空白の時間と忘却の記憶
公開 2026/05/27 12:48
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(空白)
ある世界、七人の賢者
死した次の年、新しく生まれ変わる命
しかしある年、大きな戦争で六人が一気に亡くなり
最後の賢者に仕えていた守護者も命を落とした
まだ賢者になって日の浅い少女は『精霊の呼笛(よびふえ)』と呼ばれていた。精霊の声を聞き、かの者達の力を扱うことが出来る賢者。何度も繰り返した生まれ変わりだが、その少女と精霊達の仲は一番良かった。生まれ変わりとはいえ、記憶は一部を除いて引き継ぐことが出来ず、その一部は力の継承と同じ意味を示していた。
その少女に仕えていた守護者とは精霊同様に仲が良く、彼女が生まれて賢者として覚醒する前からそばにいた。火の精霊は気に入って彼の肩に乗って力を与え、その他の精霊達の姿も見えるようになっていた。精霊の姿を見ることが出来るのは賢者と精霊達が気に入った者達のみであった。
それは数百年、いやそれ以上前に引き起こされた戦争を再現したほど恐ろしいもので、賢者達もこの世界に生きとし生けるすべてを守るために力をふるって、一人、また一人と命を落とした。少女の前にも脅威が現れて精霊達とともに守り続けていた。しかし一撃が少女に向けられて放たれたのを守護者の彼が気づいて、彼女の前に立って貫かれて息を引き取った。その悲しみに少女の精霊の力は暴走し、本来手順を踏まなければ呼ぶことの出来ない闇の精霊が突然現れて、敵を退けるどころか一瞬にして消し去ってしまった。そこに残されたのは泣き崩れる少女と冷たくなった彼の死体だけだった。
それから数年後、少女はお墓の前でしゃがみ込んで目を閉じて祈っていた。六人の賢者は無事、生まれ変わって赤子から成長していると知らせを受けたが、まだその力は覚醒状態ではなかった。急成長する場合もあったが、どの賢者もその傾向は見られず、普通の人間と変わらないようだった。しかし五人の賢者とは面識があって何の力を持っているのか知っていたが。一人だけは知らなくて戦争が起こらなければ会う約束をしていたくらいだった。
そして賢者の知らせとは別にもう一つ封筒が届いた。そこには新たな守護者が生まれたという手紙で、少女はそれを破り捨てた。少女の心は未だあの戦争の中で失った彼を思い続け、次の守護者を受け入れることが出来なかった。
しかしそんなことを知らない者達もまた苦しめられていた。賢者を守護する者、それは祝福でありながら呪いであった。守護者は賢者となる者の近くで、それぞれの力に良好と思われた者が選ばれる。『精霊の呼笛』の場合は精霊に気に入られることで、守護者として認められる。だがその死は二つの選択肢を生み出してしまう。一つは賢者が死ぬことで一緒に死ぬ。こっちは今回の戦争でほとんどの賢者が陥った状態で、彼の命もそこで消えるはずだった。しかしもう一つの選択肢である守護者だけが死ぬ場合、彼が生まれ変わって少女のもとに辿り着く間、その空白の時間を埋めるために無差別に守護者が選ばれる。その場合、選ばれた者は記憶、人格、体すべてを守護者として作り変えられてしまう。少女はその現象を知っており、姿が彼に似ていようとも偽物の守護者を受け入れる気はなかったし、精霊達も嫌っていた。
けれど守護者となった者は賢者の気配を感じ取ることが出来てしまい、とうとう少女を見つけた。その目は濁っていて、彼の目の綺麗な赤色はどこにもなかった。体が彼そっくりに作り変えられて、その声も似ていた。話す言葉が耳障りで少女は火の精霊に燃やしてもらいながら、風の精霊の力を使って空を飛んで、風の赴くままに逃げた。逃走劇は何度も起こっていたが、守護者の呪いと少女と彼の関係を知る者達によって偽物の守護者を敵と見なし、少女とともに戦ってくれるようになった。
ある戦争。再現性のある悲劇
賢者達、力ふるって死に至る
守護者達、守りし同じ場所で
記憶はそこで途切れていた
世界には多くの国が存在している。その中でも賢者の力を頼りに生きている国がある。少年が住んでいる国はもろにそういうものだった。戦争において唯一生き残った『精霊の呼笛』の賢者と交流していた国は守護者がいなくなったことに怯えていた。賢者を守るようにして死亡した彼に対して批判的な意見を漏らす者は多く、少年はどうしてそんなことを言うのだろう、むしろ守護者になって賢者様を守りたい、と思い願うようになった。
