気取らなくても、そのままで
公開 2023/08/14 13:07
最終更新
2023/10/24 19:26
💎商3部時空 エトラ左右なし エトラ家
螺鈿後、ジロサブ合流前の夜ご飯
「正義さんって、こういう料理は作らないんだろうなって思ってました」
ぽかんとした目でテーブルの上の料理と正義の顔を往復させたみのるの口から、思わずといった様子で漏れた声に、正義は一つ苦笑した。
それは、三人——時には二人——で夕食を食べることが当たり前になってきたある日のこと。
急な予定変更で正義の帰りが遅くなり、その代わりのようにリチャードが早めに家に戻っていた。
みのるが二人の大人と交渉の末当番制となった朝食・夕食担当も、正義のいないところでみのる一人がこの広いキッチンに立ったことはない。正義の戻り時間が読めないなら何か買いに行くか、それとも当番の日ではないが自分が作ってもいいだろうか、とみのるはリチャードと話していたが、そこに慌ただしく正義が帰宅してきたのだ。
正義はただいまと言うが早いか、忙しなく遅くなってごめんと二人分のハグをして、またバタバタと居間から飛び出していった。自室に引っ込んでどれほどもしないうちに戻ってきた彼は、ジャケットを脱いだだけのシャツを腕まくりしながらエプロンを被る。
慌てて手伝いを申し出たみのるとリチャードに正義はにかっと笑って、二人に食器出しや簡単な指示する間にいくつかの食材を切っては投げ、切っては投げ。
完成したのはタマネギとハムと冷凍グリンピースの卵丼、ピーマンの塩昆布和えに、乾燥わかめと小口ネギを入れたお椀の中に直接味噌を落としてお湯を注いだ正義曰くなんちゃってインスタント味噌汁。
テレビの簡単レシピ番組も真っ青の、物凄い早業料理だった。
「あー……なんだかすごいまかない料理みたいになっちゃったなあ。ごめんね、みのるくん」
「ああ、いえ、そういう意味じゃなくて! 正義さんはいつも、何というか……すごくちゃんと作ってたので、びっくりして。こんな早業、魔法みたいです」
揃ってテーブルで手を合わせながら、まだ驚いたような顔をしているみのるに正義は苦笑しているが、リチャードはその正義の様子に既視感があった。
「本当はこんな適当なのじゃなくて、もっとちゃんと美味しいものを作りたいんだけどなあ」
『折角お前が食べてくれるのに、こんな適当料理なんかじゃなくてちゃんと作らせてくれよ』
リチャードの脳裏で、今の正義の声に数年前のもう少し若い声が重なる。
スリランカのあの白い社宅で、何度も聞いた言葉だ。
もてなしたい、美味いものを食べて欲しい、正義がそう言うことが分かっていて、リチャードは敢えて彼が身構えていない時を狙って視察と称してあの家を訪っていた。自分のために使う時間を大切にしろ、わざわざ歓待などしなくて良い、などと正義にはもっともらしいことを言っておきながら、その実『お客さま用』ではないものが欲しかっただけなのだとリチャードが気付いたのはいつの頃だったろう。
「みのるさま、これは正義の性分なのです。私も『あまり物の端っこを放り込んだオイスターソース炒め』を食べさせて頂くのにはかなりの時間を要しました」
「リチャードさんもですか」
「当たり前だろ! あんな適当なの」
「ですがあなたの『適当』はとても美味でしたよ」
「不味いものを口に入れさせるわけないだろ」
「それであれば、何の問題もないのでは」
きょとんと瞬いた二対の目に笑ってしまいながらリチャードが「いただきます」と口にすれば、慌てて二人分の声が続く。
そこにあるのはかしこまったレストランでも、遠くから訪れる友人をもてなそうとする気合の入ったディナーでもなく、明るく優しい『家族』の食卓だ。
リチャードの、そしておそらくはみのるの、欲しいもの。
「それに」
「それに?」
「こちらのお味噌汁であれば、分量は大まかに記憶致しましたので。私にも再現可能かと」
「あ、これはぼくもできそうです。 このお味噌汁、インスタントで売っているものにお湯を入れるのより美味しいです。味噌は、目分量なんですよね、多分」
「……ふはっ! そっか! じゃあ二人にも覚えておいてもらおうかなあ」
顔を合わせて、笑い交わして。
大人二人と子ども一人、それからもうじきやってくるという犬二匹。
別々のところで生活してきた三人と二匹が『家族』になるのは、あと少しだけ先のこと。
