【創作】いも煮就活生
公開 2024/08/05 19:15
最終更新
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今年も山形物産展がやってきた。
お昼休み、会社を抜け出して百貨店へ。
お目当ては抹茶ジェラートだ。
山形の老舗のお茶屋さんがつくっている。
抹茶の概念を覆す至高の味だ。
抹茶とほうじ茶のジェラートカップを大人買いする。
催事場を見渡すと、隅っこにイートインスペースがあった。椅子はないけど、まぁいいか。
浮かれた足取りでずんずん進むと、一人の女の子に目が釘付けになった。
就活生だ。
黒のリクルートスーツに、ひっつめの黒髪。
ぺたんこの黒いパンプスのかかとに絆創膏。
白いYシャツのボタンは、首元までぴしっと閉じられている。
いも煮をかっ込んでいる。
山形名物、いも煮だ。
今時の大学生が、自分へのご褒美に『いも煮』を食べている。
食べている、ではなく、かっ込んでいる。
立ったまま、黒い合皮のトートバッグを小脇に抱え、左手に白のプラスチックのお椀を持ち、右手に割り箸を握り締め、玉こんにゃくを勢いよく口に放り込んでいる。
面接を終えて、郷土料理が食べたくなったのだろうか。
なんとなく、面接の合否が分かってしまった。
「あの。」
わたしは思わず声を掛けた。
「座って、食べませんか。」
掛けて、しまった。
「良かったら、一緒に屋上に行きませんか。ここの百貨店、屋上にベンチがあるんですよ。ジェラート、一緒に食べませんか。」
わたしは、一体、何を言ってるのだ。
「ここの屋上、小洒落てるんですよ。グリーンカーテンとミストシャワーがあって。良かったらそこで食べませんか?」
就活生はこちらをじっと見ている。
「食べませんか、ジェラート。」
就活生はこくりと頷いた。
🐈🐈
大理石の内階段を、屋上へ向かって歩いていく。
就活生は無言でついて来る。
「ジェラートをあげるから屋上までついておいで」と言う奴に、だ。
我ながら怪しい誘い文句だ。完璧に誘拐の手口だ。
だけど、彼女をあのまま一人にしておけなかったのだ。
屋上のベンチに到着した。
2つのジェラートカップを、二人の間に置いた。
「ここ、お昼休みに、たまに来るんですよ。一人になりたい時ってあるじゃないですか。」
本音だった。
ここは、わたしだけの秘密の場所だった。
疲れた日のお昼休みは、こっそり会社を抜け出して、このベンチへやって来る。
今日だってそうだ。
わたしは、この秘密を同僚には教えたことはないけれど、彼女には教えたくなったのだ。
彼女は、こちらを向かず、遠くをを見つめている。
気まずい。
無言でジェラートを食べる。
勝手に抹茶を選んでしまった。
ほうじ茶が苦手だったらどうしよう。
彼女が口を開いた。
「私って、訛ってますか」
「訛ってないよ。」
彼女の発話を聞くまでもない。
彼女は、訛っていない。
それは面接官の偏見だ。
履歴書の住所だけを見て、彼女を見ていない。
リクルートスーツを身に纏った彼女たちの個性を見極めようとしない人間の発言だ。
「訛ってないよ。」
カップの中のジェラートが溶けていく。
彼女は、面接の様子を教えてくれた。
集団面接で、彼女の番が来た。
渾身の自己PRを話す時が来たのだ。
大学のゼミの先生と相談しながら、端的にまとめた長所や『学生時代に力を入れたこと』がよく分かる、我ながら完璧なスピーチだった。
彼女が自己紹介を終えると、面接官は履歴書から顔を上げてこう言った。
「やっぱり山形弁はかわいいね。」
横一列に並んだ同期の中で、一人だけ体温が下がるのを感じた。
「訛ってないよ。」
大きな声で、もう一度、彼女に伝えた。
もう一度、伝えたかったのだ。
そうか。
わたしは今日、あの日の自分に向けて、声を掛けたのだ。
彼女は続けた。
「今日はもう、疲れちゃいました。」
初めてこちらを向いて、投げかけてくれた笑顔だった。
🐈🐈
1年後。
わたしは無職になった。
弊社は外資と合併した。そして大幅な人員削減を喰らった。リストラだ。
1年前、山形物産展で、就活生に先輩風を吹かせていた奴が、だ。
あの日、名前も聞かずに、手を振って別れた彼女を思い出す。
あの出会いが彼女の運命を左右するとは思わない。
忘れてしまってもいい。
彼女が、どこかで、元気に暮らしてくれていればいい。
今日も夕方がやってきた。
