ニッケル㉚
公開 2025/05/06 00:03
最終更新
2025/05/06 00:03
🐾
「とうとう“終着点”か…………」
期間は短くても内容の濃度が高すぎた。住吉温泉前の停留所に人がいないのを確かめてから、俺は真木へと徒歩で移動を開始する。のんびり温泉に浸かっている時間などなかった。
事務三本は今日、四月二十一日の日付けが変わるまでは、真木という名の停留所にいると確信している。信頼していると言い換えてもいい。
多機能のアウトドア・ジャケットにカーゴパンツ。それが俺のコスチューム。コンバットスーツに身を包むほど愚かではない、相手に不要な警戒心を与えてしまう。
いや、待てよ…………?
俺は最初、日付けを何と錯誤した? 明日の二十二日だ。
事務三本の名前に、未だ違和感を覚えている事実を見過ごしたままでいいのか?
大体、『Your』など未解読のままだ。
こうして真木の停留所に向かう俺のことを、事務三本は把握していることだろう。俺はどうしたいのか、言い換えればそう――どう評価されたいのか。
日付けが変わるまでまだ三時間ほどある。幸い旅館には数分で引き返せる。少し部屋で考え事がしたかった。戻ろう。
旅館の部屋の中で、スマホに表示したクリプトスに目を遣りながら考える。K4の中に『BERLIN CLOCK』があるのは承知していた。ベルリンと日本との時差は七時間。もちろん日本の方が先行している。
「おやっ……?」
K4の中に『FLRV』という文字を見つけた。これは『EAST』であると解読されている。先月K4について調べたときにも確認していたのだが、すっかり忘れていた。
俺はショルダーバッグから例のエアメールを取り出した。差出人の名前は――『FLRV』!? 意味不明であることがそのまま無意味だと思い込んでいたのか……大丈夫か、俺……?
事務三本の名前の中で気になっていたのは『三本』の部分だった。『サンボーン』を意識したもの、させるものであれば、むしろ『三盆』と表記しないだろうか?
つまり、『三本』だと連濁現象を見落として『さんほん』と誤読する可能性がある。いや? むしろ誤読した方が、暗号としては正しいのか……?
「『ぼ』ではなく『ほ』、『B』ではなく『H』…………なるほど」
おそらく『B』は『BERLIN』の『B』で、ベルリンと日本との時差を考慮するのは間違っているのだろう。
すると『H』とは……? 俺は未解読のままの『Your』を思い浮かべる。するとすぐに『Hour』という単語が頭に浮かんだ。それを適用し、『Y hour』で考えてみる。
「エー、ビー、シー、ディー…………」
いや、数えるまでもないな。『Y』はアルファベットの二十五番目の文字だ。
「ついに解けた…………!」
俺は渦巻く戸惑いのなかで、奇妙な歓喜を覚えた。
まず『Y hour』を『25 hour』へと変換する。
これが意味するのは――そう、『25時』だ。
今日、四月二十一日の『25時』は、明日、四月二十二日の午前一時。
俺はしばしのあいだ瞑想し、心を落ち着かせた。時刻は二十三時。
そろそろ頃合いだろう。俺は旅館の自販機でボトルドウォーターを購入し、フロントスタッフに部屋の鍵を預け、外出した。
再び真木の停留所へと歩いて向かう。深夜なだけに、周囲には人の姿がなかった。
事務三本はすでに停留所で待っているだろうか? あるいは反対方向から歩いてくるだろうか……? いずれにせよ、こんな深夜にバスは運行していない。
住吉温泉前の停留所を『一』とするならば、これから向かう真木の停留所は『七』か。ベルリンと日本との時差である七時間を連想した。もはや偶然の一致を信じる段階は過ぎていた。
歩く、歩く、歩く――夜道を彷徨うように。
某組織による“佐渡島上陸作戦”のことも考えてみたが、自身の知性を冒涜する組織など存在するものかと思い、一笑に付した。
点在する街灯から街灯へ。
そしてとうとう――真木の停留所が見えてきた。
心臓が高鳴り、「ふうっ」と息を吐きだす。
ここまできて怖気づいていられるか。
停留所は無人だった。日付けが変わってから四十五分。特定した時刻まで、まだ十五分ある。
俺は停留所のベンチに腰かけ、ボトルドウォーターでノドを潤した。それなりの距離を歩いてきたのだ、当然だ。軽い蒸し暑さすら感じている。
アウトドア・ジャケットの右のポケットにはスマホ、左のポケットには財布。
「そろそろいいか」
そう呟いて、財布の中から例の5セント――“ニッケル”を取り出した。
それを右手で包むようにして持つ。
そして待つ。あと三分。
「とうとう“終着点”か…………」
期間は短くても内容の濃度が高すぎた。住吉温泉前の停留所に人がいないのを確かめてから、俺は真木へと徒歩で移動を開始する。のんびり温泉に浸かっている時間などなかった。
事務三本は今日、四月二十一日の日付けが変わるまでは、真木という名の停留所にいると確信している。信頼していると言い換えてもいい。
多機能のアウトドア・ジャケットにカーゴパンツ。それが俺のコスチューム。コンバットスーツに身を包むほど愚かではない、相手に不要な警戒心を与えてしまう。
いや、待てよ…………?
