複雑な生き方をする少女 厄災編 第二章 謎の少年と終わりの詩(うた)
公開 2026/04/28 11:31
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“はじまり”の厄災から生まれた新たな『厄災』は赤子を通して、あらゆる場所へと飛び去った。十人のうち、一人は命を落とした魔女の手によって消滅したが、その捜索の中で鬼族が変異して人喰い鬼を生み出し、脅威となってしまった事実を知った者達はその赤子達を殺す計画を立てた。その計画は多くの種族達に知れ渡り、協力関係を結びながら『厄災』の印を持つ者を殺そうとした。しかしその考えに否定的な者達もいて、何もしていない子供を殺すのは可哀想だとして、『厄災』の印を持つ者を匿って逃げ出す連中が現れ、計画は思うようにいかずに難航していた。
その否定的な考えの中に魔女の多くが属していた。特に最初の赤子を消滅させた魔女の弟子である〈若き魔女〉のさくらは赤子達を殺せば、その分『厄災』が起きる時間を短くしてしまうことを知り、匿っている者達の支援をしていた。しかし支援をしようとも見つけられて三人が殺され、半分の五人しか残っていなかった。五人のうち、四人はその他の魔女達によって把握できていたが、残った一人だけがいつまで経っても見つからなかった。
毎日のように調べものをしているさくらを見ていた〈人喰い鬼〉の理夏(りか)は暇を持て余していた。さくらの左腕が治ってやっと戦えるかと思いきや、それ以上に忙しくなったこの状況にため息を吐いていた。
「つまらない」
「……ごめんね」
「あっ、あたしは別に」
「戦う約束したのに……帰ってきた途端、みんなからの報告でこんなことになるなんて」
「でも『厄災』を起こさないと決めた」
「うん。私はそうしたいから」
「……そのために刀を振らせて」
「? 外ならいいよ」
「そういうわけじゃないんだけど」
理夏はそう言ってさくらのもとから離れていったが、さくらは何のことを言っているのかわからなくて、はてなを浮かべていた。理夏は外に出て、刀を抜いて振っていた。形など存在せずにほとんど自分流のはずだが、一人で訓練を重ねていくうちに謎の気配を感じるようになっていた。
一方、〈治癒の神〉のシラは子供の姿から戻らなくなってしまった。さくらの家、いや元は師匠の家だが、その周りは自然に覆われて木々が生い茂っていた。その力を使って神としての姿を取り戻そうとしたが、そのためには力を一切使わずに眠り続けるしかないと知って、シラは少し絶望していた。しかしすぐに短時間であれば神の姿を取り戻して、その力を行使することが出来ると気づき、さくらとのお出かけがない間はソファの上で眠っていた。
ある日、さくらのもとにやってきたのは少し離れた街からやってきた人々で、その人々の共通点は子供を持つ親ということだった。数日前から子供を狙った誘拐事件が多発していて、形跡は見つかったものの犯人が一向に見つからず、街の近くに住んでいた魔女、つまりさくらに助けを求めたという話であった。そういう話は騎士などに通されるはずだったが、『厄災』関連によって騎士を信じられなくなっている者もいて、魔女達に届くことがあった。普段ならば依頼を引き受けて犯人探しをするところだったが、さくらは『厄災』以外のことで依頼を受けることを拒否しようとした。しかしそれを聞いていた理夏はさくらが口を開く前に「引き受ける」と言った。
「え? ちょっと理夏、勝手に」
「勝手じゃない。どうせシラは助けたいというから」
「……そうかもしれないけど、私はまだ引き受けるなんて」
「魔女様?」
「あっ、えっと」
「こうしている間にも何をされるか分かりません。どうかお願いです。お助けください」
その言葉に他の人々も頭を下げてさくらに願い続けた。仕方ないと思いながら、机の上に散らばっていた紙を一枚取って、手をかざすと魔法陣が刻まれた。さくらが目を閉じるとその魔法陣から細い線が出て、外に出ると森を抜けてどこか遠くの洞窟に辿り着いた。「見つけた」と呟いたさくらは目を覚まし、魔法陣は形を変えて洞窟の映像を作り出し、そこから子供達の泣き叫ぶ声が響いていた。その声を聞いた街の人々は慌てふためき、椅子に座っていたさくらの腕を掴んで立ち上がらせて連れて行った。理夏はさくらの後を追って外に出ようとしたが、物音に気づいたシラが目覚めて目をこすっていたが、すぐに「子供が助けを求めて泣いている」と呟いて、ふらふらしながら外の方へ行き、理夏もついていった。
