自作小説。へたくそさんと担当No.10【広瀬 こうの思い出】
公開 2024/03/28 19:23
最終更新
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会報も発行し終え、卒業式も終わり、4月から全員進級する。それに伴い、新入生への勧誘も考えないといけない。いくら今がよくても、明日が来なければ消えてしまう。新入生が入らない部活やサークルは廃部になる。美奈は1年留年したとは言え、美奈はもう3年生、新入生とは違う。
そう考えながら部室で一人、僕はいる。会報に送られてきたファンレターを読んでいる。この学校には我が文芸部のファンもそれなりにいる。特に瑠奈編集長の小説にファンが多い。毎回熱烈なファンレターが来る。ただ、その中には次号のとかなんとか書かれている。もしかすると、瑠奈編集長は裏で何かやっているのかもしれない。自家出版で小説を出していたり、どこかの雑誌に作品を投稿していたりするかもしれない。なぜ言わないのかわからないが・・・。
ふー・・・。こうして3年生になることを考えていると、初めて文芸部の部室に来たことを思い出す。当時、僕は保健室の常連で、やりたいこととかなく、適当に大学進学を決めるだろうなぁと思っていた。
それが例のトラブルメーカー、保健室の真鍋先生。トラブルメーカーというのは別に自分からトラブルを起こすというわけでつけられたのではなく、トラブルを持ち込んでくるというところからつけられた。
1年生のある日、真鍋先生が「君はもう少し学園生活を謳歌するべきだ」ってことで部活を紹介された。僕としては体力に自信はないし、運動も得意ではない。楽器もできないどころか、見栄を張れる特技なんてない。僕は最後まで帰宅部だと思っていた。
そんな僕に紹介されたのはまさかの文芸部。当時、文芸部なんて遊んでばかりの部活だと侮っていた。しかし、取材もしっかりするし、勉強会もしている。また、会報も定期的に出している。
当時の部長は男性だった。ものすごい老け顔で、いつも手を組んで何か考えていた。渋い声、眼鏡も相まって、新世紀エヴァンゲリオンの碇ゲンドウにしか見えなかった。副部長も渋い男性で、ゲンドウの後ろにいる冬月のように佇んでいる。
後から聞いた話だが、当時の文芸部は特務機関ネルフと呼ばれていた。まるで、使徒とやりあうかのような優秀なメンツが揃っていたという。また当時は文芸部黄金期だったそうで、特に部長と副部長の合作「思い出組曲!俺たちのブンドド!」という作品が当時のベストセラーらしい。内容は男の子ならまずやっているガンダムのプラモデルなどでロボットアニメを再現する「ブンドド」という遊び。「ブン」はビームサーベル等を振る音、「ドド」はロボットがドドドドと暴れる様子を表した言葉らしい。それを高校生が本気でやるというもの。現在、社会人編が文学雑誌で連載している。
文芸部に来た僕を快く迎えた碇ゲンドウ、間違えた、部長は僕に二人の少女を紹介した。それが現在の編集長、荒木瑠奈とヒビキ・アルベール。互いに切磋琢磨するようにと言われたのを覚えている。
黄金期こそ部長と副部長がいなくなったことで終わったが、しっかりと教育された部員は、その後の文芸部を存続させた。その後も会報の評判は好調だった。
僕はというと、作品を作るよりも人に教えることのほうが得意みたいで、2年生からは瑠璃と玻璃の面倒を見ていた。二人とも言動こそ不思議なものだが、素直な性格で、しっかりと作品を作り上げてきた。
・・・・・僕たち3年生がいなくなったら、次の部長と副部長は瑠璃と玻璃か。それって、大丈夫なのか?不思議な空気の文芸部ってのは面白そうだが、来る人が困らないか?うーむ、思い出に浸っていたら、文芸部の未来が心配になってきたぞ・・・。これは新入生を捕まえないと文芸部がつぶれる。いや、瑠璃と玻璃が悪いわけじゃない。
「でねー。」
「やっぱこうちゃんはいい人です。」
「でもいい人どまりです。」
おっと、女性陣がやってきたな。なんか失礼なことも聞こえるが、聞かなかったことにしよう。まぁ、次の1年で考えればいいな。とりあえず、瑠璃と玻璃に後輩育成を教えるとしよう。
