ハロウィンのお話
公開 2023/10/31 21:05
最終更新
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💎商 秘書時空・3部時空未満
エトラ左右なし
くりぬきカボチャのグラタンにイモのポタージュ、チキンの香草焼きと、デザートにしようと思っていたパンプキンパイ。
下拵えをしてある食材と、帰宅してからの料理の手順を頭の中でシミュレーションしながら、正義は家路を急いでいた。
今夜は、10月最後の夜。
数年前まで大して気にもしていなかった日だった。
ハロウィーン——街のあちこちがカボチャやおばけのイラストや飾りでデコレーションされて、それにちなんだお菓子などが売られる時期、という程度の認識だったある意味他の国のお盆のような行事であるそれは、いつの間にかこの日本でも随分と大きなイベントとなってしまったようだ。
ハロウィーンの人出に合わせて閉鎖された道路、閉まっている店、物々しい警備の人の数。
ハロウィーンという非日常を楽しもうという人々が続々と街に繰り出しているためなのか、あちらの道もこちらの道も、回り道だと示された先の道の先まであちこちで渋滞に捕まって、買う物が多いからと車で出てきたことを正義は後悔していた。
ようやく東京の社宅の駐車場に車を停めて、念のためモバイルの画面を確認するも、新着の通知は入っていない。
『ごめん、道がかなり渋滞してて、帰りが遅くなりそうだ。ハロウィーンのごちそうは帰ったらすぐ作るからな!』
これは渋滞にはまって早々、これはリチャードより早くに帰宅はできないだろうと見切りをつけて正義が送ったメッセージだ。
リチャードのことだ、それに対する返事はわかりました、とか、気を付けて帰ってきてください、などと返ってくるだろうと思っていた。
けれど、返されたのは全く違う一言。
『トリック・オア・トリート』
その一言を送ったきり、リチャードはその後に送った正義からのメッセージを見ていないようだ。メッセージアプリの画面には、小さな『既読』の文字はつかないままだった。
「ただいまー! ごめん、結構遅くなって……あれ……?」
駐車場でエレベーターが下りてくるのを待つのももどかしく思いながら、荷物を両手に正義が玄関のドアを開けると、部屋の中は真っ暗だった。
とっくにリチャードは帰宅しているだろう時間になっているはずなのに、部屋の中はひんやりとして人の気配がない。
手探りで玄関の明かりをつけても、リチャードの艶々とした手入れの行き届いた靴はないようだ。
「……リチャード? いないのか?」
すっかり日が暮れて暗闇に沈んだ社宅は、人一人くらい簡単に隠れることができそうだった。
正義の脳裏に浮かぶのは、リチャードが最後に送ってきていたメッセージの『トリック・オア・トリート』の文字だ。
もしかしてどこかに隠れていて驚かすつもりなのだろうかと、パチリ、パチリと照明のスイッチをつけていきながら部屋を見回しても、やはり姿がない。
「……まだ、帰ってないのかな」
もしかしたら自分が渋滞に捕まったのと同じで、リチャードもどこかで渋滞にはまって帰宅が遅くなっているのかもしれない。先ほどは確認しなかったけれど、駐車場にリチャードの車はあっただろうか。
そんなことを考えながらも、もしリチャードがまだ帰っていないなら今の間に夕食の用意をしようとキッチンに足を踏み入れて、正義はシンク台に小さなメモが置かれていることに気付いた。
買い物のメモでも置いていったかと思ったけれど、手に取るとすぐにそれを書いたのが自分ではないことが分かる。
「……ええ?」
【 黒 1
白 5
黒 3
赤 1 】
表に書かれていたのはそれだけ。
まるで暗号だ。
一体なんのことか分からない。
「黒白黒赤、1531?」
口に出してみても、何かの年号だったかと頭の中でこねてみてもさっぱりだ。
これは何なのだろうとメモをひっくり返すと、その後ろにはまた文字。
「……はは。かくれんぼってことか?」
【 Can you find me? 】
