『「親切」は驚くほど体にいい!』を読んで
公開 2024/02/22 10:03
最終更新
2024/02/22 17:55
今回は、自称「本の感想文」である。
自分のことをぶっこみつつ、個人的解釈によるネタバレ満載である。
既に本のタイトルだけで読んでみようと思った方は、以下の駄文を読まずに、本を読まれることをおすすめする。
ただ、入手困難であるため、図書館やフリマサイト、Amazonや楽天市場の古本屋さん等をのぞいてみてはいかがだろうか。
著者 デイビッド・ハミルトン
監訳者 有田秀穂
出版社 飛鳥新社
筆者の個人的経験による自己啓発本ではなく、宗教的な本でもなく、科学的知見に基づいて書かれた本である。
「情は人のためならず」という諺をご存知だろうか。
中高年の皆さんには言わずもがな、人に親切にしておけば必ずよい報いがあるぞという意味である。
そのよい報いというのが具体的にどんなことかというと、ストレスが消えて、幸福感が得られる、老化のスピードを送らせる、心臓の機能をよくするなどだそうだ。
なぜに?どういう仕組みで?という部分は本を読んでいただくということで割愛させていただく。
親切にするってことは、自分のことを後回しにすることでもある。だから、損をするのではないかと思う人も多いだろう。しかし、親切にすることによって、その一部分で損をしたように思えるもの以上に幸福感を得られるものなのだということを先日実感した。
ある冷たい雨がしとしと降る日、スリッパに履き替える【ザ・昭和】な医院に行った。スリッパが足りなくなるほどの混雑で、私のつま先は凍りついていて、空くのをまだかまだかと足指運動をしながら待っていた。そして、ついにほかほかスリッパを入手!これでひと安心とホッとしたところに、杖をついた老婦人がやってきたのだ。
靴下は滑るので危ない。まして杖をお使いなのに、スリッパが無いなんて、それは大問題だ。
そこで私は「どうぞ」と差し出したのだ。
私のつま先は凍ったままであり、見て見ぬふりもできたのである。
では、なぜスリッパを譲ったのか。
それは、まだ本書を読んでいなかったとはいえ、親切にすることが自分の幸福度を上げるんだよということを聞いたことがあったからである。
専業主婦で生活していると、普段、ドアや道を譲るといった親切と呼んでいいか迷うレベルのこと以外に、あまり人に親切にする機会がない。だから、チャンスと思ったのだ。
行為だけ客観的に見ると「親切」であるが、その腹の中は、私利私欲に満ち溢れた真っ黒クロスケの塊である。メイちゃんに見つかったら、目玉をくり抜かれてしまうかもしれない。
幸運にも、そんな真っ黒クロスケな心は相手には見えない。だから、老婦人は少し驚いたように、快く笑顔で「ありがとうございます」と受け取ってくださったのだ。
遠慮なくこちらの「親切」を受け取ってもらうというのはなんと嬉しいものか。真っ黒クロスケであるが。
日本人の昔の美学に「遠慮」や「謙虚」などがあると思う。私は、つい申し訳ないという気持ちもあって、親切に対し、一度は「悪いわ~」と遠慮してしまったりすることがあった。皆さんの中でも、同じことをしてしまった方はいらっしゃるだろう。
しかし、親切を快く笑顔で受け取るということによって、親切にしてくれた方へ「幸福感」というお返しをしていると思っていいのではないだろうか。
もし、スリッパを遠慮されたら、「さしでがましかったかしら」という若干の羞恥心で後悔をしていたはずだ。これまでの、悪いからと遠慮する行為は、実は相手への思いやり不足だったことを知った。
私の凍ったつま先は、もちろん凍ったままであっただろう。しかし、あの感謝の言葉によって、どうでもよくなってしまったのである。とはいえ、スリッパはいっちょ前に履きたいのである。しかし、その後のスリッパ争奪戦には惨敗し、つま先を上げつつひょこひょこと変な歩き方をしたまま診察を受け、会計を待つまで、私は世間様にボディーヒーターの五本指靴下を見せびらかし続けたのだ。(ボディーヒーターであっても凍るのだ)
一度親切にした誇りで、「せつないスリッパ無し」が、ただの「スリッパ無し」という事実のみになったのである。
あの老婦人のおかげで私は幸福感を得られたし、思い出すだけでも、なんだか嬉しい。それは、試合に勝ったなどのドーパミンによる舞い上がるような幸福感ではなく、親切をすることで出るオキシトシンによってもたらされた【心に灯りがともるような、ほんのりと長続きする幸せ感】なのだろう。
オキシトシンとは、脳内物質のひとつであり、親切にすることで放出されるのである。いわゆる「幸せ物質」だ。気分の改善や、前向きな心に導いてくれるらしい。
本書によると【親切の習慣を長く続けると、脳内の神経の道筋が変化して、いい気分がより長く維持される】ようになるという。
