7年前の胆振東部地震を体験して思うこと
公開 2025/12/12 09:54
最終更新
2025/12/21 08:46
はじめに
北海道在住のトラックドライバーである私にとって、最も身近に危機を感じた災害は、2018年の胆振東部地震である。広範囲の停電により燃料の給油ができなくなり、会社に電話をすると「仕事は全部キャンセルになったので帰社してください」との指示を受けた。帰路、ラジオから流れてきたのは、厚真町が甚大な被害を受けたという衝撃的なニュースだった。
災害時の企業対応
当社には災害時の行動マニュアルは存在しない。しかし、日頃運んでいる荷物が人々の生活に密着するインフラ資材であることから、災害復旧に関わる出荷に備え、社員は会社での24時間待機体制に入った。
停電はしたものの、幸いにも電話が不通になることはなく、荷主との連絡に支障はなかった。被害状況は3日ほどですべて把握できた。
実は、現在も災害時の行動マニュアルは整備されていない。異常事態が発生すれば、緊急連絡網に記載された順番に電話をかけ、あるいはメールを使い、指示を受けたり出したりするだけである。
したがって、通信インフラ自体が崩壊した場合、各個人が陸の孤島になる可能性がある。残念ながらその対策はなく、復旧するまで自宅待機することになっている。
車両に備えるべきもの
出先でそのような事態に遭遇した場合に備え、最低限3日分の水と食料、着替え、シュラフ、携帯トイレなどを車に常備しておくことが重要だ。
他社の仲間にも災害時の対策を聞いたが、やはり臨機応変に対応しつつも、危険を冒してまでの輸送業務は行わない方針のようだ。
自社に燃料の地下タンクがある会社でも、自家発電装置まで装備しているところは稀である。停電はトラックを止め、パソコンをダウンさせ、あらゆる生活の当たり前を奪うものだと痛感した。
約3日間の停電中、近隣で明かりが灯っていたのは、NTTとNTTドコモのビルくらいだった。
燃料の確保という課題
停電時に運行中だったトラックの中には、会社に戻る燃料が不足している車両もあった。どうしても帰社したいドライバーは、被災地から遠く離れた給油可能なスタンドまで数時間走ったという。
当社の場合、20トン超えの車両には500リットルタンクを装備しているため、満タンで出発すれば道内のどこへ行っても無給油で戻れる。一方、8トン以下の車両には200リットルタンクしか付いておらず、片道400km以上の仕事では途中の給油が必須となる。
5,000cc以上の排気量のエンジンが搭載されたトラックで、道内のどこへ行っても無給油で戻るためには、300リットルタンクが必要だ。
とにかく生きて帰ること
当時、海の近くにいたドライバーたちは皆、標高の高い場所へ移動していた。東日本大震災で多くの犠牲者が出た津波の映像を見ていたからだ。北海道でも過去に奥尻町が巨大な津波の被害を受け、200人もの方が亡くなっているが、夜間だったこともあり映像が残っていないようだ。
異常気象時も海の近くは危険だが、地震による津波の危険度は予測不能である。とりあえず私たちは、地震が来たら個人が考えられる限りの避難をすると決めている。とにかく生きて帰ること。これに尽きる。
被害の実態
当時、対応に追われたのは食品関係の仕事をされている方々だったと思う。彼らは常日頃、分単位のスケジュールで運行しており、保冷・冷凍食品の場合、受け入れ側の冷蔵倉庫が機能していなければ荷物を降ろせない。
石狩市の港にある冷凍倉庫はかなりの被害を受けたようだ。被災後数日間、大量の廃棄冷凍食品が駐車場に仮置きされているのを見かけた。
巨大な倉庫に自家発電装置を設置するとなれば、恐らく小さな発電所規模のものが必要だろう。停電になれば、その時に保管している冷凍食品は全滅である。
信号機が消えた道路で
