孤独じゃないのに孤独を語るな
公開 2025/09/27 21:47
最終更新
-
「自分は独りぼっちだがこういう理由で寂しくない」という本の一節が紹介されていた。私はすぐさま作者の名前を検索しWikipediaで「生涯」の項目を流し読みした。やはりだ。この人は結婚していて、友人や仲間もいる。独りぼっちじゃないのだ。孤独を語るやつはこんな奴ばかりだ。本当に孤独だった人を私は見たことがない。
真の孤独の持ち主の言葉は後世に残らない。どんなに素晴らしい作品を遺していたとしても生きてる間は読む人がおらず、死後は業者なりなんなりが中身を確認せずに処分してしまうからだ。だから残っている言葉が人間関係に恵まれた人に限定されるのは当然だ。しかし、無い孤独をあるかのように語って、本当の孤独にいる人を誘おうだなんて、随分卑怯じゃないか。疑似餌か?
家族や友人がいても孤独感を感じることは実際あり得る。で、だから何だというのだ? 金持ちがたまたま昼飯を食べ損ねたからと言って、飢餓の苦しみを語るというのか? 孤独感も空腹感が実在していたとしても、得意げに語るのは弁えろと言いたい。せめて部分的に分かりましたと謙虚に語れ。
真の孤独の持ち主の言葉は後世に残らない。どんなに素晴らしい作品を遺していたとしても生きてる間は読む人がおらず、死後は業者なりなんなりが中身を確認せずに処分してしまうからだ。だから残っている言葉が人間関係に恵まれた人に限定されるのは当然だ。しかし、無い孤独をあるかのように語って、本当の孤独にいる人を誘おうだなんて、随分卑怯じゃないか。疑似餌か?
家族や友人がいても孤独感を感じることは実際あり得る。で、だから何だというのだ? 金持ちがたまたま昼飯を食べ損ねたからと言って、飢餓の苦しみを語るというのか? 孤独感も空腹感が実在していたとしても、得意げに語るのは弁えろと言いたい。せめて部分的に分かりましたと謙虚に語れ。