オキシトシンは、胃や大腸の運動を促したり、体内の炎症(老化は体内の炎症によるといわれている)を抑えたりするという。
オキシトシンを体内で作る方法が紹介されていた。皆さんも自分に合うものを実践されてみてはいかがだろうか。
詳細については本書をご一読されたし。
注意事項として【見返りを求めない】と監訳者の有田先生がおっしゃっている。見返りを求めるとドーパミンがはたらいてしまうし、親切がもたらす効果が得られないと。
断られても、ありがとうと言われなくても、【「他人の気持ちに共感し、その人のために親切にする」――この時点で、心は幸せになり、体にもいい変化が起きている】のだそうだ。
自分は他人の気持ちを考えられる人間なのだと、誇ろうじゃないか。
本書は、実践方法として、役立つ【40の親切行動】を紹介し、3週間毎日、誰かへの親切、誰にも気づかれない親切を実践して、日記に書いたり、毎日が大変なら、週に1日だけでいいので、親切を3回実行する日を設け、習慣化させることをおすすめしている。
他にも感謝が身につくエクササイズや過去を捨てるエクササイズ、慈悲の瞑想のやり方なども紹介されていて、読んで損はない本だと私は思っている。
そして最後に、ストレスをため込まない3カ条として
①太陽の光を浴びること
②体を動かすこと
③人とふれあうこと
ということを監訳者の有田先生は述べている。
これは、さまざまな本でも言われていることであるから、実践しない理由はない。
私は、親切は体にどのようにいいのかという細いことは忘れてもいいと思っている。本書でも述べられていたが、親切とは生き方なのだから。
誰かのために親切にしましょうという美しい心でなくて、情は人のためならずだもんねーという真っ黒クロスケであっても、されれば嬉しいものであり、WIN WINでえぇじゃないかと思っている。
メンタル弱めなのよと思う方。日々ストレスにさらされている方。
まずは、お先にどうぞとか身近な人を褒めるとか、自分がお茶を入れる時に声をかけてみるとか、小さなことを試しに毎日やってみてはどうだろうか?
急にメンタルやストレスの問題解決とはいかないだろうけれど、小さな日々の自分の行動が未来の自分を作っていっているのだし、今、いい気分になれるのだから損はないのではなかろうか。
自分のことをぶっこみつつ、個人的解釈によるネタバレ満載である。
既に本のタイトルだけで読んでみようと思った方は、以下の駄文を読まずに、本を読まれることをおすすめする。
ただ、入手困難であるため、図書館やフリマサイト、Amazonや楽天市場の古本屋さん等をのぞいてみてはいかがだろうか。
この本について #
「親切」は驚くほど体にいい! “幸せ物質”オキシトシンで人生が変わる著者 デイビッド・ハミルトン
監訳者 有田秀穂
出版社 飛鳥新社
つらいストレスが消え、
心がスーッと軽くなるだけでなく、
体にもバツグンに効く――
親切は薬いらずの健康法です。
筆者の個人的経験による自己啓発本ではなく、宗教的な本でもなく、科学的知見に基づいて書かれた本である。
情は人のためならず #
「情は人のためならず」という諺をご存知だろうか。
中高年の皆さんには言わずもがな、人に親切にしておけば必ずよい報いがあるぞという意味である。
そのよい報いというのが具体的にどんなことかというと、ストレスが消えて、幸福感が得られる、老化のスピードを送らせる、心臓の機能をよくするなどだそうだ。
なぜに?どういう仕組みで?という部分は本を読んでいただくということで割愛させていただく。
親切にするってことは、自分のことを後回しにすることでもある。だから、損をするのではないかと思う人も多いだろう。しかし、親切にすることによって、その一部分で損をしたように思えるもの以上に幸福感を得られるものなのだということを先日実感した。
ある冷たい雨がしとしと降る日、スリッパに履き替える【ザ・昭和】な医院に行った。スリッパが足りなくなるほどの混雑で、私のつま先は凍りついていて、空くのをまだかまだかと足指運動をしながら待っていた。そして、ついにほかほかスリッパを入手!これでひと安心とホッとしたところに、杖をついた老婦人がやってきたのだ。
靴下は滑るので危ない。まして杖をお使いなのに、スリッパが無いなんて、それは大問題だ。
そこで私は「どうぞ」と差し出したのだ。
私のつま先は凍ったままであり、見て見ぬふりもできたのである。
では、なぜスリッパを譲ったのか。
それは、まだ本書を読んでいなかったとはいえ、親切にすることが自分の幸福度を上げるんだよということを聞いたことがあったからである。
専業主婦で生活していると、普段、ドアや道を譲るといった親切と呼んでいいか迷うレベルのこと以外に、あまり人に親切にする機会がない。だから、チャンスと思ったのだ。