『気取らなくても、そのままで』
2022/8/24 Twitter投稿:再掲
螺鈿後、ジロサブ合流前の夜ご飯
「正義さんって、こういう料理は作らないんだろうなって思ってました」
ぽかんとした目でテーブルの上の料理と正義の顔を往復させたみのるの口から、思わずといった様子で漏れた声に、正義は一つ苦笑した。
それは、三人——時には二人——で夕食を食べることが当たり前になってきたある日のこと。
急な予定変更で正義の帰りが遅くなり、その代わりのようにリチャードが早めに家に戻っていた。
みのるが二人の大人と交渉の末当番制となった朝食・夕食担当も、正義のいないところでみのる一人がこの広いキッチンに立ったことはない。正義の戻り時間が読めないなら何か買いに行くか、それとも当番の日ではないが自分が作ってもいいだろうか、とみのるはリチャードと話していたが、そこに慌ただしく正義が帰宅してきたのだ。
正義はただいまと言うが早いか、忙しなく遅くなってごめんと二人分のハグをして、またバタバタと居間から飛び出していった。自室に引っ込んでどれほどもしないうちに戻ってきた彼は、ジャケットを脱いだだけのシャツを腕まくりしながらエプロンを被る。
慌てて手伝いを申し出たみのるとリチャードに正義はにかっと笑って、二人に食器出しや簡単な指示する間にいくつかの食材を切っては投げ、切っては投げ。
完成したのはタマネギとハムと冷凍グリンピースの卵丼、ピーマンの塩昆布和えに、乾燥わかめと小口ネギを入れたお椀の中に直接味噌を落としてお湯を注いだ正義曰くなんちゃってインスタント味噌汁。
テレビの簡単レシピ番組も真っ青の、物凄い早業料理だった。
「あー……なんだかすごいまかない料理みたいになっちゃったなあ。ごめんね、みのるくん」
「ああ、いえ、そういう意味じゃなくて! 正義さんはいつも、何というか……すごくちゃんと作ってたので、びっくりして。こんな早業、魔法みたいです」
揃ってテーブルで手を合わせながら、まだ驚いたような顔をしているみのるに正義は苦笑しているが、リチャードはその正義の様子に既視感があった。
「本当はこんな適当なのじゃなくて、もっとちゃんと美味しいものを作りたいんだけどなあ」
『折角お前が食べてくれるのに、こんな適当料理なんかじゃなくてちゃんと作らせてくれよ』
リチャードの脳裏で、今の正義の声に数年前のもう少し若い声が重なる。
スリランカのあの白い社宅で、何度も聞いた言葉だ。
もてなしたい、美味いものを食べて欲しい、正義がそう言うことが分かっていて、リチャードは敢えて彼が身構えていない時を狙って視察と称してあの家を訪っていた。自分のために使う時間を大切にしろ、わざわざ歓待などしなくて良い、などと正義にはもっともらしいことを言っておきながら、その実『お客さま用』ではないものが欲しかっただけなのだとリチャードが気付いたのはいつの頃だったろう。
「みのるさま、これは正義の性分なのです。私も『あまり物の端っこを放り込んだオイスターソース炒め』を食べさせて頂くのにはかなりの時間を要しました」
「リチャードさんもですか」
「当たり前だろ! あんな適当なの」
「ですがあなたの『適当』はとても美味でしたよ」
「不味いものを口に入れさせるわけないだろ」
「それであれば、何の問題もないのでは」
きょとんと瞬いた二対の目に笑ってしまいながらリチャードが「いただきます」と口にすれば、慌てて二人分の声が続く。
そこにあるのはかしこまったレストランでも、遠くから訪れる友人をもてなそうとする気合の入ったディナーでもなく、明るく優しい『家族』の食卓だ。
リチャードの、そしておそらくはみのるの、欲しいもの。
「それに」
「それに?」
「こちらのお味噌汁であれば、分量は大まかに記憶致しましたので。私にも再現可能かと」
「あ、これはぼくもできそうです。 このお味噌汁、インスタントで売っているものにお湯を入れるのより美味しいです。味噌は、目分量なんですよね、多分」
「……ふはっ! そっか! じゃあ二人にも覚えておいてもらおうかなあ」
顔を合わせて、笑い交わして。
大人二人と子ども一人、それからもうじきやってくるという犬二匹。
別々のところで生活してきた三人と二匹が『家族』になるのは、あと少しだけ先のこと。
『気取らなくても、そのままで』
2022/8/24 Twitter投稿:再掲
