プロメテウスの火 2025.4.10
公開 2025/04/10 11:29
最終更新
2025/04/10 11:48
これは憶測に過ぎない与太話。
日本の現状に疑問を抱き、真の歴史を知らんとするとき、まぁかなりの高確率で田布施システムというやつに突き当たる。尤もらしいこと言うから信じてしまいそうになるのだけど、実際本当のことを隠すための目くらましじゃないかと思ってる。
李氏の件も事実の一端ではある。ただ、重大な事というか、根源的なことはそこには無くて、スピリチュアルの靄にかかって分かりにくくされてるけどホントのことって「噓みたいなこと」なんじゃないか。あまりにもフィクションとかエンタメで想像・創造され過ぎたために誰もが神話や迷信、創作だと思っていることに、本当のことが含まれているんじゃないか。
自分は「魂」の存在には懐疑的だ。何故なら思考はあくまでも脳内でおこなわれるからだ。死んだら思考は途切れる。臨死体験者が話す内容が、当人の置かれた宗教的環境に左右されていることや、当然のことながら臨死体験ののち生還していることからも、死んだ後の世界など無いと言えるのではないか。死後の世界を実際に垣間見て帰って来たものは一人もいないのだ。その人間は死者であって二度と戻ってこない。
自分は死後の世界は無いと考える。よって魂の輪廻転生は無い。
が、例えば臓器移植や輸血を受けた人が臓器提供者の記憶を受け継いだり、性格が提供者に似たりといった話は実例としてある。臓器の中に記憶があるのではなくて、DNAそのものに記憶があるのではないか。学力や性格・気質までも親からの遺伝によるところが大きい。先祖代々の記憶を引き継いでいない証明ができるだろうか。
実際に自分はピンチになった時は先祖に助けを乞うたり、漠然と神への助けや感謝を抱くことが幼少期からあり、その度に「応えてくれた」という実感さえある。それは遠い「あの世」から来たのではなく、恐らくは自分の中に流れる先祖代々のDNAが呼応したものではないか。神社に行って願いが叶ったとかもそうだろう。
ゾロアスターの教えはペルシャが滅亡してからキリスト教・仏教へ素地を提供しながら秘儀としてインドに残った。16世紀ヨーロッパで起こった宗教革命は人々を「真の教え」への関心に向かわせた。ギリシア経由で残ったゾロアスター教の書物を解読する者はもうおらず、わざわざインドへ危険な航海をして経典を読むための言語習得に行く者もいた。
ゾロアスター教は現代の世界宗教の大元になったもので、つまりは全ての現代思想の根源であると言える。が、そこに例外もある。
現在の神社(神道)はゾロアスターの教えが日本列島に到達する以前からある自然崇拝・アミニズムに後から伝播したユダヤ教・ゾロアスター教・仏教が混在して成立したものだ。後から伝播した諸宗教は、秦・物部・蘇我など移民と共にもたらされた。そして元々いた日本列島民を駆逐し、移民同士で勢力争いを起こし、混血していった。今もなお元々いた日本列島民と彼ら移民のDNAは日本人の中に流れている。つまり、人類最古の記憶が日本人のDNAの中に保存されているのではないか。
人間の想像力は無限ではない。脳で思考する以上、想像は脳細胞が認知できる範疇でのみ行われるはずだ。だとしたら人間の生み出す物語、フィクションと思われることが実際に起こったことでないと、本当に言えるのだろうか。
諸宗教・製鉄・稲作・畑・養蚕(織物)・天文学などと共に移民してきた者たちよりも以前にこの地に暮らしていた者たちは、海洋民であったため現在でも世界各地にその痕跡を残している。移民たちが日本列島に来た時の混乱から征服に至るまでの詳細は、勝者である彼らの都合の良いようにではあるが『記紀』に纏められている。『記紀』はあくまでも正史であるが、その他にもまがい物扱いされて表に出てこない文書はある。それが竹内文書と、九鬼文書である。何が起きたのかを知りたいのなら、まがい物と言われるようなものも含めてあらゆる書物を読む必要がある。
何もかも陰謀論として取り合わない姿勢は自らを真理から遠ざける。こういった態度はセンメルヴェイス反射という。通説にそぐわない事実を拒絶する傾向や、常識で説明できない事実を拒絶することを指す。
