絵を描いて繋がるということ
公開 2024/04/03 21:47
最終更新 2024/04/04 12:32
先日、わたしの創作物の公開の仕方が発端でX(旧Twitter)のアカウントを削除することに決めた。
もともと、距離を置くべきだと考えていたから、決断自体はそれほど悩まなかったと思う。

後日、帰り道で会社の同僚に会ったので、世間話がてらその話をした。
彼女は別の部署にいるから、毎日会うわけじゃないが、わたしが絵を描いてることを知っている。自身も絵を描くらしいが、お互いのアカウントは知らない。
わたしの話を聞いた彼女は「れゆさんは全く悪くない!」と言って怒ってくれた。
でも、わたしは自分のやり方に全く非がなかったとは言い切れない。その時は苦笑いして同僚と別れた。

家に帰ってきてから、同僚の言葉を思い返した。
彼女は「絵を描いたら、誰かに見せたいと思うのは当然のこと」と言っていた。

わたしは、自分の祖母と祖父のことを思い出した。


父方の、祖母と祖父のことである。
幼い頃は年に数回、二人の住む家に泊まりがけで遊びにいくことがあった。
二人の家はとても古くて、隙間風だらけで、冬はすごく寒かった。祖父が建築関係の仕事もしていたから、自分の手で建て増ししたせいもあるのかもしれない。廊下の床はいつもギシギシ鳴っていた。

祖母は料理が上手で、あんこの詰まった名称の定まらない例の焼き菓子を作ってくれた(なぜか音符の焼印がつく型を使っていたので、勝手に「音符焼き」と呼んでいた)。イチゴの代わりに缶詰のフルーツがたくさん乗ったスポンジ固めのケーキも、必ずクリスマスに作ってくれた。
刺繍や小物作りも上手だ。その手先の器用さはわたしにも遺伝してると思う。

祖父は物静かであまり笑わない人だったけど、花札やオセロを一緒に遊んだり、祖父なりにちゃんと孫を可愛がっていた。
数年前、祖父が入院をしたので、見舞いに行った際には、しっかり元気で働いているかと、弱々しい声で聞いてきた。わたしが幼い頃、地元に引っ越してきたばかりでなかなか周りに馴染めず、痩せ細ってた時期があったから、ずっと心配していたんだと思う。
その数日後、祖父は亡くなった。
棺に寄り添う祖母の優しい表情と、葬儀場の窓から見えた青空と立葵の花が、脳裏にずっと残っている。

小学生の低学年の時だったと思う。図画工作の絵の課題が出た。
テーマは『家族』だった。
わたしは、祖母と祖父の似顔絵を描いた。
一緒に暮らしてないし、厳密に言うと二人は親戚だ。
周りが両親やきょうだいの絵を描く中で、わたしはやや浮いていた。
それでも母は「おばあちゃんとおじいちゃんに絵を見せに行こう」と言って、絵を持ってわたしを祖母と祖父の家に連れて行った。
わたしの描いた絵を見るなり、祖母はとても喜んでニコニコと明るい笑顔を見せてくれた。祖父も珍しく笑っていた。こたつの上のみかんを貰った。自分が描いた絵で、誰かに喜んでもらえたのが嬉しくて、わたしも笑っていたと思う。

それが、わたしにとって『絵を描く』ことの、いちばん最初の思い出だ。


大人になった今も、わたしは絵を描いている。
画用紙ではなく、画面に向かって。
クーピーではなく、ペンタブのペンを持って。
大好きな祖母と祖父の顔ではなく、大好きなキャラクターの姿を描いている。

今のわたしが絵を描く最大の理由は『自分の見たい景色を自分の手で描くため』だ。
評価されないことに悩んだりしたこともあったけど、今は自分自身のために自由に描くのが1番楽しい。

でも、やっぱり自分の絵を見た誰かに、笑顔になってもらえたらと思うところがあって、SNSや個人サイトに載せてきた。
あのときの祖母や祖父みたいに、直接笑顔が見れなくても、「あなたの絵が好きです」と文章で伝えてもらえることがたまにあって、いいねやお気に入り登録だけでも嬉しかった。

絵のおかげで、Twitterでいろんな人と繋がりができた。
直接お会いできた人もいたし、どこかに一緒に行ったこともあった。
フォロワーなんてものは、弱くて脆い関係かもしれない。けれど、何年も前から繋がり続けてくれた人もいた。
しばらく前から、昔のTwitterと違うことに戸惑うことが多くて、タイムラインも見なくなったけど、そんなふうに思い出があったことは間違いない。
消すことにしたアカウントは、ある時を境にお引越ししたから二代目だけど、前のアカウントからのフォロワーさんもいた。

大好きな絵を描くことで得た繋がりと、思い出が詰まったアカウントを、わたしは消すことにした。
それを再認識すると、やっぱり悲しい。

SNSはいろんな人との距離をぐっと縮めてくれる。
きっかけは絵だけに限らず、遠い場所にいる顔も知らない誰かと繋がれる。
そうだから楽しい。
でも、そうだから危ういときもある。

最初にTwitterが登場したときより、どんどん身近なものになって、たくさんの人が使うようになっている。
そこに、自分を合わせられなかったことが原因だと思っている。

でも、絵を描くことはやめない。
個人サイトだけど、公開は続けていく。
誰かが見て、笑顔になってくれたら、いいなと思う。

わたしにとって絵を描くことは、繋がるためのことでもある。
誰かと、そして時には過去の自分と。


ちなみに祖母は今、あの家を離れて叔父の家で暮らしている。
牛丼をモリモリ食べれるくらい元気らしい。
最近会ってないから、近いうちに会いに行こうと思う。
令和になってから🥷🥚沼に落ち、個人サイトだけで生き延びる絵描きのオタク。
五・六年生が好き。夢女でもある。
※絵は個人サイトにしか載せてません
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