何も見えない空間に雫が落ちた。それは音を立てずに頬を濡らしていた。ゆっくりと開かれた瞳にはうっすらと光が映っていた。けれど次の瞬間、大きな物音と騒ぎ声が聞こえて、体を起こして立ち上がった。そして水たまりを踏んでその音の方へと歩き出した。
その音は冷たい金属音とわめいた泣き声、それから怒鳴り散らした大きな何かが作り出したものだった。大きな何かがいなくなって、金属の近くに行くとそこから大量の手が出てきて、「たすけて」と僕の体に触れた。明かりは小さなランタンが一つだけ置かれて、僕の姿はほとんど影に等しかった。しかしその形は閉じ込められた者達と同じくらいの高さだった。
さくらと理夏、シラは森に囲まれていた洞窟までやってきた。依頼者達もついてきていたが、洞窟の入り口から少し離れたところで待ってもらうことにした。しかしさくらと理夏が洞窟に入ろうとした時、シラは怖くて入れなかった。〈治癒の神〉である以前に神であるのだから、こんな洞窟など恐怖の対象でもないはずだったが、子供の姿になってしまったからか、その恐怖心は強いものに変わっていた。シラは「ごめん」と謝りながらも洞窟内にいる子供達の声が聞こえ続けてつらそうだった。さくらはシラに「絶対に助けるから」と言って、理夏とともに洞窟の中へと足を踏み入れた。
別れたシラは依頼者のところに戻ってくると、洞窟の方を向いて祈りを捧げるように座り、自然の力を取り込んで失われた〈治癒の神〉の力を一時的に行使していた。それはシラを子供から神である大人の姿に変えて、さくらや理夏、依頼者達と子供達に治癒の効果を付与していた。
洞窟は暗闇に覆われてさくらは小さな光を浮かせて照らしていた。ところどころ壁には火の松明が刺さっていたが、ほとんど消えかけていて見えるものではなかった。さくらは前に進み、理夏は背後から襲われる可能性を考えてたまに後ろを振り返っていた。一本道の洞窟を歩いていたが、分岐を見つけてさくらの足が止まった。
「……」
「あたしがこっち見てくる」
「気をつけてね」
「それはさくらの方だよ。何があるか分からないから。あたしはすべてを斬るだけだし」
理夏は刀を触り、左の方の分岐へと歩いて行った。念のために小さな光をもう一つ作って理夏に渡したけれど、すぐに暗闇にのみ込まれていった。さくらは右の方の分岐を歩き出し、同じように暗闇に消えた。
左に進んだ理夏は何かを感じていた。罠が仕掛けられているのはバレバレで空気の流れからかすかな音が聞こえていた。その罠を音立てずに壊して進んでいると誰かが立っていた。その者は理夏を見つけると襲いかかってきたが、刀を抜いて斬って収める間にその者の体は斜めに真っ二つになっていた。
「……弱すぎる」
「お見事だ。刀とはまた珍しいものだな」
「……」
「だが、人数の暴力というものには勝てないだろう」
そう言って合図をすると壁だと思っていたものから隠れていた敵が現れて理夏に襲いかかった。軽やかに避けて斬り裂く理夏だったが、思ったより人数が出てきて少し驚いていた。けれど斬れば斬るほどに理夏は楽しそうに、人肉の山が出来て一部を喰らっていると誰かが彼女を見て叫んでいた。
「ま、まさか……」
「え? なに?」
「なんでここに人喰い鬼が」
「あんたは知ってんだ」
「……誰だよ。封印を解いたのは……こいつは」
何か続きを言おうとしていたが、理夏はめんどくさいと思って斬り、洞窟の中に血の海が出来上がるほど死体が溢れていた。その肉を喰らってみたが、あまりにもまずくて吐き出し、さくらがくれた小さな血の瓶を取り出して飲んでいた。
一方、さくらは理夏同様に空気の流れを読んでいたが、足元で発動する罠に気づかず踏み、暗闇からナイフが飛んできて頬を掠ってほんの少し血が出た。しかしシラの治癒の効果ですぐに治っていた。それ以外の罠は魔法弾を打って破壊し、気配がなくなるとそのまま進んだ。少し進んだ先で別の気配を感じて止まると謎の少年がそこに座っていた。
「……?」
「……あっち」
「え?」
「子供……あっちにいる」
「君は」
「早くしないと……くる」
どうしてこの子だけここにいるのだろう、と思って尋ねる前に少年は暗闇の方を指差して、さくらに伝えようとしていた。敵か味方かわからない少年を信じるべきなのか考えたが、彼からは何も感じ取れずひとまず進むことにした。少年は道案内をしてくれて洞窟の最奥に辿り着いた。そこには金属の檻に閉じ込められた子供達が泣いていたが、誘拐した犯人がやってきたと思って、さくらが近づいても怖くて体を震わせていた。しかし檻の錠を壊して金属の柵が開くと、さくらが助けに来てくれた人だと認識して檻から出てきた。檻の錠をすべて壊して子供達が出てきたことを確認して、さくらが依頼者がいる洞窟の外への転移陣を張ろうとした時、子供の一人の背後に敵が回って首元にナイフを当てていた。