道路に関しては、主要幹線道路の信号機がすべて消えていた。ただ、不思議なくらい交通渋滞は起きなかった。事故を恐れて運転を控えた人が多かったことも理由の一つかもしれないが、信号機が機能している時よりも圧倒的に「譲り合い」がうまく機能していたからだ。
つまり、あの状況下で運転をしていたのは、的確な状況判断ができるドライバーが多かったということである。平常時に目立つ悪質なドライバーというのは、もしかするとお行儀が悪いだけではなく、状況判断ができない人たちなのかもしれない。
北海道で最も交通量の多い札幌市内の国道36号線でさえ、交通整理なしで見事な譲り合いが行われていた。帰宅する際、平常時より15分も早く家に着いたほどだ。
おわりに
胆振東部地震を経験して、災害時に社会がどうなるのかを理解できたつもりである。災害の規模によっては予測できない状況もあるかもしれないし、基本的に私たち一般人には電気・水道・ガスなどの復旧はできない。専門の方々が不眠不休で復旧作業に就いてくれるのを、待つことに全力を尽くすしかないのだ。
これまでの私の人生で、停電と断水で耐え難い苦労をした経験はない。いずれも3〜5日で復旧していたからだ。海外諸国と比べると、日本のインフラ工事のクオリティは素晴らしい。
災害への備えをした上で、私たちは下手に動かないことが最も安全な対応なのではないかと思う。
Grokによる分析と説明
文章の概要
この文章は、タイトル「7年前の胆振東部地震を体験して思うこと」からわかるように、2018年9月6日に発生した北海道胆振東部地震(正式名称:平成30年北海道胆振東部地震)を体験した著者の回顧録的なエッセイです。著者は北海道在住で、運送業(おそらくトラックドライバーや関連企業従業員)と思われ、地震発生時の個人的体験を基に、災害時の企業対応、個人の備え、インフラの脆弱性、社会の反応などを振り返っています。現在の日付(2025年12月11日)から見て、地震発生からちょうど7年経過したタイミングで、この体験を教訓としてまとめているようです。
地震の背景として、この地震はマグニチュード6.7、最大震度7を記録し、北海道全域で大規模な停電(ブラックアウト)が発生しました。被害は死者44人、負傷者782人、住家全壊462棟など、主に厚真町での土砂崩れや札幌市での液状化が深刻でした。 文章では、これらの被害を背景に、著者の視点から「災害時の現実」と「備えの重要性」が強調されています。全体のテーマは、インフラ依存の現代社会の脆さ、企業や個人の柔軟な対応、そして「生きて帰る」ことの優先です。以下では、文章をセクションごとに分析・説明します。
はじめに
ここでは、著者が地震発生時の状況を描写しています。地震直後、広範囲の停電により燃料給油ができなくなり、仕事がキャンセル。帰宅途中にラジオで厚真町の甚大な被害を知る、という体験です。
分析: この導入部は、読者に災害の「身近さ」と「即時性」を実感させる役割を果たしています。著者は北海道在住者として、地震が日常生活に与える影響(停電、通信、移動の制限)を具体的に挙げることで、抽象的な災害ではなく「自分ごと」として語っています。厚真町の被害(土砂崩れによる死者多数)は実際の地震の特徴を反映しており、著者のショックが伝わります。 この部分は、全体のトーンを設定し、以降の議論の基盤となります。
災害時の企業対応
著者の会社には災害マニュアルがなく、社員は24時間待機。停電しても電話は使え、被害把握に3日かかった。現在もマニュアルはなく、通信崩壊時は「陸の孤島」になる可能性を指摘しています。
分析: ここで著者は、企業の災害対策の不備を批判的に振り返っています。運送業というインフラ関連の仕事のため、復旧支援の待機体制を取った点は肯定的ですが、マニュアル不在はリスクを高めると指摘。通信インフラの重要性を強調し、崩壊時の「自宅待機」方針を「残念」と表現するのは、企業の責任を問うニュアンスです。これは、地震後のブラックアウト(全道停電)が実際に通信や業務に影響を与えた実例を基にしています。 教訓として、企業はもっと体系的なマニュアルを整備すべきだという示唆があります。
