天賦の才
公開 2025/01/09 08:30
最終更新
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先生・・・国語の教員免許を持っている。
太郎・・・3年B組の生徒1。
花子・・・3年B組の生徒2。
大人・・・サイトウと呼ばれる男。昔は子どもだった。
暗闇から、少年の朗読が聞こえる。
ゆっくりと明転。
教室。
上手側に黒板と教卓。
下手側に机と椅子が点々と並んでいる。
太郎が起立したまま、山月記を音読している。
太郎が朗読中にもかかわらず、先生は黒板に何かを書いている。
太郎、山月記を全て読み終える。
先生 はい、拍手。
生徒たち、ぱらぱらと拍手をする。
花子 (挙手して)はい。
先生 はい、花子さん。
花子 (椅子を引き、立ち上がり)とても面白いお話だなと思いました。
先生 はい、拍手。
生徒たち、ぱらぱらと拍手をする。
太郎 (挙手して)はい。
先生 はい、太郎さん。
太郎 (椅子を引き、立ち上がり)難しくてよく分かりませんでした。
先生 はい、拍手。
生徒たち、ぱらぱらと拍手をする。
大人 (挙手して)はい。
ひとりだけ大人が混ざっている。
間。
大人 (挙手して)はい。
先生 ・・・。
大人 はい。(自ら立ち上がって)どうしてなのかなって思いました。
先生 え。
大人 どうしてぇ、先生は、僕たちが子どもだった頃に、「これはよく読んだ方がいいよ」って、教えてくれなかったのかなって。
先生 サイトウくん?サイトウくんなの?
大人 あ、はい。
先生 あの、ネコババをうやむやにした?
大人 はい。
先生 学級会で、頑なにネコババを認めなかった?
大人 はい。覚えてますか?
先生 サイトウくん。
大人 先生。
二人、熱い抱擁を交わす。
先生 サイトウくん。どうして、ここに。
大人 それはぁ、最近、たまたま読む機会があったんですよ、『山月記』。SNSで流れてきて。そしたらぁ、めちゃくちゃ面白くて。大人になってから読むと、めちゃくちゃ刺さって、『山月記』。
先生 サイトウくん。
大人 あ、これ、人生に必要なやつだぁって。あの頃、知りたかったわー、って。先生、何で教えてくれなかったんだよー、って。
先生 サイトウくん。
大人 先生が泣きながら、床に倒れ込んで、「これは人生に大切だよ」って言ってくれてたら、真面目に読んだのに。
先生 サイトウくん。
大人 自分には才能があるって、思い込んでしまったばっかりに。後戻りも出来ず、先の見えない将来に怯える、つまらない大人になりました。
先生 サイトウくん。
大人 先生。
二人、熱い抱擁を交わす。
大人 大人になった今、マッチングアプリにハマっています。
花子と太郎、黒板を見つめたまま。
先生 でもね、でもね、サイトウくん。才能がないのは、先生のせいじゃないわ。
大人 ギクッ。
先生 才能がないのは、義務教育とは関連がないのよ。
大人 先生。
花子 (挙手して)先生。
先生 はい、花子さん。
花子 (椅子を引き、立ち上がり)私も才能がないのは、自分のせいだと思います。
大人 やめて。
太郎 (挙手して)先生。
先生 はい、太郎さん。
太郎 (椅子を引き、立ち上がり)僕はちょっと可哀想だなと思いました。
大人 やめて。
先生 先生はこう思うな。才能があると思い込・・・。
大人 やめてください。
花子、いつの間にか大人の左隣に居る。
花子 (大人のズボンを裾を引っ張り)ねぇ、ねぇ。
大人 なぁに、花子さん。
花子 大切にした方がいいよ、彼女。
大人 ギクッ。
花子 どうせヒモなんでしょ。彼女にご飯、食べさせてもらってるんでしょ。なのに、マッチングアプリだなんて。
太郎 僕も花子さんの意見に賛成です。
太郎、いつの間にか大人の右隣に居る。
先生 (教卓から)先生はこう思うな。才能がない者同士が・・・。
大人 やめてください。
大人、その場にしゃがみ込んで、わんわん泣く。
先生は教卓から降り、大人を見つめている。
花子と太郎、いつの間にか先生の両隣に居る。
花子と太郎は、先生のスカートの裾を持ち、先生の後ろに隠れている。
先生と花子、目を見合わせる。
先生と太郎、目を見合わせる。
先生、サンダルをぱたんぱたんと響かせながら、大人へ歩み寄る。
先生、大人の背中をさする。
先生 サイトウくん。
大人 (泣いている)
先生 才能、あってもなくても、いいじゃない。
大人 (すすり泣いている)
先生 あってもなくても、生きていくしかないじゃない、才能。
間。
先生 先生はこう思うな。才能って、いくつかの要素があると思うの。生まれつき秀でてる才能ばかり目につきやすいけど、ひとつのことを実直に続けられる、生きていくことを諦めない、それだって才能だと思うな。
花子と太郎、先生の方角をぼんやり見つめている。
先生 先生もね、昔は小説家になりたかったけど、惰性で国語の先生をやっています。
大人、いつの間にか泣きやんでいる。
先生 サイトウくん。
大人 先生。
二人、熱い抱擁を交わす。
花子と太郎、ぱらぱらと拍手をする。
先生 では、39ページを開いて。
生徒たち、自席に戻る。
太郎、起立して、教科書を朗読する。
街の雑踏が聞こえる。
朝の通勤の音である。