「……こいつがどうなってもいいのか!」
「……!?」
「全員元の状態に戻すんだ。それ以外は何もするな」
「……」
「子供の命が散るのは困るからな」
さくらは言われた通りに子供達を檻の中に戻していたが、敵の死角となる場所に小さな光を複数放って、魔法弾として打ち込めるように用意していた。しかし隙を見せない敵に対してタイミングが掴めずにいた。すると謎の少年が敵の方に近づいてじっと見ていた。
「……なんだ? お前は」
「返して」
「は? お前も一緒に売られるんだよ」
「……違う。返して」
「だから」
「……じゃあ」
教えて、と少年は言いながら敵を触れると暗闇に紛れた彼の影が現れて、敵は悲鳴など上げる前に形すらなくなって飲み込んだ。子供は解放されてナイフが少年の手のもとに落ちていた。子供はさくらの方に走ってきて泣き出し、他の子供達も檻から出てきて彼女は皆の頭をなでるとすぐに転移陣で洞窟から出した。
「これじゃないのに」
「……君も」
「僕は」
「一緒に」
さくらは少年の手を握り、ナイフは彼女が危ないからと取り上げた。すると「助けてくれ!」と叫びながら走ってくる者がいてさくらはそれを捕まえた。一緒に連れて行こうとすると理夏が現れた。
「あっ、いた」
「……やめてくれ、殺さないでくれ」
「殺さないよ。すべてを話してもらうために」
「……じゃあ、もう終わり?」
「うん。理夏はその人をお願い。私はこの子を連れて行くから」
「わかった。ほら、立て」
「……は、はい」
理夏が強めの言葉をかけながら連れて行くのを見届けると、さくらは少年の手を優しく握って一緒についていった。ところどころ血の匂いが漂う洞窟を抜けて、久しぶりに日の光を浴びると少し目が眩んだ。依頼者達が子供達の再会を喜んでいると、さくらを見つけたシラが飛び込んできた。一時的な大人の姿は失われて子供の姿に戻っていた。
「やっと帰ってきた!」
「……ごめんね。遅くなって」
「ううん」
「でもありがとうね。治癒の力で助けてくれて」
「何も出来ないのはつらいからずっと祈っていたんだよ。そしたら自然が答えてくれて……神としての姿を一時的だけど取り戻したんだよ」
「そうだったんだ」
「その子は誰?」
「あ……この子は子供達と一緒にいた子」
「でも行かないね」
「……」
さくらは少年の手を離したにもかかわらず、彼は依頼者達の誰のところに行くこともなく、足は止まったままでさくらを見て言った。
「僕はひとりぼっちだから」
「え?」
「目を覚ました時からずっとあの洞窟の中にいた。両親も同族もその気配を感じたことはない。だから僕は誰だかわからない」
「そっか……一緒に来る?」
「?」
「私のところにおいで」
「……行く。興味があるから」
「興味?」とさくらは聞いたが、少年は何も言わず離した彼女の手ををまた握っていた。その頃、理夏は捕まえた人の尋問を少し離れた場所でしていた。理夏に斬り刻まれ仲間達が殺されていくのを見ているだけしか出来なかった者は、彼女の怖い顔を見ただけで言葉を失うほどの震えに襲われていた。「早く話せ」と理夏は威圧を繰り返し、無理やり吐き出させたものの、それはあまりにも酷すぎるものだった。
子供達を誘拐した理由は『厄災』に関するものだった。『厄災』の赤子達が宿していた少量の穢れを利用し、その力を使って実験を行おうとする計画。その穢れの一つにかつて〈人喰い鬼〉を作り出してしまったものが含まれていた。理夏はそれを聞いて忘れていた記憶の一部を取り戻した。その『厄災』の赤子についてさくら以外の誰かから聞いたことがある記憶を。
数年後、少年は青年となり、黒蛇と名乗るようになっていた。その名前はさくらがつけたものではなく、目を覚ました時に聞こえていた謎の声から与えられたものだと彼は言っていた。さくらはずっと黒蛇と同じ種族の記述がないかと調べ続けていたが、似たものは見つかっても完全に一致するものは見つからなかった。しかし『厄災』のこともやらなければならなかったため、さくらはずっと家の中で書物と魔法の実験を繰り返していた。黒蛇はさくらから言葉を習いつつ、外で理夏が刀を振っているのを見ていた。シラとは起きている間に話をしたが、眠っている時間の方が長くてあまりタイミングを掴めずにいた。
街に出る用事が出来てさくらは黒蛇と一緒に行った。しかしさくらは最近の疲れがたまって、座ったベンチのところで静かにしている間に眠ってしまった。彼女が気づくと頭が黒蛇の肩に乗っていた。