車両に備えるべきもの
出先での備えとして、車に3日分の水・食料・着替え・シュラフ・携帯トイレを常備。他社も同様に危険を避ける方針。停電の影響でトラックやPCが止まることを痛感し、NTTなどのビルだけが明かりを灯していたと記述。
分析: 運送業特有の視点から、移動中の災害対策を提案しています。著者は「臨機応変」な対応を肯定しつつ、基本的なサバイバルグッズの重要性を強調。これは、地震時の停電が燃料や移動を阻害した体験から来ています。自家発電の稀少さを指摘するのは、インフラの脆弱性を象徴的に描いており、NTTの例は「通信インフラの優先性」を示す好例です。全体として、個人レベルの備え(BCP: Business Continuity Planの個人版)を促す内容です。
燃料の確保という課題
停電で燃料不足の車両があり、遠くのスタンドまで走行。著者の会社では大型車両に500Lタンク、小型に200L。道内無給油で戻るには300L必要と具体的に述べています。
分析: ここは技術的な詳細が豊富で、運送業の実務を基にした実践的なアドバイスです。燃料タンクの容量と走行距離の関係を数字で説明するのは、読者に具体的なイメージを与えます。地震時のブラックアウトがガソリンスタンドを機能不全にさせた実際の被害を反映しており、 「満タン出発」の重要性を教訓化。災害時の物流中断のリスクを指摘し、企業レベルの備蓄(地下タンク)の必要性を示唆しています。
とにかく生きて帰ること
海近くのドライバーが高台へ避難。東日本大震災や奥尻地震の教訓から、津波の危険を強調。「生きて帰る」ことが最優先。
分析: 生命の安全を最優先とする強いメッセージです。過去の津波被害(東日本大震災の犠牲者、奥尻地震の200人死者)を引き合いに出し、映像の有無にかかわらず警戒を促すのは、心理的な備えの重要性を語っています。北海道の地理(海岸線が多い)を考慮した内容で、地震後の津波警報が実際に出ていたことを思わせます。 著者の「個人で避難を決める」姿勢は、企業マニュアルの不在を補う自主性を強調しています。
被害の実態
食品業界の苦労を指摘。冷凍倉庫の被害で廃棄食品が発生。自家発電の必要性を述べています。
分析: ここでは、自身の業界を超えて他業種の被害を観察。食品物流の時間厳守性と、停電による冷蔵機能喪失を具体的に描き、石狩市の倉庫被害は実際の地震損害を反映。 大規模発電設備の必要性を指摘するのは、经济的な課題を示し、災害時のサプライチェーンの脆弱性を分析しています。
信号機が消えた道路で
信号機停止でも渋滞なし。「譲り合い」が機能し、平常時よりスムーズ。状況判断のできるドライバーが多かったと考察。
分析: 意外なポジティブな観察で、災害時の人間性や社会性を描いています。信号機依存の交通システムの脆さを指摘しつつ、「譲り合い」の成功を平常時の「悪質ドライバー」の不在と関連づけるのは、興味深い心理分析。札幌の国道36号の例は具体性が高く、災害がもたらす「一時的な秩序」を示唆。著者はこれを、ドライバーの適応力の証拠として肯定的に評価しています。
おわりに
災害の予測不能性、インフラ復旧の専門家依存を述べ、日本のインフラクオリティを称賛。「下手に動かない」ことが安全と結論。
分析: まとめとして、体験を通じた悟りを語っています。人生で耐え難い苦労がなかったのは、復旧の速さのおかげとし、海外比較で日本の強みを挙げるのは、感謝の念を表す。全体の教訓は「備えをしつつ待つ」姿勢で、過度な行動のリスクを警告。これは、地震後の迅速復旧(停電3日程度)を基にした現実的なアドバイスです。
全体の分析と考察
この文章は、個人的体験を軸に、災害の多角的な影響を論理的に展開しています。強みは具体例の豊富さ(数字、場所、業界例)と、批判的だが前向きな視点。弱みは企業マニュアルの不在を繰り返し指摘する点で、改善提案が少ないことですが、それは著者の立場(一般社員?)を反映しているでしょう。

