現パロ俳優ジェフティナ◇第3話つづき
公開 2024/06/28 18:55
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劇団モブリズの出張公演は大盛況に終わった。
主演のエルとジェイクは兄弟という役柄で、彼らを育てた孤児院を取り潰しの危機から救うべく各地でライブ巡業を行い、行く先々で熱狂の渦とトラブルを起こしまくるミュージカルコメディだ。
メインキャストはもちろん、出番が一シーンのみのエキストラも全員が歌やダンスを披露できる構成で、正に『出演者全員が主人公』のキャッチフレーズに違わぬ舞台だった。
キャパシティが千人ほどの会場は立ち見席までぎっしり埋まり、終幕からカーテンコールまで誰一人着席することなく、今もまだ嵐のような喝采が続いている。
ティナの招待券で一階の中程の席で観劇した俺も、夢中になって拍手を送り続けていた。
人生初の舞台鑑賞だが、ティナが事前に話してくれていた通り事前知識などなくても冒頭から一気に没入して時間を忘れて楽しむことができたし、出演者の一人一人にすっかり心を奪われてしまった。
主演のエルやジェイクはもちろん、バックバンドやダンスで登場した子役たち——
——五、六歳ほどの子供も多かったのに、全員のパフォーマンスが大人顔負けというほどに洗練されていた。
俺がこれまでオーディションの為に取り組んできた演技を省みると、心底恥ずかしくなる。
魂の演技というものは、こんなにも人の心を引き付けるものなんだ……。
緞帳が下がりきる最後の最後まで拍手を送り続けた俺の隣で、ティナがそっと呟いた。
「ね。素敵な舞台だったでしょう?」
「最高でした……。誘ってくれてありがとう、俺ももっと頑張らなくちゃ」
ティナは拍手を送りながら頷いた。
後輩たちの活躍が心から誇らしい、そんな笑顔を浮かべながら。
▽
帰り際のロビーで、ちょっとした騒ぎが起こった。
花束と差し入れの菓子折りを受付に預けようとしたティナを見て、近くを通りかかった劇団員が、あっと声を挙げたのだ。
「ママ?ティナママだよね⁉︎うわあ、来てくれてたんだ!」
「アレサ……!」
お忍びでこっそり辞去しようとしていたティナも、これには驚いた様子だった。
アレサと呼ばれた金髪の少女はティナに駆け寄りがっちりと抱きつき、それを目撃した受付手伝いの少年少女たちも、口々に「ティナママ!」と歓声を挙げてティナの周りを取り囲んだ。
観劇の客もまだ引いていないロビーは、たちまち蜂の巣を突いたような騒ぎになった。
「ちょっとあなたたち、何を騒いでるの!お客様のお帰りの妨げに——
——えっ、ティナ……!」
騒ぎを聞きつけたのか、慌てて関係者通用口から飛び出してきたリーダー格らしき女性がティナを見て目を丸く見開いた。
「カタリーナ……ごめんなさい、すぐにお暇するつもりだったのだけれど」
「そんな!せっかく来てくれたんだもの、ゆっくりして行って頂戴。お連れ様も、宜しかったら!」
そう言って、彼女——
カタリーナはなおも大騒ぎの劇団員たちをてきぱきと捌きながら、ティナと、ついでに同伴の俺も通用口へ案内した。
▽
「ティナに会えたのは、何年ぶりだろう……本当にありがとうございます」
テーブル越しに深々と頭を下げるディーンとカタリーナに、俺は慌てて手を振った。
「そんな、俺は礼を言われるほどのことは何も。今日の舞台も、元々ティナが誘ってくれたんですよ」
「私たちも、公演日が決まるたびにティナに招待券は送っていたんです。だけどここ数年は中々会えなくて、時々電話で話すくらいでしたから……きっとエドガーさんが良いきっかけを作って下さったんですよ。ありがとう」
劇場のホールの裏手にある休憩スペースで、俺はディーン、カタリーナにコーヒーをご馳走になっていた。
二人は十八歳以下の劇団員で構成されている劇団モブリズのまとめ役を担っている。
経営主であったマディン、マドリーヌ夫妻が亡くなり、ティナもベクタ総業に移籍して以降、まだ若いながらも残された劇団員やスタッフたちを仕切ってここまで盛り立ててきたらしい。
二人とも、ティナとは同年代だ。