暗転。
▼参考文献:
『山月記』(青空文庫)
https://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/624_14544.html
🐈🐈
太郎・・・3年B組の生徒1。
花子・・・3年B組の生徒2。
大人・・・サイトウと呼ばれる男。昔は子どもだった。
暗闇から、少年の朗読が聞こえる。
ゆっくりと明転。
教室。
上手側に黒板と教卓。
下手側に机と椅子が点々と並んでいる。
太郎が起立したまま、山月記を音読している。
太郎が朗読中にもかかわらず、先生は黒板に何かを書いている。
太郎、山月記を全て読み終える。
先生 はい、拍手。
生徒たち、ぱらぱらと拍手をする。
花子 (挙手して)はい。
先生 はい、花子さん。
花子 (椅子を引き、立ち上がり)とても面白いお話だなと思いました。
先生 はい、拍手。
生徒たち、ぱらぱらと拍手をする。
太郎 (挙手して)はい。
先生 はい、太郎さん。
太郎 (椅子を引き、立ち上がり)難しくてよく分かりませんでした。
先生 はい、拍手。
生徒たち、ぱらぱらと拍手をする。
大人 (挙手して)はい。
ひとりだけ大人が混ざっている。
間。
大人 (挙手して)はい。
先生 ・・・。
大人 はい。(自ら立ち上がって)どうしてなのかなって思いました。
先生 え。
大人 どうしてぇ、先生は、僕たちが子どもだった頃に、「これはよく読んだ方がいいよ」って、教えてくれなかったのかなって。
先生 サイトウくん?サイトウくんなの?
大人 あ、はい。
先生 あの、ネコババをうやむやにした?
大人 はい。
先生 学級会で、頑なにネコババを認めなかった?
大人 はい。覚えてますか?
先生 サイトウくん。
大人 先生。
二人、熱い抱擁を交わす。
先生 サイトウくん。どうして、ここに。
大人 それはぁ、最近、たまたま読む機会があったんですよ、『山月記』。SNSで流れてきて。そしたらぁ、めちゃくちゃ面白くて。大人になってから読むと、めちゃくちゃ刺さって、『山月記』。
先生 サイトウくん。
大人 あ、これ、人生に必要なやつだぁって。あの頃、知りたかったわー、って。先生、何で教えてくれなかったんだよー、って。
先生 サイトウくん。
大人 先生が泣きながら、床に倒れ込んで、「これは人生に大切だよ」って言ってくれてたら、真面目に読んだのに。
先生 サイトウくん。
大人 自分には才能があるって、思い込んでしまったばっかりに。後戻りも出来ず、先の見えない将来に怯える、つまらない大人になりました。
先生 サイトウくん。
大人 先生。
二人、熱い抱擁を交わす。
大人 大人になった今、マッチングアプリにハマっています。
花子と太郎、黒板を見つめたまま。
先生 でもね、でもね、サイトウくん。才能がないのは、先生のせいじゃないわ。
大人 ギクッ。
先生 才能がないのは、義務教育とは関連がないのよ。
大人 先生。
花子 (挙手して)先生。
先生 はい、花子さん。
花子 (椅子を引き、立ち上がり)私も才能がないのは、自分のせいだと思います。
大人 やめて。
太郎 (挙手して)先生。
先生 はい、太郎さん。
太郎 (椅子を引き、立ち上がり)僕はちょっと可哀想だなと思いました。
大人 やめて。
先生 先生はこう思うな。才能があると思い込・・・。
大人 やめてください。
花子、いつの間にか大人の左隣に居る。
花子 (大人のズボンを裾を引っ張り)ねぇ、ねぇ。
大人 なぁに、花子さん。
花子 大切にした方がいいよ、彼女。
大人 ギクッ。
花子 どうせヒモなんでしょ。彼女にご飯、食べさせてもらってるんでしょ。なのに、マッチングアプリだなんて。
太郎 僕も花子さんの意見に賛成です。
太郎、いつの間にか大人の右隣に居る。
先生 (教卓から)先生はこう思うな。才能がない者同士が・・・。
大人 やめてください。
大人、その場にしゃがみ込んで、わんわん泣く。
先生は教卓から降り、大人を見つめている。
花子と太郎、いつの間にか先生の両隣に居る。
花子と太郎は、先生のスカートの裾を持ち、先生の後ろに隠れている。
先生と花子、目を見合わせる。
先生と太郎、目を見合わせる。
先生、サンダルをぱたんぱたんと響かせながら、大人へ歩み寄る。
先生、大人の背中をさする。
先生 サイトウくん。
大人 (泣いている)
先生 才能、あってもなくても、いいじゃない。
大人 (すすり泣いている)
先生 あってもなくても、生きていくしかないじゃない、才能。
間。
先生 先生はこう思うな。才能って、いくつかの要素があると思うの。生まれつき秀でてる才能ばかり目につきやすいけど、ひとつのことを実直に続けられる、生きていくことを諦めない、それだって才能だと思うな。
花子と太郎、先生の方角をぼんやり見つめている。
先生 先生もね、昔は小説家になりたかったけど、惰性で国語の先生をやっています。
大人、いつの間にか泣きやんでいる。
先生 サイトウくん。
大人 先生。
二人、熱い抱擁を交わす。
花子と太郎、ぱらぱらと拍手をする。
先生 では、39ページを開いて。
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