「あっ」
「……大丈夫か?」
「うん」
「帰ったら寝た方がいい。何かしているのは知っているが、無理をするのは良くない」
「そうだけど」
「……荷物は俺が持つし、メモはもらったからこの後の買い物は俺だけでも構わない」
「それはダメ。私がいないと驚いちゃう子がいるから」
「そうか。じゃあ早く済ませないとな」
そう言って黒蛇は立ち上がりさくらの手を取った。突然握られてちょっと驚いたが、さくらの様子も気にせずに黒蛇は急がないとと思って歩いていた。けれど店に着くたびにさくらと魔女達が永遠と話し込み、楽しそうにするのを黒蛇は止められなかった。さくらが黒蛇に関して紹介している時もあったが、その瞬間だけいつも魔女達の反応が恐怖を見ているような感じになった。得体の知れないものを見ているに近いのかもしれない。それでもさくらは黒蛇のことを否定することなく、シラや理夏と同じくらいに接してくれた。
「はい」
「これは?」
「おまけのケーキ。ちゃんと五人分あるから安心してね」
「えっと……どうして?」
「頭回ってないでしょ……話をしててすぐにわかったから。ちゃんと甘いものも取らないと」
「……ごめ」
「謝らないで。いつもお世話になっているし、そのお返し……みたいなものだから」
「……ありがとう」
「ほら、彼も待っている」
「うん。またね」
最後のお店にいた魔女は会話をしながらさくらの容体に気づいて、大量に作りすぎてしまったケーキの一部を箱に詰めて渡した。新鮮な果物と良質な素材を使って作ったケーキは魔女以外の種族からも喜ばれていた。さくらはその魔女が作るケーキが好きだった。お茶会をする時には毎回作って持ってきていたが、最近『厄災』関連で集まれず、食べることが出来なくなっていた。
さくらは嬉しそうにそのケーキの箱を持っていた。中身を知らない黒蛇はそれを受取ろうとしたが、さくらが「大切なものだから」と言って黒蛇は何も言わなかった。家に着くと玄関に理夏が立っていた。
「おかえり」
「ただいま」
「荷物運ぶの手伝うよ。黒蛇、そこにおいて」
「はいはい」
「シラはまだ眠っている?」
「いや、さっき起きたみたい」
「じゃあ、一緒に食べられるね」
「?」
「ケーキもらっていたの」
「……じゃあ、お茶入れるからやっぱり手伝えない」
「いいよ。俺一人で十分だから」
「それなら私が」
「さくらは休んでいて……少しでも」
うん、とさくらは頷いて理夏にケーキが入った箱を渡して、いつもシラが使っているソファに座って、少しうとうとしながら待っていた。荷物を運び終えた黒蛇が横に座ってさくらの体が倒れてくるのを支えていた。
「理夏」
「なに? まだお茶入れてないけど」
「もうダメだ」
「え? あー限界ってこと?」
「完全に寝ている」
「そう。ならベッドに寝かせてくれない? あたしは……シラの様子を見てくるから」
キッチンでは理夏がケーキやお茶で使おうとしていた食器を片付けて直していたが、その近くでシラがいた。さくらのお迎えをしようと起きたシラだったが、少し起きるだけで治癒の力が分散されて疲れていた。黒蛇は理夏に言われても言われなくてもさくらを部屋まで運ぶことは決めていて、お姫様抱っこしながら廊下を歩き、影から一本の手を出して扉を開けた。さくらの部屋は書物が多く、机の近くの床には乗り切れなかった紙が落ちて重なり合っていた。さくらをベッドに寝かせると黒蛇は寝顔を見ながら考えていた。
自分が何者なのかすでに分かっていた。それはあの日“はじまり”の厄災から生まれた新たな『厄災』の十人の赤子達、その赤子の一人であると自覚していた。赤子達が殺されるたびに『厄災』の力は蓄積され、少しずつ残された者達を苦しめていた。すでに五人が殺され、黒蛇に宿った『厄災』の力は不十分でありながら自分が得体の知れないものに変わっていくのがわかった。それに魔女達も気づいて恐怖を見ている感じになっているのかもしれない。さくらが残された『厄災』の印を持つ子を見つけて保護するという話をした時、黒蛇はこれ以上自分が変わってしまうことを恐れてすぐに賛成した。けれどきっとうまくはいかず、いつか黒蛇だけが残された時、彼はさくらのもとから離れて自害しようと考えていた。
眠るさくらの手を握って離し、立ち上がって部屋を出て扉を閉めた。そして静かな廊下で黒蛇は小さく呟いた。
「たとえ、それが望まないものであったとしても……さくらを守るためなら」
