星降る銀色世界
公開 2026/07/19 13:46
最終更新
-
(空白)
それは必然だったのか、それとも偶然だったのか。どうしてこの世界が対象となったのか、それを知る者はいない。けれど太陽が壊れて、空が死んだこの世界には夜藍(よぞら)が広がっていた。命が生まれなくなって、巨大な氷が水晶と呼ばれる頃にはすべての文化が崩壊していた。
水晶が命の代わりとなって声を得た時、はじまりの世界の観測者はこの世界を認識した。しかしその後の行方は分からないままで、探す者は誰一人いなかった。
澄んだ空気と白い花畑に包まれて、仰向けに倒れていた青年は目を覚ました。夜藍が広がって星や月が綺麗に見えるが、たまに星は流れていった。起きて立ち上がった青年は花畑に侵食された巨大建築の埋もれた破片を見て、ここまでやってきたのか、と思った。
星降る銀色世界、この世界はそう呼ばれている。青年が目覚めたのは少し前のことだった。けれど少し前と言っても、多くの世界においてはいつのことなのか分からなかった。青年の手には本が握られていて、『観測』という言葉が頭に響いた以外、何もわからなかった。しかし夜藍と海の境界線が無くなっていたことで、足が水に気づかずに触れてしまった時、蝶がいた。すると本は淡い光を放ったがすぐに消えた。その本を開いてみると最初の頁に『星降る銀色世界』、次の頁に「星の海に浮かぶ蝶」の説明が書かれていた。
星の海に浮かぶ蝶
その蝶には願いを叶える力がある。多くの世界において確認されているが、出現率はかなり稀で、夜と海の境界線が無くなった瞬間に蝶は現れる。その条件はかなり厳しいとされ、少しの明かりでも蝶は現れない。
また願いを叶えた後も問題であり、気づかぬうちに代償を払っている状態となっている。その代償として選ばれるのはその人にとって一番大切なものとされている。しかしその一番大切なものとして選ばれる対象に、無意識化のものまで反映されてしまうため、その人が感じているものと違うものが支払われる可能性がある。
この蝶の生まれは『星降る銀色世界』と言われているが、誰が生み出したのかは不明である。
青年がそれを読んだ時、蝶は本に止まっていた。淡い水色の光を放ってゆっくりと羽を動かしていた。この本に書かれている内容が本当ならこの蝶は願いを叶える。けれど青年には叶えたい願いはなかった。目覚めてから何不自由なくこの『星降る銀色世界』を歩いてきた。それまでに願いと呼べるようなものはなかった。
しかし蝶はその光を強くして青年を包み込み、彼の瞳に蝶の影を映して消えていなくなった。無意識化に存在していた願いを叶えて、無意識化にあった代償を払ったということなのだろうか。青年には理解できず、何が失われたのか分からなかった。
それから青年はこの「星降る銀色世界」を歩き続けていた。本は勝手に頁を開いて書かれていたが、ところどころこの世界ではありえない事象が記されていた。そのたびに光に反射して見える蝶が、この世界以外のすべてを見せてくれた。豊かな自然に囲まれた世界、噴火の影響で溶岩の海にのまれた世界、魔法と呼ばれる技術が発達している世界、様々な世界を蝶は飛び回り、青年はそこから『観測』して本に書き留めていた。
ここは建物の崩落、錆びつくはずの鉄は白い光に包まれて花が咲いている。地面を覆い尽くした白い花は道を作らない。青年の踏み荒らしてしまった花はすぐに再生して元に戻っていた。多くの場所がその白い花と水晶で埋め尽くされた世界で、青年は願いを求め続けた。あの日、何を願って代償として支払ったのか、理解できないまま歩んできた。
ただ増え続ける頁の中でも最後だけは必ず同じものがあった。それは蝶が消えた時、無意識化の願いが叶ってしまった時に記されたものだった。
《君の記憶はこの世界には存在しない
君の記憶はこの星には存在しない
君の記憶はこの修正には存在しない》
そう書かれていた。しかし青年には記憶を失ったという感覚がなかった。違和感がないように蝶が持っていった可能性もあったが、そうだとしても青年は不思議に思っていた。もっとも一番は“修正”の言葉の意味だった。そのまま取っても意味不明で、本当なら“君の記憶は修正される所が存在しない”になるはずだが、そうならないのは何故なのか。
ただ「星の海に浮かぶ蝶」が『観測』の対象となる世界を映すようになって、“修正”の言葉は少しばかり見るようになった。そこには青年と同様に本を持って何かを書き記す者達がいた。
しかしある世界だけは蝶が弾かれて渡ることが出来なかった。それは一瞬の十字架と勾玉、砂時計が映ってすぐに弾かれた。ただ少女が映ったある時だけ蝶は受け止められた。けれど黒い影が映った瞬間にその世界は『観測』出来なくなった。
ある世界のはじまり、「水晶世界」から分岐したと思われる「星降る銀色世界」は青年の目覚めを待っていたかのように「星の海に浮かぶ蝶」は近づいた。あの本は何も書かれていない新品だった。白紙の本とは違って彼の進む道は「―――」に支配されていなかった。だから蝶はあの世界を見ることが出来ず、彼は〈―――〉を知ることが出来なかった。
この世界はすでに願いを果たした。だから影響を受けることはない。けれど代わりに彼は『記録者』となった。あの者の遺志を継ぐ、「世界を観測する者」として、蝶とともに。