北海道在住のトラックドライバーである私にとって、最も身近に危機を感じた災害は、2018年の胆振東部地震である。広範囲の停電により燃料の給油ができなくなり、会社に電話をすると「仕事は全部キャンセルになったので帰社してください」との指示を受けた。帰路、ラジオから流れてきたのは、厚真町が甚大な被害を受けたという衝撃的なニュースだった。
災害時の企業対応
当社には災害時の行動マニュアルは存在しない。しかし、日頃運んでいる荷物が人々の生活に密着するインフラ資材であることから、災害復旧に関わる出荷に備え、社員は会社での24時間待機体制に入った。
停電はしたものの、幸いにも電話が不通になることはなく、荷主との連絡に支障はなかった。被害状況は3日ほどですべて把握できた。
実は、現在も災害時の行動マニュアルは整備されていない。異常事態が発生すれば、緊急連絡網に記載された順番に電話をかけ、あるいはメールを使い、指示を受けたり出したりするだけである。
したがって、通信インフラ自体が崩壊した場合、各個人が陸の孤島になる可能性がある。残念ながらその対策はなく、復旧するまで自宅待機することになっている。
車両に備えるべきもの
出先でそのような事態に遭遇した場合に備え、最低限3日分の水と食料、着替え、シュラフ、携帯トイレなどを車に常備しておくことが重要だ。
他社の仲間にも災害時の対策を聞いたが、やはり臨機応変に対応しつつも、危険を冒してまでの輸送業務は行わない方針のようだ。
自社に燃料の地下タンクがある会社でも、自家発電装置まで装備しているところは稀である。停電はトラックを止め、パソコンをダウンさせ、あらゆる生活の当たり前を奪うものだと痛感した。
約3日間の停電中、近隣で明かりが灯っていたのは、NTTとNTTドコモのビルくらいだった。
燃料の確保という課題
停電時に運行中だったトラックの中には、会社に戻る燃料が不足している車両もあった。どうしても帰社したいドライバーは、被災地から遠く離れた給油可能なスタンドまで数時間走ったという。
当社の場合、20トン超えの車両には500リットルタンクを装備しているため、満タンで出発すれば道内のどこへ行っても無給油で戻れる。一方、8トン以下の車両には200リットルタンクしか付いておらず、片道400km以上の仕事では途中の給油が必須となる。
5,000cc以上の排気量のエンジンが搭載されたトラックで、道内のどこへ行っても無給油で戻るためには、300リットルタンクが必要だ。
とにかく生きて帰ること
当時、海の近くにいたドライバーたちは皆、標高の高い場所へ移動していた。東日本大震災で多くの犠牲者が出た津波の映像を見ていたからだ。北海道でも過去に奥尻町が巨大な津波の被害を受け、200人もの方が亡くなっているが、夜間だったこともあり映像が残っていないようだ。
異常気象時も海の近くは危険だが、地震による津波の危険度は予測不能である。とりあえず私たちは、地震が来たら個人が考えられる限りの避難をすると決めている。とにかく生きて帰ること。これに尽きる。
被害の実態
当時、対応に追われたのは食品関係の仕事をされている方々だったと思う。彼らは常日頃、分単位のスケジュールで運行しており、保冷・冷凍食品の場合、受け入れ側の冷蔵倉庫が機能していなければ荷物を降ろせない。
石狩市の港にある冷凍倉庫はかなりの被害を受けたようだ。被災後数日間、大量の廃棄冷凍食品が駐車場に仮置きされているのを見かけた。
巨大な倉庫に自家発電装置を設置するとなれば、恐らく小さな発電所規模のものが必要だろう。停電になれば、その時に保管している冷凍食品は全滅である。
信号機が消えた道路で
道路に関しては、主要幹線道路の信号機がすべて消えていた。ただ、不思議なくらい交通渋滞は起きなかった。事故を恐れて運転を控えた人が多かったことも理由の一つかもしれないが、信号機が機能している時よりも圧倒的に「譲り合い」がうまく機能していたからだ。
