shed a tear
公開 2026/03/06 11:00
最終更新
2026/03/06 11:50
予想はしていたけれど、彼がいないと生きていけない女を引き剥がしたら
代わりに彼はどんどん私に生きがいを求めて依存するようになってしまった。
私はインナーチャイルドを癒すためのエネルギーになればと思って、愛を注いでいたの。
セルフネグレクトもすごかったし、毎日朝は起こしてごはんの心配をしてすぐその辺で寝ようとするのを一生懸命説得して布団に入るまで見届けて、そうやって「気にかけて心配しているよ、愛しているからだよ」って伝え続けた。愛されている自分を愛してほしかったから。自分の価値に気付いてほしかったから。
幼少期に親にもらえなかった愛は、もう親からは一生もらえないし、他の人からもらうこともできないの。
インナーチャイルドを癒すのは自分で自分を愛して、自分との対話を繰り返して納得していくことでしかできなくて。
もらえなかった愛の中の特に欲しかったこういうところはパートナーに満たしてもらっている、というような部分的な補填は健全だと思うのだけれど
無償の愛をもって生きがいや存在の意味をパートナーに満たしてもらおうとするのなら、それはただの置き換えだ。
私も子供を生きがいにしている部分はあるけれど、大事な存在を守るためにいくら病んでも絶対に壊れないし、絶対に顔に出さず毎日ごはんを出して、話をきいて、清潔な環境や衣類を用意して、安心して眠れる場所を提供する。
彼は私を生きがいにしたがるのに、私のケアはしようとしない。
それを咎められたら病んで壊れてそれを私に見せつけて押し付けて、「もうどうせ愛してくれないんだろ!」って怒る、それはたとえば里親に「本当の親じゃないくせに!」って叫ぶような精神的な反抗期なんだと思う。
そしてそれを出せたことは成長過程として必要なのかもしれないけれど、私はそれを受け容れて彼を自分の里子として育ててあげるほどのキャパシティも時間もないんだ。
あぁ、
私は彼から女を引き剥がすべきじゃなかったんだろうなぁ。
剥がして不安定になったら面倒みられないのなら。
彼は私のほうが大事だと思って離れることを決めたのかもしれないけれど、
大事だと思ったのは無償の愛を注ぎ、甘やかしてよしよししてくれる私であって、ケアし返さなければいけない私ではないのだろう。
アフリカに種籾を送ったら飢餓に耐えられず食べ尽くされてしまった、という話のよう。
自分で畑を耕して自給自足していけるようになってほしかったの。そして私の注いだ分、次の季節にいっぱいにして返してくれたらどんなに嬉しかっただろう。
私は私が大切。それは子供たちが愛してくれる私で、彼が愛してくれた私で、友達が愛してくれる私だから。
私が私を大切にできるようになったのは、きちんと自分と向き合って、もうだめだと思う時にこそ立ち上がって歩き続けてきたから。
私は誰よりも光っていたいと願って、そうあることを自分でつよく決めたから。
だから私の光を鈍らせるのなら、私はもう彼とはいられない。
きちんと私の価値をわかって、大切に磨いてくれないのなら、もう愛を注ぐことはできない。
最後に一粒だけ、涙のかわりに種籾を置いていくよ。
あなたはそのたった一粒を、どうしますか?
代わりに彼はどんどん私に生きがいを求めて依存するようになってしまった。
私はインナーチャイルドを癒すためのエネルギーになればと思って、愛を注いでいたの。
セルフネグレクトもすごかったし、毎日朝は起こしてごはんの心配をしてすぐその辺で寝ようとするのを一生懸命説得して布団に入るまで見届けて、そうやって「気にかけて心配しているよ、愛しているからだよ」って伝え続けた。愛されている自分を愛してほしかったから。自分の価値に気付いてほしかったから。
幼少期に親にもらえなかった愛は、もう親からは一生もらえないし、他の人からもらうこともできないの。
インナーチャイルドを癒すのは自分で自分を愛して、自分との対話を繰り返して納得していくことでしかできなくて。
もらえなかった愛の中の特に欲しかったこういうところはパートナーに満たしてもらっている、というような部分的な補填は健全だと思うのだけれど
無償の愛をもって生きがいや存在の意味をパートナーに満たしてもらおうとするのなら、それはただの置き換えだ。
私も子供を生きがいにしている部分はあるけれど、大事な存在を守るためにいくら病んでも絶対に壊れないし、絶対に顔に出さず毎日ごはんを出して、話をきいて、清潔な環境や衣類を用意して、安心して眠れる場所を提供する。
彼は私を生きがいにしたがるのに、私のケアはしようとしない。
それを咎められたら病んで壊れてそれを私に見せつけて押し付けて、「もうどうせ愛してくれないんだろ!」って怒る、それはたとえば里親に「本当の親じゃないくせに!」って叫ぶような精神的な反抗期なんだと思う。
そしてそれを出せたことは成長過程として必要なのかもしれないけれど、私はそれを受け容れて彼を自分の里子として育ててあげるほどのキャパシティも時間もないんだ。
あぁ、
私は彼から女を引き剥がすべきじゃなかったんだろうなぁ。
剥がして不安定になったら面倒みられないのなら。
彼は私のほうが大事だと思って離れることを決めたのかもしれないけれど、
大事だと思ったのは無償の愛を注ぎ、甘やかしてよしよししてくれる私であって、ケアし返さなければいけない私ではないのだろう。
アフリカに種籾を送ったら飢餓に耐えられず食べ尽くされてしまった、という話のよう。
自分で畑を耕して自給自足していけるようになってほしかったの。そして私の注いだ分、次の季節にいっぱいにして返してくれたらどんなに嬉しかっただろう。
私は私が大切。それは子供たちが愛してくれる私で、彼が愛してくれた私で、友達が愛してくれる私だから。
私が私を大切にできるようになったのは、きちんと自分と向き合って、もうだめだと思う時にこそ立ち上がって歩き続けてきたから。
私は誰よりも光っていたいと願って、そうあることを自分でつよく決めたから。
だから私の光を鈍らせるのなら、私はもう彼とはいられない。
きちんと私の価値をわかって、大切に磨いてくれないのなら、もう愛を注ぐことはできない。
最後に一粒だけ、涙のかわりに種籾を置いていくよ。
あなたはそのたった一粒を、どうしますか?
