説明台詞
公開 2025/01/09 08:25
最終更新
2025/01/09 08:25
●登場人物
A・・・女。
B・・・男。
明転すると男女が向かい合って座っている。
真っ白な背景に真っ白な箱が三つ。
一つをテーブル、残りは椅子として使っている。
テーブルには何も置かれていない。
B 乾杯。
B、マイムでグラスのビールを飲み干す。
A、俯いたまま、Bの話を聞いている。
B ごめんね。記念日なのに、いつもの居酒屋で。
A、俯いたまま、Bの話を聞いている。
B ここの焼き鳥、好きだって言ってたよね。
A ・・・。
B 付き合って、9年目か。早いね。大学の新歓コンパで、ここで、この席で隣り同士になって。たまたま同じ日に、同じバンドのライブ観に行ってて。
A ねぇ。
B そんな偶然あるんだって、盛り上がって。
A ねぇ。
B 盛り上がっちゃって、鶯谷行って。
A ねぇ、やめてよ。
B 何だよ、今さら。初心(うぶ)な関係じゃあるまいし。
A ねぇ、やめてよ。説明台詞。
間。
A やめてよ、説明台詞。説明なんかしないで。
B せ・・・。
A 説明台詞、しないで。何でよ。どうして説明台詞するの。説明しないと不安なの?伝わらなかったらどうだっていうの?
B せ。
A どうして「(真似して)ごめんね。記念日なのに、いつもの居酒屋で。」なんて言うの。冒頭で『ここは居酒屋です』って場所を説明したいの?
B せつ。
A あと、それ。(ビールを飲み干すマイムを真似して)あんた、こうやったね。居酒屋でビールっつたらジョッキだろ。だけど(ジョッキの)取っ手を持つ動作だけで伝わるか不安だったんだろ。だからグラスにしたろ。
B せっ。
A だったら、(マイムでグラスを手に取り)これは?透明なガラス製でしたか?銅製のビアマグでしたか?グラスに汗かいてましたか?中身はアサヒ?キリン?そこまで説明してよ。説明台詞。
B せっ。
A 説明台詞。
Bが口を開くと、Aが被せるように「説明台詞」と言う。
俳優は気の済むまで、これを繰り返す。
A 説明台詞、しないで。
B 説明させてよ。
A いい?(椅子として座っていた箱の座面を叩きながら)この、硬い椅子。この、座り心地の悪い、背もたれが直角の、硬い椅子がある居酒屋っていったら、あの居酒屋しかないじゃん。何でよ。もっと信頼してよ、想像力を。あの居酒屋じゃない居酒屋を想像したっていいじゃない。それぞれの居酒屋をさ、思い浮かべてもらおうよ。どうして説明台詞するの?
B それって、演技論ってこと?
A やめてよ。
B スタニスラフスキー・システムってこと?
A やめてよ。
B そりゃあ、僕だって、シェイクスピアとかチェーホフとか、テネシー・ウィリアムスを読んで勉強してるよ。
A 全員、死んでるじゃん!
B サミュエル・ベケット。
A 全員、死んでるじゃん。何でよ。生きてる劇作家の戯曲を読んでよ。生きてる人の、生きてる言葉から学んでよ。全員、死んでるじゃん!全員、・・・え、何?
A、テーブルだったはずの箱に、引き出しがあることに気付く。
引き出しを開けると、白い紙が出てくる。
A、両手で紙を広げてみる。
A 何これ。
B、紙を覗き込み、読み上げる。
B 『ごめんね。記念日なのに、いつもの居酒屋で。』
A やめてよ。
白い背景に、黒い太字のゴシック体で「A」「B」と投影される。
女の頭の上に「A」、男の頭の上に「B」が配置されている。
A (頭の上を振り払って)やめてよ。
B やめてよ。
A やめてよ。私、名前あるから。名も無き「A」じゃないから。
B やめてよ。
A 何よ。
B やめて、「よ」。随分、女らしいんだね。今日は。
A やめてよ。
B それは『女性の登場人物』の説明?
