遺物に侵食された世界(7/10)
公開 2024/02/24 13:58
最終更新 2024/02/24 14:14
(空白)
 壊れかけの扉はすでに開かれた状態で、人ひとりが通れるくらい開かれていた。扉に触れることなく、風花は雨夜とともに研究所へ足を踏み入れ、蒼徨も習ってついて行った。蒼徨はいきなり腕を掴まれて驚いたが、暗い道が続くということで風花が何も言わずに掴んでいた。やっと明かりが見えたと思った場所も、電球が宙ぶらりんになって今にも切れてしまいそうな点滅を繰り返していた。それと同時に何かの金属音が響き、歩くたびに近づいていた。
「止まって」
 静かな風花の声に蒼徨は止まる。開けた場所に着いたようだが、そこには檻に入れられた化け物達が大量にいた。彼はそれが元人間であると知っているが故に、恐怖よりも悲しみの方が表に出ていた。
 彼女が足を進めると化け物達はその音に気づき、檻から出ようと暴れ出した。檻は長年の時で錆びているが、どれだけ暴れようとも壊れる気配はなかった。
「蒼徨さん、早くこっちに来て」
 化け物から離れる彼女が進む先は綺麗な白い床であった。さっきまで進んでいた道はどうやら洞窟をくりぬいて作られた場所で、ここは雨夜の言う地下だったようだ。念のために能力を使用して時を止めた。すべての時が止まった空間でちゃんとメモを取りながら、化け物を見ていたがふとその場所を知っているような気がした。頭の隅に追いやられていた幼い頃の記憶。そしてそれが思い出せる彼の最初の記憶だった。
 しかしひたっているわけにもいかず、はっとして彼女の近くに行くとその時は動き出した。いきなり現れて彼女は少し驚いていたが、安全策として取った方法ならいい判断だと言ってくれた。
 白い廊下を歩きながら周りを見ていたが、ほとんど爆破によってボロボロになっていて、ガラスの破片が飛び散り、それを踏みながら歩いていた。
「何回も忍び込んでいるってことは風花さんはこの研究所のことを調べているんですか?」
「……」
「風花さん?」
「……探し物しているだけ」
「探し物?」
「蒼徨さんが資料を探すように、私もとあるものを探している。でも見つからないからもうないのかもしれない」
「何を探しているんですか?」
「それは言えない」
「……わかりました」
「もう少しで資料室のはずだよ。爆破されているから残っているか知らないけど」
「残っていなくてもそれがわかるだけで」
「そう」
 燃え広がったと思われる壁は黒く染まっており、所々炭臭くなっていた。しかし電灯は少しずつ大きくなり、廊下を進むたびに吊し上げの電球は蛍光灯に変わっていたが、相変わらず点滅は酷かった。そうしていくうちに風花は止まり、蒼徨は辺りを見ていて気づかずにぶつかった。
「ごめん」
「……大丈夫。ここが資料室だよ」
 風花は指をさしていた、そこに吊るされている看板は燃えて黒くなっていたが、かろうじて文字が読める程度には残っていた。中に入るが、資料が収まっていたと思われる棚のほとんどは倒れているか壊れているかで使えず、残っていたとしても空っぽだった。そんなに散乱している状態にもかかわらず、一つの小さい棚が異様に綺麗なままで残されていた。しかしその棚はガラス戸がついていて、鍵がかかっているようで開かなかった。
「……やっと見つけたと思ったのに」
「ガラスなんだから壊して、資料だけ取り出したらいいじゃない」
「それはそうですが……でも何故これだけ綺麗なのか分からなくて」
「……私以外に忍び込んでいる人がいるとか? それか調査隊の監視下だから誰かいるとか?」
「後者だった場合、僕ってやばいんじゃ」
「それは……」
「君達が心配する必要はない」
 知らない声が聞こえて雨夜はその方へ手を伸ばした。しかしその手は謎の力で弾かれてひっこめた。そしてその気配が丸十や甜瓜に似たものだとすぐに理解した。暗くなっていた資料室の奥から足音が近づいてきて、明るく照らされた蛍光灯に当たるとその姿を現した。声の主は白衣を着ていたが、その裾は燃えた跡が残って黒くなっていた。
「やっと会えた……『影の守護者』」
「あなたは誰?」
「そうか……そうだよな。私は君に会えなかったのだから」
「何を言っているの?」
「私の名前は虧月(きげつ)。一度は遺物に魅入られて人を道具として実験に使い、化け物へと変えてしまった者。けれど今は解放されて、死神との契約により『死者の瞳』を持っている」
「死神……それと『死者の瞳』?」
「そう……君が悪魔とともにいるように私は死神とともにいる」
「……」
「虧月と言ったか?」
「ああ、君なら知っているか……理」
