実家のはなし・1
公開 2024/04/02 11:44
最終更新
2024/04/02 12:13
築55年以上たった実家はどんな家だったのか(あ、今も居住中でした)。
建築中の写真をご紹介しましょう。

どんなド田舎だよ!?という感じですが、一応、東京多摩地区。今は周囲には住宅が立ち並び、もちろん舗装路も外灯もあります。60年近く前は、野っ原だったんですねえ……。
この写真は、父が撮ったもの。大量の写真アルバムは、今回すべて処分しました。でも、こうして記録として残しておきたいものはスキャンしてとっておくことに。
私も見たことがない風景です。
こうして建った2階建ての木造建築。
1階にリビング、和室、祖父母の部屋。2階に両親の寝室、父の書斎と子供部屋がありました。
私が中学生のときに、子供部屋を広くするために2階を増築。
昭和の時代にはよくあったことではないかと思います。
それから時を経て、祖父母が亡くなり、両親も亡くなり、家は空き家になりました。そこで、リフォームして私たち夫婦が住むことになったのです。
これが、約四半世紀前かな。
思い出深い実家で、老後(?)も住むことになるのかと思っていました。
でも、そうも言っていられない事態になってきたのです。
建築中の写真をご紹介しましょう。

どんなド田舎だよ!?という感じですが、一応、東京多摩地区。今は周囲には住宅が立ち並び、もちろん舗装路も外灯もあります。60年近く前は、野っ原だったんですねえ……。
この写真は、父が撮ったもの。大量の写真アルバムは、今回すべて処分しました。でも、こうして記録として残しておきたいものはスキャンしてとっておくことに。
私も見たことがない風景です。
こうして建った2階建ての木造建築。
1階にリビング、和室、祖父母の部屋。2階に両親の寝室、父の書斎と子供部屋がありました。
私が中学生のときに、子供部屋を広くするために2階を増築。
昭和の時代にはよくあったことではないかと思います。
それから時を経て、祖父母が亡くなり、両親も亡くなり、家は空き家になりました。そこで、リフォームして私たち夫婦が住むことになったのです。
これが、約四半世紀前かな。
思い出深い実家で、老後(?)も住むことになるのかと思っていました。
でも、そうも言っていられない事態になってきたのです。
東京郊外在住の還暦婆です。
忘れてしまう前にいろいろ書いておくつもり。
アイコンの写真は、大昔ダイビングをやっていたころのもの。
当時の水中カメラはフィルムだったんだよー。
忘れてしまう前にいろいろ書いておくつもり。
アイコンの写真は、大昔ダイビングをやっていたころのもの。
当時の水中カメラはフィルムだったんだよー。
最近の記事
タグ
