僕の撮り鉄論
公開 2025/09/08 18:55
最終更新
2025/09/15 20:29
こんにちは。めしだです。今後はこの名前で行きます。もう変えません。多分。
最近ショバで会う同業を見ていて思うことが色々あったので形にしたいと思います。
この記事は主に現役の撮り鉄に見ていただきたいです。後にも触れますが社会的な悪である撮り鉄が一般生活を送る方々への迷惑を最小限に抑えるためにはどうするべきか、考えながら読んでいただきたいです。私の主観で書いているので意見の合わないところもあるとは思いますが、撮り鉄として協調していくうえで大事なことを考えていただけるとこの記事の趣旨としてもよろしいかと思います。
そもそも撮り鉄がどういう存在なのか、理解していない人が多いのです。端的に言えば撮り鉄は一般人に迷惑をかける可能性がある、社会的地位の低いなんの利益も生み出さないものです。要は撮り鉄は悪です。絶対的な悪。
それにも関わらず、youtubeのコメント欄で悪いことをしている撮り鉄はほんの一部だとか、普通に撮り鉄する分には問題ないとか、机上の空論を語る人が多いのはなぜでしょうか??
極端な話、電車にカメラを向ければ皆等しく撮り鉄です。撮り鉄は全て悪です。かなり暴論かと思われるかもしれませんが、これは言葉にしていないだけで、恐らくほとんどの一般人が感じていることです。
しかし、自分は駅で黄色い線の中から出ること無く撮影をしている。一般人の迷惑にはなっていない。という方もいるでしょう。果たして本当にそうでしょうか。そもそも黄色い線の中から出ないことが絶対的な正義なのでしょうか。
私は駅で黄色い線の中からカメラを構えるにしても、畑のど真ん中で三脚を広げるにしても、変わりはないとかんがえています。むしろ前者のほうが一般の方々も多くいる場所で撮影することになるため、一般人の余計な心配を生んでいるとも考えられます。
また、畑のど真ん中で三脚を広げると言っても別に作物を踏み荒らしているわけではありません。基本的には農機具が通ることの無い藪を開拓したり、あぜ道の広くなっている部分を利用したりして撮影をしています。中にはそういった撮影地でひな壇に入れなかった鉄が端のほうの作物を踏んでしまったり、無理やり撮ろうとして作物を刈り取ったりという事例もありました。しかしそれは撮り鉄としてだけでなく一般人としても迷惑をかけているため、撮り鉄自体が迷惑だからといって許容されるべきではありません。
私は、撮り鉄をするうえでどうしても発生してしまう迷惑(場所の占拠、追っかけによるコンビニ等の混雑、撮影地付近の路駐、等)は減らすべきことではありますが目をつぶってもらうことは可能だと考えます。これらは場所にもよりますが事故などを誘発する恐れもなく、一般人に直接損害を与えることもありません。
しかし、作物を刈ってしまうなどといったことをはじめとする一般の物や人に手を出すことは決して許されないと考えます。それらの行為は立派な犯罪であるうえに明らかに一般人に損害を与えています。よって許されるべきではないのです。
この2種類の迷惑には一般人に損害が発生しているかどうかという違いがあります。どちらも迷惑であることに変わりはないため極力発生しないようにするべきではありますが、撮り鉄をするうえで仕方なく発生してしまう迷惑というのを理解してこそこの趣味を最大限楽しめるのではないでしょうか。
撮り鉄というもの、道を極めると一般人には思い付かないようなことを平気でやるようになります。しかしそれらの行為のほとんどは違法性は無い、あるいは法に触れていたとしても誰にも実害は無いようなものです。そういった行為の一つが高い脚立です。撮り鉄は線路沿いで高い脚立を並べて大勢で密集しているイメージがありますが、こうしている理由はわかりますよね?分からない人は撮影地に行っても端っこのほうでド紐非V写真を撮っていたり、同業や通行人の邪魔になっていたりするかもしれませんね。
さて、話が逸れましたが撮り鉄が高い脚立を使うのは線路内に入らず、安全な場所から撮影するためです。日本の鉄道施設は大半が安全確保のため少し高い柵を線路の周りに立てています。これが電車を写すためには邪魔になってくるわけです。しかし、脚立に乗ればそういった障害物を安全な場所からかわすことができます。
脚立が倒れたら危険だ、という人もいるでしょう。しかし、脚立が無かったらどうなるでしょうか?まず線路際に立って電車を写そうとすると当然柵が被ります。これは許せません。すると柵やガードレールによじ登ったり柵を超えて線路内に入ろうとする輩が出てくるのです。僕の地元のとある撮影地では、柵によじ登る鉄があまりにも多く危険だったため脚立や踏み台無しで撮影することは禁止というルールを自治体が決めました。
こういったルールは電車に本気で向き合ってきたオタクには嬉しいものだと思います。自分たちが安全に撮るためにしてきた努力を自治体に認めてもらえたのですから。しかし、同時にこうした努力を理解できない鉄もいます。そういった鉄はこのようなルールができても頑なに脚立は危険だからと柵によじ登ることを辞めないため、結果としてその撮影地が撮影禁止となってしまうかもしれません。まずは人の行動に興味を示すことも大事かもしれませんね。
そして撮り鉄ならではの行為2つめが草刈りです。これは一歩間違えれば一般人に損害を与えうる行為ですが、同時に撮り鉄をしていくうえで必ず必要になってくることでもあります。電車を綺麗に撮ることができる撮影地は自然に囲まれていることが多く、草とは切っても切れない関係があるのです。


この2枚の写真はとある畑の中の撮影地で撮られたカットです。1枚目は草がかなり生い茂っており、2スパンだけ車両が抜けきっていますがそれより後ろは草がかかっています。ここまで生い茂っているとなかなかきれいに電車を撮ることはできません。それに対して2枚目は草刈りがされた後の同じ撮影地の写真です。編成全体が足元まできれいに抜けていてとても良いカットになっています。
こんなに草を無くしてもいいの?と思う方もいるかもしれませんが、逆に何がだめなんでしょうか?