その一文を見て笑ってしまう。
メッセージアプリも、リチャードから送られてきた最後の一文は『トリック・オア・トリート』だった。
すぐにお菓子をもらえなかったから、悪戯を仕掛けることにしたのだろうか。
それなら早いところ謎解きをして、隠れてしまったアリスを見つけなくては。
よし、と気合を入れて正義はカードの謎に取り掛かった。
コツコツと近寄る足音に、手元で開いていた懐中時計の蓋を閉める。
時刻はもうじき長針が12に重なる頃合いだ。
足音の方へ顔を向ければ、ぴんと立った長い耳が目に入る。
「時間ちょうどでしたね、愛しのラビット」
「お茶会に遅刻しなくて安心したよ、悪戯アリス」
「トリック・オア・トリートと言ったのにお菓子をくれないあなたが悪い」
「無茶苦茶言うなあ。初めからこのつもりだったくせに?」
「人聞きの悪い」
向かいに腰かけた正義に一つ肩を竦めると、リチャードはくつくつと楽しげに笑って目を細めた。
微かな振動に合わせて、首元を飾る幅広のリボンタイも柔らかに揺れる。
悪戯に合わせた装いは、それだけで空間を非日常にする。
たまにはそのような遊びも良いだろうと、家の中にこっそりと謎かけを置いてきた。
「あなたがここにいるということは、謎はすべて解かれてしまったということですね」
「どうだろうなあ。一つ目に一番時間かかったよ。【 黒の1、白の5、黒の3、赤の1 】——つまり、BEARだろ。クマがどうした、って探したらリビングのソファーに見知らぬクマのぬいぐるみがいるじゃないか。で、持ち上げたら背中に毛布オバケのブローチだろ? それならリチャードが寝室で毛布オバケになって隠れてるんじゃないかって思ってさ、簡単に驚かされたりしないぞーって張り切って寝室入ったのにいないし。一人でオーバーリアクションしてて結構恥ずかしかったんだからな」
「おや、それは直に拝見できずに残念です」
「見られてなくて心底よかったよ。お前の寝室も俺の寝室も毛布オバケもどきがいたから、二ついたらどっちかが本物かと思うだろ? 結局どっちも偽物だったけど。でも俺のベッドのシーツめくった中にあったの見た時はビビったなあ。【 Dear My rabbit 】と【 9:00 pm 】とだけ書かれたこの店のカード、ダッシュしてギリギリだって気付いて慌てて来たんだ」
正義はそう言いながらも、毛布の中に隠してきたウサギ耳は装着してきてくれたようだ。
今夜はハロウィーン。この店のテーブルについている客たちの中にも、ちょっとした仮装を楽しんでいる人がいることが見て取れる。
知らず笑ってしまっていたらしい。
正面の正義の顔が、一度不服そうにむくれて見せてから力を抜いたように笑顔になった。
「あーあ。やられた」
「ふふ。悪戯成功ですね」
「俺だって、ハロウィーンディナーの用意をだな」
「明日の夜も楽しみです」
「言ったな。カボチャ尽くしにするからな」
「あなたの作るものならば、どんなものでも美味しい」
ですが、とリチャードが続けると正義は運ばれてきた料理を前に一度瞬いて顔を上げた。
「あなたからの『トリート』も、期待しています」
「悪戯したのに?」
「それとこれとは別ですので」
「俺のアリスは欲張りだなあ」
透き通った泡がふわふわと踊るグラスを手に取れば、正義も同じようにグラスを持ち上げる。
その繊細なガラス越しに笑みを交わして、口にするのは同じ言葉。
来年もその次も、こうして目の前の相手と過ごすことができるように。
「「ハッピーハロウィーン」」
【トリートの前にはトリックを】
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ハロウィーンともなれば張り切って夕飯やスイーツを用意するだろう正義くんですが、トリック・オア・トリートと言うまでもなくトリートを用意されてしまうと、たまには悪戯をしたくなることがないかなと。
悪戯が成功したアリスは、きっとご満悦でパンプキンパイを焼いてもらうのでしょうね。
ハッピーハロウィーン!!
