【創作】赤い靴下
公開 2024/05/26 20:00
最終更新
2024/12/16 15:18
「お嬢さん」
店員の私を"お嬢さん"と呼ぶ人は初めてだった。
振り返ると、シルバーヘアのマダムが微笑んでいた。
ショートカットにデニムのセットアップ、足元はコンバース。
手には、黒い靴下。
「お嬢さん、これって黒かしら。それとも紺かしら。」
私は、商品タグの『黒』の文字に、手のひらを添えてご案内した。
「ああ、良かった。黒だった。歳を取ると、黒か紺か見えづらくってね。」
そう言って、マダムは女学生のように笑った。
🧦🧦
マダムは靴下を買いに、私の店にやってきた。
マダムは来週からロンドンへ行くという。
いつもは黒い靴下を履いているけれど、せっかくの海外旅行だ。
足元からチラリと見えるお洒落な靴下を探していた。
私はワイドパンツの裾をたくし上げ、お気に入りの赤い靴下を見せた。
「素敵ね。私もちょっと冒険してみようかしら。」
マダムは、私とオソロの赤い靴下を手に取った。
マダムは旅の理由を教えてくれた。
ロンドンへ『推し』に会いに行くという。
マダムはスマホの待ち受け画面を見せてくれた。
イギリスの有名なロックバンドだ。
音楽の教科書で見た気がする。
「初めて会った時は、私も乙女だったのよ。だけどもう、すっかりおばあちゃんになっちゃった。ロジャーだってすっかりおじいちゃんよ。」
推しをもっと知りたくて、英語を勉強した話。
インターネットが無かった時代、辞書とラジオだけでネイティブレベルを目指した話。
雑誌の文通相手募集コーナーで知り合ったお友だちと『推し活』に勤しんだ話。
「私もあと何回、ロンドンに行けるかしらね。だから今回のライブは奮発しちゃったの。」
私はマダムにぴったりな靴下を贈りたくなった。
🧦🧦
私は『指先レインボー五本指ショートソックス』を熱烈プレゼンした。
これは私の推し靴下だ。
生地は生成りで、指先は虹色だ。
マダムのカラフルな人生にぴったりだ。
これまで得た商品知識の全てを、心を込めてお伝えした。
私は、この日の為に販売員になったのだ、とさえ思った。
少し喋り過ぎてしまったのではないか、と心配したが、マダムはうんうんと頷いていた。
「海外のご友人へのお土産にもいいと思います」と締め括ると、マダムの表情は、ぱっと明るくなり、旧友と再会したかのように私の手を取った。
「ありがとう。素敵な靴下を選んでくれて。貴方の笑顔みたいに可愛らしい靴下ね。」
虹色の靴下をマダムにお渡しすると、マダムは少女のように微笑んだ。
「これからもずっと、このお店に居てね。私、貴方が居なくなったら、靴下を買えなくなっちゃうから。」
この仕事をやっていて良かった。
泣くのは帰ってからだ。
湯船にお湯をためて、三角座りで泣こう。
そうでないと、あの日の私が報われないじゃないか。
私はマダムを笑顔で見送った。
🧦🧦
《あとがき》
わたしは以前、シンプルブログに『優しいSNSでみんなの幸せを願う』というお話を書きました。
https://simblo.net/u/hdE6XM/post/31656
これが初めての投稿で、真っ先にいいねをくださったのが、靴下屋staffの『お気に入りの靴下とタイツさん( @favoritesocks_ )』でした。
わたしはその日、「いつかこの人の為に物語を書こう」と決めました。
これでわたしの夢が叶いました。ありがとうございました🧦
店員の私を"お嬢さん"と呼ぶ人は初めてだった。
振り返ると、シルバーヘアのマダムが微笑んでいた。
ショートカットにデニムのセットアップ、足元はコンバース。
手には、黒い靴下。
「お嬢さん、これって黒かしら。それとも紺かしら。」
私は、商品タグの『黒』の文字に、手のひらを添えてご案内した。
「ああ、良かった。黒だった。歳を取ると、黒か紺か見えづらくってね。」
そう言って、マダムは女学生のように笑った。
🧦🧦
マダムは靴下を買いに、私の店にやってきた。
マダムは来週からロンドンへ行くという。
いつもは黒い靴下を履いているけれど、せっかくの海外旅行だ。
足元からチラリと見えるお洒落な靴下を探していた。
私はワイドパンツの裾をたくし上げ、お気に入りの赤い靴下を見せた。
「素敵ね。私もちょっと冒険してみようかしら。」
マダムは、私とオソロの赤い靴下を手に取った。
マダムは旅の理由を教えてくれた。
ロンドンへ『推し』に会いに行くという。
マダムはスマホの待ち受け画面を見せてくれた。
イギリスの有名なロックバンドだ。
音楽の教科書で見た気がする。
「初めて会った時は、私も乙女だったのよ。だけどもう、すっかりおばあちゃんになっちゃった。ロジャーだってすっかりおじいちゃんよ。」
推しをもっと知りたくて、英語を勉強した話。
インターネットが無かった時代、辞書とラジオだけでネイティブレベルを目指した話。
雑誌の文通相手募集コーナーで知り合ったお友だちと『推し活』に勤しんだ話。
「私もあと何回、ロンドンに行けるかしらね。だから今回のライブは奮発しちゃったの。」
私はマダムにぴったりな靴下を贈りたくなった。
🧦🧦
私は『指先レインボー五本指ショートソックス』を熱烈プレゼンした。
これは私の推し靴下だ。
生地は生成りで、指先は虹色だ。
マダムのカラフルな人生にぴったりだ。
これまで得た商品知識の全てを、心を込めてお伝えした。
私は、この日の為に販売員になったのだ、とさえ思った。
少し喋り過ぎてしまったのではないか、と心配したが、マダムはうんうんと頷いていた。
「海外のご友人へのお土産にもいいと思います」と締め括ると、マダムの表情は、ぱっと明るくなり、旧友と再会したかのように私の手を取った。
「ありがとう。素敵な靴下を選んでくれて。貴方の笑顔みたいに可愛らしい靴下ね。」
虹色の靴下をマダムにお渡しすると、マダムは少女のように微笑んだ。
「これからもずっと、このお店に居てね。私、貴方が居なくなったら、靴下を買えなくなっちゃうから。」
この仕事をやっていて良かった。
泣くのは帰ってからだ。
湯船にお湯をためて、三角座りで泣こう。
そうでないと、あの日の私が報われないじゃないか。
私はマダムを笑顔で見送った。
🧦🧦
《あとがき》
わたしは以前、シンプルブログに『優しいSNSでみんなの幸せを願う』というお話を書きました。
https://simblo.net/u/hdE6XM/post/31656
これが初めての投稿で、真っ先にいいねをくださったのが、靴下屋staffの『お気に入りの靴下とタイツさん( @favoritesocks_ )』でした。
わたしはその日、「いつかこの人の為に物語を書こう」と決めました。
これでわたしの夢が叶いました。ありがとうございました🧦