そして少年はその願い叶って、守護者の候補性が集まる施設に入って訓練していた。しかしある日、同じ訓練場にいた人物が苦しみ始めて、少年は真実を見てしまった。その人物の体は今までの姿を失って作り変えられ、記憶と人格は死した守護者に似たものになり果てていた。だがその目は濁っていて焦点があっておらず、少年を見ても反応せずにどこか行ってしまった。本来はその現象になる前に隔離されて上官だけが見るはずだったが、突然の変異で隔離が間に合っておらず、一般兵であった少年が見てしまった。
唖然として置き去りにされた少年のもとに、知らない老兵がいた。話を聞くといつもは少年とは別の集団の訓練を任されているが、合同でするということを伝え忘れていたらしい。少年は老兵の後を追って歩き出そうとした時、一瞬で風景が変わって草木に囲まれた道の真ん中に立っていた。「へ?」と驚きをこぼし、老兵は姿を変えて小人となった。ついてきてもらえぬだろうか? と小人の声は少年の頭の中で響き、少年は少々恐怖を覚えながらもついていくと、写真でしか見たことのない『精霊の呼笛』と呼ばれる賢者がいた。
「あっ……あれは」
『わしの主様じゃ』
「え?」
『わしは土の精霊。小人が本来の姿じゃだが、お前さんを連れてくるために老兵に変装したのじゃ』
「土の精霊……でもなんで」
見えているのだろう、と続く前に少年のそばには他の精霊達もいた。おそらく水と風の精霊がいて、賢者の近くには火の精霊がいた。守護者の訓練の一環で精霊の絵は何度も見たが、その絵はあまりにもでたらめすぎるものだった。水と風は人型に近く賢者とさほどと変わらないが、水は人魚のように、風は妖精のような姿をしていた。火は賢者の肩に乗っているとかげで薪に向かって火をはいていた。
『これが気に入った子? 何も知らなそうな顔ね』
『そんなに言わなくても』
『だって……』
『お茶! お茶飲まねぇやつは悲しむぞ』
『うるさい。わかっている。あんたも来なさいな』
少年の姿を見るな否や風の精霊は嫌みをぶつけてきたが、水の精霊や呼びつける火の精霊によって言葉を包み、賢者の方へと行った。少年の足は止まっていたはずだが、気がつけば椅子に座っていて机には紅茶が置かれていた。その正面には賢者が座って周りにはさっきの精霊達が少年を見ていた。
「……紅茶は嫌い?」
「え、あっ、いや……い、いただきます」
温度はちょうどよく、緊張のあまり一気に飲んでしまった。「無理しなくても……」と言っていたが、その声も聞こえていなかった。
「……おいしかったです」
「よかった……」
「……」
「……」
『ちょっと! 黙ってないで』
『シルフ……考え中だとわしは思うんじゃが』
『どう考えても違うでしょ』
『落ち着いて……喧嘩しないで……』
『まったくお前らは』
「……」
「……どうして僕はここに?」
「それは私が連れてきてと頼んだの。ノームが気になった人がいるって聞いたから」
「……」
「でもノームの感じ方は合っていた。あなたなら彼の代わりになれなくても」
『守護者になってくれんかの?』
「えっ? ……でも守護者って……もう」
「あれは穢れた者……私から見えれば守護者じゃない。すぐにでも殺してしまいたいほどに。彼を踏み躙(にじ)っている感じがして嫌い」
「あの……さっきから彼って」
「彼は私の守護者……あの戦争で命を落とした大切な人。息絶える前、もう一度会える、と約束してくれたから。私は……彼しか」
『でもお前は例外として認められた。だからといって彼の代わりになろうとするな。彼女はそれを求めてはいない。お前はただ守っていればいい』
『あ、あと……裏切らないで。彼女と私達精霊を』
「……僕は……やります。剣の実力なんてまだまだだけど、力になれることは何だって」
「ありがとう」
賢者は小さく呟いて少年に感謝を述べた。少年は重い責任を背負ったというより長年の願いが叶ったことに嬉しくて、それを悟られない程度に喜んでいた。しかし土の精霊はそれに気づいており、剣の稽古しかり多くの試練を与えなければならないと思っていた。
少女は土の精霊を通して少年の成長を感じていた。偽物の守護者の襲撃はあるものの、その前に味方となってくれる者達の協力により撃退して、少女が住む家まで襲われることはなかった。それでも少しずつ押され始めているのには気づいていて、この場所も長くは住めないことを少女は感じていた。風や土の精霊の力を借りて遠くの地を見てもらい、協力者達との会話でかつてある賢者が使っていた家に向かうことにした。
