【創作】あおいろ文庫
公開 2024/08/01 19:13
最終更新
2024/08/01 19:13
◯ 2024年5月1日(水)
来月から本屋を営業することになった。
今、流行りの一箱本棚オーナー制度の本屋だ。
ほんの出来心で、メールで問い合わせたら、ちょうど来月に一箱空きが出るらしい。
1ヶ月後には営業開始だ。
心の準備が追いつかない。
◯ 5月2日(木)
まるで実感が無い。
明後日は、私のお店(箱)の見学をする。
連休前だが出社。誰もいないフロアで「私は本屋の店長です」と呟いてみる。
まるで実感が無い。
お店の名前はどうしよう。
仕事をしながら考える。
『あおいろ文庫』にしよう。
理由は、あお色が好きだからだ。
こういうときは、ひらめきに頼るようにしている。
◯ 5月3日(金)
そういえば、うちの会社は副業可だっただろうか。
人事の子をランチに誘った。
幸い、うちの社長は副業に寛容だそうだ。
人事の子に「どんな仕事をするの?」と聞かれたが、曖昧に返しておいた。
これは大切な私の夢なのだ。ひび割れないように私が守らなければならない。
◯ 5月4日(土)
見学の日が来た。
代表の山中さんが、シャッター商店街の一角を買い取って、本屋だけでなく、シェアスペースとして色々と貸しているらしい。
うーん、憧れの人生だ。
ゴールデンウィークにもかかわらず、「会社がお休みの時においで」と、お店を開けてくださった。有り難い。
事務手続きを済ませ、棚主の心構えなどを教わる。
基本的には山中さんが常駐していて、レジもお借りできるそうだ。有り難い。
山中さんから「どうして棚主になろうと思ったの?」と聞かれた。
「小さい頃から本が好きで」と話しながら、ああ、私、そんなことを考えていたのか、と泣きそうになる。
ずっと、やりたかったんだ。そうだったのか、自分。
帰り道、シブめの喫茶店を見つける。
『喫茶 夕凪』か。
コーヒーがとんでもなく美味しかった。
来月からは、このコーヒーをご褒美に頑張ろうと思う。
◯ 5月5日(日)
車で実家に帰って、大量の古本を確保。
そんな売れないよな、と、意外と売れて在庫が無くなったらどうしよう、の気持ちが揺れ動く。とりあえず1箱にしとこ。
父母の近況を聞く。大人の絵画サークルは順調とのこと。
だんだん登場人物の名前も覚えてきた。野々村さんの油絵の腕前も上がっている。
◯ 5月6日(月・祝)
今日は、ショップカードや帳簿作りをした。
長いこと社会人をやっているだけあって、事務作業は、ものの数分で完成した。偉いぞ、自分。
部活みたいで楽しい。部員は一人だけど。
◯ 5月7日(火)
連休明けの出社日。
今日はとにかく「生きて帰る」を目標に仕事をした。
◯ 5月8日(水)
お店のコンセプトを考えないとなぁ。
ひとりで会議するのって難しいなぁ。
◯ 5月9日(木)
残業でHPがゼロになった為、大好きな文房具屋を徘徊。
かわいいノートをみつけた。
このノートをお店に置いて、お客さんたちに自由に寄せ書きしてもらおう。わーい。
◯ 5月10日(金)
会社帰りに百均に寄って、値札シールを買ってきた。
古本に値札を貼ってみた。
値段は、こんなもんだろうか。
◯ 5月13日(月)
コンセプトが決まらない。
誰かに相談したいぃ。
◯ 5月15日(水)
お店のSNSアカウントを作ってみた。
あんまり騒がしいのは苦手なので、一番シンプルそうなSNSにした。
個人開発で運営してるらしい。すごい。
◯ 5月18日(土)
今日もSNSのフォロワーはゼロだなぁ。
◯ 5月20日(月)
お客さんが誰も来なかったらどうしよう、とか、赤字になったらどうしよう、ばかり考えてしまう。
◯ 5月25日(土)
仕事が忙しいことを言い訳に、あれから本屋の準備は何も手につかなかった。
気が付くと、もう夜中になっていた。
流しにはお昼に食べたお蕎麦の鍋がそのままになっていた。
長い間、聴けなくなっていた音楽を聴いた。
とても好きだったけれど、さよならした音楽だ。
久しぶりに聴いてみた。
あの頃の私には分からなかったけれど、今の私には、あの夜、どうして彼がステージで泣いていたのかも、あの頃の私がどうして心を揺さぶられたのかも、好きなものは好きでいていい理由も、分かった。