2枚の写真を見比べてください。刈ってはいけないようなものは見当たりますか?少なくとも、画角の中に作物を育てている畑などは見当たりませんよね。ビフォーアフターの分かる写真があまり無いのですが少なくともこの撮影地については一般人に損害が発生する草刈りは行われていません。
今紹介した2つの行為はあくまでも「撮り鉄として」黙認されているだけであり警察に通報したら逮捕まではいかなくても注意はされそうな行為です。この記事も誤解を生むことがあるでしょうから、なるべく鉄の間だけで見てほしいものです。
とにかく、撮り鉄は悪であり、昔から警察や鉄道会社から黙認されてきた存在であります。昨今の撮り鉄人口増加によっていわゆる「晒し」が話題となっていますが撮り鉄という悪を世間に知らしめる行為は誰がやっても撮り鉄の首を締める結果となることに変わりはありません。自分がいくらルールを守っていても、世間からしたらみーんな同じ、撮り鉄です。世の中のイメージを変えるよりも自分たちがそのイメージに合わせたほうが手っ取り早いこともあるのです。最初は誰だって失敗もあると思いますが、どうか常識的な最善よりも撮り鉄としての最善を尽くしていただけないでしょうか。
何度も言いますが、我々撮り鉄は悪です。しかし、それ以外は普通の一般人と同じです。学校や職場に撮り鉄がいても普通に接してほしいと思っています。最後になりますがここまで読んでいただきありがとうございました。
最近ショバで会う同業を見ていて思うことが色々あったので形にしたいと思います。
はじめに #
この記事は主に現役の撮り鉄に見ていただきたいです。後にも触れますが社会的な悪である撮り鉄が一般生活を送る方々への迷惑を最小限に抑えるためにはどうするべきか、考えながら読んでいただきたいです。私の主観で書いているので意見の合わないところもあるとは思いますが、撮り鉄として協調していくうえで大事なことを考えていただけるとこの記事の趣旨としてもよろしいかと思います。
そもそも撮り鉄とは #
そもそも撮り鉄がどういう存在なのか、理解していない人が多いのです。端的に言えば撮り鉄は一般人に迷惑をかける可能性がある、社会的地位の低いなんの利益も生み出さないものです。要は撮り鉄は悪です。絶対的な悪。
それにも関わらず、youtubeのコメント欄で悪いことをしている撮り鉄はほんの一部だとか、普通に撮り鉄する分には問題ないとか、机上の空論を語る人が多いのはなぜでしょうか??