“はじまり”の厄災から生まれた新たな『厄災』は赤子を通して、あらゆる場所へと飛び去った。十人のうち、一人は命を落とした魔女の手によって消滅したが、その捜索の中で鬼族が変異して人喰い鬼を生み出し、脅威となってしまった事実を知った者達はその赤子達を殺す計画を立てた。その計画は多くの種族達に知れ渡り、協力関係を結びながら『厄災』の印を持つ者を殺そうとした。しかしその考えに否定的な者達もいて、何もしていない子供を殺すのは可哀想だとして、『厄災』の印を持つ者を匿って逃げ出す連中が現れ、計画は思うようにいかずに難航していた。
その否定的な考えの中に魔女の多くが属していた。特に最初の赤子を消滅させた魔女の弟子である〈若き魔女〉のさくらは赤子達を殺せば、その分『厄災』が起きる時間を短くしてしまうことを知り、匿っている者達の支援をしていた。しかし支援をしようとも見つけられて三人が殺され、半分の五人しか残っていなかった。五人のうち、四人はその他の魔女達によって把握できていたが、残った一人だけがいつまで経っても見つからなかった。
毎日のように調べものをしているさくらを見ていた〈人喰い鬼〉の理夏(りか)は暇を持て余していた。さくらの左腕が治ってやっと戦えるかと思いきや、それ以上に忙しくなったこの状況にため息を吐いていた。
「つまらない」
「……ごめんね」
「あっ、あたしは別に」
「戦う約束したのに……帰ってきた途端、みんなからの報告でこんなことになるなんて」
「でも『厄災』を起こさないと決めた」
「うん。私はそうしたいから」
「……そのために刀を振らせて」
「? 外ならいいよ」
「そういうわけじゃないんだけど」
理夏はそう言ってさくらのもとから離れていったが、さくらは何のことを言っているのかわからなくて、はてなを浮かべていた。理夏は外に出て、刀を抜いて振っていた。形など存在せずにほとんど自分流のはずだが、一人で訓練を重ねていくうちに謎の気配を感じるようになっていた。
一方、〈治癒の神〉のシラは子供の姿から戻らなくなってしまった。さくらの家、いや元は師匠の家だが、その周りは自然に覆われて木々が生い茂っていた。その力を使って神としての姿を取り戻そうとしたが、そのためには力を一切使わずに眠り続けるしかないと知って、シラは少し絶望していた。しかしすぐに短時間であれば神の姿を取り戻して、その力を行使することが出来ると気づき、さくらとのお出かけがない間はソファの上で眠っていた。
ある日、さくらのもとにやってきたのは少し離れた街からやってきた人々で、その人々の共通点は子供を持つ親ということだった。数日前から子供を狙った誘拐事件が多発していて、形跡は見つかったものの犯人が一向に見つからず、街の近くに住んでいた魔女、つまりさくらに助けを求めたという話であった。そういう話は騎士などに通されるはずだったが、『厄災』関連によって騎士を信じられなくなっている者もいて、魔女達に届くことがあった。普段ならば依頼を引き受けて犯人探しをするところだったが、さくらは『厄災』以外のことで依頼を受けることを拒否しようとした。しかしそれを聞いていた理夏はさくらが口を開く前に「引き受ける」と言った。
「え? ちょっと理夏、勝手に」
「勝手じゃない。どうせシラは助けたいというから」
「……そうかもしれないけど、私はまだ引き受けるなんて」
「魔女様?」
「あっ、えっと」
「こうしている間にも何をされるか分かりません。どうかお願いです。お助けください」
その言葉に他の人々も頭を下げてさくらに願い続けた。仕方ないと思いながら、机の上に散らばっていた紙を一枚取って、手をかざすと魔法陣が刻まれた。さくらが目を閉じるとその魔法陣から細い線が出て、外に出ると森を抜けてどこか遠くの洞窟に辿り着いた。「見つけた」と呟いたさくらは目を覚まし、魔法陣は形を変えて洞窟の映像を作り出し、そこから子供達の泣き叫ぶ声が響いていた。その声を聞いた街の人々は慌てふためき、椅子に座っていたさくらの腕を掴んで立ち上がらせて連れて行った。理夏はさくらの後を追って外に出ようとしたが、物音に気づいたシラが目覚めて目をこすっていたが、すぐに「子供が助けを求めて泣いている」と呟いて、ふらふらしながら外の方へ行き、理夏もついていった。
何も見えない空間に雫が落ちた。それは音を立てずに頬を濡らしていた。ゆっくりと開かれた瞳にはうっすらと光が映っていた。けれど次の瞬間、大きな物音と騒ぎ声が聞こえて、体を起こして立ち上がった。そして水たまりを踏んでその音の方へと歩き出した。
