「追い詰めなくていいよ、他の人が代わってくれるよ」が「あなたに価値はない」に聞こえていた頃の話
公開 2025/02/21 17:40
最終更新
2025/02/22 18:26
過去のことを思い出して、少しそれについて考えたので久しぶりにブログを書こうと思い立ちました。
ブログを書いている限り何度でも繰り返しお伝えすることになると思いますが、このブログはあくまで、今の私の思考を未来の自分に面白がってもらうために書き残すものです。基本自分用なので予めご了承ください。
私が思い出したこと。それは精神科での会話です。もしかしてネット上で私が精神科に通っていると直接言うのは初めてかもしれない。随分前から通っていますが、その通い始めた頃の話。
私は当時学生で、合唱部に所属していました。しかし、メンタルがかなりボロボロで、自分の状態を医師に説明したら「限界だね」と言われるレベルでした。だから、ちゃんと学校にも通えていなかった。つまり部活にもあまり顔を出せていなかった。とてもじゃないけど一人前に役に立っていたなんて言えません。
ただ、そんな中でも頑張っていたのが「音源作り」でした。自分のパートを弾いて録音して、同じパートの仲間に送る。これだけは欠かさなかった。
けれど、とっくに限界を迎えている私がするべきことは、とにかく休養でした。だから当然、医師にも「それを代わってもらうことはできないの?」と問いかけられます。でも、私はそれを『私にしかできない』と判断しました。他にピアノを弾ける同学年の子はいないし、先生にも頼めないだろうと考えたのです。
『私にしかできない』はこうも言い換えられます。『私がやらなければならない』と。
当時の私の主観としては、『私がやらなければならない』ことがあるのはプラスの働きをしていたように思います。そこに私の価値がある。そう思っていたから。けれど今、客観視してみれば自分で自分を追い込んでいるように見えます。
だからこそ、医師は「そこまで追い詰めなくていいよ、他の人が代わってくれるよ」と言ったし、今にして思えばきっと何か方法はあった。けれど、私にはその言葉が「他の人にもできる=私自身に価値はない」に聞こえてしまった。(※)
あの頃、私がしていた「活動」と呼べるものは、部活しかなかった。それだけは必死にしがみついて離すまいとしていた。ボロボロになって心身を削ってでもそこにいようとした。私に出来ることがそれしかないと思っていたから。もちろん、単純に好きだったというのもありますがね。
己を削る努力だったとしても、むしろ己を削る努力だっからこそ、「やらなくても大丈夫」と言われるのは、正直な話キツかった。その言葉は善意から来ていたけれど、当時の私にはそれが善意だということに気づく力もなかった。「あなたに用はない」くらいのことを言われた気分だった。
※当時の私はこちら(https://simblo.net/u/DcWpWF/post/168386)の記事に書いたように、『誰かに求められること』が前提の考え方(誰かに求められ、”私でなければいけない”と思わせるほど評価されなければならない、という考え方)をしていたため、「他の人にもできる=私自身に価値はない」に聞こえてしまった。
結局、私は引退の時まで部活を続けていました。先述したように、一人前ほどの役にも立っていなかったとは思いますが。
それが正しかったかどうか、今考えてみてもわかりません。部活を辞めていれば、もう少し早く回復したかもしれないし、後悔に押し潰されていたかもしれない。でも、あの頃の自分が「必要な休息」を認められていなかったことは確かです。『”何か”をしなくちゃいけない』そんな考えが常にあったように記憶しています。
本来の自分だったらもっとやれたんだから。周りはちゃんとやっているんだから。何もしないなんて許されない。
”何か”をしなきゃ、という焦りに反して何も出来なくなっていった。それでまた「どうして私は何も出来ないんだろう」と思って、自分を責めて……。負のループ。今でこそこうやって振り返れますが、当時は本当に何が起きているのか分からなかった。
あの頃の私を説得して休ませるのは難しいだろうな、と思います。自分自身にメンテナンスが必要で、それが許される環境にあると分かっていないですから。
今は休まないとどうなるか古傷が教えてくれるので無茶はしないようになったと思います。身を持って経験してしまったのが良いのか悪いのか……。もうちょっと浅い傷でも良かったとは思います。
この記事から何か伝わるものがあれば幸いです。
今日はここでおしまい。
ブログを書いている限り何度でも繰り返しお伝えすることになると思いますが、このブログはあくまで、今の私の思考を未来の自分に面白がってもらうために書き残すものです。基本自分用なので予めご了承ください。