テレビのチャンネルを変える。
その後の私はというと、起床時間は昼過ぎになり、パジャマのままワイドショーを観て、ドラマの再放送を観て、夕方のローカルニュースを観るのが日課だ。
テレビ画面では、中肉中背のおじさんキャスターが、まろやかな声で、夕方のニュースを読み上げている。
この時間になると、リストラ宣告を受けた日のことを考えてしまう。
どうしても「選ばれなかった理由」を考えてしまう。
働くって、何だろう。
『続いては、地域の"ほっと"ニュースです。』
テレビからアナウンサーの声が聞こえる。
『今日は山形IMN放送より、おばあちゃんとテクノロジーを繋ぐニュースです。』
「うおっ。」
画面に映る大学生を観て、新種の驚きの声が出た。
あの子だ。いも煮就活生だ。
はにかんだあの子の静止画に、『アプリ開発者 CEO』とテロップがついている。
紺色のジャケットに白のYシャツ、ボタンは首元までぴっちり閉めている。
ジャケットの襟元に、銀色の象のブローチが光っている。
『さくらさんは、山形県米沢市出身。現在は都内の大学に通っています。』
『学生アプリ開発コンテストで最優秀賞を受賞後、大会スポンサーのエレファント社が立ち上げた、若手起業家を支援する制度を活用し…』
わたしの手元で、エレファント社のスマホの画面が光っている。
寝癖のついた髪を撫で付け、テレビの画面に近付いた。
さくらさんは、あれから、エレファント社のオフィスの一角を借りて起業していた。
山形に住むおばあちゃんが「スマホの使い方が分からない」と嘆いていたのをきっかけに、ワンタッチで繋がるビデオ通話アプリを開発したのだ。
シンプルな操作性は、さくらちゃんのおばあちゃんだけでなく、若者や子育て世代にも支持され、幅広い年代にダウンロードされているそうだ。
「私のおばあちゃんが分かりやすいように、SAKURA Talkと名付けました。」
桜のアイコンは海外のユーザーにも受け入れられていた。
テレビ画面に、ビデオ通話をする、さくらちゃんのおばあちゃんが映っている。
両手を振り振りして、こんにちはをしてくれている。
さくらちゃんのおばあちゃんも訛っていなかった。
ビデオ通話は続き、おばあちゃんは山形の台所で、さくらちゃんは東京の台所で、いも煮を調理する様子が放送されている。
『山形っぽさ』を求めるテレビマンの仕業だろう。
だけどさくらちゃんはそれすらも軽やかに飛び越えて、自由に羽ばたいていた。
「よしっ。」
わたしは飛び起きた。
エレファント社のスマホで、さくらちゃんのアプリをインストールした。
わたしの新しい生活は、ワンタッチで幕を開けた。
🍵🐘🌸
お昼休み、会社を抜け出して百貨店へ。
お目当ては抹茶ジェラートだ。
山形の老舗のお茶屋さんがつくっている。
抹茶の概念を覆す至高の味だ。
抹茶とほうじ茶のジェラートカップを大人買いする。
催事場を見渡すと、隅っこにイートインスペースがあった。椅子はないけど、まぁいいか。
浮かれた足取りでずんずん進むと、一人の女の子に目が釘付けになった。
就活生だ。
黒のリクルートスーツに、ひっつめの黒髪。
ぺたんこの黒いパンプスのかかとに絆創膏。
白いYシャツのボタンは、首元までぴしっと閉じられている。
いも煮をかっ込んでいる。
山形名物、いも煮だ。
今時の大学生が、自分へのご褒美に『いも煮』を食べている。
食べている、ではなく、かっ込んでいる。
立ったまま、黒い合皮のトートバッグを小脇に抱え、左手に白のプラスチックのお椀を持ち、右手に割り箸を握り締め、玉こんにゃくを勢いよく口に放り込んでいる。
面接を終えて、郷土料理が食べたくなったのだろうか。
なんとなく、面接の合否が分かってしまった。
「あの。」
わたしは思わず声を掛けた。
「座って、食べませんか。」
掛けて、しまった。
「良かったら、一緒に屋上に行きませんか。ここの百貨店、屋上にベンチがあるんですよ。ジェラート、一緒に食べませんか。」
わたしは、一体、何を言ってるのだ。
「ここの屋上、小洒落てるんですよ。グリーンカーテンとミストシャワーがあって。良かったらそこで食べませんか?」
就活生はこちらをじっと見ている。
「食べませんか、ジェラート。」
就活生はこくりと頷いた。
🐈🐈
大理石の内階段を、屋上へ向かって歩いていく。
就活生は無言でついて来る。
「ジェラートをあげるから屋上までついておいで」と言う奴に、だ。
