2023年のせぎ誕に寄せて
公開 2023/08/20 12:39
最終更新
2023/10/24 19:24
💎商3部時空 エトラ左右なし エトラ家
その日の朝は、ベッドから始まった。
いや、その日に限らず、通常の朝はベッドから起床するところから始まるはずなのだが、この日ばかりはベッドに横になったままで始まってしまったのだ。
コン コン コン
軽いノックの音に目を向け、どうぞ、とほとんど音にならない掠れた声を喉から絞り出せば、そっと静かにドアが開く。
「正義、起きていましたか」
「正義さん、具合はどうですか」
ひょこり、ひょこり。
二つの顔がその間から覗いて、これまた静かに部屋に入ってくる。
『ごめん、二人とも』
そう答えたつもりの声は、自分の耳にすらろくに聞こえなかったけれど、どうやら意味だけは伝わったらしい。
何を馬鹿なことを、とでも言うように白い手がぺちりと額をはたく。
「このところ忙しかったことが響いたのでしょう。今日のところは諦めて休んでいなさい」
『でも』
「幸いにして日曜です。あなたは商談のスケジュールも入れていない。私もよほど遅い時間に飛び入りがなければ、元より早めに帰ってこられる予定でした。家のことが心配であれば、今日は頼りになるみのるさまもいらっしゃいます」
『だけど』
「あの、正義さん。もし身体を起こせそうならおかゆ作ってきたんですが……食べられそうですか?」
『うう……』
まさかの、自分の誕生日当日。
発熱でダウンするという大失態だった。
おめでとう!
ハッピーバースデー!
今日がいい日になりますように!
ぐわんぐわんと回るような頭で、時々光るモバイルの画面に目をやると、その中にはそんな、幸せと、喜びと、祝福に満ちた言葉があふれていた。
今日の自分には、何も返せないのに。
せめて「ありがとう」の一言だけでもと思うのに、ぼんやりした頭はたったその短い返事すらも打たせようとしない。
誕生日なんて別におめでたいことじゃない、なんて思っていた昔の自分には想像もつかなかった、誰かのあたたかな言葉と想いがただひたすらに降り積もっていく。
ありがとうと。
祝ってくれて嬉しいと。
親しく想う人たちからの気持ちは、いつもならとても嬉しいことのはずなのに、今日の自分は言祝ぐ言葉に何も返せずに、ただそれをもらうばかりで。
このままでは、身体の中から何かがあふれてしまいそうだ。
ピコン
また一つ、通知が光る。
半ば唸りながら目を向ければ、通知の差し出し人はひらがな三文字。
【 ひろみ 】
『 花、届いたわ。
綺麗だった。
ありがとう。
正義も、誕生日おめでとう 』
今日は、珍しく自分の誕生日と母の日が被っている日で。普段は食べたらなくなるものを選んでいたものだが、今回はなんとなく気が向いてフラワーギフトを贈ったのだった。
綺麗だったと、今までそんな一言が添えられたことはなかった。
ひろみ。
スマホを握りながら、何かを返そうと思うのに、うまい文章が作れない。
——ああ、本当にどうしてこんな日に。
「……ん、あれ……」
「おや、お目覚めですか」
気付けば部屋の中はすっかり日が落ちていた。
朝より少しはまともに出るようになっている声で無意識に呟けば、すぐさまベッドサイドから声がかかる。落とし気味の明かりで読書でもしていたのか、サイドテーブルには半ばに栞が挟まれた分厚い洋書が一冊。
「リチャード。みのるくんは」
「先ほどまでこちらに。あなたが目が覚めたらこちらを渡してほしいと預かっています」
「え、みのるくんから⁉」
「ええ」
目の前に差し出された包みに慌てて身体を起こそうとして、まだ起きるなと肩を押されてしまった。諦めて転がり直せば胸の上にそっとプレゼントが乗せられる。
重くないはずのその重みに、胸が苦しい。
「なあ、リチャード」
「はい」
「今日、俺何もできなかったな」
「よく寝られたのでは」
「もらうばっかりで、何もできなかった」
「一年に一度くらい、そのような日があっても良いのでは」
「一年に一度もあったら、俺はどうにかなっちゃうよ」
「それでも、たとえあなたが何も返せないと思っていても。あなたを祝いたいと思う誰かは、あなたを祝福することで幸福になるのです。大変結構なことではありませんか」
「それ、天下のリチャードさんにしては暴論なことないか?」
「正義」
ぎしり、とベッドが少し傾く。
ベッドサイドの光が遮られて、影を作ったリチャードの顔はよく見えない。
いや、逆光でなくても溺れた目では満足に見える気はしないのだが。
「私は、あなたが生まれてきてくださったこの日が、愛おしくてたまらない」
ハッピーバースデーと甘やかに謳うその声は、滲んだ世界を優しく撫でて、それは幸せそうに笑って見せた。
