ワンライ未完成現パロロクティナ
公開 2024/10/30 15:13
最終更新
2024/10/30 15:21
その生徒は、いつもこの時間にやってくる。
放課後、その日の授業も帰りのホームルームも終わり、生徒たちがめいめいの部活動に散っていく時間。
運動部が校庭で準備運動を始める、その少し前に、一階のベランダに面した保健室の窓が三回ノックされる——
——それが、彼の合図。
「よっ、先生!元気?」
「元気よ、ロック。あなたも変わりない?」
昨日もこの時間に顔を合わせたばかりなんだけど、これはもうお決まりの挨拶。
今日のような晴れた日はもちろん、雨の日も風の日も、彼はベランダから保健室の窓を叩く。
ロック・コール。
中高一貫校のモブリズ学園の高等部三年生。
「何も変わりないよ。……なあ、今他に誰か来てる?具合悪い奴、寝てたりしない?」
「誰もいないわよ。今日は中等部の子が一人、階段から落ちて打撲して駆け込んできたくらいで他には誰も来なかったかな」
「了解!……よいしょっと」
ロックは軽やかな動作で窓枠に腰掛けた。
他に誰か怪我人や病人がいるときはすぐに引き返すけれど、こういう日は少しの時間雑談をする。それも、彼のお決まりの習慣。
「先週のテストは大丈夫だった?数学がちょっと怪しかったみたいだけど」
「それが何とかなったんだよなあ。俺も一応希望の進路は決まったとは言え、この時期に赤点取るわけにいかないからさ。お陰で全教科赤点ナシ!」
「良かった!頑張ったのね、偉いわ」
「本当にな。エドガーにみっちり補習食らった甲斐はあったよ……微分積分が毎晩夢に出てきてうなされたけど」
スポーツ特待生として、体育大学への推薦を目指す——
それがロックの希望進路。
実技は陸上部顧問のマッシュ先生も太鼓判を押してくれているから問題ない。
あとは成績をもうひと踏ん張りすれば、志望校への合格も間違いなし。
今年の夏のインターハイには陸上部のエースとして出場し、長距離短距離ともに見事な成績で優勝した。
華々しい成績を残して引退できたのも、彼の日々の努力の賜物だと思う。
「今日はもう帰るの?それとも部活に顔を出して行くのかしら」
「そのつもり。引退はしたけど、受験で実技試験もあるからさー。マッシュ先生が時間空いた時に、練習見て貰わなくちゃ」
「まだまだ忙しいわね。くれぐれも、怪我だけはしないように気を付けて」
「おー。……ところで先生、話は変わるんだけど」
「なあに?」
「今度の学園祭、先生も来るんだろ。仮装とか……するわけ?」
仮装!
すっかり忘れてた。
例年ハロウィンと同じ日に行われる学園祭は、昼間は各教室で模擬店やステージの出し物が披露され、夕方以降は初等部の子たちも交えて学園全体で後夜祭が開かれる。モブリズ学園名物のハロウィン・パーティーだ。
それは父兄も教員も参加自由で、各々が自由な仮装で参加できるのだけれど——
「先生、去年も一昨年も仮装しなかっただろ。いつもの白衣姿でお菓子配ってた」
「そう……だったわね。うん、きっと今年もそうなるかな……」
「えー⁉︎そりゃないぜ!せっかくのパーティーなんだから何か仮装してくれよー」
「何かって言っても、ねえ……。困ったわ……先生、そういうの苦手なのよ」
生徒たちや、他の教員の皆さんの仮装を見るのは大好き。毎年どんな衣装を見せてくれるのか、楽しみで仕方がない。
だけど、自分の仮装を考えるのは億劫だった。
モブリズ学園に保健医として着任して十年近く経つけれど、仮装したことは一度もなかった。
仮装した自分の姿を想像しただけでも恥ずかしいし、そもそも華やかな場で着飾ること自体が……自分には、相応しくない気がする。
「仮装しなくても、私はちゃんと後夜祭に参加するもの。ロックの仮装も楽しみだし、今年はエドガー先生もマッシュ先生も気合い入った仮装するみたいだから!私のことは気にしないで?」
「気にするよ。俺にとっちゃ、最後の学園祭なんだし」
ロックの顔から笑顔が消えた。
ふっと溜息を吐いて、何かを諦めたみたいに窓枠からベランダに降りた。
「そりゃ先生にしてみりゃ俺なんて、沢山いる生徒の一人なんだろうけどさ。けど……」
「ロック?」
「——なんてな!変なこと言っちまって悪い、気にしないでくれよな。それじゃ、部活行ってくる!」
顔を上げて手を振るロックは、いつもの通り晴れわたる青空のような笑顔だった。
でも……。
「最後の学園祭、かあ……。……」
高校三年生、最後の学園祭。
彼がここに顔を出してくれるのは、あと何日だろう——
——壁掛けのカレンダーを眺めて、ふとそんなことを考えてしまった。
学園祭まで、あと3日。
▽