どうにか偽物の守護者に悟られずに辿り着いたものの、その場所は山と並ぶほどの高い位置にあったため、その他の家を建てるとなると少しばかり困難になっていた。どうにか家を建てて住み始めた頃、本格的に少年への訓練が土の精霊によって開始された。小人から老兵の姿となって剣を重点的に稽古を重ねつつ、その他の武器も少しずつ慣れるように手ほどきをしていた。しかし少年の剣は振ることが出来ても、その重心はどこにもなかった。ただ振っているだけの状態で守護者と呼ぶにはあまりにも不十分すぎた。
それを見に来た火の精霊は肩に乗る程度の大きさから地を這う巨大なとかげの姿へと変わっていた。厄介な偽物の守護者が現れた時はいつもその大きさになっていたが、少年と出会ってからまだ一度も少女の肩から降りてなかった。だから少年はその姿に驚いたが、『気にするな、続けろ』と言われ、目に映りながらも剣を振り続けていた。
殺伐と平穏が続く日々
交わした約束は少しずつ近づき
生み落とされた命は花開く
やがて終わりを迎える
協力者達とともに偽物の守護者退治を繰り返していた日々の中で、疲弊していた少女のところに喜ばしい知らせが来たのはある年の秋のことだった。その付近で生まれた赤子に彼が持っていた守護者の印があって、それが生まれ変わりの合図であることは少女が一番理解していた。少女がその赤子を抱えると印が強く光り出して浮かび上がったかと思えば、急成長して死ぬ前の彼の姿になっていた。その瞳は赤く染まった彼そのものであり、少女の姿をはっきりと視認すると彼女を抱き寄せて「帰ってきたよ」と言った。
少年がそれを知ったのはその日の夕方くらいで、それまではいつもの土の精霊による稽古を行っていた。しかし土の精霊も彼の存在に気づいて少しそわそわしていた。少年は気も止めず稽古に励んでいたが、たまに覗きに来ていた火の精霊に呼ばれていつの間にかいなくなっていた。どこに行ったのだろう、と思いながら続けていると精霊達とともに少女が戻ってきた。しかしそこには少女の言う彼の姿があって、もう自分自身は求められていないのだろう、と悟ってしまった。だがそれと同時に何かが欠けている気がした。
「君が彼女を守ってくれていたんだね」
そう彼に声をかけられたのかもしれない。けれど少年には届かず、固まっているだけだった。
あれから少年は精霊達が気をかけてくれるものの、あの日何かが欠けてしまったのをずっと考えていた。少女は彼と仲良くしているが、その内容はいつだって偽物の守護者に関することばかりだった。詳しいことは聞いたのかもしれないが、少年の頭にはあまり残っていなかった。
賢者のもとに再び守護者が戻ったことで、作り変えられた偽物の守護者は完全な不要品となった。この場合となった時、本物以外の守護者は化け物として処理される。しかしあの偽物の守護者は長い間、賢者とその仲間達との戦闘により高度な技術を得てしまったがために、簡単に殺すことが出来なくなっていた。本物と偽物の守護者が相対した時、普通なら本物が勝利するはずだが、この場合どうなるか分からない。
その切り札として少年が選ばれたが、突然の再会によりまだ心が落ち着いていないから、と思って、少女は話しかけられなくなっていた。
しかしそんな時間などなく偽物の守護者は現れた。その姿はかろうじて人の姿を保っているが、彼が生まれ変わり本物の守護者が帰ってきたことでその形は崩れ始めていた。完全な化け物になれずに苦しみ続け、その原因を解決しようと襲いかかってきた。
「コロス コロス コッチ ガ ホンモノ ダカラ」
その言葉は少しずつ人の声から外れて壊れていた。彼はその姿を見て近寄り、その後を追って火の精霊が巨大なとかげとなって歩いていた。彼に火の精霊は力を貸し、引き抜いた剣には炎が纏っていた。一発で仕留める、そう考えて、偽物の守護者は切られてその箇所から炎が溢れ出して燃やし尽くした。しかしかすかに声がして彼は距離を取った。燃えながら偽物の守護者は動いていた。その姿はもう人の形を保ってはいなかった。
「……わかっていたことだが」
『こりゃ……面倒なことになった』
『……こっちは大丈夫』
『準備完了だから! 二人とも下がってて!』