エトラ左右なし
くりぬきカボチャのグラタンにイモのポタージュ、チキンの香草焼きと、デザートにしようと思っていたパンプキンパイ。
下拵えをしてある食材と、帰宅してからの料理の手順を頭の中でシミュレーションしながら、正義は家路を急いでいた。
今夜は、10月最後の夜。
数年前まで大して気にもしていなかった日だった。
ハロウィーン——街のあちこちがカボチャやおばけのイラストや飾りでデコレーションされて、それにちなんだお菓子などが売られる時期、という程度の認識だったある意味他の国のお盆のような行事であるそれは、いつの間にかこの日本でも随分と大きなイベントとなってしまったようだ。
ハロウィーンの人出に合わせて閉鎖された道路、閉まっている店、物々しい警備の人の数。
ハロウィーンという非日常を楽しもうという人々が続々と街に繰り出しているためなのか、あちらの道もこちらの道も、回り道だと示された先の道の先まであちこちで渋滞に捕まって、買う物が多いからと車で出てきたことを正義は後悔していた。
ようやく東京の社宅の駐車場に車を停めて、念のためモバイルの画面を確認するも、新着の通知は入っていない。
『ごめん、道がかなり渋滞してて、帰りが遅くなりそうだ。ハロウィーンのごちそうは帰ったらすぐ作るからな!』
これは渋滞にはまって早々、これはリチャードより早くに帰宅はできないだろうと見切りをつけて正義が送ったメッセージだ。
リチャードのことだ、それに対する返事はわかりました、とか、気を付けて帰ってきてください、などと返ってくるだろうと思っていた。
けれど、返されたのは全く違う一言。
『トリック・オア・トリート』
その一言を送ったきり、リチャードはその後に送った正義からのメッセージを見ていないようだ。メッセージアプリの画面には、小さな『既読』の文字はつかないままだった。
「ただいまー! ごめん、結構遅くなって……あれ……?」
駐車場でエレベーターが下りてくるのを待つのももどかしく思いながら、荷物を両手に正義が玄関のドアを開けると、部屋の中は真っ暗だった。
とっくにリチャードは帰宅しているだろう時間になっているはずなのに、部屋の中はひんやりとして人の気配がない。
手探りで玄関の明かりをつけても、リチャードの艶々とした手入れの行き届いた靴はないようだ。
「……リチャード? いないのか?」
すっかり日が暮れて暗闇に沈んだ社宅は、人一人くらい簡単に隠れることができそうだった。
正義の脳裏に浮かぶのは、リチャードが最後に送ってきていたメッセージの『トリック・オア・トリート』の文字だ。
もしかしてどこかに隠れていて驚かすつもりなのだろうかと、パチリ、パチリと照明のスイッチをつけていきながら部屋を見回しても、やはり姿がない。
「……まだ、帰ってないのかな」
もしかしたら自分が渋滞に捕まったのと同じで、リチャードもどこかで渋滞にはまって帰宅が遅くなっているのかもしれない。先ほどは確認しなかったけれど、駐車場にリチャードの車はあっただろうか。
そんなことを考えながらも、もしリチャードがまだ帰っていないなら今の間に夕食の用意をしようとキッチンに足を踏み入れて、正義はシンク台に小さなメモが置かれていることに気付いた。
買い物のメモでも置いていったかと思ったけれど、手に取るとすぐにそれを書いたのが自分ではないことが分かる。
「……ええ?」
【 黒 1
白 5
黒 3
赤 1 】
表に書かれていたのはそれだけ。
まるで暗号だ。
一体なんのことか分からない。
「黒白黒赤、1531?」
口に出してみても、何かの年号だったかと頭の中でこねてみてもさっぱりだ。
これは何なのだろうとメモをひっくり返すと、その後ろにはまた文字。
「……はは。かくれんぼってことか?」
【 Can you find me? 】
その一文を見て笑ってしまう。