放課後、その日の授業も帰りのホームルームも終わり、生徒たちがめいめいの部活動に散っていく時間。
運動部が校庭で準備運動を始める、その少し前に、一階のベランダに面した保健室の窓が三回ノックされる——
——それが、彼の合図。
「よっ、先生!元気?」
「元気よ、ロック。あなたも変わりない?」
昨日もこの時間に顔を合わせたばかりなんだけど、これはもうお決まりの挨拶。
今日のような晴れた日はもちろん、雨の日も風の日も、彼はベランダから保健室の窓を叩く。
ロック・コール。
中高一貫校のモブリズ学園の高等部三年生。
「何も変わりないよ。……なあ、今他に誰か来てる?具合悪い奴、寝てたりしない?」
「誰もいないわよ。今日は中等部の子が一人、階段から落ちて打撲して駆け込んできたくらいで他には誰も来なかったかな」
「了解!……よいしょっと」
ロックは軽やかな動作で窓枠に腰掛けた。
他に誰か怪我人や病人がいるときはすぐに引き返すけれど、こういう日は少しの時間雑談をする。それも、彼のお決まりの習慣。
「先週のテストは大丈夫だった?数学がちょっと怪しかったみたいだけど」
「それが何とかなったんだよなあ。俺も一応希望の進路は決まったとは言え、この時期に赤点取るわけにいかないからさ。お陰で全教科赤点ナシ!」
「良かった!頑張ったのね、偉いわ」
「本当にな。エドガーにみっちり補習食らった甲斐はあったよ……微分積分が毎晩夢に出てきてうなされたけど」
スポーツ特待生として、体育大学への推薦を目指す——
それがロックの希望進路。
実技は陸上部顧問のマッシュ先生も太鼓判を押してくれているから問題ない。
あとは成績をもうひと踏ん張りすれば、志望校への合格も間違いなし。
今年の夏のインターハイには陸上部のエースとして出場し、長距離短距離ともに見事な成績で優勝した。
華々しい成績を残して引退できたのも、彼の日々の努力の賜物だと思う。
「今日はもう帰るの?それとも部活に顔を出して行くのかしら」
「そのつもり。引退はしたけど、受験で実技試験もあるからさー。マッシュ先生が時間空いた時に、練習見て貰わなくちゃ」
「まだまだ忙しいわね。くれぐれも、怪我だけはしないように気を付けて」
「おー。……ところで先生、話は変わるんだけど」
「なあに?」
「今度の学園祭、先生も来るんだろ。仮装とか……するわけ?」
仮装!
すっかり忘れてた。
例年ハロウィンと同じ日に行われる学園祭は、昼間は各教室で模擬店やステージの出し物が披露され、夕方以降は初等部の子たちも交えて学園全体で後夜祭が開かれる。モブリズ学園名物のハロウィン・パーティーだ。
それは父兄も教員も参加自由で、各々が自由な仮装で参加できるのだけれど——
「先生、去年も一昨年も仮装しなかっただろ。いつもの白衣姿でお菓子配ってた」
「そう……だったわね。うん、きっと今年もそうなるかな……」
「えー⁉︎そりゃないぜ!せっかくのパーティーなんだから何か仮装してくれよー」
「何かって言っても、ねえ……。困ったわ……先生、そういうの苦手なのよ」
生徒たちや、他の教員の皆さんの仮装を見るのは大好き。毎年どんな衣装を見せてくれるのか、楽しみで仕方がない。
だけど、自分の仮装を考えるのは億劫だった。
モブリズ学園に保健医として着任して十年近く経つけれど、仮装したことは一度もなかった。
仮装した自分の姿を想像しただけでも恥ずかしいし、そもそも華やかな場で着飾ること自体が……自分には、相応しくない気がする。
「仮装しなくても、私はちゃんと後夜祭に参加するもの。ロックの仮装も楽しみだし、今年はエドガー先生もマッシュ先生も気合い入った仮装するみたいだから!私のことは気にしないで?」
「気にするよ。俺にとっちゃ、最後の学園祭なんだし」
ロックの顔から笑顔が消えた。
ふっと溜息を吐いて、何かを諦めたみたいに窓枠からベランダに降りた。
「そりゃ先生にしてみりゃ俺なんて、沢山いる生徒の一人なんだろうけどさ。けど……」
「ロック?」
「——なんてな!変なこと言っちまって悪い、気にしないでくれよな。それじゃ、部活行ってくる!」
顔を上げて手を振るロックは、いつもの通り晴れわたる青空のような笑顔だった。
でも……。
「最後の学園祭、かあ……。……」
高校三年生、最後の学園祭。
彼がここに顔を出してくれるのは、あと何日だろう——
——壁掛けのカレンダーを眺めて、ふとそんなことを考えてしまった。
学園祭まで、あと3日。
▽
FF6、FF12二次創作字書きです。割と良くある話ばかり書いてます( ◜ω◝ )
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