A やめて。
B 男女が登場するなら、恋人同士の設定が分かりやすいか。
A やめて。
B いいじゃない。説明台詞。分かりやすくして何が悪いの。台詞は伝える為にあるんでしょう。伝わらなかったら意味がないじゃない。そんなの一人芝居だよ。
Bが長台詞を喋っていると、だんだん地明かりが消え、Bはスポットライトにゆっくり照らされていく。
A やめて。お願いだから、やめて。説明台詞。
気がつくと、居酒屋のSEが流れ始める。
人々の笑い声。食器が重なる音。
地明かりが再び明るくなると同時に、見知らぬ人々が舞台に上がってくる。
舞台袖だけでなく、観客席から舞台に上がってくる者も居る。
見知らぬ大勢が空間を創っていく。
紺色の前掛けをつけた店員が、ビールジョッキを4杯抱え、狭い通路を歩いていく。
店員を呼んで注文をする大学生の団体。
酔い潰れて老害を撒き散らす上司。
トイレに立ち上がると同時にジョッキを倒す男性。
雑踏に気を取られているうちに、舞台上に居酒屋のセットが出来上がっている。
マイムで食事をしていたはずが、テーブルには出来立ての料理が並んでいる。
Bは、何事もなかったかのように、焼き鳥(ねぎま、タレ)を頬張っている。
B ごめんね。記念日なのに、いつもの居酒屋で。
A いいのよ。私、ここの焼き鳥が好きだから。
B 君はいつもそう言うね。
A 出会った日から言ってるわ。9年前からよ。
B ごめんね。僕が不甲斐ないばっかりに。
A いいのよ。貴方がロックスターになるまで、私が支えるって決めたんだから。
B 話が、あるんだ。
A やめて。悪い予感がするわ。
B いいや、聞いてくれ。今夜、この店に呼び出したのには訳がある。この、二人の思い出の店にね。
A そうよ。二人が出会ったこの場所。忘れやしないわ。
ゆっくりと暗転。
🐈🐈
A・・・女。
B・・・男。
明転すると男女が向かい合って座っている。
真っ白な背景に真っ白な箱が三つ。
一つをテーブル、残りは椅子として使っている。
テーブルには何も置かれていない。
B 乾杯。
B、マイムでグラスのビールを飲み干す。
A、俯いたまま、Bの話を聞いている。
B ごめんね。記念日なのに、いつもの居酒屋で。
A、俯いたまま、Bの話を聞いている。
B ここの焼き鳥、好きだって言ってたよね。
A ・・・。
B 付き合って、9年目か。早いね。大学の新歓コンパで、ここで、この席で隣り同士になって。たまたま同じ日に、同じバンドのライブ観に行ってて。
A ねぇ。
B そんな偶然あるんだって、盛り上がって。
A ねぇ。
B 盛り上がっちゃって、鶯谷行って。
A ねぇ、やめてよ。
B 何だよ、今さら。初心(うぶ)な関係じゃあるまいし。
A ねぇ、やめてよ。説明台詞。
間。
A やめてよ、説明台詞。説明なんかしないで。
B せ・・・。
A 説明台詞、しないで。何でよ。どうして説明台詞するの。説明しないと不安なの?伝わらなかったらどうだっていうの?
B せ。
A どうして「(真似して)ごめんね。記念日なのに、いつもの居酒屋で。」なんて言うの。冒頭で『ここは居酒屋です』って場所を説明したいの?