つまり、あの状況下で運転をしていたのは、的確な状況判断ができるドライバーが多かったということである。平常時に目立つ悪質なドライバーというのは、もしかするとお行儀が悪いだけではなく、状況判断ができない人たちなのかもしれない。
北海道で最も交通量の多い札幌市内の国道36号線でさえ、交通整理なしで見事な譲り合いが行われていた。帰宅する際、平常時より15分も早く家に着いたほどだ。
おわりに
胆振東部地震を経験して、災害時に社会がどうなるのかを理解できたつもりである。災害の規模によっては予測できない状況もあるかもしれないし、基本的に私たち一般人には電気・水道・ガスなどの復旧はできない。専門の方々が不眠不休で復旧作業に就いてくれるのを、待つことに全力を尽くすしかないのだ。
これまでの私の人生で、停電と断水で耐え難い苦労をした経験はない。いずれも3〜5日で復旧していたからだ。海外諸国と比べると、日本のインフラ工事のクオリティは素晴らしい。
災害への備えをした上で、私たちは下手に動かないことが最も安全な対応なのではないかと思う。
Grokによる分析と説明
文章の概要
この文章は、タイトル「7年前の胆振東部地震を体験して思うこと」からわかるように、2018年9月6日に発生した北海道胆振東部地震(正式名称:平成30年北海道胆振東部地震)を体験した著者の回顧録的なエッセイです。著者は北海道在住で、運送業(おそらくトラックドライバーや関連企業従業員)と思われ、地震発生時の個人的体験を基に、災害時の企業対応、個人の備え、インフラの脆弱性、社会の反応などを振り返っています。現在の日付(2025年12月11日)から見て、地震発生からちょうど7年経過したタイミングで、この体験を教訓としてまとめているようです。
地震の背景として、この地震はマグニチュード6.7、最大震度7を記録し、北海道全域で大規模な停電(ブラックアウト)が発生しました。被害は死者44人、負傷者782人、住家全壊462棟など、主に厚真町での土砂崩れや札幌市での液状化が深刻でした。 文章では、これらの被害を背景に、著者の視点から「災害時の現実」と「備えの重要性」が強調されています。全体のテーマは、インフラ依存の現代社会の脆さ、企業や個人の柔軟な対応、そして「生きて帰る」ことの優先です。以下では、文章をセクションごとに分析・説明します。
はじめに
ここでは、著者が地震発生時の状況を描写しています。地震直後、広範囲の停電により燃料給油ができなくなり、仕事がキャンセル。帰宅途中にラジオで厚真町の甚大な被害を知る、という体験です。
分析: この導入部は、読者に災害の「身近さ」と「即時性」を実感させる役割を果たしています。著者は北海道在住者として、地震が日常生活に与える影響(停電、通信、移動の制限)を具体的に挙げることで、抽象的な災害ではなく「自分ごと」として語っています。厚真町の被害(土砂崩れによる死者多数)は実際の地震の特徴を反映しており、著者のショックが伝わります。 この部分は、全体のトーンを設定し、以降の議論の基盤となります。
災害時の企業対応
著者の会社には災害マニュアルがなく、社員は24時間待機。停電しても電話は使え、被害把握に3日かかった。現在もマニュアルはなく、通信崩壊時は「陸の孤島」になる可能性を指摘しています。
分析: ここで著者は、企業の災害対策の不備を批判的に振り返っています。運送業というインフラ関連の仕事のため、復旧支援の待機体制を取った点は肯定的ですが、マニュアル不在はリスクを高めると指摘。通信インフラの重要性を強調し、崩壊時の「自宅待機」方針を「残念」と表現するのは、企業の責任を問うニュアンスです。これは、地震後のブラックアウト(全道停電)が実際に通信や業務に影響を与えた実例を基にしています。 教訓として、企業はもっと体系的なマニュアルを整備すべきだという示唆があります。