劇団の切り盛りを託された当時は二十歳そこそこだったわけで、余程の苦労を重ねてきたのだろうことは想像がつく。
テーブルセットが一組と、飲み物の自販機が設られているこの休憩スペースから数メートル先に楽屋があり、そこからはひっきりなしに子供たちの笑い声が聞こえてくる。
アレサたち劇団員に囲まれたまま、ティナが楽屋に入って十数分経過していた。
「あの子たちも、すっかりはしゃいじゃって。やっぱりティナママは、みんなの特別なんです」
カタリーナが楽屋の方に視線を向けて微笑んだ。
劇団モブリズに在籍していた頃のティナは、年少の団員たちからママと呼ばれ、それは慕われていたそうだ。
「小さい子にはキツい稽古も沢山ありますが、憧れのママみたいに活躍できる俳優になるんだって。あの子たちみんな、ティナを目標に頑張っているの」
先ほどのロビーで、子供たちの表情がティナを見つけた瞬間、それは嬉しそうに華やいだことを思い出す。
たしかに女優ティナ・Bのメディア出演は激減しているが、それでも確かに彼女は古巣でこんなにも必要とされていたことが分かって、不思議と俺まで誇らしい気持ちになった。
しかし、ここでふと俺の中に素朴な疑問が湧き上がった。疑問……いや、違和感が。
「だけど、ティナと会ったのは何年ぶりって……そんなに疎遠だったんですか。確かにモブリズは首都圏からは遠いけれど、そこまで行き来が難しい場所ではなかったような——」
劇団モブリズは地方の小劇団と言うが、その本拠地は俺たちの暮らす首都圏から特急で一時間程度。
交通手段も電車やバス、地下鉄も通っており、そこまで苦になるほどの距離ではない。
聞けばモブリズは年に一度、地元で定期公演を行なっているほか、今回のように首都圏での出張公演や、別の地方での遠征公演も不定期に行なっているらしい。
ここまでお互いに慕い慕われているティナとモブリズの関係ならば、お互い顔を見たいと思えば示し合わせて交流ができそうなものである。
ディーンが言っていた通り、そこまで何年も会えないほど疎遠になるものだろうか——
——違和感を孕む俺の疑問に、しかしディーンとカタリーナは、何やら思うところがある風に顔を見合わせた。
先に口を開いたのはカタリーナだ。
「それは……。……エドガーさん、つかぬことをお尋ねしますが……
ティナは、女優業を続けているんですか?ガストラさんの事務所で、今でも」
「と……言うと?」
「ティナ、ここ最近ドラマにも映画にも全然出てないし、あのわけのわからない写真集で見かけたのももう五年も前だ」
ディーンの言うわけのわからない写真集というのは、いつぞや俺とダリルがファルコンのPCで見た、いかにもろくでもない水着写真集のことだろう。
ディーンたちも俺と同様、メディア出演の激減したティナを案じて僅かでも活動の痕跡を探していたのだ。
「ティナと時々電話で話をするたびに、必ず聞くようにはしているんです。女優業は順調なのか、ベクタさんは良くしてくれているのかって。ティナは決まって、だいじょうぶよ、楽しくお仕事しているからねって答えてくれるけれど……今はとても信じられません。私たちに心配させないように、そう言ってくれているだけなんじゃないかって……」
言いながら肩を落とすカタリーナを見て、俺は違和感の正体が徐々に見えてきたような気がした。
しかし、ここはどう答えたものだろう。
こんなにティナを案じている二人に、本当のことを——
——あのケフカにパワハラされまくっている実態を包み隠さず伝えるのは、流石に憚られる。
答えに窮した俺を見て、ディーンは「やっぱり」と苛立たしげに言った。
この場合の俺の沈黙は、もはや悪い予感への裏付けにしかならなかった。
「あんな会社を頼ったのが間違いだったんだ。あいつら、一体ティナをどうするつもりなんだよ」
「落ち着いて、ディーン」
「でも、その……支援、ですか。ベクタ総業さんから劇団に援助はあるんですよね、今も?」
「そんなの、とっくの昔に打ち切られましたよ!」
徐々に怒りでヒートアップするディーンを宥めようと訊ねたが、完全に火に油だった。だが——
——ベクタからの支援は打ち切られている?とっくの昔に?