我ながら怪しい誘い文句だ。完璧に誘拐の手口だ。
だけど、彼女をあのまま一人にしておけなかったのだ。
屋上のベンチに到着した。
2つのジェラートカップを、二人の間に置いた。
「ここ、お昼休みに、たまに来るんですよ。一人になりたい時ってあるじゃないですか。」
本音だった。
ここは、わたしだけの秘密の場所だった。
疲れた日のお昼休みは、こっそり会社を抜け出して、このベンチへやって来る。
今日だってそうだ。
わたしは、この秘密を同僚には教えたことはないけれど、彼女には教えたくなったのだ。
彼女は、こちらを向かず、遠くをを見つめている。
気まずい。
無言でジェラートを食べる。
勝手に抹茶を選んでしまった。
ほうじ茶が苦手だったらどうしよう。
彼女が口を開いた。
「私って、訛ってますか」
「訛ってないよ。」
彼女の発話を聞くまでもない。
彼女は、訛っていない。
それは面接官の偏見だ。
履歴書の住所だけを見て、彼女を見ていない。
リクルートスーツを身に纏った彼女たちの個性を見極めようとしない人間の発言だ。
「訛ってないよ。」
カップの中のジェラートが溶けていく。
彼女は、面接の様子を教えてくれた。
集団面接で、彼女の番が来た。
渾身の自己PRを話す時が来たのだ。
大学のゼミの先生と相談しながら、端的にまとめた長所や『学生時代に力を入れたこと』がよく分かる、我ながら完璧なスピーチだった。
彼女が自己紹介を終えると、面接官は履歴書から顔を上げてこう言った。
「やっぱり山形弁はかわいいね。」
横一列に並んだ同期の中で、一人だけ体温が下がるのを感じた。
「訛ってないよ。」
大きな声で、もう一度、彼女に伝えた。
もう一度、伝えたかったのだ。
そうか。
わたしは今日、あの日の自分に向けて、声を掛けたのだ。
彼女は続けた。
「今日はもう、疲れちゃいました。」
初めてこちらを向いて、投げかけてくれた笑顔だった。
🐈🐈
1年後。
わたしは無職になった。
弊社は外資と合併した。そして大幅な人員削減を喰らった。リストラだ。
1年前、山形物産展で、就活生に先輩風を吹かせていた奴が、だ。
あの日、名前も聞かずに、手を振って別れた彼女を思い出す。
あの出会いが彼女の運命を左右するとは思わない。
忘れてしまってもいい。
彼女が、どこかで、元気に暮らしてくれていればいい。
今日も夕方がやってきた。
テレビのチャンネルを変える。
その後の私はというと、起床時間は昼過ぎになり、パジャマのままワイドショーを観て、ドラマの再放送を観て、夕方のローカルニュースを観るのが日課だ。
テレビ画面では、中肉中背のおじさんキャスターが、まろやかな声で、夕方のニュースを読み上げている。
この時間になると、リストラ宣告を受けた日のことを考えてしまう。
どうしても「選ばれなかった理由」を考えてしまう。
働くって、何だろう。
『続いては、地域の"ほっと"ニュースです。』
テレビからアナウンサーの声が聞こえる。
『今日は山形IMN放送より、おばあちゃんとテクノロジーを繋ぐニュースです。』
「うおっ。」
画面に映る大学生を観て、新種の驚きの声が出た。
あの子だ。いも煮就活生だ。
はにかんだあの子の静止画に、『アプリ開発者 CEO』とテロップがついている。
紺色のジャケットに白のYシャツ、ボタンは首元までぴっちり閉めている。
ジャケットの襟元に、銀色の象のブローチが光っている。
『さくらさんは、山形県米沢市出身。現在は都内の大学に通っています。』
『学生アプリ開発コンテストで最優秀賞を受賞後、大会スポンサーのエレファント社が立ち上げた、若手起業家を支援する制度を活用し…』
わたしの手元で、エレファント社のスマホの画面が光っている。
寝癖のついた髪を撫で付け、テレビの画面に近付いた。
さくらさんは、あれから、エレファント社のオフィスの一角を借りて起業していた。
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だけどさくらちゃんはそれすらも軽やかに飛び越えて、自由に羽ばたいていた。
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わたしの新しい生活は、ワンタッチで幕を開けた。
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