車両に備えるべきもの
出先での備えとして、車に3日分の水・食料・着替え・シュラフ・携帯トイレを常備。他社も同様に危険を避ける方針。停電の影響でトラックやPCが止まることを痛感し、NTTなどのビルだけが明かりを灯していたと記述。
分析: 運送業特有の視点から、移動中の災害対策を提案しています。著者は「臨機応変」な対応を肯定しつつ、基本的なサバイバルグッズの重要性を強調。これは、地震時の停電が燃料や移動を阻害した体験から来ています。自家発電の稀少さを指摘するのは、インフラの脆弱性を象徴的に描いており、NTTの例は「通信インフラの優先性」を示す好例です。全体として、個人レベルの備え(BCP: Business Continuity Planの個人版)を促す内容です。
燃料の確保という課題
停電で燃料不足の車両があり、遠くのスタンドまで走行。著者の会社では大型車両に500Lタンク、小型に200L。道内無給油で戻るには300L必要と具体的に述べています。
分析: ここは技術的な詳細が豊富で、運送業の実務を基にした実践的なアドバイスです。燃料タンクの容量と走行距離の関係を数字で説明するのは、読者に具体的なイメージを与えます。地震時のブラックアウトがガソリンスタンドを機能不全にさせた実際の被害を反映しており、 「満タン出発」の重要性を教訓化。災害時の物流中断のリスクを指摘し、企業レベルの備蓄(地下タンク)の必要性を示唆しています。
とにかく生きて帰ること
海近くのドライバーが高台へ避難。東日本大震災や奥尻地震の教訓から、津波の危険を強調。「生きて帰る」ことが最優先。
分析: 生命の安全を最優先とする強いメッセージです。過去の津波被害(東日本大震災の犠牲者、奥尻地震の200人死者)を引き合いに出し、映像の有無にかかわらず警戒を促すのは、心理的な備えの重要性を語っています。北海道の地理(海岸線が多い)を考慮した内容で、地震後の津波警報が実際に出ていたことを思わせます。 著者の「個人で避難を決める」姿勢は、企業マニュアルの不在を補う自主性を強調しています。
被害の実態
食品業界の苦労を指摘。冷凍倉庫の被害で廃棄食品が発生。自家発電の必要性を述べています。
分析: ここでは、自身の業界を超えて他業種の被害を観察。食品物流の時間厳守性と、停電による冷蔵機能喪失を具体的に描き、石狩市の倉庫被害は実際の地震損害を反映。 大規模発電設備の必要性を指摘するのは、经济的な課題を示し、災害時のサプライチェーンの脆弱性を分析しています。
信号機が消えた道路で
信号機停止でも渋滞なし。「譲り合い」が機能し、平常時よりスムーズ。状況判断のできるドライバーが多かったと考察。
分析: 意外なポジティブな観察で、災害時の人間性や社会性を描いています。信号機依存の交通システムの脆さを指摘しつつ、「譲り合い」の成功を平常時の「悪質ドライバー」の不在と関連づけるのは、興味深い心理分析。札幌の国道36号の例は具体性が高く、災害がもたらす「一時的な秩序」を示唆。著者はこれを、ドライバーの適応力の証拠として肯定的に評価しています。
おわりに
災害の予測不能性、インフラ復旧の専門家依存を述べ、日本のインフラクオリティを称賛。「下手に動かない」ことが安全と結論。
分析: まとめとして、体験を通じた悟りを語っています。人生で耐え難い苦労がなかったのは、復旧の速さのおかげとし、海外比較で日本の強みを挙げるのは、感謝の念を表す。全体の教訓は「備えをしつつ待つ」姿勢で、過度な行動のリスクを警告。これは、地震後の迅速復旧(停電3日程度)を基にした現実的なアドバイスです。
全体の分析と考察
この文章は、個人的体験を軸に、災害の多角的な影響を論理的に展開しています。強みは具体例の豊富さ(数字、場所、業界例)と、批判的だが前向きな視点。弱みは企業マニュアルの不在を繰り返し指摘する点で、改善提案が少ないことですが、それは著者の立場(一般社員?)を反映しているでしょう。

