【57日目】お題「泣かないで」
公開 2024/12/01 18:33
最終更新 -
久々のデートの帰り道、いつもより口数の少なかったあなたは、「もう少し話したいな、寄ってかない?」と言って、駅の近くの人気のない小さな公園を指さした。私は、そんなあなたの様子に小さく違和感を覚えながらも、頷いて、公園に入った。
入り口近くの自販機で飲み物を買って、ベンチに座った。

「あなたの方からもう少し話したいって言ってくれるなんて、珍しいね」

私は笑って言った。あなたは目を伏せて、小さく「うん」と言った。

「今日、すごく楽しかったよ。ありがとう。あなた、いつも忙しくしてるから、こんなにあなたといられるの、本当に久々で、私、ほんとに――」「あのさ」

あなたが私の声を遮るように切り出した。私は「嬉しくて」と続けようとした言葉を引っ込めて、あなたの顔を見る。その顔は、何かいつもと違っていた。

「僕ら、別れよう」

あなたは言った。私は、信じられなくて、何の冗談かと思った。でも、こちらを見るあなたの目は真剣で、本気なのだとわかった。

「私のこと、嫌いになっちゃったの?」

私が訊くと、あなたは首を横に振った。

「違う。君が好きだよ。だからこそ、もう一緒にいられない。
僕には、夢がある。そのために、君を一番に優先して動くことができない。これまで、君とそのことで、何回も話し合ってきたね。でも、なかなか着地点を見つけられないでここまできた。そのことで、たくさん君を傷つけてきた。これからも、それは変わらないと思う。だから、別れよう」

あなたは淡々と冷静に理由を語った。確かに、あなたは忙しい人で、私を構う時間が少ないと、文句を言ったことはあった。私以外の人と会うことを優先されて、悲しかったこともあった。自分を一番にしてくれないことには、不満を持っていた。最近、そういうことでよく喧嘩していた。でも、その度に少しずつ歩み寄って、いつか理想の形になれると思ってた。今日みたいに、楽しく一緒に過ごせる日だってある。それなのに、別れるなんて。

「私、あなたが好きなの。好き同士だけじゃ、ダメなの?もっと時間をかければ、きっともっといい2人になれるって、思うんだけど」

「……僕はこれ以上君の望む形にはなれないよ。また君を苦しめる。それは、ダメだ」

きっとこの人は、今日別れを告げることを決意して、私の隣に立って、今日一日過ごしたのだ。それがわかった。

視界が揺らいで、涙が溢れた。

「泣かないで」

あなたの手が伸びてきて、私の涙を指先で掬う。その指先からは、未だ尽きぬ愛情が確かに感じられて。私を好きだと言うあなたの言葉に偽りはないことも、それでも別れを選んだあなたの決意は揺らがないことも、わかってしまった。


初恋だった。夢を語るあなたの横顔が好きだった。最初はただ一緒にいられるだけで幸せで、あなたにも共にいて幸せを感じてもらえるような私であろうと、そう思っていた。それなのに、私はそれを忘れて、あなたの一番になりたいと、あなたにたくさん無理をさせて、縛って、苦しめていたのだ。
私は自分の愚かさに、ただ泣くことしかできなかった。

