「娘が教えてくれたこと」
公開 2024/06/07 15:16
最終更新
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Tabioさんの「#隠れ節目祝い作文コンテスト」に参加させていただきました。
残念ながら選外となりましたが、折角なので、改稿して公開しようと思います。
日々の親の言動を、子は真似る。日常だけでなく、ふとしたときにも、それは現れてしまう。
私は今まで、娘に対して、周りに「躾が悪い」と言われないよう、食事のときのスプーンの持ち方や食べる姿勢、そして道行く人には挨拶……などなど、厳しめに口出しをしてきた。
4歳のうちの娘は、走ることとダンスすること、そして歌を歌うことが大好きだ。
しかし、反対に指先を使う作業が大の苦手だ。「ヨーグルトの蓋をめくれない」とか、「ボタンが上手くはまらない」とか、些細なことで泣いてしまう。
「諦めないで。」
某タレントのCMのセリフのように、娘に声を掛けることは日常茶飯事だ。
泣き喚く娘を何とか宥め、励ます。
そして、ちゃんと出来たら大いに褒める。
昨年、幼稚園の担任の先生に「できたときには、大袈裟なくらい褒めてあげて下さい!」とアドバイスを受け、それを実行している。
このとき私は「先生に教わったマニュアル通りできているぞ!」と、勝手な充足感を得ていた。
今年の正月を過ぎ、園の3学期が始まった頃、夕食と入浴を終えて、テレビを見て談笑していたときだった。
「『ヤバい』っていっちゃダメだよ!」
娘の声がリビングに響いた。
テレビの内容は、世界の衝撃映像傑作選だ。私も夫も、テンポよく紹介される映像と、そのギリギリのスリル感につい釘付けになり、「ヤバい」を連呼していた。
ハッと私たちは口を噤んだ。
何故そう言ってはだめなのか、子はまだうまく説明できない。
だが、その指摘は私たち「親」にとっては衝撃的だった。
「ヤバい」と言ってはいけないと誰から教わったのかは分からない。
真似っこや復唱が大好きな娘なので、誰かからの受け売りなのは間違いない。
だが、私も夫も、娘に「誰がそう言ったの?」と追求することはなかった。
それは尤もなことだ、と納得したからだ。
『ヤバい』…それは汎用性が高い魔法の言葉だ。だがそれは、その人の語彙を奪う悪魔の言葉でもある。
親しい友人との会話の相槌にその言葉を用い、その言葉のみでコミュニケーションが成立する、という例を見たことがある。
しかし、いくら美しい景色を目にしようとも、いくら心揺り動かされる本に巡り会おうとも、その感動を『ヤバい』という陳腐な言葉でしか表現できないのは、哀しく嘆かわしいことなのだ。
世界はもっと感動と語彙に溢れているのだから。
外見を身綺麗に整えようと、やはり言葉と態度、行動に人間性は表れる。
その日から、私たち一家は『ヤバい』という言葉を安易に使わず、他の言葉にきちんと言い換えるようにしている。
反抗期とは全く関係なく、親に「まちがっているよ」とはっきり言った娘。
その大きな成長に感動するとともに、自分たちの言動を省みるきっかけをくれたことに感謝したい。
残念ながら選外となりましたが、折角なので、改稿して公開しようと思います。
「娘が教えてくれたこと」 #
子は親を映す鏡、そんな言葉がある。日々の親の言動を、子は真似る。日常だけでなく、ふとしたときにも、それは現れてしまう。
私は今まで、娘に対して、周りに「躾が悪い」と言われないよう、食事のときのスプーンの持ち方や食べる姿勢、そして道行く人には挨拶……などなど、厳しめに口出しをしてきた。
4歳のうちの娘は、走ることとダンスすること、そして歌を歌うことが大好きだ。
しかし、反対に指先を使う作業が大の苦手だ。「ヨーグルトの蓋をめくれない」とか、「ボタンが上手くはまらない」とか、些細なことで泣いてしまう。
「諦めないで。」
某タレントのCMのセリフのように、娘に声を掛けることは日常茶飯事だ。
泣き喚く娘を何とか宥め、励ます。
そして、ちゃんと出来たら大いに褒める。
昨年、幼稚園の担任の先生に「できたときには、大袈裟なくらい褒めてあげて下さい!」とアドバイスを受け、それを実行している。
このとき私は「先生に教わったマニュアル通りできているぞ!」と、勝手な充足感を得ていた。
今年の正月を過ぎ、園の3学期が始まった頃、夕食と入浴を終えて、テレビを見て談笑していたときだった。
「『ヤバい』っていっちゃダメだよ!」
娘の声がリビングに響いた。
テレビの内容は、世界の衝撃映像傑作選だ。私も夫も、テンポよく紹介される映像と、そのギリギリのスリル感につい釘付けになり、「ヤバい」を連呼していた。
ハッと私たちは口を噤んだ。
何故そう言ってはだめなのか、子はまだうまく説明できない。
だが、その指摘は私たち「親」にとっては衝撃的だった。
「ヤバい」と言ってはいけないと誰から教わったのかは分からない。
真似っこや復唱が大好きな娘なので、誰かからの受け売りなのは間違いない。
だが、私も夫も、娘に「誰がそう言ったの?」と追求することはなかった。
それは尤もなことだ、と納得したからだ。
『ヤバい』…それは汎用性が高い魔法の言葉だ。だがそれは、その人の語彙を奪う悪魔の言葉でもある。
親しい友人との会話の相槌にその言葉を用い、その言葉のみでコミュニケーションが成立する、という例を見たことがある。
しかし、いくら美しい景色を目にしようとも、いくら心揺り動かされる本に巡り会おうとも、その感動を『ヤバい』という陳腐な言葉でしか表現できないのは、哀しく嘆かわしいことなのだ。
世界はもっと感動と語彙に溢れているのだから。
外見を身綺麗に整えようと、やはり言葉と態度、行動に人間性は表れる。
その日から、私たち一家は『ヤバい』という言葉を安易に使わず、他の言葉にきちんと言い換えるようにしている。
反抗期とは全く関係なく、親に「まちがっているよ」とはっきり言った娘。
その大きな成長に感動するとともに、自分たちの言動を省みるきっかけをくれたことに感謝したい。
成人済のオタクママ
婚活~結婚後アニメや二次創作から遠ざかっていましたが
出産後にオタク復帰しゆるゆる二次創作を再開
ポケモンのイーブイと、書写と、ポルノグラフィティと、刀剣乱舞が好きです
婚活~結婚後アニメや二次創作から遠ざかっていましたが
出産後にオタク復帰しゆるゆる二次創作を再開
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