この手の先で何度でも
公開 2024/05/04 00:24
最終更新
2024/05/04 00:24
💎商 2部以降時空 エトラ左右なし(正義のみ)
東京・青い車所有済み
週間天気よし。
外気温よし。
体調よし。
指差し確認をするように一つずつ好条件を数えて、正義はよしやるか、と一つ伸びをした。
季節は道々や川沿い、学校や公園を彩っていた薄紅の花がすっかり鮮やかな緑の葉に変わる頃。日の出時刻を少し回った時間帯のことだ。
ここ数日、柔らかく萌え出た若葉に翆雨が光る日々が続いていた。花粉や黄砂の飛来のこともあり、外出するたびに白く黄色く汚れていく愛車がその雨でわずかに濡れてはまた乾き、と繰り返すのを不憫に思えどなかなか時間が取れずにいたのだが、ついに。待ちに待っていた晴れである。しかも、今日から数日は晴れが続くという。こんな絶好のタイミングで、洗車をしないという選択があるだろうか。いや、ない。
本日、誠に佳き洗車日和である。
「よーし! やるか!」
足に長靴、手にビニール手袋を装備して、速乾性が自慢のTシャツを身に纏った正義は片手の握りこぶしを振り上げた。といっても早朝なので、気合いの声は音量控えめである。
洗車は日差しの強くない朝か夕にするのがいい。日光が強い日中は、車を洗っている最中に自然乾燥していってしまって、泡を洗い流したり拭き上げをしたりするのが間に合わなかったりするためだ。
そして、洗車をするならどちらの時間帯がいいかと言えば、正義は朝の洗車の方が好きだった。
まだ薄暗いうちに車を出して、全体を濡らして埃を十分に流してから、たっぷり泡立てた専用のシャンプーでボディを白い泡に包んでいく。
普段は、今日は時間がないから、とか、疲れているから、といった理由を並べてなかなか洗車をするところまでいけなかったりしているのに、いざボディに水をかけて始めてしまえば、こんなに楽しいことはない。
踏み台を使ってルーフの上までもしっかり洗って、一息に水で洗い流す時の気持ちよさ。
まるでゆで卵の殻を剝くように、泡の中からつるんとしたボディーが現れる。
洗い流しが足りないところがないか、全体を満遍なく確認しながらシャワーを当てて水を止めると、次に装備するのは大判の拭き上げ用クロスだ。
拭き上げには車を洗って水をかける段階以上に時間がかかる。大体はこの拭き上げをしている最中に日が差してくるため、段々と明るくなっていく空に対して光が当たりやすい東側になる方から拭いていく。この時、ストロークはゆっくり、ボディに当てたクロスが浮かないように手で押さえて、もう片手でクロスを引いて動かしていくのが綺麗に水を拭きとるコツだ。
クロスによって水滴が拭い去られたボディが艶々と輝き、自分の姿を映す瞬間を見るのがたまらない。
愛車の青いボディに映るそれは、正義に誰かの目の中に映る自分の姿を想起させる。
自分の手の下でどんどんと輝きを増していく愛車に、つい誰かを重ねてしまう。
ゆっくり、ゆっくり。
傷つけないように、丁寧に。
曇りかけた輝きを、取り戻すことができるように。
「ああ、今日もきれいだな」
ついそんな言葉が出てしまうのは、最後に拭き上げたボンネットが、どうだ、と言わんばかりに昇りたての陽の光に煌めいてみせたからだ。
けれど、まだ足りない。
まだまだこいつの輝きはこんなもんじゃない。
更に正義は拭き上げ用クロスをコーティング剤と専用クロスに持ち替えて、自慢げに朝日を浴びる愛車に向き直る。
一度に多くは使わない。少しずつ、パネルごとに丁寧に、けれど手早く、薄く、均一に。すっかり水分が拭き取られたボディの上にコーティング剤を伸ばしていく。
一拭きごとに、艶が一段と乗っていくのがわかる。
手をかければかけただけ、より美しくなっていくのが目に見える。
「ほら、もっときれいになった」
見違えるほどぴかぴかに仕上がったボディを正義が一撫ですると、つるりと指が表面を滑る。
うまくコーティングができたようだ。
満足して愛車に声をかければ、そこに映った正義も笑う。
それを見て、ああ早く彼の顔が見たい、と正義は思う。
朝の光の中、繭から生まれるような美しい人の青い瞳が見たい、と。
こんな風に、できたらいい。
雨や風にさらされても、どれほどひどく汚れても。
ゆっくり、丁寧に、たっぷりと時間をかけて洗い流して、磨き上げて。
この手の先で何度でも、曇りを払って輝きを取り戻していけたらいい。
「さあ、帰ろう、相棒」
リチャードのところに、という一言は心の中で呟いて、正義は運転席のドアを開く。