『言祝ぎの詩』
2023/5/14 Twitter投稿:再掲
その日の朝は、ベッドから始まった。
いや、その日に限らず、通常の朝はベッドから起床するところから始まるはずなのだが、この日ばかりはベッドに横になったままで始まってしまったのだ。
コン コン コン
軽いノックの音に目を向け、どうぞ、とほとんど音にならない掠れた声を喉から絞り出せば、そっと静かにドアが開く。
「正義、起きていましたか」
「正義さん、具合はどうですか」
ひょこり、ひょこり。
二つの顔がその間から覗いて、これまた静かに部屋に入ってくる。
『ごめん、二人とも』
そう答えたつもりの声は、自分の耳にすらろくに聞こえなかったけれど、どうやら意味だけは伝わったらしい。
何を馬鹿なことを、とでも言うように白い手がぺちりと額をはたく。
「このところ忙しかったことが響いたのでしょう。今日のところは諦めて休んでいなさい」
『でも』
「幸いにして日曜です。あなたは商談のスケジュールも入れていない。私もよほど遅い時間に飛び入りがなければ、元より早めに帰ってこられる予定でした。家のことが心配であれば、今日は頼りになるみのるさまもいらっしゃいます」
『だけど』
「あの、正義さん。もし身体を起こせそうならおかゆ作ってきたんですが……食べられそうですか?」
『うう……』
まさかの、自分の誕生日当日。
発熱でダウンするという大失態だった。
おめでとう!
ハッピーバースデー!
今日がいい日になりますように!
ぐわんぐわんと回るような頭で、時々光るモバイルの画面に目をやると、その中にはそんな、幸せと、喜びと、祝福に満ちた言葉があふれていた。
今日の自分には、何も返せないのに。
せめて「ありがとう」の一言だけでもと思うのに、ぼんやりした頭はたったその短い返事すらも打たせようとしない。
誕生日なんて別におめでたいことじゃない、なんて思っていた昔の自分には想像もつかなかった、誰かのあたたかな言葉と想いがただひたすらに降り積もっていく。
ありがとうと。
祝ってくれて嬉しいと。
親しく想う人たちからの気持ちは、いつもならとても嬉しいことのはずなのに、今日の自分は言祝ぐ言葉に何も返せずに、ただそれをもらうばかりで。
このままでは、身体の中から何かがあふれてしまいそうだ。
ピコン
また一つ、通知が光る。
半ば唸りながら目を向ければ、通知の差し出し人はひらがな三文字。
【 ひろみ 】
『 花、届いたわ。
綺麗だった。
ありがとう。
正義も、誕生日おめでとう 』
今日は、珍しく自分の誕生日と母の日が被っている日で。普段は食べたらなくなるものを選んでいたものだが、今回はなんとなく気が向いてフラワーギフトを贈ったのだった。
綺麗だったと、今までそんな一言が添えられたことはなかった。
ひろみ。
スマホを握りながら、何かを返そうと思うのに、うまい文章が作れない。
——ああ、本当にどうしてこんな日に。
「……ん、あれ……」
「おや、お目覚めですか」
気付けば部屋の中はすっかり日が落ちていた。
朝より少しはまともに出るようになっている声で無意識に呟けば、すぐさまベッドサイドから声がかかる。落とし気味の明かりで読書でもしていたのか、サイドテーブルには半ばに栞が挟まれた分厚い洋書が一冊。
「リチャード。みのるくんは」
「先ほどまでこちらに。あなたが目が覚めたらこちらを渡してほしいと預かっています」
「え、みのるくんから⁉」
「ええ」
目の前に差し出された包みに慌てて身体を起こそうとして、まだ起きるなと肩を押されてしまった。諦めて転がり直せば胸の上にそっとプレゼントが乗せられる。
重くないはずのその重みに、胸が苦しい。
「なあ、リチャード」
「はい」
「今日、俺何もできなかったな」
「よく寝られたのでは」
「もらうばっかりで、何もできなかった」
「一年に一度くらい、そのような日があっても良いのでは」
「一年に一度もあったら、俺はどうにかなっちゃうよ」
「それでも、たとえあなたが何も返せないと思っていても。あなたを祝いたいと思う誰かは、あなたを祝福することで幸福になるのです。大変結構なことではありませんか」
「それ、天下のリチャードさんにしては暴論なことないか?」
「正義」
ぎしり、とベッドが少し傾く。
ベッドサイドの光が遮られて、影を作ったリチャードの顔はよく見えない。
いや、逆光でなくても溺れた目では満足に見える気はしないのだが。
「私は、あなたが生まれてきてくださったこの日が、愛おしくてたまらない」
ハッピーバースデーと甘やかに謳うその声は、滲んだ世界を優しく撫でて、それは幸せそうに笑って見せた。
『言祝ぎの詩』
2023/5/14 Twitter投稿:再掲