少しだけ、がんばってみよう。
窓の外には、深い蒼が広がっている。
あおいろ文庫。
これが私の本屋の名前だ。
◯ 5月31日(金)
ついに明日は開店日だ。
山中さんが「前日なら本を持ってきていいよ」と言っていたが、今日はどうしても会社を休めず。歯痒い気持ちだ。
家に帰って、明日の準備をした。
ちょっといいバスソルトでお風呂に入った。
明日は、我が店の、初めてのお客さんに出会うかもしれないのだ。身を清める。
明日に備えて早めに就寝。
◯ 6月1日(土)
ついに開店の日が来た。
9時にお店へ到着。
本を並べたり、あわあわしていたら、あっという間に開店時間になってしまった。
開店と同時に、親友が遊びに来てくれた。
お店に似つかわしく無い、派手なバルーン・フラワーを贈呈された。
親友は、阿吽の呼吸で、間に合わなかった本の配置を手伝ってくれた。ありがたや。
今日は、お客さんは誰も来なかった。
帰りに、親友と『喫茶夕凪』へ。
2人で開店のお祝いをした。
ふと、彼女と仲良くなったきっかけを思い出した。
中学生の頃だ。あの頃、流行っていたCDを貸してくれたんだっけ。
彼女はすぐに次の流行りに飛びついたけど、私はまだあのCDの歌手のファンだ。
親友からSNSのバズらせ方を聞く。
そういえば親友は『映え』の人だった。
親友の好きなものは、インスタで流行りのカフェなのだ。
親友は、SNSとの程良い距離の取り方も教えてくれた。
助けてくれる人は、意外と近くに居るのかもしれない。
◯ 6月2日(日)
一人で店番をした。
これからも週末はなるべくお店に立ちたい。
我が本屋のご近所さんらしき、ばぁばたちが偵察に来た。
世間話を少々。この街の成り立ちを聞く。
なかなか面白い。
一冊も買ってくれなかったけど。
面白かったから、まぁ、良しとしよう。
ばぁばのプレゼン能力は高く、寝る前にふと、おすすめの用水路の跡地の話を思い出した。
今度、開店前にお散歩してこよう。
こうやって、私の世界が広がっていく。
少しずつ。少しずつ。
失敗しても大丈夫。
きっと私の本屋を気に入ってくれるお客さんが現れる。
きっとまた、親友は不思議なプレゼントを持って訪ねてくる。
その日が来るまで、少しだけ。
なんとかやっていこうと思う。
来月から本屋を営業することになった。
今、流行りの一箱本棚オーナー制度の本屋だ。
ほんの出来心で、メールで問い合わせたら、ちょうど来月に一箱空きが出るらしい。
1ヶ月後には営業開始だ。
心の準備が追いつかない。
◯ 5月2日(木)
まるで実感が無い。
明後日は、私のお店(箱)の見学をする。
連休前だが出社。誰もいないフロアで「私は本屋の店長です」と呟いてみる。
まるで実感が無い。
お店の名前はどうしよう。
仕事をしながら考える。
『あおいろ文庫』にしよう。
理由は、あお色が好きだからだ。
こういうときは、ひらめきに頼るようにしている。
◯ 5月3日(金)
そういえば、うちの会社は副業可だっただろうか。
人事の子をランチに誘った。
幸い、うちの社長は副業に寛容だそうだ。
人事の子に「どんな仕事をするの?」と聞かれたが、曖昧に返しておいた。
これは大切な私の夢なのだ。ひび割れないように私が守らなければならない。
◯ 5月4日(土)
見学の日が来た。
代表の山中さんが、シャッター商店街の一角を買い取って、本屋だけでなく、シェアスペースとして色々と貸しているらしい。
うーん、憧れの人生だ。
ゴールデンウィークにもかかわらず、「会社がお休みの時においで」と、お店を開けてくださった。有り難い。
事務手続きを済ませ、棚主の心構えなどを教わる。
基本的には山中さんが常駐していて、レジもお借りできるそうだ。有り難い。
山中さんから「どうして棚主になろうと思ったの?」と聞かれた。
「小さい頃から本が好きで」と話しながら、ああ、私、そんなことを考えていたのか、と泣きそうになる。
ずっと、やりたかったんだ。そうだったのか、自分。
帰り道、シブめの喫茶店を見つける。
『喫茶 夕凪』か。
コーヒーがとんでもなく美味しかった。
来月からは、このコーヒーをご褒美に頑張ろうと思う。
◯ 5月5日(日)
車で実家に帰って、大量の古本を確保。
そんな売れないよな、と、意外と売れて在庫が無くなったらどうしよう、の気持ちが揺れ動く。とりあえず1箱にしとこ。