その音は冷たい金属音とわめいた泣き声、それから怒鳴り散らした大きな何かが作り出したものだった。大きな何かがいなくなって、金属の近くに行くとそこから大量の手が出てきて、「たすけて」と僕の体に触れた。明かりは小さなランタンが一つだけ置かれて、僕の姿はほとんど影に等しかった。しかしその形は閉じ込められた者達と同じくらいの高さだった。
さくらと理夏、シラは森に囲まれていた洞窟までやってきた。依頼者達もついてきていたが、洞窟の入り口から少し離れたところで待ってもらうことにした。しかしさくらと理夏が洞窟に入ろうとした時、シラは怖くて入れなかった。〈治癒の神〉である以前に神であるのだから、こんな洞窟など恐怖の対象でもないはずだったが、子供の姿になってしまったからか、その恐怖心は強いものに変わっていた。シラは「ごめん」と謝りながらも洞窟内にいる子供達の声が聞こえ続けてつらそうだった。さくらはシラに「絶対に助けるから」と言って、理夏とともに洞窟の中へと足を踏み入れた。
別れたシラは依頼者のところに戻ってくると、洞窟の方を向いて祈りを捧げるように座り、自然の力を取り込んで失われた〈治癒の神〉の力を一時的に行使していた。それはシラを子供から神である大人の姿に変えて、さくらや理夏、依頼者達と子供達に治癒の効果を付与していた。
洞窟は暗闇に覆われてさくらは小さな光を浮かせて照らしていた。ところどころ壁には火の松明が刺さっていたが、ほとんど消えかけていて見えるものではなかった。さくらは前に進み、理夏は背後から襲われる可能性を考えてたまに後ろを振り返っていた。一本道の洞窟を歩いていたが、分岐を見つけてさくらの足が止まった。
「……」
「あたしがこっち見てくる」
「気をつけてね」
「それはさくらの方だよ。何があるか分からないから。あたしはすべてを斬るだけだし」
理夏は刀を触り、左の方の分岐へと歩いて行った。念のために小さな光をもう一つ作って理夏に渡したけれど、すぐに暗闇にのみ込まれていった。さくらは右の方の分岐を歩き出し、同じように暗闇に消えた。
左に進んだ理夏は何かを感じていた。罠が仕掛けられているのはバレバレで空気の流れからかすかな音が聞こえていた。その罠を音立てずに壊して進んでいると誰かが立っていた。その者は理夏を見つけると襲いかかってきたが、刀を抜いて斬って収める間にその者の体は斜めに真っ二つになっていた。
「……弱すぎる」
「お見事だ。刀とはまた珍しいものだな」
「……」
「だが、人数の暴力というものには勝てないだろう」
そう言って合図をすると壁だと思っていたものから隠れていた敵が現れて理夏に襲いかかった。軽やかに避けて斬り裂く理夏だったが、思ったより人数が出てきて少し驚いていた。けれど斬れば斬るほどに理夏は楽しそうに、人肉の山が出来て一部を喰らっていると誰かが彼女を見て叫んでいた。
「ま、まさか……」
「え? なに?」
「なんでここに人喰い鬼が」
「あんたは知ってんだ」
「……誰だよ。封印を解いたのは……こいつは」
何か続きを言おうとしていたが、理夏はめんどくさいと思って斬り、洞窟の中に血の海が出来上がるほど死体が溢れていた。その肉を喰らってみたが、あまりにもまずくて吐き出し、さくらがくれた小さな血の瓶を取り出して飲んでいた。
一方、さくらは理夏同様に空気の流れを読んでいたが、足元で発動する罠に気づかず踏み、暗闇からナイフが飛んできて頬を掠ってほんの少し血が出た。しかしシラの治癒の効果ですぐに治っていた。それ以外の罠は魔法弾を打って破壊し、気配がなくなるとそのまま進んだ。少し進んだ先で別の気配を感じて止まると謎の少年がそこに座っていた。
「……?」
「……あっち」
「え?」
「子供……あっちにいる」
「君は」
「早くしないと……くる」
どうしてこの子だけここにいるのだろう、と思って尋ねる前に少年は暗闇の方を指差して、さくらに伝えようとしていた。敵か味方かわからない少年を信じるべきなのか考えたが、彼からは何も感じ取れずひとまず進むことにした。少年は道案内をしてくれて洞窟の最奥に辿り着いた。そこには金属の檻に閉じ込められた子供達が泣いていたが、誘拐した犯人がやってきたと思って、さくらが近づいても怖くて体を震わせていた。しかし檻の錠を壊して金属の柵が開くと、さくらが助けに来てくれた人だと認識して檻から出てきた。檻の錠をすべて壊して子供達が出てきたことを確認して、さくらが依頼者がいる洞窟の外への転移陣を張ろうとした時、子供の一人の背後に敵が回って首元にナイフを当てていた。
「……こいつがどうなってもいいのか!」
「……!?」
「全員元の状態に戻すんだ。それ以外は何もするな」
「……」
「子供の命が散るのは困るからな」