「あいつらが律儀に支援してくれていたのは、ティナがベクタに移籍して始めの一年くらいでした。そこからはぷっつり音沙汰もなくなっちまった」
「不審に思って、ベクタに問い合わせたんです。そうしたら——」
『——支援なんて必要なくない?おたくら、もう立派に定期公演もできてるでしょ!エライエライ!えっ?約束がちがう?支援を切るならティナを戻してくれ?はあ、意味が分かりませんねえ。ティナは、弊社の看板女優ですよ!戻せと言うならそれなりの額を積んで貰わなくちゃ。まっ、何億積まれようと手放しゃしねえけどな。
ああそうそう、ティナには余計なことを言わない方がお互いの為ですよお。コソコソ接触したりなんかしたら、こっちだって出るとこ出るからな!』
電話口で一方的に、そいつは——
——ケフカは捲し立てたという。
「俺たちは騙されたんだ。そんなの約束が違うと詰め寄ったけれど、継続的な支援に関して劇団モブリズとベクタ総業の間に公的な契約書があるわけでもない。なのに連中は、ティナの専属契約書だけはきっちり作成してる!」
「たしかに私たちの劇団は運営に関して余裕があるとは言えませんが、マディンさんご夫妻が亡くなられた当時に比べたら運営面も持ち直してきたし、今更ベクタ総業に援助を頼もうとは思いません。でも、ティナのことは納得できない……!」
地方の劇団に居続けるよりも、業界のガリバーであるベクタ総業に移籍すれば大手の制作会社の仕事がどんどん舞い込んでくる。
これは女優ティナ・Bの今後のキャリアの為でもあるのだと、カタリーナたちは当時ガストラ社長から直々に言われたのだという。
だが実態はどうだ。
今日現在、ティナは映画やドラマどころか小さな広告にすら出ていない。
片やティナは、ベクタ総業で飼い殺しにされ、マネージャーにパワハラを喰らい続けた挙句にアダルトの仕事や女優業とは程遠い夜の仕事にまで駆り出されようとしている。
それを甘んじて受け入れているのは、何よりもモブリズの為だ。
それなのに——
『ベクタからの支援のお陰で、モブリズは今でも安定した運営ができているんです。私が個人的な感情でベクタから離れたら、支援も打ち切られてしまう——』
何なんだ、この構図は。
一体どうなってる……⁉︎
乱雑に散らばる情報をどうにか整理しようと試みたが、全てのボタンがちぐはぐに掛け違っているような構図は混乱した俺の頭では手に負えない。
いっそ今すぐここにティナを呼んで、お互い真実を曝け出させてしまえば全部丸くおさまるのだろうか?
