれるなら生きていたいな」と思えるような人でありたい。だからこそ悪い想像を働かせることをやめたい。今はそれによって身動きが取れなくなっている気がするから。
もうちょっと自由になって、自分に希望を抱けるといいなと思います。
目を通してくださった方にお礼を。ありがとうございました。
今日はここでおしまい。
久遠厨・とと徒で、ディズニーが好きなヲタクです。久遠厨・とと徒としては切り抜きを作るなどしています。
また、物語を書くのも好きです。noteやカクヨムに登録しています。更新頻度は気まぐれです。
ここにはどんな話題でも書き込んでいい、という気持ちで、未来の自分に面白がってもらうために書き始めようと思いま…
また、物語を書くのも好きです。noteやカクヨムに登録しています。更新頻度は気まぐれです。
ここにはどんな話題でも書き込んでいい、という気持ちで、未来の自分に面白がってもらうために書き始めようと思いま…
最近の記事
タグ
