他人教
公開 2025/12/28 00:00
最終更新
2025/12/28 00:00
🐾
世界各国に信仰者がいる他人教。
いわく、生きるのは他人であり、死ぬのもまた他人である。
たとえ欺瞞であれど、生きるうえでの苦痛や、死の恐怖を減じさせるという点は認めざるをえない。
ところで死後はどうなるのか?
残念ながら、再びこの世に“他人”として生まれてくる可能性が高い。
やはり人生を自分のものとして引き受け、死という不条理に対しある種の諦念で臨まぬ限り、自分=他人という輪廻からは逃れられないのである。
つまるところ救いなき――指導者も不在――他人教は、「宗教的迷妄」ならぬ「迷妄的宗教」と呼ばざるを得ない。
世界各国に信仰者がいる他人教。
いわく、生きるのは他人であり、死ぬのもまた他人である。
たとえ欺瞞であれど、生きるうえでの苦痛や、死の恐怖を減じさせるという点は認めざるをえない。
ところで死後はどうなるのか?
残念ながら、再びこの世に“他人”として生まれてくる可能性が高い。
やはり人生を自分のものとして引き受け、死という不条理に対しある種の諦念で臨まぬ限り、自分=他人という輪廻からは逃れられないのである。
つまるところ救いなき――指導者も不在――他人教は、「宗教的迷妄」ならぬ「迷妄的宗教」と呼ばざるを得ない。