そう考えながら部室で一人、僕はいる。会報に送られてきたファンレターを読んでいる。この学校には我が文芸部のファンもそれなりにいる。特に瑠奈編集長の小説にファンが多い。毎回熱烈なファンレターが来る。ただ、その中には次号のとかなんとか書かれている。もしかすると、瑠奈編集長は裏で何かやっているのかもしれない。自家出版で小説を出していたり、どこかの雑誌に作品を投稿していたりするかもしれない。なぜ言わないのかわからないが・・・。
ふー・・・。こうして3年生になることを考えていると、初めて文芸部の部室に来たことを思い出す。当時、僕は保健室の常連で、やりたいこととかなく、適当に大学進学を決めるだろうなぁと思っていた。
それが例のトラブルメーカー、保健室の真鍋先生。トラブルメーカーというのは別に自分からトラブルを起こすというわけでつけられたのではなく、トラブルを持ち込んでくるというところからつけられた。
1年生のある日、真鍋先生が「君はもう少し学園生活を謳歌するべきだ」ってことで部活を紹介された。僕としては体力に自信はないし、運動も得意ではない。楽器もできないどころか、見栄を張れる特技なんてない。僕は最後まで帰宅部だと思っていた。
そんな僕に紹介されたのはまさかの文芸部。当時、文芸部なんて遊んでばかりの部活だと侮っていた。しかし、取材もしっかりするし、勉強会もしている。また、会報も定期的に出している。
当時の部長は男性だった。ものすごい老け顔で、いつも手を組んで何か考えていた。渋い声、眼鏡も相まって、新世紀エヴァンゲリオンの碇ゲンドウにしか見えなかった。副部長も渋い男性で、ゲンドウの後ろにいる冬月のように佇んでいる。
後から聞いた話だが、当時の文芸部は特務機関ネルフと呼ばれていた。まるで、使徒とやりあうかのような優秀なメンツが揃っていたという。また当時は文芸部黄金期だったそうで、特に部長と副部長の合作「思い出組曲!俺たちのブンドド!」という作品が当時のベストセラーらしい。内容は男の子ならまずやっているガンダムのプラモデルなどでロボットアニメを再現する「ブンドド」という遊び。「ブン」はビームサーベル等を振る音、「ドド」はロボットがドドドドと暴れる様子を表した言葉らしい。それを高校生が本気でやるというもの。現在、社会人編が文学雑誌で連載している。
文芸部に来た僕を快く迎えた碇ゲンドウ、間違えた、部長は僕に二人の少女を紹介した。それが現在の編集長、荒木瑠奈とヒビキ・アルベール。互いに切磋琢磨するようにと言われたのを覚えている。
黄金期こそ部長と副部長がいなくなったことで終わったが、しっかりと教育された部員は、その後の文芸部を存続させた。その後も会報の評判は好調だった。
僕はというと、作品を作るよりも人に教えることのほうが得意みたいで、2年生からは瑠璃と玻璃の面倒を見ていた。二人とも言動こそ不思議なものだが、素直な性格で、しっかりと作品を作り上げてきた。
・・・・・僕たち3年生がいなくなったら、次の部長と副部長は瑠璃と玻璃か。それって、大丈夫なのか?不思議な空気の文芸部ってのは面白そうだが、来る人が困らないか?うーむ、思い出に浸っていたら、文芸部の未来が心配になってきたぞ・・・。これは新入生を捕まえないと文芸部がつぶれる。いや、瑠璃と玻璃が悪いわけじゃない。
「でねー。」
「やっぱこうちゃんはいい人です。」
「でもいい人どまりです。」
おっと、女性陣がやってきたな。なんか失礼なことも聞こえるが、聞かなかったことにしよう。まぁ、次の1年で考えればいいな。とりあえず、瑠璃と玻璃に後輩育成を教えるとしよう。
すべての始まり、正米は3DCGのRPGツクールという20年以上前のゲームから生まれた。突っ込んだ話、現在の中の人。「一生ゲームをするという覚悟」のもと、「ゲームに命をかけている」ゲーマー。「ゲームに殉せず、ゲームとともにある」。
数多くのキャラクターを生み出している神霊で、このブログはゆのニートカンパ…
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