「嘘つきユミ」
公開 2023/11/20 23:14
最終更新 2023/11/20 23:47
少女は曲や詞を書いた。天才かどうかは判らなかったが、周りにも、その時代の音楽家たちの中にも、彼女のような曲や詩を創ることが出来る者はいなかった。

 少女は同級生たちからは「嘘つき由美」と呼ばれていた。天使や妖精に会っているとことあるごとに話していた。頭のおかしな女の子と思われていて、由美はいつも一人ぼっちだった。

 女子高に進学し、はじめて友だちが出来た。おなじユミという名前だったが、「由実」と書いた。由実は「嘘つき由美」が語る天使や妖精や魔法使いや奇跡の不可思議な話をすべて信じた。由実は目に映る世界の事物にはすべて秘密のメッセージが含まれていると由美から学んだ。

 二人でバンドも始めた。由実がピアノを弾き、由美がギターを弾き、二人で交互に歌った。バンド名は最初は「嘘つきユミ」だったが、しばらくしてから「ライアー・ユー(&)ミー」とカタカナ英語で名のった。

 由美が他者との交流を一切拒絶しているような性格だったのに対して、由実はとても社交的で交際範囲が広かった。若いプロのミュージシャンたちと知り合い、彼らは「ライアー・ユー(&)ミー」の音楽に衝撃をうけた。後にポップミュージックのありようを革新してゆく男たちが「嘘つきユミ」を全力でバックアップしようと申し出た。「嘘つきユミ」はギター、ベース、ドラムを加えたバンドになった。

 すぐにレコード会社との契約が実現し、プロデューサーを迎えてレコーディングが始まった。由美はボーカルに専念した。だが情緒不安定な由美は急にレコーディングをキャンセルすることがしばしばあり、そんな時は由美の歌唱のクセを一つ残らず知っていて、また声質もよく似ている由実が、代役のゴーストシンガーとして録音を進めた。

 由実には気がかりなことがあった。由美の楽曲の素晴らしさや新しさは疑いようがないが、どの歌詞にも「死の気配」が暗示されているのである。死や孤独や別れが常にそばにあった。残念ながら由実の不安は的中した。由美はボーカルのレコーディングをすべて終えた夜、忽然と姿を消したのである。行方不明なのか失踪なのか自殺なのか、いずれにせよ由美は二度と彼らの前に現れることはなかった。

 二人の「嘘つきユミ」は一人になった。

 由実は最後の夜の会話を思い出してみた。
「アナグラムよ。文字を組み替えることで魔法が発動するの。部分を組み替えるのよ、組み替えるだけ、増やしもせず減らしもせず。でも、それが終わると全体の総和は前よりも大きくなっているの、わかるでしょ、とても簡単な魔法」
 由美はそう言っていた。
「ソロアーティストのデビューアルバムということにしましょう。デュオでもバンドでもなく。名義は『ライア・ユミ』のアナグラムに」と由実はスタッフたちに提案した。由実はニューミュージック・シーンにソロデビューした。キャッチコピーに「魔女」という言葉が使われた。

 消えた由美はファーストアルバムの収録曲以外にも多くの楽曲を譜面にしていた。元「嘘つきユミ」のメンバーは残された楽曲をアレンジし、完成させ、由実のボーカルで録音した。由美が創ったすべての曲がレコードとして発表されると、由実はアーティスト名義を変えた。由美との約束を果たしたように思えたのだった。

 ファーストアルバムがCD化された時にはボーカルを録音し直した。由実が歌い、由美の声を消した。
-小さい頃は神さまがいて、少女から女性になる頃には由美がいた、思い出すと涙が出てくる、だったらすべての痕跡を消してしまおう、歴史から、わたしの記憶から。-

 ポップミュージックの頂点に立った由実は、魔法の季節から半世紀経った今、よく考える。「嘘つきユミ」は本当にいたのだろうか。あれはただのわたしの影だったのだろうか。そうだとしたら、わたしが得たものは影を失った代償なのだろうか。あの日に帰りたい、と由実は思った。
静岡浅間通り商店街に実店舗をかまえる古本屋です。1976年に開店し、今年で47年目になります。
ニックネームは「ぶしょうてい」と読みます。
投稿記事は過去に様々な媒体に寄稿した文章が中心です。アーカイヴ的に使っています。

追記 2023/11/04
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http://bushotei.sblo.jp/
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