彼と火の精霊が少し焦りを見せていると、少女の近くにいた水と風の精霊が呼びかけた。その呼びかけに二人は下がり、偽物の守護者は速くないものの追いかけていた。
「眠りを妨げることをお許しください。闇より来たり奈落の精霊よ。どうか私に力を貸して」
そう言いながら机には大量のお菓子が置かれていた。闇の精霊は眠りを妨げられるとどんなものでもキレてしまうのだが、お菓子だけは大好物故に許してしまうのだった。呼び出された闇の精霊は少女の姿を見て何も言わないが、お菓子の中にマカロンがあって顔からすぐに喜んでいるのが見えた。
『あの化け物……落とせばいい?』
「はい」
『お菓子……全部ちょうだい』
「はい」
『じゃあ、やる』
闇の精霊は黒い幽霊と表現するのが一番いいかもしれない。幼い少女の幽霊の姿をしているが、その力は四大精霊の力をもってしても勝つことが出来ない暗闇を持ち、それは永遠の奈落を意味していた。化け物になり果てた偽物の守護者の影が、避けようとするすべての足場が穴となって広がった時、吸い込まれるかのように落ちていった。穴のふちを掴もうとした手をすり抜けて、化け物の声という音が消えたことを確認すると、闇の精霊は暗闇の穴を閉じた。役目を終えると机に置いてあったマカロンを手に取って美味しそうに食べていた。
あの日、何かが欠けた
あの日、失ったものは
あの日、世界の記録は
あの日、すでに壊れていた
少年は偽物の守護者討伐戦に参加していたが、切り札と言われながらも結局のところは闇の精霊の力によって終わってしまった。それを目の当たりにしていた時、欠けていた何かが埋まった気がした。
あの戦争の時、少女以外の賢者は亡くなったが、少女が知っていたのは五人だけで、残りの一人は戦争が起きなければ会えるはずだった。そのため、少女はすべての賢者が亡くなったと思っていたのだが、それは本当で嘘だった。隠匿されたもう一人の賢者『白紙の言霊』、それは生まれ変わって急成長した少年のことだった。
どうして今まで忘れていたのかというと賢者として覚醒していないからではない。少年はすでに覚醒して『白紙の言霊』も使えるが、この力が戦争以上に世界を破壊するからであった。『白紙の言霊』、それはすべての生き物の声を聞くことができて、それぞれの物語を記すことが出来るのだが、それ故に使い手によっては歴史が歪むとされていた。そして生まれ変わる前の賢者はあの戦争の終わりを記録した後、『白紙の言霊』の力を自ら封じて死亡した。危険な力を野放しにすることは出来ないという考えからだった。それによって生まれ変わった少年には賢者や守護者に関する知識はあっても、『白紙の言霊』に関する記憶は一切戻らなかった。
その異変に誰一人気づく者はおらず、賢者は一人の少女しかいないと思われていた。世界もまた欺かれ、今まで忘却の中にあった。
少年は『白紙の言霊』に関する記憶を取り戻した時、精霊以外の声も聞こえるようになった。本来、そうあるべきだったが、危険であるという知識も理解していた。
『聞きたいこと』
「!?」
『びっくり……ごめん』
「大丈夫だよ。それよりどうしたの? ウンディーネ」
『ずっと……思っていた。彼女と同じ気配』
「……賢者」
『うん。ノームが気づいていたのか……わからないけど。私は最初から』
「そうだったんだ」
『違ったら』
「合っている……と言ってもさっき思い出したばかりだけどね」
『言うの?』
「……言わずに出ていくつもり」
『どうして?』
「彼女の歴史を歪ませないために」
その言葉に水の精霊は理解できなかった。けれどその意思が強いことははっきりとわかっていた。少年は少女との出会いよりも前に、生まれ変わる前の賢者が彼女と出会おうとしていたことが、物語の終わりを迎えずに歴史を歪めてしまった原因だと思ったからだった。
別れは突然だった。少年は何も言わずに出ていった。それに少女が気づいたのは一枚の紙だった。そこには自分自身が『白紙の言霊』の賢者であったこと、ここにいれば少女の歴史が歪む可能性があること、そして最後に「会えてうれしかった」と書かれていた。
少女がそれを読んでいる横で風の精霊は探しに行こうとしたが、彼女は首を振ってやめさせた。その他の精霊もいて、土の精霊は少年の剣の成長が遅いのはこのせいかと納得して、火の精霊は何も言わずに、水の精霊は空を見上げていた。
ある世界、七人の賢者
死した次の年、新しく生まれ変わる命
しかしある年、大きな戦争で六人が一気に亡くなり