いや。
それは……違う。
きっとそれだけでは根本的な解決にはならない。
ティナとモブリズは、お互いをベクタに人質に取られたまま七年も膠着状態を強いられてきたんだ。
十分な事前準備もなく、俺が思いつきだけで動いたところで良い結果は出せそうにない。
悔しいけれど、何の力もない一個人の俺だけではどうにもならない——
「……エドガーさん?大丈夫ですか、顔色が……」
「ああ、すみません!大丈夫です」
「初対面のエドガーさんにこんな話をお聞かせして申し訳ない。ティナと近しい人に、少しでも実情を分かって欲しくて……」
「ええ、ディーンさん。分かります。お二人のお気持ちは、痛いほど分かりました」
この件はファルコンに持ち帰って、ダリルに報告しよう。……せめて、俺に言えることは二人に伝えた上で。
「ティナは、今でもベクタ総業で……頑張ってます。辛い思いもされてきたけれど、きっとこれからも何らかの形で女優を続けてくれる筈です!俺は一人のファンという立場でしかないけれど、できる協力はしたい……少しでも力になりたいんです」
俺は二人に、ファルコンのショップカードに自分の連絡先を走り書きして手渡した。
すると二人は、カードを受け取りながら目をぱちくりと瞬かせた。
ディーンの表情からは、先ほどの憤りが嘘のように消え失せている。
「……ファン、ですか。本当に?それだけ?」
「そ、それだけ?それはどういう意味で……」
「ごめんなさいエドガーさん!私たち、てっきりあなたはティナの……」
助け舟を出しながらも、カタリーナはくすくすと笑っている。
何が何だかわからないが、空気が和やかになったことは間違いない。
俺が言ったことも、あながち無駄ではなかったということだろうか……。
「ええと、ティナの……?」
「ふふ、何でもありません。でもねエドガーさん、ティナがあなたを信頼していることは間違いないと思います。これからも、ティナのことどうぞよろしくお願いしますね。辛い話をたくさん聞かせてしまいましたが、少しでも状況が好転できるよう、私たちもできることはするつもりです」
カタリーナはそう言って、劇団モブリズの名刺を俺に差し出した。
軽く一礼して受け取ったとき、視界の向こうで楽屋の扉が勢いよく開いた。
どうやら、子供達とティナとの交流もひと段落したらしい。
「それじゃあね、みんな。練習がんばって」
「ティナママ、また来てね!かならずだよ!」
「ええ、きっと。ところでアレサ、レーヴさんたちは今日は来ていないの?」
「レーヴう⁉︎あの人なら、とっくの昔に辞めちゃったよ。よくわからない言い訳して、ソーニョとスエーニョ引き連れてベクタに戻っちゃったって」
「え……?」
ティナの顔がさっと青ざめたのが、こちらからでもはっきりと見えた。
▽
主演のエルとジェイクは兄弟という役柄で、彼らを育てた孤児院を取り潰しの危機から救うべく各地でライブ巡業を行い、行く先々で熱狂の渦とトラブルを起こしまくるミュージカルコメディだ。
メインキャストはもちろん、出番が一シーンのみのエキストラも全員が歌やダンスを披露できる構成で、正に『出演者全員が主人公』のキャッチフレーズに違わぬ舞台だった。
キャパシティが千人ほどの会場は立ち見席までぎっしり埋まり、終幕からカーテンコールまで誰一人着席することなく、今もまだ嵐のような喝采が続いている。
ティナの招待券で一階の中程の席で観劇した俺も、夢中になって拍手を送り続けていた。
人生初の舞台鑑賞だが、ティナが事前に話してくれていた通り事前知識などなくても冒頭から一気に没入して時間を忘れて楽しむことができたし、出演者の一人一人にすっかり心を奪われてしまった。
主演のエルやジェイクはもちろん、バックバンドやダンスで登場した子役たち——
——五、六歳ほどの子供も多かったのに、全員のパフォーマンスが大人顔負けというほどに洗練されていた。
俺がこれまでオーディションの為に取り組んできた演技を省みると、心底恥ずかしくなる。
魂の演技というものは、こんなにも人の心を引き付けるものなんだ……。
緞帳が下がりきる最後の最後まで拍手を送り続けた俺の隣で、ティナがそっと呟いた。
「ね。素敵な舞台だったでしょう?」
「最高でした……。誘ってくれてありがとう、俺ももっと頑張らなくちゃ」
ティナは拍手を送りながら頷いた。
後輩たちの活躍が心から誇らしい、そんな笑顔を浮かべながら。
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帰り際のロビーで、ちょっとした騒ぎが起こった。