極端な話、電車にカメラを向ければ皆等しく撮り鉄です。撮り鉄は全て悪です。かなり暴論かと思われるかもしれませんが、これは言葉にしていないだけで、恐らくほとんどの一般人が感じていることです。
迷惑な行為の線引き #
しかし、自分は駅で黄色い線の中から出ること無く撮影をしている。一般人の迷惑にはなっていない。という方もいるでしょう。果たして本当にそうでしょうか。そもそも黄色い線の中から出ないことが絶対的な正義なのでしょうか。
私は駅で黄色い線の中からカメラを構えるにしても、畑のど真ん中で三脚を広げるにしても、変わりはないとかんがえています。むしろ前者のほうが一般の方々も多くいる場所で撮影することになるため、一般人の余計な心配を生んでいるとも考えられます。
また、畑のど真ん中で三脚を広げると言っても別に作物を踏み荒らしているわけではありません。基本的には農機具が通ることの無い藪を開拓したり、あぜ道の広くなっている部分を利用したりして撮影をしています。中にはそういった撮影地でひな壇に入れなかった鉄が端のほうの作物を踏んでしまったり、無理やり撮ろうとして作物を刈り取ったりという事例もありました。しかしそれは撮り鉄としてだけでなく一般人としても迷惑をかけているため、撮り鉄自体が迷惑だからといって許容されるべきではありません。
私は、撮り鉄をするうえでどうしても発生してしまう迷惑(場所の占拠、追っかけによるコンビニ等の混雑、撮影地付近の路駐、等)は減らすべきことではありますが目をつぶってもらうことは可能だと考えます。これらは場所にもよりますが事故などを誘発する恐れもなく、一般人に直接損害を与えることもありません。
しかし、作物を刈ってしまうなどといったことをはじめとする一般の物や人に手を出すことは決して許されないと考えます。それらの行為は立派な犯罪であるうえに明らかに一般人に損害を与えています。よって許されるべきではないのです。
この2種類の迷惑には一般人に損害が発生しているかどうかという違いがあります。どちらも迷惑であることに変わりはないため極力発生しないようにするべきではありますが、撮り鉄をするうえで仕方なく発生してしまう迷惑というのを理解してこそこの趣味を最大限楽しめるのではないでしょうか。
迷惑かけてもいいんですか? #
撮り鉄というもの、道を極めると一般人には思い付かないようなことを平気でやるようになります。しかしそれらの行為のほとんどは違法性は無い、あるいは法に触れていたとしても誰にも実害は無いようなものです。そういった行為の一つが高い脚立です。撮り鉄は線路沿いで高い脚立を並べて大勢で密集しているイメージがありますが、こうしている理由はわかりますよね?分からない人は撮影地に行っても端っこのほうでド紐非V写真を撮っていたり、同業や通行人の邪魔になっていたりするかもしれませんね。
さて、話が逸れましたが撮り鉄が高い脚立を使うのは線路内に入らず、安全な場所から撮影するためです。日本の鉄道施設は大半が安全確保のため少し高い柵を線路の周りに立てています。これが電車を写すためには邪魔になってくるわけです。しかし、脚立に乗ればそういった障害物を安全な場所からかわすことができます。
脚立が倒れたら危険だ、という人もいるでしょう。しかし、脚立が無かったらどうなるでしょうか?まず線路際に立って電車を写そうとすると当然柵が被ります。これは許せません。すると柵やガードレールによじ登ったり柵を超えて線路内に入ろうとする輩が出てくるのです。僕の地元のとある撮影地では、柵によじ登る鉄があまりにも多く危険だったため脚立や踏み台無しで撮影することは禁止というルールを自治体が決めました。
こういったルールは電車に本気で向き合ってきたオタクには嬉しいものだと思います。自分たちが安全に撮るためにしてきた努力を自治体に認めてもらえたのですから。しかし、同時にこうした努力を理解できない鉄もいます。そういった鉄はこのようなルールができても頑なに脚立は危険だからと柵によじ登ることを辞めないため、結果としてその撮影地が撮影禁止となってしまうかもしれません。まずは人の行動に興味を示すことも大事かもしれませんね。
そして撮り鉄ならではの行為2つめが草刈りです。これは一歩間違えれば一般人に損害を与えうる行為ですが、同時に撮り鉄をしていくうえで必ず必要になってくることでもあります。電車を綺麗に撮ることができる撮影地は自然に囲まれていることが多く、草とは切っても切れない関係があるのです。


この2枚の写真はとある畑の中の撮影地で撮られたカットです。1枚目は草がかなり生い茂っており、2スパンだけ車両が抜けきっていますがそれより後ろは草がかかっています。ここまで生い茂っているとなかなかきれいに電車を撮ることはできません。それに対して2枚目は草刈りがされた後の同じ撮影地の写真です。編成全体が足元まできれいに抜けていてとても良いカットになっています。
こんなに草を無くしてもいいの?と思う方もいるかもしれませんが、逆に何がだめなんでしょうか?
2枚の写真を見比べてください。刈ってはいけないようなものは見当たりますか?少なくとも、画角の中に作物を育てている畑などは見当たりませんよね。ビフォーアフターの分かる写真があまり無いのですが少なくともこの撮影地については一般人に損害が発生する草刈りは行われていません。
とはいえ... #
今紹介した2つの行為はあくまでも「撮り鉄として」黙認されているだけであり警察に通報したら逮捕まではいかなくても注意はされそうな行為です。この記事も誤解を生むことがあるでしょうから、なるべく鉄の間だけで見てほしいものです。
とにかく、撮り鉄は悪であり、昔から警察や鉄道会社から黙認されてきた存在であります。昨今の撮り鉄人口増加によっていわゆる「晒し」が話題となっていますが撮り鉄という悪を世間に知らしめる行為は誰がやっても撮り鉄の首を締める結果となることに変わりはありません。自分がいくらルールを守っていても、世間からしたらみーんな同じ、撮り鉄です。世の中のイメージを変えるよりも自分たちがそのイメージに合わせたほうが手っ取り早いこともあるのです。最初は誰だって失敗もあると思いますが、どうか常識的な最善よりも撮り鉄としての最善を尽くしていただけないでしょうか。
最後に #
何度も言いますが、我々撮り鉄は悪です。しかし、それ以外は普通の一般人と同じです。学校や職場に撮り鉄がいても普通に接してほしいと思っています。最後になりますがここまで読んでいただきありがとうございました。
