鏡の話①
公開 2023/08/15 15:30
最終更新
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💎商2部以降 モブ視点
ガラスと鏡が同じものだと知った時、不思議だなあと思った。
それまでまったく別のものだと思っていたのに、実は同じものなのだという。
ガラスは、透明で。
向こうの物が透けて見えて、光の加減で外より自分側が見えることもあるけれど、ピカピカに磨いたらそこに一枚透明の板があるなんて思えないくらい——『外』とつながるものであると同時に、『外』と『内』を分けるもの。
鏡は、逆。
向こうに何があったとしても、一切それを見せずに全部自分に跳ね返してくる。
左右反転した、こちら側と同じはずなのに、違う世界。自分の右手が相手の左手で、一本引かれた線を境に決して交わらない——どこまでも『内』に潜っていけるような、『過去』も『現在』も『未来』も映り込むもの。
もしかしたら、こちらからしたらガラスでしかないのに、向こうからは鏡にしか見えないこともあるのかもしれない。
そんなことを考えてしまうのは、いつものように商品整理で店内の棚を回っている目の前。大きな嵌め殺しのガラスの向こうで、道行く人たちが度々足を止めて、身だしなみチェックやら何やらをしているのを見てしまうからだ。
日差しのよく当たる外の通りからしたら店内は暗く、『ガラス』としての役割は果たしてくれないのだろう。ネクタイを直してみたり、リップを引き直してみたり、風で跳ねたのかもしれない髪をつまんでみたりと、思い思いに『鏡』に映っているのだろう自分とにらめっこしている人たちは、その向こう側からどう見えるのかなど気にも留めない。
マジックミラーではないけれど、時々本当に自分がいるのは鏡の内側なのではないかと思ってしまう。不思議なものだ。
そんなことを思いながら箱から補充の商品を取り出していると、また目の前で一人、誰かが足を止めている。
ちらりと視界に入った靴があまりにピカピカで、一目でよく手入れされているのが分かるようなものだったので、その主はどんな人なのかとそのまま視線を上げて——思わず手が止まった。
いっそ暑く感じるほどの陽気に丁寧にたたまれたジャケットを腕にかけて、片耳に携帯を当てている、まるでモデルのような立ち姿。
髪色は金なのだろうか。陽光が弾けて、輪郭ごと光っているように見えてしまう。
とんでもない美人だ。
ガラスの向こう、行き交う人の声はこちら側には届かないのだが、目元を緩めて楽し気に話している様子から、きっと親しい人との通話なのだろう。
その目が、ちらりとこちらを向いた。
少しだけ驚いたように、ぱちりぱちりとゆっくり睫毛が上下して、携帯を持っていない方の手が不思議そうに彼の頬に触れる。
口の動きは止まらないので、おそらくは通話は継続したまま。
そうして、ゆっくり。
極彩色のアゲハ蝶が羽根を動かすのをスローモーションで見るみたいに。
「山崎さん」
「うひゃい!」
「なあに、どうしたの?」
突然横から声がかかって飛び上がってしまった。
そうだった。今は仕事中で、棚の整理をしていたのだった。慌てて手元を見れば、いつの間に落としたのか足元に箱が転がっている。割れないもので良かった。
そう思って視線をガラスの向こうに向ければ、そこにはもう人影はない。
「先輩……私なんだかすごいもの見ちゃいました……」
『鏡』の内側には、時々夢の世界の覗き窓が開くのだ。
『その話、ちょっと詳しく』
2021/6/2 Twitter投稿:再掲
【CANDY WAGON】収録
だれかさんとの通話中、自分が思いもよらない表情をしていることに気付いたら、自分はこんな顔をしているのだったか、と改めて不思議に思ったり、くすぐったく思ったりするのではないかなと思ったお話でした。
ガラスと鏡が同じものだと知った時、不思議だなあと思った。
それまでまったく別のものだと思っていたのに、実は同じものなのだという。
ガラスは、透明で。
向こうの物が透けて見えて、光の加減で外より自分側が見えることもあるけれど、ピカピカに磨いたらそこに一枚透明の板があるなんて思えないくらい——『外』とつながるものであると同時に、『外』と『内』を分けるもの。
鏡は、逆。
向こうに何があったとしても、一切それを見せずに全部自分に跳ね返してくる。
左右反転した、こちら側と同じはずなのに、違う世界。自分の右手が相手の左手で、一本引かれた線を境に決して交わらない——どこまでも『内』に潜っていけるような、『過去』も『現在』も『未来』も映り込むもの。
もしかしたら、こちらからしたらガラスでしかないのに、向こうからは鏡にしか見えないこともあるのかもしれない。
そんなことを考えてしまうのは、いつものように商品整理で店内の棚を回っている目の前。大きな嵌め殺しのガラスの向こうで、道行く人たちが度々足を止めて、身だしなみチェックやら何やらをしているのを見てしまうからだ。
日差しのよく当たる外の通りからしたら店内は暗く、『ガラス』としての役割は果たしてくれないのだろう。ネクタイを直してみたり、リップを引き直してみたり、風で跳ねたのかもしれない髪をつまんでみたりと、思い思いに『鏡』に映っているのだろう自分とにらめっこしている人たちは、その向こう側からどう見えるのかなど気にも留めない。
マジックミラーではないけれど、時々本当に自分がいるのは鏡の内側なのではないかと思ってしまう。不思議なものだ。
そんなことを思いながら箱から補充の商品を取り出していると、また目の前で一人、誰かが足を止めている。
ちらりと視界に入った靴があまりにピカピカで、一目でよく手入れされているのが分かるようなものだったので、その主はどんな人なのかとそのまま視線を上げて——思わず手が止まった。
いっそ暑く感じるほどの陽気に丁寧にたたまれたジャケットを腕にかけて、片耳に携帯を当てている、まるでモデルのような立ち姿。
髪色は金なのだろうか。陽光が弾けて、輪郭ごと光っているように見えてしまう。
とんでもない美人だ。
ガラスの向こう、行き交う人の声はこちら側には届かないのだが、目元を緩めて楽し気に話している様子から、きっと親しい人との通話なのだろう。
その目が、ちらりとこちらを向いた。
少しだけ驚いたように、ぱちりぱちりとゆっくり睫毛が上下して、携帯を持っていない方の手が不思議そうに彼の頬に触れる。
口の動きは止まらないので、おそらくは通話は継続したまま。
そうして、ゆっくり。
極彩色のアゲハ蝶が羽根を動かすのをスローモーションで見るみたいに。
「山崎さん」
「うひゃい!」
「なあに、どうしたの?」
突然横から声がかかって飛び上がってしまった。
そうだった。今は仕事中で、棚の整理をしていたのだった。慌てて手元を見れば、いつの間に落としたのか足元に箱が転がっている。割れないもので良かった。
そう思って視線をガラスの向こうに向ければ、そこにはもう人影はない。
「先輩……私なんだかすごいもの見ちゃいました……」
『鏡』の内側には、時々夢の世界の覗き窓が開くのだ。
『その話、ちょっと詳しく』
2021/6/2 Twitter投稿:再掲
【CANDY WAGON】収録
だれかさんとの通話中、自分が思いもよらない表情をしていることに気付いたら、自分はこんな顔をしているのだったか、と改めて不思議に思ったり、くすぐったく思ったりするのではないかなと思ったお話でした。