さくらは言われた通りに子供達を檻の中に戻していたが、敵の死角となる場所に小さな光を複数放って、魔法弾として打ち込めるように用意していた。しかし隙を見せない敵に対してタイミングが掴めずにいた。すると謎の少年が敵の方に近づいてじっと見ていた。
「……なんだ? お前は」
「返して」
「は? お前も一緒に売られるんだよ」
「……違う。返して」
「だから」
「……じゃあ」
教えて、と少年は言いながら敵を触れると暗闇に紛れた彼の影が現れて、敵は悲鳴など上げる前に形すらなくなって飲み込んだ。子供は解放されてナイフが少年の手のもとに落ちていた。子供はさくらの方に走ってきて泣き出し、他の子供達も檻から出てきて彼女は皆の頭をなでるとすぐに転移陣で洞窟から出した。
「これじゃないのに」
「……君も」
「僕は」
「一緒に」
さくらは少年の手を握り、ナイフは彼女が危ないからと取り上げた。すると「助けてくれ!」と叫びながら走ってくる者がいてさくらはそれを捕まえた。一緒に連れて行こうとすると理夏が現れた。
「あっ、いた」
「……やめてくれ、殺さないでくれ」
「殺さないよ。すべてを話してもらうために」
「……じゃあ、もう終わり?」
「うん。理夏はその人をお願い。私はこの子を連れて行くから」
「わかった。ほら、立て」
「……は、はい」
理夏が強めの言葉をかけながら連れて行くのを見届けると、さくらは少年の手を優しく握って一緒についていった。ところどころ血の匂いが漂う洞窟を抜けて、久しぶりに日の光を浴びると少し目が眩んだ。依頼者達が子供達の再会を喜んでいると、さくらを見つけたシラが飛び込んできた。一時的な大人の姿は失われて子供の姿に戻っていた。
「やっと帰ってきた!」
「……ごめんね。遅くなって」
「ううん」
「でもありがとうね。治癒の力で助けてくれて」
「何も出来ないのはつらいからずっと祈っていたんだよ。そしたら自然が答えてくれて……神としての姿を一時的だけど取り戻したんだよ」
「そうだったんだ」
「その子は誰?」
「あ……この子は子供達と一緒にいた子」
「でも行かないね」
「……」
さくらは少年の手を離したにもかかわらず、彼は依頼者達の誰のところに行くこともなく、足は止まったままでさくらを見て言った。
「僕はひとりぼっちだから」
「え?」
「目を覚ました時からずっとあの洞窟の中にいた。両親も同族もその気配を感じたことはない。だから僕は誰だかわからない」
「そっか……一緒に来る?」
「?」
「私のところにおいで」
「……行く。興味があるから」
「興味?」とさくらは聞いたが、少年は何も言わず離した彼女の手ををまた握っていた。その頃、理夏は捕まえた人の尋問を少し離れた場所でしていた。理夏に斬り刻まれ仲間達が殺されていくのを見ているだけしか出来なかった者は、彼女の怖い顔を見ただけで言葉を失うほどの震えに襲われていた。「早く話せ」と理夏は威圧を繰り返し、無理やり吐き出させたものの、それはあまりにも酷すぎるものだった。
子供達を誘拐した理由は『厄災』に関するものだった。『厄災』の赤子達が宿していた少量の穢れを利用し、その力を使って実験を行おうとする計画。その穢れの一つにかつて〈人喰い鬼〉を作り出してしまったものが含まれていた。理夏はそれを聞いて忘れていた記憶の一部を取り戻した。その『厄災』の赤子についてさくら以外の誰かから聞いたことがある記憶を。
数年後、少年は青年となり、黒蛇と名乗るようになっていた。その名前はさくらがつけたものではなく、目を覚ました時に聞こえていた謎の声から与えられたものだと彼は言っていた。さくらはずっと黒蛇と同じ種族の記述がないかと調べ続けていたが、似たものは見つかっても完全に一致するものは見つからなかった。しかし『厄災』のこともやらなければならなかったため、さくらはずっと家の中で書物と魔法の実験を繰り返していた。黒蛇はさくらから言葉を習いつつ、外で理夏が刀を振っているのを見ていた。シラとは起きている間に話をしたが、眠っている時間の方が長くてあまりタイミングを掴めずにいた。
街に出る用事が出来てさくらは黒蛇と一緒に行った。しかしさくらは最近の疲れがたまって、座ったベンチのところで静かにしている間に眠ってしまった。彼女が気づくと頭が黒蛇の肩に乗っていた。
「あっ」
「……大丈夫か?」
「うん」
「帰ったら寝た方がいい。何かしているのは知っているが、無理をするのは良くない」
「そうだけど」
「……荷物は俺が持つし、メモはもらったからこの後の買い物は俺だけでも構わない」
「それはダメ。私がいないと驚いちゃう子がいるから」