俺は最初、日付けを何と錯誤した? 明日の二十二日だ。
事務三本の名前に、未だ違和感を覚えている事実を見過ごしたままでいいのか?
大体、『Your』など未解読のままだ。
こうして真木の停留所に向かう俺のことを、事務三本は把握していることだろう。俺はどうしたいのか、言い換えればそう――どう評価されたいのか。
日付けが変わるまでまだ三時間ほどある。幸い旅館には数分で引き返せる。少し部屋で考え事がしたかった。戻ろう。
旅館の部屋の中で、スマホに表示したクリプトスに目を遣りながら考える。K4の中に『BERLIN CLOCK』があるのは承知していた。ベルリンと日本との時差は七時間。もちろん日本の方が先行している。
「おやっ……?」
K4の中に『FLRV』という文字を見つけた。これは『EAST』であると解読されている。先月K4について調べたときにも確認していたのだが、すっかり忘れていた。
俺はショルダーバッグから例のエアメールを取り出した。差出人の名前は――『FLRV』!? 意味不明であることがそのまま無意味だと思い込んでいたのか……大丈夫か、俺……?
事務三本の名前の中で気になっていたのは『三本』の部分だった。『サンボーン』を意識したもの、させるものであれば、むしろ『三盆』と表記しないだろうか?
つまり、『三本』だと連濁現象を見落として『さんほん』と誤読する可能性がある。いや? むしろ誤読した方が、暗号としては正しいのか……?
「『ぼ』ではなく『ほ』、『B』ではなく『H』…………なるほど」
おそらく『B』は『BERLIN』の『B』で、ベルリンと日本との時差を考慮するのは間違っているのだろう。
すると『H』とは……? 俺は未解読のままの『Your』を思い浮かべる。するとすぐに『Hour』という単語が頭に浮かんだ。それを適用し、『Y hour』で考えてみる。
「エー、ビー、シー、ディー…………」
いや、数えるまでもないな。『Y』はアルファベットの二十五番目の文字だ。
「ついに解けた…………!」
俺は渦巻く戸惑いのなかで、奇妙な歓喜を覚えた。
まず『Y hour』を『25 hour』へと変換する。
これが意味するのは――そう、『25時』だ。
今日、四月二十一日の『25時』は、明日、四月二十二日の午前一時。
俺はしばしのあいだ瞑想し、心を落ち着かせた。時刻は二十三時。
そろそろ頃合いだろう。俺は旅館の自販機でボトルドウォーターを購入し、フロントスタッフに部屋の鍵を預け、外出した。
再び真木の停留所へと歩いて向かう。深夜なだけに、周囲には人の姿がなかった。
事務三本はすでに停留所で待っているだろうか? あるいは反対方向から歩いてくるだろうか……? いずれにせよ、こんな深夜にバスは運行していない。
住吉温泉前の停留所を『一』とするならば、これから向かう真木の停留所は『七』か。ベルリンと日本との時差である七時間を連想した。もはや偶然の一致を信じる段階は過ぎていた。
歩く、歩く、歩く――夜道を彷徨うように。
某組織による“佐渡島上陸作戦”のことも考えてみたが、自身の知性を冒涜する組織など存在するものかと思い、一笑に付した。
点在する街灯から街灯へ。
そしてとうとう――真木の停留所が見えてきた。
心臓が高鳴り、「ふうっ」と息を吐きだす。
ここまできて怖気づいていられるか。
停留所は無人だった。日付けが変わってから四十五分。特定した時刻まで、まだ十五分ある。
俺は停留所のベンチに腰かけ、ボトルドウォーターでノドを潤した。それなりの距離を歩いてきたのだ、当然だ。軽い蒸し暑さすら感じている。
アウトドア・ジャケットの右のポケットにはスマホ、左のポケットには財布。
「そろそろいいか」
そう呟いて、財布の中から例の5セント――“ニッケル”を取り出した。
それを右手で包むようにして持つ。
そして待つ。あと三分。