花束と差し入れの菓子折りを受付に預けようとしたティナを見て、近くを通りかかった劇団員が、あっと声を挙げたのだ。
「ママ?ティナママだよね⁉︎うわあ、来てくれてたんだ!」
「アレサ……!」
お忍びでこっそり辞去しようとしていたティナも、これには驚いた様子だった。
アレサと呼ばれた金髪の少女はティナに駆け寄りがっちりと抱きつき、それを目撃した受付手伝いの少年少女たちも、口々に「ティナママ!」と歓声を挙げてティナの周りを取り囲んだ。
観劇の客もまだ引いていないロビーは、たちまち蜂の巣を突いたような騒ぎになった。
「ちょっとあなたたち、何を騒いでるの!お客様のお帰りの妨げに——
——えっ、ティナ……!」
騒ぎを聞きつけたのか、慌てて関係者通用口から飛び出してきたリーダー格らしき女性がティナを見て目を丸く見開いた。
「カタリーナ……ごめんなさい、すぐにお暇するつもりだったのだけれど」
「そんな!せっかく来てくれたんだもの、ゆっくりして行って頂戴。お連れ様も、宜しかったら!」
そう言って、彼女——
カタリーナはなおも大騒ぎの劇団員たちをてきぱきと捌きながら、ティナと、ついでに同伴の俺も通用口へ案内した。
▽
「ティナに会えたのは、何年ぶりだろう……本当にありがとうございます」
テーブル越しに深々と頭を下げるディーンとカタリーナに、俺は慌てて手を振った。
「そんな、俺は礼を言われるほどのことは何も。今日の舞台も、元々ティナが誘ってくれたんですよ」
「私たちも、公演日が決まるたびにティナに招待券は送っていたんです。だけどここ数年は中々会えなくて、時々電話で話すくらいでしたから……きっとエドガーさんが良いきっかけを作って下さったんですよ。ありがとう」
劇場のホールの裏手にある休憩スペースで、俺はディーン、カタリーナにコーヒーをご馳走になっていた。
二人は十八歳以下の劇団員で構成されている劇団モブリズのまとめ役を担っている。
経営主であったマディン、マドリーヌ夫妻が亡くなり、ティナもベクタ総業に移籍して以降、まだ若いながらも残された劇団員やスタッフたちを仕切ってここまで盛り立ててきたらしい。
二人とも、ティナとは同年代だ。
劇団の切り盛りを託された当時は二十歳そこそこだったわけで、余程の苦労を重ねてきたのだろうことは想像がつく。
テーブルセットが一組と、飲み物の自販機が設られているこの休憩スペースから数メートル先に楽屋があり、そこからはひっきりなしに子供たちの笑い声が聞こえてくる。
アレサたち劇団員に囲まれたまま、ティナが楽屋に入って十数分経過していた。
「あの子たちも、すっかりはしゃいじゃって。やっぱりティナママは、みんなの特別なんです」
カタリーナが楽屋の方に視線を向けて微笑んだ。
劇団モブリズに在籍していた頃のティナは、年少の団員たちからママと呼ばれ、それは慕われていたそうだ。
「小さい子にはキツい稽古も沢山ありますが、憧れのママみたいに活躍できる俳優になるんだって。あの子たちみんな、ティナを目標に頑張っているの」
先ほどのロビーで、子供たちの表情がティナを見つけた瞬間、それは嬉しそうに華やいだことを思い出す。
たしかに女優ティナ・Bのメディア出演は激減しているが、それでも確かに彼女は古巣でこんなにも必要とされていたことが分かって、不思議と俺まで誇らしい気持ちになった。
しかし、ここでふと俺の中に素朴な疑問が湧き上がった。疑問……いや、違和感が。
「だけど、ティナと会ったのは何年ぶりって……そんなに疎遠だったんですか。確かにモブリズは首都圏からは遠いけれど、そこまで行き来が難しい場所ではなかったような——」
劇団モブリズは地方の小劇団と言うが、その本拠地は俺たちの暮らす首都圏から特急で一時間程度。
交通手段も電車やバス、地下鉄も通っており、そこまで苦になるほどの距離ではない。
聞けばモブリズは年に一度、地元で定期公演を行なっているほか、今回のように首都圏での出張公演や、別の地方での遠征公演も不定期に行なっているらしい。
ここまでお互いに慕い慕われているティナとモブリズの関係ならば、お互い顔を見たいと思えば示し合わせて交流ができそうなものである。
ディーンが言っていた通り、そこまで何年も会えないほど疎遠になるものだろうか——
——違和感を孕む俺の疑問に、しかしディーンとカタリーナは、何やら思うところがある風に顔を見合わせた。