「今は雨夜だ」
「そうか、名前を変えたのか」
「彼女に何かする気か? それならその力ごと殺すが」
「私は何もしないよ。ただ見届けるためにここにいる。この『死者の瞳』はその人の寿命と死の日を見ることができる。だから雨夜、君が守ろうとした彼女は数時間前、死ぬはずだった。だが彼によって運命は変わったようだ」
 虧月は雨夜と会話しながら蒼徨の方を見た。蒼徨は見られて不思議そうにしていたが、虧月は数回頷いた後、視線はまた雨夜の方に向いていた。
「運命が変わったってどういうことだ」
「『浄化の光』……あの司祭の少女に出会ったのだろう」
「そうだが、何故知っている」
「見ていたから」
「は?」
「本当は司祭の少女に出会う前に接触したかったのだが、彼女の方が早く着いてしまった。対立し戦いが始まることは分かっていた。そして光の槍が彼女に突き刺さり死ぬのが見えてしまった」
「それを回避したのか? あいつのおかげで」
「どうやったかは分からないが、彼女の死はなくなり、寿命が延びた」
「お前には教えねぇ―よ。そもそも俺は人間が嫌いだから」
「ならば彼女はともかく、彼はどうして」
「あいつは……唯一殺せなかったから」
「そうだったんですね……ならば彼にこの資料を渡しても良さそうだ」
 虧月はポケットから鍵を取り出し、棚のガラス戸の鍵穴に通した。カチャと音がして、ガラス戸は何事もなく開いて、飾られていた資料を取り蒼徨に渡した。
「君ならばすべてを理解することができる」
「……虧月さんはこの研究室の人だったんですか? もしそうなら僕のことを知りませんか?」
「はて? それはわからないね」
「そうですか……」
「蒼徨さん……何を聞いているの?」
「風花さん、さっきあの洞窟みたいなところを通ってきたじゃないですか。何故か分からないけど見覚えがあって……幼い頃、僕が救助された場所じゃないかって思って」
「え……?」
「気のせいかもしれないけど、何か知っていたらと思って」
「似ていたの?」
「はい」
「……」
「どうせ気のせいだろ」
「そうなのかな」
「虧月」
「何かね」
「いや……平凡な研究者でも選ばれるのかと思ってさ」
「雨夜、君も何かを願ったのだろう」
「じゃあ、お前も」
「まぁ……話せば長くなる。魅入られていた者達が解放された行先はただの地獄だったからね」
「解放されたのはいつだ」
「君達がよく知るあの爆破事故の後だよ」
 それを聞いて風花と雨夜は驚いていたが、その話を知っている蒼徨は驚かないように我慢していたが少し反応していた。
「魅入られた者達とそうでない者達の争いにより、この研究所はこんな状態になった。どうしたかね、雨夜」
「別の気配が近づいている」
「そうか……招いていない客だね」
「もしかして見つかった?!」
「まだ大丈夫だよ……私についてきなさい」
 虧月は三人に背を向けて暗くなった奥の方に歩みを進めた。風花は完全に足が止まっていたが、蒼徨は何か知れるかもしれないと思い、資料を持ったまま彼女を追いて歩き始めた。雨夜は風花の手を取り、「ここにいては危険だ」と言ってひとまずついて行くことにした。

 辿り着いた場所は資料室から少し遠くにある談話室だった。しかし机や椅子はガラクタに覆われて、本棚は倒れたまま放置されていた。なんとか取り出せた椅子も壊れかけのものばかりで座れそうになかったが、机を椅子代わりにして座れそうだったのでそこに腰かけた。
「資料はもらったから帰ってもよかったんじゃないの?」
「それはそうだったけど……研究所のことを知れるのであればもっといいと思って」
「……こんな危険なことになっているのに」
「虧月さんは大丈夫だって」
「その人を信じるの?」
「風花さんはまだ」
「私は怖い」
「……怖いのならばそれでもいい。そもそも研究者である以上、あんなことがあれば嫌うのも無理はない」
 虧月はそう言いつつ、ガラクタが散乱しているにもかかわらず、コーヒーメーカーだけはちゃんと固定されていて使えるようになっていた。それを動かして四人分のコーヒーを入れて持ってきて、別の机に置いていた。
「飲まなくてもいいよ……これはただの私の趣味だ」
「いや、飲みます」
「蒼徨さん……」
「それなら俺が飲む。それから飲め……熱いが毒はない。風花の分も俺が飲もうか?」
「ううん、でも熱いのは飲めないから少し冷ましてから飲むね」
「そうかい……お話してもいいかな」
「まだ気配が残っているから無理に動けば見つかるかもしれない」
「それって近いの?」
「いや、遠いが……相手がどんな能力を使用してくるまでは分からないからな」