最後の賢者に仕えていた守護者も命を落とした
まだ賢者になって日の浅い少女は『精霊の呼笛(よびふえ)』と呼ばれていた。精霊の声を聞き、かの者達の力を扱うことが出来る賢者。何度も繰り返した生まれ変わりだが、その少女と精霊達の仲は一番良かった。生まれ変わりとはいえ、記憶は一部を除いて引き継ぐことが出来ず、その一部は力の継承と同じ意味を示していた。
その少女に仕えていた守護者とは精霊同様に仲が良く、彼女が生まれて賢者として覚醒する前からそばにいた。火の精霊は気に入って彼の肩に乗って力を与え、その他の精霊達の姿も見えるようになっていた。精霊の姿を見ることが出来るのは賢者と精霊達が気に入った者達のみであった。
それは数百年、いやそれ以上前に引き起こされた戦争を再現したほど恐ろしいもので、賢者達もこの世界に生きとし生けるすべてを守るために力をふるって、一人、また一人と命を落とした。少女の前にも脅威が現れて精霊達とともに守り続けていた。しかし一撃が少女に向けられて放たれたのを守護者の彼が気づいて、彼女の前に立って貫かれて息を引き取った。その悲しみに少女の精霊の力は暴走し、本来手順を踏まなければ呼ぶことの出来ない闇の精霊が突然現れて、敵を退けるどころか一瞬にして消し去ってしまった。そこに残されたのは泣き崩れる少女と冷たくなった彼の死体だけだった。
それから数年後、少女はお墓の前でしゃがみ込んで目を閉じて祈っていた。六人の賢者は無事、生まれ変わって赤子から成長していると知らせを受けたが、まだその力は覚醒状態ではなかった。急成長する場合もあったが、どの賢者もその傾向は見られず、普通の人間と変わらないようだった。しかし五人の賢者とは面識があって何の力を持っているのか知っていたが。一人だけは知らなくて戦争が起こらなければ会う約束をしていたくらいだった。
そして賢者の知らせとは別にもう一つ封筒が届いた。そこには新たな守護者が生まれたという手紙で、少女はそれを破り捨てた。少女の心は未だあの戦争の中で失った彼を思い続け、次の守護者を受け入れることが出来なかった。
しかしそんなことを知らない者達もまた苦しめられていた。賢者を守護する者、それは祝福でありながら呪いであった。守護者は賢者となる者の近くで、それぞれの力に良好と思われた者が選ばれる。『精霊の呼笛』の場合は精霊に気に入られることで、守護者として認められる。だがその死は二つの選択肢を生み出してしまう。一つは賢者が死ぬことで一緒に死ぬ。こっちは今回の戦争でほとんどの賢者が陥った状態で、彼の命もそこで消えるはずだった。しかしもう一つの選択肢である守護者だけが死ぬ場合、彼が生まれ変わって少女のもとに辿り着く間、その空白の時間を埋めるために無差別に守護者が選ばれる。その場合、選ばれた者は記憶、人格、体すべてを守護者として作り変えられてしまう。少女はその現象を知っており、姿が彼に似ていようとも偽物の守護者を受け入れる気はなかったし、精霊達も嫌っていた。
けれど守護者となった者は賢者の気配を感じ取ることが出来てしまい、とうとう少女を見つけた。その目は濁っていて、彼の目の綺麗な赤色はどこにもなかった。体が彼そっくりに作り変えられて、その声も似ていた。話す言葉が耳障りで少女は火の精霊に燃やしてもらいながら、風の精霊の力を使って空を飛んで、風の赴くままに逃げた。逃走劇は何度も起こっていたが、守護者の呪いと少女と彼の関係を知る者達によって偽物の守護者を敵と見なし、少女とともに戦ってくれるようになった。
ある戦争。再現性のある悲劇
賢者達、力ふるって死に至る
守護者達、守りし同じ場所で
記憶はそこで途切れていた
世界には多くの国が存在している。その中でも賢者の力を頼りに生きている国がある。少年が住んでいる国はもろにそういうものだった。戦争において唯一生き残った『精霊の呼笛』の賢者と交流していた国は守護者がいなくなったことに怯えていた。賢者を守るようにして死亡した彼に対して批判的な意見を漏らす者は多く、少年はどうしてそんなことを言うのだろう、むしろ守護者になって賢者様を守りたい、と思い願うようになった。
そして少年はその願い叶って、守護者の候補性が集まる施設に入って訓練していた。しかしある日、同じ訓練場にいた人物が苦しみ始めて、少年は真実を見てしまった。その人物の体は今までの姿を失って作り変えられ、記憶と人格は死した守護者に似たものになり果てていた。だがその目は濁っていて焦点があっておらず、少年を見ても反応せずにどこか行ってしまった。本来はその現象になる前に隔離されて上官だけが見るはずだったが、突然の変異で隔離が間に合っておらず、一般兵であった少年が見てしまった。