エンジンをかけて車を走り出させる頃には、地面の水溜まりは朝の光にとけ始めていた。
東京・青い車所有済み
週間天気よし。
外気温よし。
体調よし。
指差し確認をするように一つずつ好条件を数えて、正義はよしやるか、と一つ伸びをした。
季節は道々や川沿い、学校や公園を彩っていた薄紅の花がすっかり鮮やかな緑の葉に変わる頃。日の出時刻を少し回った時間帯のことだ。
ここ数日、柔らかく萌え出た若葉に翆雨が光る日々が続いていた。花粉や黄砂の飛来のこともあり、外出するたびに白く黄色く汚れていく愛車がその雨でわずかに濡れてはまた乾き、と繰り返すのを不憫に思えどなかなか時間が取れずにいたのだが、ついに。待ちに待っていた晴れである。しかも、今日から数日は晴れが続くという。こんな絶好のタイミングで、洗車をしないという選択があるだろうか。いや、ない。
本日、誠に佳き洗車日和である。
「よーし! やるか!」
足に長靴、手にビニール手袋を装備して、速乾性が自慢のTシャツを身に纏った正義は片手の握りこぶしを振り上げた。といっても早朝なので、気合いの声は音量控えめである。
洗車は日差しの強くない朝か夕にするのがいい。日光が強い日中は、車を洗っている最中に自然乾燥していってしまって、泡を洗い流したり拭き上げをしたりするのが間に合わなかったりするためだ。
そして、洗車をするならどちらの時間帯がいいかと言えば、正義は朝の洗車の方が好きだった。
まだ薄暗いうちに車を出して、全体を濡らして埃を十分に流してから、たっぷり泡立てた専用のシャンプーでボディを白い泡に包んでいく。
普段は、今日は時間がないから、とか、疲れているから、といった理由を並べてなかなか洗車をするところまでいけなかったりしているのに、いざボディに水をかけて始めてしまえば、こんなに楽しいことはない。
踏み台を使ってルーフの上までもしっかり洗って、一息に水で洗い流す時の気持ちよさ。
まるでゆで卵の殻を剝くように、泡の中からつるんとしたボディーが現れる。
洗い流しが足りないところがないか、全体を満遍なく確認しながらシャワーを当てて水を止めると、次に装備するのは大判の拭き上げ用クロスだ。
拭き上げには車を洗って水をかける段階以上に時間がかかる。大体はこの拭き上げをしている最中に日が差してくるため、段々と明るくなっていく空に対して光が当たりやすい東側になる方から拭いていく。この時、ストロークはゆっくり、ボディに当てたクロスが浮かないように手で押さえて、もう片手でクロスを引いて動かしていくのが綺麗に水を拭きとるコツだ。
クロスによって水滴が拭い去られたボディが艶々と輝き、自分の姿を映す瞬間を見るのがたまらない。
愛車の青いボディに映るそれは、正義に誰かの目の中に映る自分の姿を想起させる。
自分の手の下でどんどんと輝きを増していく愛車に、つい誰かを重ねてしまう。
ゆっくり、ゆっくり。
傷つけないように、丁寧に。
曇りかけた輝きを、取り戻すことができるように。
「ああ、今日もきれいだな」
ついそんな言葉が出てしまうのは、最後に拭き上げたボンネットが、どうだ、と言わんばかりに昇りたての陽の光に煌めいてみせたからだ。
けれど、まだ足りない。
まだまだこいつの輝きはこんなもんじゃない。
更に正義は拭き上げ用クロスをコーティング剤と専用クロスに持ち替えて、自慢げに朝日を浴びる愛車に向き直る。
一度に多くは使わない。少しずつ、パネルごとに丁寧に、けれど手早く、薄く、均一に。すっかり水分が拭き取られたボディの上にコーティング剤を伸ばしていく。
一拭きごとに、艶が一段と乗っていくのがわかる。
手をかければかけただけ、より美しくなっていくのが目に見える。
「ほら、もっときれいになった」
見違えるほどぴかぴかに仕上がったボディを正義が一撫ですると、つるりと指が表面を滑る。
うまくコーティングができたようだ。
満足して愛車に声をかければ、そこに映った正義も笑う。
それを見て、ああ早く彼の顔が見たい、と正義は思う。
朝の光の中、繭から生まれるような美しい人の青い瞳が見たい、と。
こんな風に、できたらいい。
雨や風にさらされても、どれほどひどく汚れても。
ゆっくり、丁寧に、たっぷりと時間をかけて洗い流して、磨き上げて。
この手の先で何度でも、曇りを払って輝きを取り戻していけたらいい。
「さあ、帰ろう、相棒」
リチャードのところに、という一言は心の中で呟いて、正義は運転席のドアを開く。
エンジンをかけて車を走り出させる頃には、地面の水溜まりは朝の光にとけ始めていた。
