続々・ひと夏の恋のエドティナ
公開 2024/08/22 14:48
最終更新
2024/08/22 14:48
触れた瞬間解け散ってしまいそうな、儚く美しい佇まいに見惚れている暇すらなかった。
ティナが、その華奢な手を橋の手摺りに置いた瞬間、一気に身体を向こう側へと乗り出したのだ。
——危ない!!
マッシュが大声で叫ぶのと同時に、俺とマッシュは降りかけていた階段の途中で踵を返し、ティナの元へ全速力で駆け出していた。
片膝を手摺りに乗せつつあったティナの細身を俺とマッシュとで両脇から抱え、強引にこちら側に引き戻す。
幸いティナが抵抗する事はなく、三人揃って無言でその場にへたりこんだ。
肩を上下させ乱れた呼吸を整えながら、ふと商店街に目を向ける。他の観光客や通行人はこちらにちらちらと視線を寄越すばかりで、騒ぎ立てたりする者はいない。
紛れもない自殺未遂があったと言うのに冷めたものだとは思うが、無遠慮にカメラを向けてくる野次馬に集まられるよりはこの際ずっとマシだった。
……ごめんなさい
消え入りそうな声で、ティナが言った。
▽
ティナの勤め先は、この商店街の中でも一、二を争う老舗だった。
俺とマッシュと三人で店の前に着いた途端、飛び出してきた店の男がティナの手を掴み、店の奥に引き摺るようにして行ってしまった。
まるでピエロのような厚化粧をしたその男は、俺にもマッシュにも目もくれず、ティナを引き摺る間にもずっと罵詈雑言をぶつけまくっていた。
いつまでサボってたんだ役立たず、そのような口汚いことを店の外まで聞こえる大声で。
——あれじゃ、橋から飛びたくなるのも仕方ない……よな。
宿へと向かう道の途中で、マッシュが言った。
何となく近隣の店に入り、あの店で働くティナと言う娘を知っていますかと年配の売り子に尋ねたら、そりゃ知らない人はいませんよと返ってきた。
ティナの雇い主である店主はケフカといって、それはもう人の心などない酷い男だという理由で商店街中の有名人らしい。
ただ地元の名士と言うだけで商売仲間に対しても威張り散らし、店の部下に対しては居丈高にいびる怒鳴るの連続で、従業員は誰も彼も一カ月も持たずに逃げ出すのだという。
どういう事情かティナだけは辞めずにずっと働いているが、きっとケフカによっぽどの弱みを握られているのだろうとか、逃げるに逃げられず橋から飛び降りようとしたのではとか、売り子は独自の推理を口にした。
とにかくティナが、この界隈で評判最悪の店で、ひどい扱いを受けている事は間違いない。
……どうして彼女がそんな目に遭うのか。
今すぐにでもあの店から連れ出して、攫ってしまえたなら良いのに——
その後も家族と夕食を囲んでも、マッシュや親父と露天風呂に浸かっていても、俺の頭の中はずっと彼女のことでいっぱいだった。
▽
深夜になっても寝付けず、俺は一人で宿を抜け出した。
日付も跨いだ時間になると、温泉街から商店街まで営業している店は一軒もなく、ぽつぽつと数メートルおきに街路灯が道を照らすのみ。
川のせせらぎと鈴虫の声を聴きながら、なんとなく昼間ティナを助けた橋までのんびりと歩いてみた。
また彼女に会えるかもしれないとか、そのような気持ちがあったわけではない。
なにしろ明日の午前中には家族揃って引き上げなくてはならないのだ。
その前に時間があれば、彼女が働く店に立ち寄ることも考えたが——
——立ち寄ったところで、俺に何ができるだろう。
あのケフカに心無いことを言われながら働く彼女に、いったい何と声を掛けられるのか。
俺には何も……できない。
一度ならず二度も偶然に辛い顔をする彼女に出会ったからと言って、結局は見ず知らずの他人同士でしかないんだ。
明日、この温泉街を離れたら全部忘れるしかない。
辛い夢を見たのと同じだと思って、ぜんぶ……。
——眠れないの?