唖然として置き去りにされた少年のもとに、知らない老兵がいた。話を聞くといつもは少年とは別の集団の訓練を任されているが、合同でするということを伝え忘れていたらしい。少年は老兵の後を追って歩き出そうとした時、一瞬で風景が変わって草木に囲まれた道の真ん中に立っていた。「へ?」と驚きをこぼし、老兵は姿を変えて小人となった。ついてきてもらえぬだろうか? と小人の声は少年の頭の中で響き、少年は少々恐怖を覚えながらもついていくと、写真でしか見たことのない『精霊の呼笛』と呼ばれる賢者がいた。
「あっ……あれは」
『わしの主様じゃ』
「え?」
『わしは土の精霊。小人が本来の姿じゃだが、お前さんを連れてくるために老兵に変装したのじゃ』
「土の精霊……でもなんで」
見えているのだろう、と続く前に少年のそばには他の精霊達もいた。おそらく水と風の精霊がいて、賢者の近くには火の精霊がいた。守護者の訓練の一環で精霊の絵は何度も見たが、その絵はあまりにもでたらめすぎるものだった。水と風は人型に近く賢者とさほどと変わらないが、水は人魚のように、風は妖精のような姿をしていた。火は賢者の肩に乗っているとかげで薪に向かって火をはいていた。
『これが気に入った子? 何も知らなそうな顔ね』
『そんなに言わなくても』
『だって……』
『お茶! お茶飲まねぇやつは悲しむぞ』
『うるさい。わかっている。あんたも来なさいな』
少年の姿を見るな否や風の精霊は嫌みをぶつけてきたが、水の精霊や呼びつける火の精霊によって言葉を包み、賢者の方へと行った。少年の足は止まっていたはずだが、気がつけば椅子に座っていて机には紅茶が置かれていた。その正面には賢者が座って周りにはさっきの精霊達が少年を見ていた。
「……紅茶は嫌い?」
「え、あっ、いや……い、いただきます」
温度はちょうどよく、緊張のあまり一気に飲んでしまった。「無理しなくても……」と言っていたが、その声も聞こえていなかった。
「……おいしかったです」
「よかった……」
「……」
「……」
『ちょっと! 黙ってないで』
『シルフ……考え中だとわしは思うんじゃが』
『どう考えても違うでしょ』
『落ち着いて……喧嘩しないで……』
『まったくお前らは』
「……」
「……どうして僕はここに?」
「それは私が連れてきてと頼んだの。ノームが気になった人がいるって聞いたから」
「……」
「でもノームの感じ方は合っていた。あなたなら彼の代わりになれなくても」
『守護者になってくれんかの?』
「えっ? ……でも守護者って……もう」
「あれは穢れた者……私から見えれば守護者じゃない。すぐにでも殺してしまいたいほどに。彼を踏み躙(にじ)っている感じがして嫌い」
「あの……さっきから彼って」
「彼は私の守護者……あの戦争で命を落とした大切な人。息絶える前、もう一度会える、と約束してくれたから。私は……彼しか」
『でもお前は例外として認められた。だからといって彼の代わりになろうとするな。彼女はそれを求めてはいない。お前はただ守っていればいい』
『あ、あと……裏切らないで。彼女と私達精霊を』
「……僕は……やります。剣の実力なんてまだまだだけど、力になれることは何だって」
「ありがとう」
賢者は小さく呟いて少年に感謝を述べた。少年は重い責任を背負ったというより長年の願いが叶ったことに嬉しくて、それを悟られない程度に喜んでいた。しかし土の精霊はそれに気づいており、剣の稽古しかり多くの試練を与えなければならないと思っていた。
少女は土の精霊を通して少年の成長を感じていた。偽物の守護者の襲撃はあるものの、その前に味方となってくれる者達の協力により撃退して、少女が住む家まで襲われることはなかった。それでも少しずつ押され始めているのには気づいていて、この場所も長くは住めないことを少女は感じていた。風や土の精霊の力を借りて遠くの地を見てもらい、協力者達との会話でかつてある賢者が使っていた家に向かうことにした。