あなたの下げられた眉の下、子どものように泣きじゃくる私を見つめる目は、苦しいほどに優しかった。



https://kaku-app.web.app/p/IzNwibjWvt5mySm0Jzs7
きまぐれ創作者。一次も二次も夢BLGLNLなんでもござれな雑食。
二次の推しジャンルはオルタンシア・サーガ。
最近の記事
【108日目】お題「明日に向かって歩く、でも」
俺は勇者だ。一人きりで旅する勇者だ。勇者と言えば旅の仲間がいるイメージがあるかもしれないが、俺は仲間が居なくても十分強…
2025/01/21 15:31
【107日目】お題「ただひとりの君へ」
ペンを持ち、便箋に向き合う。便箋の色は、君のイメージカラーの黄色。便箋には、君が好きだと言っていたヒマワリの花が描かれ…
2025/01/20 17:09
【106日目】お題「手のひらの宇宙」
小さな娘と手と手を繋ぐ。柔らかくて小さくて可愛い手。この子の小さな身体には、どれだけの可能性が秘められているだろう。こ…
2025/01/19 13:58
【105日目】お題「風のいたずら」
姉と姪と私で、川沿いの桜の並木道を歩いて花見をしていたときのこと。 姪のヒナタは風に舞う花びらを自分の手で捕まえようと…
2025/01/18 17:57
【104日目】お題「透明な涙」
私はあの日、君とのお別れが寂しすぎて離れがたくてつらくて泣いていた。たぶん君も泣いていたと思うけれど、私は君の泣き顔を…
2025/01/17 17:00
【103日目】お題「あなたのもとへ」
週末に山登りに行こうとあなたと約束したその日に、私は交通事故に遭って脚を骨折した。なんてタイミング。ツイてなさすぎ。あ…
2025/01/16 16:38
書く習慣ハート数1000突破!!!
書く習慣アプリの『もっと読みたい』のハート数が1000個を突破しましたー!!! 3ヶ月と少しでここまで来られました。 …
2025/01/15 22:06
【102日目】お題「そっと」
「ぅえっ!?テントウムシ!?」 俺がダイニングテーブルでまったりコーヒーを飲んでいると、隣の和室でお昼寝をしていたは…
2025/01/15 16:48
【101日目】お題「まだ見ぬ景色」
私の父は、研究者だ。医学の分野を研究しているらしいんだけど、詳しくは知らない。最近は何やら長く続けてきた研究が佳境に入…
2025/01/14 13:35
【100日目】お題「あの夢のつづきを」
子どもの頃、つらいとき、必ず見る夢があった。夢の中には優しい王さまがいて、ぬいぐるみの仲間たちと、ふわふわの優しいパス…
2025/01/13 16:20
【99日目】お題「あたたかいね」
「パパ!!!おかえりー!!!!」 大きな声で言いながら、膝の辺りにぎゅっと抱きついてくる愛娘。 仕事で疲れて、寒い夜…
2025/01/12 16:56
【98日目】お題「未来への鍵」
人生の選択っていうのは、目の前にある無数にある扉から1つを選び取って開けていくことだと、僕は思う。扉の先に進んだら、後戻…
2025/01/11 14:40
【97日目】お題「星のかけら」
君は星だ 君の歌声は力強くて優しい 暗い夜空の中でキラキラと瞬く光だ 苦しい時に僕に戦う力をくれる 君の歌声を聴けば…
2025/01/11 13:44
【96日目】お題「Ring Ring…」
きのう、山登りに行っていたパパから、ベルのかたちのストラップをおみやげにもらった。ゆらすと、リィィンリィィンと大きな音…
2025/01/09 14:55
【95日目】お題「追い風」
5月の早朝。委員会の当番のためにいつもより早く家を出た私は、学校の最寄り駅の改札を出て、道を急いでいた。背負ったリュック…
2025/01/08 18:07
【94日目】お題「君と一緒に」
明日は、職場内の昇進に関わる試験の日。ベッドの中、ついつい明日のことを考えて眠れず、ゴロゴロと頻繁に寝返りをうつ。 …
2025/01/07 17:32
【93日目】お題「冬晴れ」
コートやマフラーを纏って、玄関のドアを開ける。 とたんに、冷たい空気が肌を刺す。 それとは対照的に、降り注ぐ日差しは優…
2025/01/06 17:22
【92日目】お題「幸せとは」
「はやく幸せになりたいなあ」 カフェで私の正面の席に座る友人は、そう言ってため息を吐いた。彼女は、最近彼氏にフラレた…
2025/01/05 14:10
【91日目】お題「日の出」
冬の早朝のホーム。私は一人、白い息を吐きながら、始発電車を待つ。周囲はまだ暗いが、遠くに見える山の稜線が少し白みはじめ…
2025/01/04 18:42
【90日目】お題「今年の抱負」
今年の抱負は、焦らず落ち着いて行動すること。 私はどうしてか、いつも焦って慌ててしまいがちだから。 子どもの頃に思い…
2025/01/03 18:44
もっと見る
タグ
書く習慣アプリ(115)
記念(8)
創作(1)
もっと見る