橋の手前で、声がした。
それは宵闇のなかの蛍のように、ふわりと瞬き消えるような——
「…………ティナ」
振り返ると彼女がそこにいた。
墓地で初めて見かけた時と同じ、淡い水色のワンピース姿で。
続
ティナが、その華奢な手を橋の手摺りに置いた瞬間、一気に身体を向こう側へと乗り出したのだ。
——危ない!!
マッシュが大声で叫ぶのと同時に、俺とマッシュは降りかけていた階段の途中で踵を返し、ティナの元へ全速力で駆け出していた。
片膝を手摺りに乗せつつあったティナの細身を俺とマッシュとで両脇から抱え、強引にこちら側に引き戻す。
幸いティナが抵抗する事はなく、三人揃って無言でその場にへたりこんだ。
肩を上下させ乱れた呼吸を整えながら、ふと商店街に目を向ける。他の観光客や通行人はこちらにちらちらと視線を寄越すばかりで、騒ぎ立てたりする者はいない。
紛れもない自殺未遂があったと言うのに冷めたものだとは思うが、無遠慮にカメラを向けてくる野次馬に集まられるよりはこの際ずっとマシだった。
……ごめんなさい
消え入りそうな声で、ティナが言った。
▽
ティナの勤め先は、この商店街の中でも一、二を争う老舗だった。
俺とマッシュと三人で店の前に着いた途端、飛び出してきた店の男がティナの手を掴み、店の奥に引き摺るようにして行ってしまった。
まるでピエロのような厚化粧をしたその男は、俺にもマッシュにも目もくれず、ティナを引き摺る間にもずっと罵詈雑言をぶつけまくっていた。
いつまでサボってたんだ役立たず、そのような口汚いことを店の外まで聞こえる大声で。
——あれじゃ、橋から飛びたくなるのも仕方ない……よな。
宿へと向かう道の途中で、マッシュが言った。
何となく近隣の店に入り、あの店で働くティナと言う娘を知っていますかと年配の売り子に尋ねたら、そりゃ知らない人はいませんよと返ってきた。
ティナの雇い主である店主はケフカといって、それはもう人の心などない酷い男だという理由で商店街中の有名人らしい。
ただ地元の名士と言うだけで商売仲間に対しても威張り散らし、店の部下に対しては居丈高にいびる怒鳴るの連続で、従業員は誰も彼も一カ月も持たずに逃げ出すのだという。
どういう事情かティナだけは辞めずにずっと働いているが、きっとケフカによっぽどの弱みを握られているのだろうとか、逃げるに逃げられず橋から飛び降りようとしたのではとか、売り子は独自の推理を口にした。
とにかくティナが、この界隈で評判最悪の店で、ひどい扱いを受けている事は間違いない。
……どうして彼女がそんな目に遭うのか。
今すぐにでもあの店から連れ出して、攫ってしまえたなら良いのに——
その後も家族と夕食を囲んでも、マッシュや親父と露天風呂に浸かっていても、俺の頭の中はずっと彼女のことでいっぱいだった。
▽
深夜になっても寝付けず、俺は一人で宿を抜け出した。
日付も跨いだ時間になると、温泉街から商店街まで営業している店は一軒もなく、ぽつぽつと数メートルおきに街路灯が道を照らすのみ。
川のせせらぎと鈴虫の声を聴きながら、なんとなく昼間ティナを助けた橋までのんびりと歩いてみた。
また彼女に会えるかもしれないとか、そのような気持ちがあったわけではない。
なにしろ明日の午前中には家族揃って引き上げなくてはならないのだ。
その前に時間があれば、彼女が働く店に立ち寄ることも考えたが——
——立ち寄ったところで、俺に何ができるだろう。
あのケフカに心無いことを言われながら働く彼女に、いったい何と声を掛けられるのか。
俺には何も……できない。
一度ならず二度も偶然に辛い顔をする彼女に出会ったからと言って、結局は見ず知らずの他人同士でしかないんだ。
明日、この温泉街を離れたら全部忘れるしかない。
辛い夢を見たのと同じだと思って、ぜんぶ……。
——眠れないの?
橋の手前で、声がした。
それは宵闇のなかの蛍のように、ふわりと瞬き消えるような——
「…………ティナ」
振り返ると彼女がそこにいた。
墓地で初めて見かけた時と同じ、淡い水色のワンピース姿で。
続