どうにか偽物の守護者に悟られずに辿り着いたものの、その場所は山と並ぶほどの高い位置にあったため、その他の家を建てるとなると少しばかり困難になっていた。どうにか家を建てて住み始めた頃、本格的に少年への訓練が土の精霊によって開始された。小人から老兵の姿となって剣を重点的に稽古を重ねつつ、その他の武器も少しずつ慣れるように手ほどきをしていた。しかし少年の剣は振ることが出来ても、その重心はどこにもなかった。ただ振っているだけの状態で守護者と呼ぶにはあまりにも不十分すぎた。
それを見に来た火の精霊は肩に乗る程度の大きさから地を這う巨大なとかげの姿へと変わっていた。厄介な偽物の守護者が現れた時はいつもその大きさになっていたが、少年と出会ってからまだ一度も少女の肩から降りてなかった。だから少年はその姿に驚いたが、『気にするな、続けろ』と言われ、目に映りながらも剣を振り続けていた。
殺伐と平穏が続く日々
交わした約束は少しずつ近づき
生み落とされた命は花開く
やがて終わりを迎える
協力者達とともに偽物の守護者退治を繰り返していた日々の中で、疲弊していた少女のところに喜ばしい知らせが来たのはある年の秋のことだった。その付近で生まれた赤子に彼が持っていた守護者の印があって、それが生まれ変わりの合図であることは少女が一番理解していた。少女がその赤子を抱えると印が強く光り出して浮かび上がったかと思えば、急成長して死ぬ前の彼の姿になっていた。その瞳は赤く染まった彼そのものであり、少女の姿をはっきりと視認すると彼女を抱き寄せて「帰ってきたよ」と言った。
少年がそれを知ったのはその日の夕方くらいで、それまではいつもの土の精霊による稽古を行っていた。しかし土の精霊も彼の存在に気づいて少しそわそわしていた。少年は気も止めず稽古に励んでいたが、たまに覗きに来ていた火の精霊に呼ばれていつの間にかいなくなっていた。どこに行ったのだろう、と思いながら続けていると精霊達とともに少女が戻ってきた。しかしそこには少女の言う彼の姿があって、もう自分自身は求められていないのだろう、と悟ってしまった。だがそれと同時に何かが欠けている気がした。
「君が彼女を守ってくれていたんだね」
そう彼に声をかけられたのかもしれない。けれど少年には届かず、固まっているだけだった。
あれから少年は精霊達が気をかけてくれるものの、あの日何かが欠けてしまったのをずっと考えていた。少女は彼と仲良くしているが、その内容はいつだって偽物の守護者に関することばかりだった。詳しいことは聞いたのかもしれないが、少年の頭にはあまり残っていなかった。
賢者のもとに再び守護者が戻ったことで、作り変えられた偽物の守護者は完全な不要品となった。この場合となった時、本物以外の守護者は化け物として処理される。しかしあの偽物の守護者は長い間、賢者とその仲間達との戦闘により高度な技術を得てしまったがために、簡単に殺すことが出来なくなっていた。本物と偽物の守護者が相対した時、普通なら本物が勝利するはずだが、この場合どうなるか分からない。
その切り札として少年が選ばれたが、突然の再会によりまだ心が落ち着いていないから、と思って、少女は話しかけられなくなっていた。
しかしそんな時間などなく偽物の守護者は現れた。その姿はかろうじて人の姿を保っているが、彼が生まれ変わり本物の守護者が帰ってきたことでその形は崩れ始めていた。完全な化け物になれずに苦しみ続け、その原因を解決しようと襲いかかってきた。
「コロス コロス コッチ ガ ホンモノ ダカラ」
その言葉は少しずつ人の声から外れて壊れていた。彼はその姿を見て近寄り、その後を追って火の精霊が巨大なとかげとなって歩いていた。彼に火の精霊は力を貸し、引き抜いた剣には炎が纏っていた。一発で仕留める、そう考えて、偽物の守護者は切られてその箇所から炎が溢れ出して燃やし尽くした。しかしかすかに声がして彼は距離を取った。燃えながら偽物の守護者は動いていた。その姿はもう人の形を保ってはいなかった。
「……わかっていたことだが」
『こりゃ……面倒なことになった』
『……こっちは大丈夫』
『準備完了だから! 二人とも下がってて!』
彼と火の精霊が少し焦りを見せていると、少女の近くにいた水と風の精霊が呼びかけた。その呼びかけに二人は下がり、偽物の守護者は速くないものの追いかけていた。
「眠りを妨げることをお許しください。闇より来たり奈落の精霊よ。どうか私に力を貸して」
