異界観について
公開 2026/08/02 14:53
最終更新
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本日のお題。
今日は、何を”持ち帰った”?
あくまでも私の考えだよ、ということは先に言っておく。こんなインターネットの片隅でもいつ誰に見られるかなんてわからない時代だから。
「山で遭難したら上へ登れ」「下りてはいけない」「沢に沿って下りるのは絶対だめだ」
こんな話を聞いた。
私は別に登山家ではないし、山登りが趣味というわけでもない。むしろ山登りなんて敬遠しがちだ。体力がないから。
なぜ上へ登るのか。
結局上に行けば上空から救助隊が発見しやすいとか、上に行くことで尾根伝いに歩く道が出てくるとか、そんな感じの理由があるようだ。
遭難してパニックになり、登ってきたんだからとにかく下りれば何とかなる!というのはむしろ滑落にもつながるし、沢に沿って下りると水で足を滑らせたり思いがけず滝壺に転落したり……なんてこともあるらしい。
覚えておきたい知識だと思いつつ、ふと考えたことがある。
日本という国で山というのは古来より「異界」ともされている場所だ。日常の世界と隣り合わせでありながらそこは人間の世界ではない空間。そんな山で迷い遭難したときに、下りずに登れ……というのは、ある意味山という異界に身を隠すために必要な措置とも言えるのではないか。
本来なら用を済ませて何事もなく帰ってくるはずが遭難して山から出られなくなる。これは山の神がその人を離したくない、返したくないと執着しているから……と考えることもできる。その執着が好意的なのかそうではないのかはさておき、神たるものが離したくないと言っているのに抵抗したらそりゃあいよいよもって異界の本丸、死の世界に引きずり込まれるのも納得だ。沢を下って水がきっかけで命を落とす、なんてのも、なんとなくわかる気がする。三途の川なんてことも言うし。
であればさらに山の懐へ入り込む意味で上へ登る。異界のにおいを強くしてしまえば山の神も少し油断するのかも。結果的に命までは取られない。必ずしも安全に帰れるわけではないけど生存率があがる。
最初に記したようにこれはただの私の考えだ。でもなんとなく、こう考えると自然というものへの向き合い方も変わるような気がするな、と改めて考えたっていう話。
今日は、何を”持ち帰った”?
あくまでも私の考えだよ、ということは先に言っておく。こんなインターネットの片隅でもいつ誰に見られるかなんてわからない時代だから。
「山で遭難したら上へ登れ」「下りてはいけない」「沢に沿って下りるのは絶対だめだ」
こんな話を聞いた。
私は別に登山家ではないし、山登りが趣味というわけでもない。むしろ山登りなんて敬遠しがちだ。体力がないから。
なぜ上へ登るのか。
結局上に行けば上空から救助隊が発見しやすいとか、上に行くことで尾根伝いに歩く道が出てくるとか、そんな感じの理由があるようだ。
遭難してパニックになり、登ってきたんだからとにかく下りれば何とかなる!というのはむしろ滑落にもつながるし、沢に沿って下りると水で足を滑らせたり思いがけず滝壺に転落したり……なんてこともあるらしい。
覚えておきたい知識だと思いつつ、ふと考えたことがある。
日本という国で山というのは古来より「異界」ともされている場所だ。日常の世界と隣り合わせでありながらそこは人間の世界ではない空間。そんな山で迷い遭難したときに、下りずに登れ……というのは、ある意味山という異界に身を隠すために必要な措置とも言えるのではないか。
本来なら用を済ませて何事もなく帰ってくるはずが遭難して山から出られなくなる。これは山の神がその人を離したくない、返したくないと執着しているから……と考えることもできる。その執着が好意的なのかそうではないのかはさておき、神たるものが離したくないと言っているのに抵抗したらそりゃあいよいよもって異界の本丸、死の世界に引きずり込まれるのも納得だ。沢を下って水がきっかけで命を落とす、なんてのも、なんとなくわかる気がする。三途の川なんてことも言うし。
であればさらに山の懐へ入り込む意味で上へ登る。異界のにおいを強くしてしまえば山の神も少し油断するのかも。結果的に命までは取られない。必ずしも安全に帰れるわけではないけど生存率があがる。
最初に記したようにこれはただの私の考えだ。でもなんとなく、こう考えると自然というものへの向き合い方も変わるような気がするな、と改めて考えたっていう話。
