過去のゆめのきれはし・1
公開 2025/03/25 00:23
最終更新
2025/06/14 00:44
亡くなった父と電車の駅にいて、かつて野球観戦に行くときに乗り換える駅の名前を聞かれるも夢の中ではすんなりでてこなかった。父は元気そうだったが私は父の病は大丈夫なのかと心配していた。ちなみに夢の中でいた駅は現実には存在していない駅だった。
もうほぼ夜になりかけの時間帯に、地元の駅前を歩いていたはずが風景がエドワード・ホッパーの描く街並みのようになって、現実には有りもしない煉瓦造りのトンネルがあったりして、とにかく走って早く家に帰ろうと彷徨った。ホッパーが好きなのでまた迷い込みたいが中々叶わない。
青く晴れ渡った天空へと登ってゆく黄金の列車を見送ったことがある。漠然と「天国へ行きそうだな」と思った。乗ってみればよかった。まだ家族を失う前の夢。
父がとても元気に居て、父がもうこの世の人ではないことを知っている私が新聞を見たら父が亡くなって以降の日時になっていた。「これはもしかしたら父が病を発症していない世界線に来たのか」と思い内心とても喜んだ。父に優しくしようと思った。目覚めたら当然父のいない世界だった。
家の近くの団地内にあるスーパーへ行こうと歩いていたら、団地がとても古めかしく老朽化していて人の気配がなく、とても心惹かれた。後でスマホで撮ろう、と思いながらスーパー(実在している)へ行って買い物をした。なぜかスーパーには地下ができていて客一人幅のエスカレーターに乗って地下へ行ったりしていた。お客さんはたくさんいた。目が覚めてから買い物より廃虚のようになりつつあった団地をもっと見ておけばよかったと後悔した。
一人で隣の市にあった遊園地に行く。とても古ぼけている。ジェットコースターに乗ると気がつけばレールが地元の国道の上を走っていて、景色を眺めながら「やっぱり車より早いな」と思う。景色はもちろん現実とは違い、存在しない病院や高層のビルがあったりした。
行きつけのスーパーに居る愛想のいいレジの店員のおばさんが、本部に引き抜かれ異動になったらしい。そのことを他のおじさん店員さんたちが喋っていた。はたなかりえさん、という名前だった。ちなみに行きつけのスーパーは存在するが微妙に現実と違っていた。
夢の中の過去の記憶は夢の中限定で存在している。なので私ははたなかりえさんが店にいなくなったことに少し寂しさを感じたが、以前の夢にでてきたわけではないし、当然実在しているわけでもない。夢で感じた一抹の寂しさは現実には感じ得ない寂しさであり、不思議な体験だと思う。はたなかりえさんは存在していないが、はたなかりえさんのことを話していたおじさんたちは現実に存在している店員さんもいた。「りえちゃんが引き抜かれて残念」と話していて慕われていたんだなと思った。
もうほぼ夜になりかけの時間帯に、地元の駅前を歩いていたはずが風景がエドワード・ホッパーの描く街並みのようになって、現実には有りもしない煉瓦造りのトンネルがあったりして、とにかく走って早く家に帰ろうと彷徨った。ホッパーが好きなのでまた迷い込みたいが中々叶わない。
青く晴れ渡った天空へと登ってゆく黄金の列車を見送ったことがある。漠然と「天国へ行きそうだな」と思った。乗ってみればよかった。まだ家族を失う前の夢。
父がとても元気に居て、父がもうこの世の人ではないことを知っている私が新聞を見たら父が亡くなって以降の日時になっていた。「これはもしかしたら父が病を発症していない世界線に来たのか」と思い内心とても喜んだ。父に優しくしようと思った。目覚めたら当然父のいない世界だった。
家の近くの団地内にあるスーパーへ行こうと歩いていたら、団地がとても古めかしく老朽化していて人の気配がなく、とても心惹かれた。後でスマホで撮ろう、と思いながらスーパー(実在している)へ行って買い物をした。なぜかスーパーには地下ができていて客一人幅のエスカレーターに乗って地下へ行ったりしていた。お客さんはたくさんいた。目が覚めてから買い物より廃虚のようになりつつあった団地をもっと見ておけばよかったと後悔した。
一人で隣の市にあった遊園地に行く。とても古ぼけている。ジェットコースターに乗ると気がつけばレールが地元の国道の上を走っていて、景色を眺めながら「やっぱり車より早いな」と思う。景色はもちろん現実とは違い、存在しない病院や高層のビルがあったりした。
行きつけのスーパーに居る愛想のいいレジの店員のおばさんが、本部に引き抜かれ異動になったらしい。そのことを他のおじさん店員さんたちが喋っていた。はたなかりえさん、という名前だった。ちなみに行きつけのスーパーは存在するが微妙に現実と違っていた。
夢の中の過去の記憶は夢の中限定で存在している。なので私ははたなかりえさんが店にいなくなったことに少し寂しさを感じたが、以前の夢にでてきたわけではないし、当然実在しているわけでもない。夢で感じた一抹の寂しさは現実には感じ得ない寂しさであり、不思議な体験だと思う。はたなかりえさんは存在していないが、はたなかりえさんのことを話していたおじさんたちは現実に存在している店員さんもいた。「りえちゃんが引き抜かれて残念」と話していて慕われていたんだなと思った。