B せつ。
A あと、それ。(ビールを飲み干すマイムを真似して)あんた、こうやったね。居酒屋でビールっつたらジョッキだろ。だけど(ジョッキの)取っ手を持つ動作だけで伝わるか不安だったんだろ。だからグラスにしたろ。
B せっ。
A だったら、(マイムでグラスを手に取り)これは?透明なガラス製でしたか?銅製のビアマグでしたか?グラスに汗かいてましたか?中身はアサヒ?キリン?そこまで説明してよ。説明台詞。
B せっ。
A 説明台詞。
Bが口を開くと、Aが被せるように「説明台詞」と言う。
俳優は気の済むまで、これを繰り返す。
A 説明台詞、しないで。
B 説明させてよ。
A いい?(椅子として座っていた箱の座面を叩きながら)この、硬い椅子。この、座り心地の悪い、背もたれが直角の、硬い椅子がある居酒屋っていったら、あの居酒屋しかないじゃん。何でよ。もっと信頼してよ、想像力を。あの居酒屋じゃない居酒屋を想像したっていいじゃない。それぞれの居酒屋をさ、思い浮かべてもらおうよ。どうして説明台詞するの?
B それって、演技論ってこと?
A やめてよ。
B スタニスラフスキー・システムってこと?
A やめてよ。
B そりゃあ、僕だって、シェイクスピアとかチェーホフとか、テネシー・ウィリアムスを読んで勉強してるよ。
A 全員、死んでるじゃん!
B サミュエル・ベケット。
A 全員、死んでるじゃん。何でよ。生きてる劇作家の戯曲を読んでよ。生きてる人の、生きてる言葉から学んでよ。全員、死んでるじゃん!全員、・・・え、何?
A、テーブルだったはずの箱に、引き出しがあることに気付く。
引き出しを開けると、白い紙が出てくる。
A、両手で紙を広げてみる。
A 何これ。
B、紙を覗き込み、読み上げる。
B 『ごめんね。記念日なのに、いつもの居酒屋で。』
A やめてよ。
白い背景に、黒い太字のゴシック体で「A」「B」と投影される。
女の頭の上に「A」、男の頭の上に「B」が配置されている。
A (頭の上を振り払って)やめてよ。
B やめてよ。
A やめてよ。私、名前あるから。名も無き「A」じゃないから。
B やめてよ。
A 何よ。
B やめて、「よ」。随分、女らしいんだね。今日は。
A やめてよ。
B それは『女性の登場人物』の説明?
A やめて。
B 男女が登場するなら、恋人同士の設定が分かりやすいか。
A やめて。
B いいじゃない。説明台詞。分かりやすくして何が悪いの。台詞は伝える為にあるんでしょう。伝わらなかったら意味がないじゃない。そんなの一人芝居だよ。
Bが長台詞を喋っていると、だんだん地明かりが消え、Bはスポットライトにゆっくり照らされていく。
A やめて。お願いだから、やめて。説明台詞。
気がつくと、居酒屋のSEが流れ始める。
人々の笑い声。食器が重なる音。
地明かりが再び明るくなると同時に、見知らぬ人々が舞台に上がってくる。
舞台袖だけでなく、観客席から舞台に上がってくる者も居る。
見知らぬ大勢が空間を創っていく。
紺色の前掛けをつけた店員が、ビールジョッキを4杯抱え、狭い通路を歩いていく。
店員を呼んで注文をする大学生の団体。
酔い潰れて老害を撒き散らす上司。
トイレに立ち上がると同時にジョッキを倒す男性。
雑踏に気を取られているうちに、舞台上に居酒屋のセットが出来上がっている。
マイムで食事をしていたはずが、テーブルには出来立ての料理が並んでいる。
Bは、何事もなかったかのように、焼き鳥(ねぎま、タレ)を頬張っている。
B ごめんね。記念日なのに、いつもの居酒屋で。
A いいのよ。私、ここの焼き鳥が好きだから。
B 君はいつもそう言うね。
A 出会った日から言ってるわ。9年前からよ。
B ごめんね。僕が不甲斐ないばっかりに。
A いいのよ。貴方がロックスターになるまで、私が支えるって決めたんだから。
B 話が、あるんだ。
A やめて。悪い予感がするわ。
B いいや、聞いてくれ。今夜、この店に呼び出したのには訳がある。この、二人の思い出の店にね。
A そうよ。二人が出会ったこの場所。忘れやしないわ。
ゆっくりと暗転。
🐈🐈