「そうか。じゃあ早く済ませないとな」
そう言って黒蛇は立ち上がりさくらの手を取った。突然握られてちょっと驚いたが、さくらの様子も気にせずに黒蛇は急がないとと思って歩いていた。けれど店に着くたびにさくらと魔女達が永遠と話し込み、楽しそうにするのを黒蛇は止められなかった。さくらが黒蛇に関して紹介している時もあったが、その瞬間だけいつも魔女達の反応が恐怖を見ているような感じになった。得体の知れないものを見ているに近いのかもしれない。それでもさくらは黒蛇のことを否定することなく、シラや理夏と同じくらいに接してくれた。
「はい」
「これは?」
「おまけのケーキ。ちゃんと五人分あるから安心してね」
「えっと……どうして?」
「頭回ってないでしょ……話をしててすぐにわかったから。ちゃんと甘いものも取らないと」
「……ごめ」
「謝らないで。いつもお世話になっているし、そのお返し……みたいなものだから」
「……ありがとう」
「ほら、彼も待っている」
「うん。またね」
最後のお店にいた魔女は会話をしながらさくらの容体に気づいて、大量に作りすぎてしまったケーキの一部を箱に詰めて渡した。新鮮な果物と良質な素材を使って作ったケーキは魔女以外の種族からも喜ばれていた。さくらはその魔女が作るケーキが好きだった。お茶会をする時には毎回作って持ってきていたが、最近『厄災』関連で集まれず、食べることが出来なくなっていた。
さくらは嬉しそうにそのケーキの箱を持っていた。中身を知らない黒蛇はそれを受取ろうとしたが、さくらが「大切なものだから」と言って黒蛇は何も言わなかった。家に着くと玄関に理夏が立っていた。
「おかえり」
「ただいま」
「荷物運ぶの手伝うよ。黒蛇、そこにおいて」
「はいはい」
「シラはまだ眠っている?」
「いや、さっき起きたみたい」
「じゃあ、一緒に食べられるね」
「?」
「ケーキもらっていたの」
「……じゃあ、お茶入れるからやっぱり手伝えない」
「いいよ。俺一人で十分だから」
「それなら私が」
「さくらは休んでいて……少しでも」
うん、とさくらは頷いて理夏にケーキが入った箱を渡して、いつもシラが使っているソファに座って、少しうとうとしながら待っていた。荷物を運び終えた黒蛇が横に座ってさくらの体が倒れてくるのを支えていた。
「理夏」
「なに? まだお茶入れてないけど」
「もうダメだ」
「え? あー限界ってこと?」
「完全に寝ている」
「そう。ならベッドに寝かせてくれない? あたしは……シラの様子を見てくるから」
キッチンでは理夏がケーキやお茶で使おうとしていた食器を片付けて直していたが、その近くでシラがいた。さくらのお迎えをしようと起きたシラだったが、少し起きるだけで治癒の力が分散されて疲れていた。黒蛇は理夏に言われても言われなくてもさくらを部屋まで運ぶことは決めていて、お姫様抱っこしながら廊下を歩き、影から一本の手を出して扉を開けた。さくらの部屋は書物が多く、机の近くの床には乗り切れなかった紙が落ちて重なり合っていた。さくらをベッドに寝かせると黒蛇は寝顔を見ながら考えていた。
自分が何者なのかすでに分かっていた。それはあの日“はじまり”の厄災から生まれた新たな『厄災』の十人の赤子達、その赤子の一人であると自覚していた。赤子達が殺されるたびに『厄災』の力は蓄積され、少しずつ残された者達を苦しめていた。すでに五人が殺され、黒蛇に宿った『厄災』の力は不十分でありながら自分が得体の知れないものに変わっていくのがわかった。それに魔女達も気づいて恐怖を見ている感じになっているのかもしれない。さくらが残された『厄災』の印を持つ子を見つけて保護するという話をした時、黒蛇はこれ以上自分が変わってしまうことを恐れてすぐに賛成した。けれどきっとうまくはいかず、いつか黒蛇だけが残された時、彼はさくらのもとから離れて自害しようと考えていた。
眠るさくらの手を握って離し、立ち上がって部屋を出て扉を閉めた。そして静かな廊下で黒蛇は小さく呟いた。
「たとえ、それが望まないものであったとしても……さくらを守るためなら」
桜詩凛の読みは「さくらしりん」で、由来は二つ。一つは元から使っていた桜子凛花が長いと思ったため、短くするために「桜」と「凛」を取り、その間に当時から書いていた「詩」をいれたもの。もう一つは『複雑な生き方をする少女』に登場する「さくら、黒蛇、シラ、理夏(りか)、ラナン」の頭文字を取ったものとなってい…
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