隠された闇の中に真実を求めて進むためには自分の中にある光を高く掲げて歩くことが大切だ。それこそがプロメテウスが人類に与えた宝なのだから。
日本の現状に疑問を抱き、真の歴史を知らんとするとき、まぁかなりの高確率で田布施システムというやつに突き当たる。尤もらしいこと言うから信じてしまいそうになるのだけど、実際本当のことを隠すための目くらましじゃないかと思ってる。
李氏の件も事実の一端ではある。ただ、重大な事というか、根源的なことはそこには無くて、スピリチュアルの靄にかかって分かりにくくされてるけどホントのことって「噓みたいなこと」なんじゃないか。あまりにもフィクションとかエンタメで想像・創造され過ぎたために誰もが神話や迷信、創作だと思っていることに、本当のことが含まれているんじゃないか。
自分は「魂」の存在には懐疑的だ。何故なら思考はあくまでも脳内でおこなわれるからだ。死んだら思考は途切れる。臨死体験者が話す内容が、当人の置かれた宗教的環境に左右されていることや、当然のことながら臨死体験ののち生還していることからも、死んだ後の世界など無いと言えるのではないか。死後の世界を実際に垣間見て帰って来たものは一人もいないのだ。その人間は死者であって二度と戻ってこない。
自分は死後の世界は無いと考える。よって魂の輪廻転生は無い。
が、例えば臓器移植や輸血を受けた人が臓器提供者の記憶を受け継いだり、性格が提供者に似たりといった話は実例としてある。臓器の中に記憶があるのではなくて、DNAそのものに記憶があるのではないか。学力や性格・気質までも親からの遺伝によるところが大きい。先祖代々の記憶を引き継いでいない証明ができるだろうか。
実際に自分はピンチになった時は先祖に助けを乞うたり、漠然と神への助けや感謝を抱くことが幼少期からあり、その度に「応えてくれた」という実感さえある。それは遠い「あの世」から来たのではなく、恐らくは自分の中に流れる先祖代々のDNAが呼応したものではないか。神社に行って願いが叶ったとかもそうだろう。
ゾロアスターの教えはペルシャが滅亡してからキリスト教・仏教へ素地を提供しながら秘儀としてインドに残った。16世紀ヨーロッパで起こった宗教革命は人々を「真の教え」への関心に向かわせた。ギリシア経由で残ったゾロアスター教の書物を解読する者はもうおらず、わざわざインドへ危険な航海をして経典を読むための言語習得に行く者もいた。
ゾロアスター教は現代の世界宗教の大元になったもので、つまりは全ての現代思想の根源であると言える。が、そこに例外もある。
現在の神社(神道)はゾロアスターの教えが日本列島に到達する以前からある自然崇拝・アミニズムに後から伝播したユダヤ教・ゾロアスター教・仏教が混在して成立したものだ。後から伝播した諸宗教は、秦・物部・蘇我など移民と共にもたらされた。そして元々いた日本列島民を駆逐し、移民同士で勢力争いを起こし、混血していった。今もなお元々いた日本列島民と彼ら移民のDNAは日本人の中に流れている。つまり、人類最古の記憶が日本人のDNAの中に保存されているのではないか。
人間の想像力は無限ではない。脳で思考する以上、想像は脳細胞が認知できる範疇でのみ行われるはずだ。だとしたら人間の生み出す物語、フィクションと思われることが実際に起こったことでないと、本当に言えるのだろうか。
諸宗教・製鉄・稲作・畑・養蚕(織物)・天文学などと共に移民してきた者たちよりも以前にこの地に暮らしていた者たちは、海洋民であったため現在でも世界各地にその痕跡を残している。移民たちが日本列島に来た時の混乱から征服に至るまでの詳細は、勝者である彼らの都合の良いようにではあるが『記紀』に纏められている。『記紀』はあくまでも正史であるが、その他にもまがい物扱いされて表に出てこない文書はある。それが竹内文書と、九鬼文書である。何が起きたのかを知りたいのなら、まがい物と言われるようなものも含めてあらゆる書物を読む必要がある。
何もかも陰謀論として取り合わない姿勢は自らを真理から遠ざける。こういった態度はセンメルヴェイス反射という。通説にそぐわない事実を拒絶する傾向や、常識で説明できない事実を拒絶することを指す。
隠された闇の中に真実を求めて進むためには自分の中にある光を高く掲げて歩くことが大切だ。それこそがプロメテウスが人類に与えた宝なのだから。