行為だけ客観的に見ると「親切」であるが、その腹の中は、私利私欲に満ち溢れた真っ黒クロスケの塊である。メイちゃんに見つかったら、目玉をくり抜かれてしまうかもしれない。
幸運にも、そんな真っ黒クロスケな心は相手には見えない。だから、老婦人は少し驚いたように、快く笑顔で「ありがとうございます」と受け取ってくださったのだ。
遠慮なくこちらの「親切」を受け取ってもらうというのはなんと嬉しいものか。真っ黒クロスケであるが。
日本人の昔の美学に「遠慮」や「謙虚」などがあると思う。私は、つい申し訳ないという気持ちもあって、親切に対し、一度は「悪いわ~」と遠慮してしまったりすることがあった。皆さんの中でも、同じことをしてしまった方はいらっしゃるだろう。
しかし、親切を快く笑顔で受け取るということによって、親切にしてくれた方へ「幸福感」というお返しをしていると思っていいのではないだろうか。
もし、スリッパを遠慮されたら、「さしでがましかったかしら」という若干の羞恥心で後悔をしていたはずだ。これまでの、悪いからと遠慮する行為は、実は相手への思いやり不足だったことを知った。
私の凍ったつま先は、もちろん凍ったままであっただろう。しかし、あの感謝の言葉によって、どうでもよくなってしまったのである。とはいえ、スリッパはいっちょ前に履きたいのである。しかし、その後のスリッパ争奪戦には惨敗し、つま先を上げつつひょこひょこと変な歩き方をしたまま診察を受け、会計を待つまで、私は世間様にボディーヒーターの五本指靴下を見せびらかし続けたのだ。(ボディーヒーターであっても凍るのだ)
一度親切にした誇りで、「せつないスリッパ無し」が、ただの「スリッパ無し」という事実のみになったのである。
あの老婦人のおかげで私は幸福感を得られたし、思い出すだけでも、なんだか嬉しい。それは、試合に勝ったなどのドーパミンによる舞い上がるような幸福感ではなく、親切をすることで出るオキシトシンによってもたらされた【心に灯りがともるような、ほんのりと長続きする幸せ感】なのだろう。
オキシトシン #
オキシトシンとは、脳内物質のひとつであり、親切にすることで放出されるのである。いわゆる「幸せ物質」だ。気分の改善や、前向きな心に導いてくれるらしい。
本書によると【親切の習慣を長く続けると、脳内の神経の道筋が変化して、いい気分がより長く維持される】ようになるという。
オキシトシンは、胃や大腸の運動を促したり、体内の炎症(老化は体内の炎症によるといわれている)を抑えたりするという。
オキシトシンを体内で作る方法が紹介されていた。皆さんも自分に合うものを実践されてみてはいかがだろうか。
1親切をする
2感動する
3感情を表に出す
4マッサージを受ける
5愛する人と精神的に支え合う、スキンシップをとる
6ハグをする
7ペットをなでる
詳細については本書をご一読されたし。
「親切」にするときの注意事項 #
注意事項として【見返りを求めない】と監訳者の有田先生がおっしゃっている。見返りを求めるとドーパミンがはたらいてしまうし、親切がもたらす効果が得られないと。
断られても、ありがとうと言われなくても、【「他人の気持ちに共感し、その人のために親切にする」――この時点で、心は幸せになり、体にもいい変化が起きている】のだそうだ。
自分は他人の気持ちを考えられる人間なのだと、誇ろうじゃないか。
最後に #
本書は、実践方法として、役立つ【40の親切行動】を紹介し、3週間毎日、誰かへの親切、誰にも気づかれない親切を実践して、日記に書いたり、毎日が大変なら、週に1日だけでいいので、親切を3回実行する日を設け、習慣化させることをおすすめしている。
他にも感謝が身につくエクササイズや過去を捨てるエクササイズ、慈悲の瞑想のやり方なども紹介されていて、読んで損はない本だと私は思っている。
そして最後に、ストレスをため込まない3カ条として
①太陽の光を浴びること
②体を動かすこと
③人とふれあうこと
ということを監訳者の有田先生は述べている。
これは、さまざまな本でも言われていることであるから、実践しない理由はない。
私は、親切は体にどのようにいいのかという細いことは忘れてもいいと思っている。本書でも述べられていたが、親切とは生き方なのだから。
誰かのために親切にしましょうという美しい心でなくて、情は人のためならずだもんねーという真っ黒クロスケであっても、されれば嬉しいものであり、WIN WINでえぇじゃないかと思っている。
メンタル弱めなのよと思う方。日々ストレスにさらされている方。
まずは、お先にどうぞとか身近な人を褒めるとか、自分がお茶を入れる時に声をかけてみるとか、小さなことを試しに毎日やってみてはどうだろうか?
急にメンタルやストレスの問題解決とはいかないだろうけれど、小さな日々の自分の行動が未来の自分を作っていっているのだし、今、いい気分になれるのだから損はないのではなかろうか。