それは必然だったのか、それとも偶然だったのか。どうしてこの世界が対象となったのか、それを知る者はいない。けれど太陽が壊れて、空が死んだこの世界には夜藍(よぞら)が広がっていた。命が生まれなくなって、巨大な氷が水晶と呼ばれる頃にはすべての文化が崩壊していた。
水晶が命の代わりとなって声を得た時、はじまりの世界の観測者はこの世界を認識した。しかしその後の行方は分からないままで、探す者は誰一人いなかった。
澄んだ空気と白い花畑に包まれて、仰向けに倒れていた青年は目を覚ました。夜藍が広がって星や月が綺麗に見えるが、たまに星は流れていった。起きて立ち上がった青年は花畑に侵食された巨大建築の埋もれた破片を見て、ここまでやってきたのか、と思った。
星降る銀色世界、この世界はそう呼ばれている。青年が目覚めたのは少し前のことだった。けれど少し前と言っても、多くの世界においてはいつのことなのか分からなかった。青年の手には本が握られていて、『観測』という言葉が頭に響いた以外、何もわからなかった。しかし夜藍と海の境界線が無くなっていたことで、足が水に気づかずに触れてしまった時、蝶がいた。すると本は淡い光を放ったがすぐに消えた。その本を開いてみると最初の頁に『星降る銀色世界』、次の頁に「星の海に浮かぶ蝶」の説明が書かれていた。
星の海に浮かぶ蝶
その蝶には願いを叶える力がある。多くの世界において確認されているが、出現率はかなり稀で、夜と海の境界線が無くなった瞬間に蝶は現れる。その条件はかなり厳しいとされ、少しの明かりでも蝶は現れない。
また願いを叶えた後も問題であり、気づかぬうちに代償を払っている状態となっている。その代償として選ばれるのはその人にとって一番大切なものとされている。しかしその一番大切なものとして選ばれる対象に、無意識化のものまで反映されてしまうため、その人が感じているものと違うものが支払われる可能性がある。
この蝶の生まれは『星降る銀色世界』と言われているが、誰が生み出したのかは不明である。
青年がそれを読んだ時、蝶は本に止まっていた。淡い水色の光を放ってゆっくりと羽を動かしていた。この本に書かれている内容が本当ならこの蝶は願いを叶える。けれど青年には叶えたい願いはなかった。目覚めてから何不自由なくこの『星降る銀色世界』を歩いてきた。それまでに願いと呼べるようなものはなかった。
しかし蝶はその光を強くして青年を包み込み、彼の瞳に蝶の影を映して消えていなくなった。無意識化に存在していた願いを叶えて、無意識化にあった代償を払ったということなのだろうか。青年には理解できず、何が失われたのか分からなかった。
それから青年はこの「星降る銀色世界」を歩き続けていた。本は勝手に頁を開いて書かれていたが、ところどころこの世界ではありえない事象が記されていた。そのたびに光に反射して見える蝶が、この世界以外のすべてを見せてくれた。豊かな自然に囲まれた世界、噴火の影響で溶岩の海にのまれた世界、魔法と呼ばれる技術が発達している世界、様々な世界を蝶は飛び回り、青年はそこから『観測』して本に書き留めていた。
ここは建物の崩落、錆びつくはずの鉄は白い光に包まれて花が咲いている。地面を覆い尽くした白い花は道を作らない。青年の踏み荒らしてしまった花はすぐに再生して元に戻っていた。多くの場所がその白い花と水晶で埋め尽くされた世界で、青年は願いを求め続けた。あの日、何を願って代償として支払ったのか、理解できないまま歩んできた。
ただ増え続ける頁の中でも最後だけは必ず同じものがあった。それは蝶が消えた時、無意識化の願いが叶ってしまった時に記されたものだった。
《君の記憶はこの世界には存在しない
君の記憶はこの星には存在しない
君の記憶はこの修正には存在しない》
そう書かれていた。しかし青年には記憶を失ったという感覚がなかった。違和感がないように蝶が持っていった可能性もあったが、そうだとしても青年は不思議に思っていた。もっとも一番は“修正”の言葉の意味だった。そのまま取っても意味不明で、本当なら“君の記憶は修正される所が存在しない”になるはずだが、そうならないのは何故なのか。
ただ「星の海に浮かぶ蝶」が『観測』の対象となる世界を映すようになって、“修正”の言葉は少しばかり見るようになった。そこには青年と同様に本を持って何かを書き記す者達がいた。
しかしある世界だけは蝶が弾かれて渡ることが出来なかった。それは一瞬の十字架と勾玉、砂時計が映ってすぐに弾かれた。ただ少女が映ったある時だけ蝶は受け止められた。けれど黒い影が映った瞬間にその世界は『観測』出来なくなった。
ある世界のはじまり、「水晶世界」から分岐したと思われる「星降る銀色世界」は青年の目覚めを待っていたかのように「星の海に浮かぶ蝶」は近づいた。あの本は何も書かれていない新品だった。白紙の本とは違って彼の進む道は「―――」に支配されていなかった。だから蝶はあの世界を見ることが出来ず、彼は〈―――〉を知ることが出来なかった。
この世界はすでに願いを果たした。だから影響を受けることはない。けれど代わりに彼は『記録者』となった。あの者の遺志を継ぐ、「世界を観測する者」として、蝶とともに。
桜詩凛の読みは「さくらしりん」で、由来は二つ。一つは元から使っていた桜子凛花が長いと思ったため、短くするために「桜」と「凛」を取り、その間に当時から書いていた「詩」をいれたもの。もう一つは『複雑な生き方をする少女』に登場する「さくら、黒蛇、シラ、理夏(りか)、ラナン」の頭文字を取ったものとなってい…
最近の記事
タグ