そう言いながら机には大量のお菓子が置かれていた。闇の精霊は眠りを妨げられるとどんなものでもキレてしまうのだが、お菓子だけは大好物故に許してしまうのだった。呼び出された闇の精霊は少女の姿を見て何も言わないが、お菓子の中にマカロンがあって顔からすぐに喜んでいるのが見えた。
『あの化け物……落とせばいい?』
「はい」
『お菓子……全部ちょうだい』
「はい」
『じゃあ、やる』
闇の精霊は黒い幽霊と表現するのが一番いいかもしれない。幼い少女の幽霊の姿をしているが、その力は四大精霊の力をもってしても勝つことが出来ない暗闇を持ち、それは永遠の奈落を意味していた。化け物になり果てた偽物の守護者の影が、避けようとするすべての足場が穴となって広がった時、吸い込まれるかのように落ちていった。穴のふちを掴もうとした手をすり抜けて、化け物の声という音が消えたことを確認すると、闇の精霊は暗闇の穴を閉じた。役目を終えると机に置いてあったマカロンを手に取って美味しそうに食べていた。
あの日、何かが欠けた
あの日、失ったものは
あの日、世界の記録は
あの日、すでに壊れていた
少年は偽物の守護者討伐戦に参加していたが、切り札と言われながらも結局のところは闇の精霊の力によって終わってしまった。それを目の当たりにしていた時、欠けていた何かが埋まった気がした。
あの戦争の時、少女以外の賢者は亡くなったが、少女が知っていたのは五人だけで、残りの一人は戦争が起きなければ会えるはずだった。そのため、少女はすべての賢者が亡くなったと思っていたのだが、それは本当で嘘だった。隠匿されたもう一人の賢者『白紙の言霊』、それは生まれ変わって急成長した少年のことだった。
どうして今まで忘れていたのかというと賢者として覚醒していないからではない。少年はすでに覚醒して『白紙の言霊』も使えるが、この力が戦争以上に世界を破壊するからであった。『白紙の言霊』、それはすべての生き物の声を聞くことができて、それぞれの物語を記すことが出来るのだが、それ故に使い手によっては歴史が歪むとされていた。そして生まれ変わる前の賢者はあの戦争の終わりを記録した後、『白紙の言霊』の力を自ら封じて死亡した。危険な力を野放しにすることは出来ないという考えからだった。それによって生まれ変わった少年には賢者や守護者に関する知識はあっても、『白紙の言霊』に関する記憶は一切戻らなかった。
その異変に誰一人気づく者はおらず、賢者は一人の少女しかいないと思われていた。世界もまた欺かれ、今まで忘却の中にあった。
少年は『白紙の言霊』に関する記憶を取り戻した時、精霊以外の声も聞こえるようになった。本来、そうあるべきだったが、危険であるという知識も理解していた。
『聞きたいこと』
「!?」
『びっくり……ごめん』
「大丈夫だよ。それよりどうしたの? ウンディーネ」
『ずっと……思っていた。彼女と同じ気配』
「……賢者」
『うん。ノームが気づいていたのか……わからないけど。私は最初から』
「そうだったんだ」
『違ったら』
「合っている……と言ってもさっき思い出したばかりだけどね」
『言うの?』
「……言わずに出ていくつもり」
『どうして?』
「彼女の歴史を歪ませないために」
その言葉に水の精霊は理解できなかった。けれどその意思が強いことははっきりとわかっていた。少年は少女との出会いよりも前に、生まれ変わる前の賢者が彼女と出会おうとしていたことが、物語の終わりを迎えずに歴史を歪めてしまった原因だと思ったからだった。
別れは突然だった。少年は何も言わずに出ていった。それに少女が気づいたのは一枚の紙だった。そこには自分自身が『白紙の言霊』の賢者であったこと、ここにいれば少女の歴史が歪む可能性があること、そして最後に「会えてうれしかった」と書かれていた。
少女がそれを読んでいる横で風の精霊は探しに行こうとしたが、彼女は首を振ってやめさせた。その他の精霊もいて、土の精霊は少年の剣の成長が遅いのはこのせいかと納得して、火の精霊は何も言わずに、水の精霊は空を見上げていた。
桜詩凛の読みは「さくらしりん」で、由来は二つ。一つは元から使っていた桜子凛花が長いと思ったため、短くするために「桜」と「凛」を取り、その間に当時から書いていた「詩」をいれたもの。もう一つは『複雑な生き方をする少女』に登場する「さくら、黒蛇、シラ、理夏(りか)、ラナン」の頭文字を取ったものとなってい…
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