先に口を開いたのはカタリーナだ。
「それは……。……エドガーさん、つかぬことをお尋ねしますが……
ティナは、女優業を続けているんですか?ガストラさんの事務所で、今でも」
「と……言うと?」
「ティナ、ここ最近ドラマにも映画にも全然出てないし、あのわけのわからない写真集で見かけたのももう五年も前だ」
ディーンの言うわけのわからない写真集というのは、いつぞや俺とダリルがファルコンのPCで見た、いかにもろくでもない水着写真集のことだろう。
ディーンたちも俺と同様、メディア出演の激減したティナを案じて僅かでも活動の痕跡を探していたのだ。
「ティナと時々電話で話をするたびに、必ず聞くようにはしているんです。女優業は順調なのか、ベクタさんは良くしてくれているのかって。ティナは決まって、だいじょうぶよ、楽しくお仕事しているからねって答えてくれるけれど……今はとても信じられません。私たちに心配させないように、そう言ってくれているだけなんじゃないかって……」
言いながら肩を落とすカタリーナを見て、俺は違和感の正体が徐々に見えてきたような気がした。
しかし、ここはどう答えたものだろう。
こんなにティナを案じている二人に、本当のことを——
——あのケフカにパワハラされまくっている実態を包み隠さず伝えるのは、流石に憚られる。
答えに窮した俺を見て、ディーンは「やっぱり」と苛立たしげに言った。
この場合の俺の沈黙は、もはや悪い予感への裏付けにしかならなかった。
「あんな会社を頼ったのが間違いだったんだ。あいつら、一体ティナをどうするつもりなんだよ」
「落ち着いて、ディーン」
「でも、その……支援、ですか。ベクタ総業さんから劇団に援助はあるんですよね、今も?」
「そんなの、とっくの昔に打ち切られましたよ!」
徐々に怒りでヒートアップするディーンを宥めようと訊ねたが、完全に火に油だった。だが——
——ベクタからの支援は打ち切られている?とっくの昔に?
「あいつらが律儀に支援してくれていたのは、ティナがベクタに移籍して始めの一年くらいでした。そこからはぷっつり音沙汰もなくなっちまった」
「不審に思って、ベクタに問い合わせたんです。そうしたら——」
『——支援なんて必要なくない?おたくら、もう立派に定期公演もできてるでしょ!エライエライ!えっ?約束がちがう?支援を切るならティナを戻してくれ?はあ、意味が分かりませんねえ。ティナは、弊社の看板女優ですよ!戻せと言うならそれなりの額を積んで貰わなくちゃ。まっ、何億積まれようと手放しゃしねえけどな。
ああそうそう、ティナには余計なことを言わない方がお互いの為ですよお。コソコソ接触したりなんかしたら、こっちだって出るとこ出るからな!』
電話口で一方的に、そいつは——
——ケフカは捲し立てたという。
「俺たちは騙されたんだ。そんなの約束が違うと詰め寄ったけれど、継続的な支援に関して劇団モブリズとベクタ総業の間に公的な契約書があるわけでもない。なのに連中は、ティナの専属契約書だけはきっちり作成してる!」
「たしかに私たちの劇団は運営に関して余裕があるとは言えませんが、マディンさんご夫妻が亡くなられた当時に比べたら運営面も持ち直してきたし、今更ベクタ総業に援助を頼もうとは思いません。でも、ティナのことは納得できない……!」
地方の劇団に居続けるよりも、業界のガリバーであるベクタ総業に移籍すれば大手の制作会社の仕事がどんどん舞い込んでくる。
これは女優ティナ・Bの今後のキャリアの為でもあるのだと、カタリーナたちは当時ガストラ社長から直々に言われたのだという。
だが実態はどうだ。
今日現在、ティナは映画やドラマどころか小さな広告にすら出ていない。
片やティナは、ベクタ総業で飼い殺しにされ、マネージャーにパワハラを喰らい続けた挙句にアダルトの仕事や女優業とは程遠い夜の仕事にまで駆り出されようとしている。
それを甘んじて受け入れているのは、何よりもモブリズの為だ。
それなのに——
『ベクタからの支援のお陰で、モブリズは今でも安定した運営ができているんです。私が個人的な感情でベクタから離れたら、支援も打ち切られてしまう——』
何なんだ、この構図は。
一体どうなってる……⁉︎
乱雑に散らばる情報をどうにか整理しようと試みたが、全てのボタンがちぐはぐに掛け違っているような構図は混乱した俺の頭では手に負えない。
いっそ今すぐここにティナを呼んで、お互い真実を曝け出させてしまえば全部丸くおさまるのだろうか?