私が思い出したこと。それは精神科での会話です。もしかしてネット上で私が精神科に通っていると直接言うのは初めてかもしれない。随分前から通っていますが、その通い始めた頃の話。
私は当時学生で、合唱部に所属していました。しかし、メンタルがかなりボロボロで、自分の状態を医師に説明したら「限界だね」と言われるレベルでした。だから、ちゃんと学校にも通えていなかった。つまり部活にもあまり顔を出せていなかった。とてもじゃないけど一人前に役に立っていたなんて言えません。
ただ、そんな中でも頑張っていたのが「音源作り」でした。自分のパートを弾いて録音して、同じパートの仲間に送る。これだけは欠かさなかった。
けれど、とっくに限界を迎えている私がするべきことは、とにかく休養でした。だから当然、医師にも「それを代わってもらうことはできないの?」と問いかけられます。でも、私はそれを『私にしかできない』と判断しました。他にピアノを弾ける同学年の子はいないし、先生にも頼めないだろうと考えたのです。
『私にしかできない』はこうも言い換えられます。『私がやらなければならない』と。
当時の私の主観としては、『私がやらなければならない』ことがあるのはプラスの働きをしていたように思います。そこに私の価値がある。そう思っていたから。けれど今、客観視してみれば自分で自分を追い込んでいるように見えます。
だからこそ、医師は「そこまで追い詰めなくていいよ、他の人が代わってくれるよ」と言ったし、今にして思えばきっと何か方法はあった。けれど、私にはその言葉が「他の人にもできる=私自身に価値はない」に聞こえてしまった。(※)
あの頃、私がしていた「活動」と呼べるものは、部活しかなかった。それだけは必死にしがみついて離すまいとしていた。ボロボロになって心身を削ってでもそこにいようとした。私に出来ることがそれしかないと思っていたから。もちろん、単純に好きだったというのもありますがね。
己を削る努力だったとしても、むしろ己を削る努力だっからこそ、「やらなくても大丈夫」と言われるのは、正直な話キツかった。その言葉は善意から来ていたけれど、当時の私にはそれが善意だということに気づく力もなかった。「あなたに用はない」くらいのことを言われた気分だった。
※当時の私はこちら(https://simblo.net/u/DcWpWF/post/168386)の記事に書いたように、『誰かに求められること』が前提の考え方(誰かに求められ、”私でなければいけない”と思わせるほど評価されなければならない、という考え方)をしていたため、「他の人にもできる=私自身に価値はない」に聞こえてしまった。
結局、私は引退の時まで部活を続けていました。先述したように、一人前ほどの役にも立っていなかったとは思いますが。
それが正しかったかどうか、今考えてみてもわかりません。部活を辞めていれば、もう少し早く回復したかもしれないし、後悔に押し潰されていたかもしれない。でも、あの頃の自分が「必要な休息」を認められていなかったことは確かです。『”何か”をしなくちゃいけない』そんな考えが常にあったように記憶しています。
本来の自分だったらもっとやれたんだから。周りはちゃんとやっているんだから。何もしないなんて許されない。
”何か”をしなきゃ、という焦りに反して何も出来なくなっていった。それでまた「どうして私は何も出来ないんだろう」と思って、自分を責めて……。負のループ。今でこそこうやって振り返れますが、当時は本当に何が起きているのか分からなかった。
あの頃の私を説得して休ませるのは難しいだろうな、と思います。自分自身にメンテナンスが必要で、それが許される環境にあると分かっていないですから。
今は休まないとどうなるか古傷が教えてくれるので無茶はしないようになったと思います。身を持って経験してしまったのが良いのか悪いのか……。もうちょっと浅い傷でも良かったとは思います。
この記事から何か伝わるものがあれば幸いです。
今日はここでおしまい。
久遠厨・とと徒で、ディズニーが好きなヲタクです。久遠厨・とと徒としては切り抜きを作るなどしています。
また、物語を書くのも好きです。noteやカクヨムに登録しています。更新頻度は気まぐれです。
ここにはどんな話題でも書き込んでいい、という気持ちで、未来の自分に面白がってもらうために書き始めようと思いま…
また、物語を書くのも好きです。noteやカクヨムに登録しています。更新頻度は気まぐれです。
ここにはどんな話題でも書き込んでいい、という気持ちで、未来の自分に面白がってもらうために書き始めようと思いま…
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