父母の近況を聞く。大人の絵画サークルは順調とのこと。
だんだん登場人物の名前も覚えてきた。野々村さんの油絵の腕前も上がっている。
◯ 5月6日(月・祝)
今日は、ショップカードや帳簿作りをした。
長いこと社会人をやっているだけあって、事務作業は、ものの数分で完成した。偉いぞ、自分。
部活みたいで楽しい。部員は一人だけど。
◯ 5月7日(火)
連休明けの出社日。
今日はとにかく「生きて帰る」を目標に仕事をした。
◯ 5月8日(水)
お店のコンセプトを考えないとなぁ。
ひとりで会議するのって難しいなぁ。
◯ 5月9日(木)
残業でHPがゼロになった為、大好きな文房具屋を徘徊。
かわいいノートをみつけた。
このノートをお店に置いて、お客さんたちに自由に寄せ書きしてもらおう。わーい。
◯ 5月10日(金)
会社帰りに百均に寄って、値札シールを買ってきた。
古本に値札を貼ってみた。
値段は、こんなもんだろうか。
◯ 5月13日(月)
コンセプトが決まらない。
誰かに相談したいぃ。
◯ 5月15日(水)
お店のSNSアカウントを作ってみた。
あんまり騒がしいのは苦手なので、一番シンプルそうなSNSにした。
個人開発で運営してるらしい。すごい。
◯ 5月18日(土)
今日もSNSのフォロワーはゼロだなぁ。
◯ 5月20日(月)
お客さんが誰も来なかったらどうしよう、とか、赤字になったらどうしよう、ばかり考えてしまう。
◯ 5月25日(土)
仕事が忙しいことを言い訳に、あれから本屋の準備は何も手につかなかった。
気が付くと、もう夜中になっていた。
流しにはお昼に食べたお蕎麦の鍋がそのままになっていた。
長い間、聴けなくなっていた音楽を聴いた。
とても好きだったけれど、さよならした音楽だ。
久しぶりに聴いてみた。
あの頃の私には分からなかったけれど、今の私には、あの夜、どうして彼がステージで泣いていたのかも、あの頃の私がどうして心を揺さぶられたのかも、好きなものは好きでいていい理由も、分かった。
少しだけ、がんばってみよう。
窓の外には、深い蒼が広がっている。
あおいろ文庫。
これが私の本屋の名前だ。
◯ 5月31日(金)
ついに明日は開店日だ。
山中さんが「前日なら本を持ってきていいよ」と言っていたが、今日はどうしても会社を休めず。歯痒い気持ちだ。
家に帰って、明日の準備をした。
ちょっといいバスソルトでお風呂に入った。
明日は、我が店の、初めてのお客さんに出会うかもしれないのだ。身を清める。
明日に備えて早めに就寝。
◯ 6月1日(土)
ついに開店の日が来た。
9時にお店へ到着。
本を並べたり、あわあわしていたら、あっという間に開店時間になってしまった。
開店と同時に、親友が遊びに来てくれた。
お店に似つかわしく無い、派手なバルーン・フラワーを贈呈された。
親友は、阿吽の呼吸で、間に合わなかった本の配置を手伝ってくれた。ありがたや。
今日は、お客さんは誰も来なかった。
帰りに、親友と『喫茶夕凪』へ。
2人で開店のお祝いをした。
ふと、彼女と仲良くなったきっかけを思い出した。
中学生の頃だ。あの頃、流行っていたCDを貸してくれたんだっけ。
彼女はすぐに次の流行りに飛びついたけど、私はまだあのCDの歌手のファンだ。
親友からSNSのバズらせ方を聞く。
そういえば親友は『映え』の人だった。
親友の好きなものは、インスタで流行りのカフェなのだ。
親友は、SNSとの程良い距離の取り方も教えてくれた。
助けてくれる人は、意外と近くに居るのかもしれない。
◯ 6月2日(日)
一人で店番をした。
これからも週末はなるべくお店に立ちたい。
我が本屋のご近所さんらしき、ばぁばたちが偵察に来た。
世間話を少々。この街の成り立ちを聞く。
なかなか面白い。
一冊も買ってくれなかったけど。
面白かったから、まぁ、良しとしよう。
ばぁばのプレゼン能力は高く、寝る前にふと、おすすめの用水路の跡地の話を思い出した。
今度、開店前にお散歩してこよう。
こうやって、私の世界が広がっていく。
少しずつ。少しずつ。
失敗しても大丈夫。
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