いや。
それは……違う。
きっとそれだけでは根本的な解決にはならない。
ティナとモブリズは、お互いをベクタに人質に取られたまま七年も膠着状態を強いられてきたんだ。
十分な事前準備もなく、俺が思いつきだけで動いたところで良い結果は出せそうにない。
悔しいけれど、何の力もない一個人の俺だけではどうにもならない——
「……エドガーさん?大丈夫ですか、顔色が……」
「ああ、すみません!大丈夫です」
「初対面のエドガーさんにこんな話をお聞かせして申し訳ない。ティナと近しい人に、少しでも実情を分かって欲しくて……」
「ええ、ディーンさん。分かります。お二人のお気持ちは、痛いほど分かりました」
この件はファルコンに持ち帰って、ダリルに報告しよう。……せめて、俺に言えることは二人に伝えた上で。
「ティナは、今でもベクタ総業で……頑張ってます。辛い思いもされてきたけれど、きっとこれからも何らかの形で女優を続けてくれる筈です!俺は一人のファンという立場でしかないけれど、できる協力はしたい……少しでも力になりたいんです」
俺は二人に、ファルコンのショップカードに自分の連絡先を走り書きして手渡した。
すると二人は、カードを受け取りながら目をぱちくりと瞬かせた。
ディーンの表情からは、先ほどの憤りが嘘のように消え失せている。
「……ファン、ですか。本当に?それだけ?」
「そ、それだけ?それはどういう意味で……」
「ごめんなさいエドガーさん!私たち、てっきりあなたはティナの……」
助け舟を出しながらも、カタリーナはくすくすと笑っている。
何が何だかわからないが、空気が和やかになったことは間違いない。
俺が言ったことも、あながち無駄ではなかったということだろうか……。
「ええと、ティナの……?」
「ふふ、何でもありません。でもねエドガーさん、ティナがあなたを信頼していることは間違いないと思います。これからも、ティナのことどうぞよろしくお願いしますね。辛い話をたくさん聞かせてしまいましたが、少しでも状況が好転できるよう、私たちもできることはするつもりです」
カタリーナはそう言って、劇団モブリズの名刺を俺に差し出した。
軽く一礼して受け取ったとき、視界の向こうで楽屋の扉が勢いよく開いた。
どうやら、子供達とティナとの交流もひと段落したらしい。
「それじゃあね、みんな。練習がんばって」
「ティナママ、また来てね!かならずだよ!」
「ええ、きっと。ところでアレサ、レーヴさんたちは今日は来ていないの?」
「レーヴう⁉︎あの人なら、とっくの昔に辞めちゃったよ。よくわからない言い訳して、ソーニョとスエーニョ引き連れてベクタに戻っちゃったって」
「え……?」
ティナの顔がさっと青ざめたのが、こちらからでもはっきりと見えた。
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FF6、FF12二次創作字書きです。割と良くある話ばかり書いてます( ◜ω◝ )
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