メッセージアプリも、リチャードから送られてきた最後の一文は『トリック・オア・トリート』だった。
すぐにお菓子をもらえなかったから、悪戯を仕掛けることにしたのだろうか。
それなら早いところ謎解きをして、隠れてしまったアリスを見つけなくては。
よし、と気合を入れて正義はカードの謎に取り掛かった。
コツコツと近寄る足音に、手元で開いていた懐中時計の蓋を閉める。
時刻はもうじき長針が12に重なる頃合いだ。
足音の方へ顔を向ければ、ぴんと立った長い耳が目に入る。
「時間ちょうどでしたね、愛しのラビット」
「お茶会に遅刻しなくて安心したよ、悪戯アリス」
「トリック・オア・トリートと言ったのにお菓子をくれないあなたが悪い」
「無茶苦茶言うなあ。初めからこのつもりだったくせに?」
「人聞きの悪い」
向かいに腰かけた正義に一つ肩を竦めると、リチャードはくつくつと楽しげに笑って目を細めた。
微かな振動に合わせて、首元を飾る幅広のリボンタイも柔らかに揺れる。
悪戯に合わせた装いは、それだけで空間を非日常にする。
たまにはそのような遊びも良いだろうと、家の中にこっそりと謎かけを置いてきた。
「あなたがここにいるということは、謎はすべて解かれてしまったということですね」
「どうだろうなあ。一つ目に一番時間かかったよ。【 黒の1、白の5、黒の3、赤の1 】——つまり、BEARだろ。クマがどうした、って探したらリビングのソファーに見知らぬクマのぬいぐるみがいるじゃないか。で、持ち上げたら背中に毛布オバケのブローチだろ? それならリチャードが寝室で毛布オバケになって隠れてるんじゃないかって思ってさ、簡単に驚かされたりしないぞーって張り切って寝室入ったのにいないし。一人でオーバーリアクションしてて結構恥ずかしかったんだからな」
「おや、それは直に拝見できずに残念です」
「見られてなくて心底よかったよ。お前の寝室も俺の寝室も毛布オバケもどきがいたから、二ついたらどっちかが本物かと思うだろ? 結局どっちも偽物だったけど。でも俺のベッドのシーツめくった中にあったの見た時はビビったなあ。【 Dear My rabbit 】と【 9:00 pm 】とだけ書かれたこの店のカード、ダッシュしてギリギリだって気付いて慌てて来たんだ」
正義はそう言いながらも、毛布の中に隠してきたウサギ耳は装着してきてくれたようだ。
今夜はハロウィーン。この店のテーブルについている客たちの中にも、ちょっとした仮装を楽しんでいる人がいることが見て取れる。
知らず笑ってしまっていたらしい。
正面の正義の顔が、一度不服そうにむくれて見せてから力を抜いたように笑顔になった。
「あーあ。やられた」
「ふふ。悪戯成功ですね」
「俺だって、ハロウィーンディナーの用意をだな」
「明日の夜も楽しみです」
「言ったな。カボチャ尽くしにするからな」
「あなたの作るものならば、どんなものでも美味しい」
ですが、とリチャードが続けると正義は運ばれてきた料理を前に一度瞬いて顔を上げた。
「あなたからの『トリート』も、期待しています」
「悪戯したのに?」
「それとこれとは別ですので」
「俺のアリスは欲張りだなあ」
透き通った泡がふわふわと踊るグラスを手に取れば、正義も同じようにグラスを持ち上げる。
その繊細なガラス越しに笑みを交わして、口にするのは同じ言葉。
来年もその次も、こうして目の前の相手と過ごすことができるように。
「「ハッピーハロウィーン」」
【トリートの前にはトリックを】
----------
ハロウィーンともなれば張り切って夕飯やスイーツを用意するだろう正義くんですが、トリック・オア・トリートと言うまでもなくトリートを用意されてしまうと、たまには悪戯をしたくなることがないかなと。
悪戯が成功したアリスは、きっとご満悦でパンプキンパイを焼いてもらうのでしょうね。
ハッピーハロウィーン!!