「そっか」
「僕じゃダメなのか」
「相手に感知能力があればすぐにばれるでしょうな。君がどんな能力を持っているか分かりませんが」
「……おとなしくしときます」
「『影の守護者』もいいかね」
「はい」
「俺は少し見張っているよ」
 雨夜はそう言って影が伸びる範囲で集中して気配を追っていた。虧月はそれを少し見た後、風花と蒼徨の方を向き、『死者の瞳』と研究所で起きたことを話し始めた。


 大きな橋の上で起きた車の爆破事故。研究者の二人と子供が乗っていた車を襲ったのは遺物に魅入られた者達だった。研究所から盗まれた遺物に引き寄せられて車の走行を妨害し、ガードレールに衝突させた後も叩き続けていた。しかし三人まとめて死ぬと思われていたが、子供は悪魔の手を取り『影の守護者』として目覚めた。
 それから研究所では異変が起きていた。研究者の一部が遺物に魅入られている状態が解放され、今まで行っていた非道な現実を受け入れられなくなっていた。その中の一人である私も目の前にあった化け物達を視認することができなくなった。かつての資料に記されていた人間達の名前の紙を何枚めくり混乱していた。少しずつ解放される者達が増え、遺物による研究を放棄し始めると同時に、未だに魅入られている者達との対立が激しくなっていた。
 そんな争いの中、実験室の一室が崩壊した。地下に閉じ込めていたはずの化け物が地上のその実験室に突如として現れて、遺物も人間も何もかも破壊していた。緊急事態として置いてあった銃が効かず、研究者達はあたふたしていたが、罪の意識に追い込まれて自ら薬品を投与した研究者の一人が睡眠能力で眠らせていた。だがその研究者も数日後、失敗作として魅入られた者達によって殺害された。
 魅入られた者達の最終的な目標は遺物の中に存在する贈り物を使用して、手に入れることができる能力を取得する人間を作り出すことだった。保管されていた悪魔の贈り物は理久の死亡後、行方不明となっていたが、『影の守護者』として目覚めた際に使用されたのだと後に判明した。意図的に使用しても能力が発現しないことがわかり、その情報は魅入られた者達の中でも上層部の人間しか知らなかった。
 私は実験することを反対し、その勢力の中で資料を集めて多くの人に罪の告白として公表するためにまとめていた。その間で多くの研究者が争いに巻き込まれて死亡した。魅入られた者達は少しずつ減っているものの、能力者として目覚めてしまった者達はその状態から解放されることはなく、遺物の言いなりであった。
『虧月』
『はい』
『資料はどこまで集まっている』
『……あと少し』
『そうか。だがここはもう持たないかもしれない』
『それはどういうことですか?』
『地下に眠る化け物達が一斉に起きたらしい。ただ地上への入り口はこの前の騒動がきっかけで厳重に閉ざされている。化け物達の知能は人間より劣ると言われている。しかし遺物の成分を含んでいるからもしもその状態で能力を行使した場合、何が起きるか分かるか?』
『厳重に閉じていたとしても開けられる可能性がある』
『そうだ……だから虧月よ……お前は逃げるのだ』
 私に話しかける研究者の背後には化け物がいて、一瞬にして切り裂いた。紙は血塗れの赤に染まり、とっさに暗い場所に隠れた。化け物となった人間は何かを失い、代わりに人間より良くなる部分があると言われていた。その化け物は目が悪く、耳が発達していた。化け物の重々しい足音が遠ざかっていき、私は恐る恐る立ち上がった。さっきまで会話の多い空間が見るも無残な姿となり、形無くして肉塊へと変貌していた。
 遠いものの悲鳴は聞こえていた。解放された者も魅入られた者も関係なく、化け物に襲われていた。私は資料室を飛び出し、研究室から逃げ出そうとした。しかしどこもかしこも化け物が暴れたせいで外に出る扉が開かなくなっていた。

 化け物達が扉をこじ開けて外の光を見た時、その光は一瞬にして暗闇へと変えられた。実験室の一室が爆発して、その揺れを私は感じていた。このままでは完全に崩壊し、時間の猶予もないと理解した。その爆発をきっかけに連続して音は大きくなり、ガラス片で肌を切り、止まれば血だまりが出来るほどに傷ついていた。
 化け物からの逃走に成功したとしてもこの傷では死んでしまう可能性の方が高い。そう考えた私は隠れつつ、屋上へ向かった。その道中、一つの見慣れない姿に出会った。私がじっと見ているのをそれは気づいたようで何かを手にしていた。それは保管されているはずの贈り物だった。
『……』
『……生き残りか』
『あ……』
『死にかけか』
『……』
『声が出せないか』
 それは私に近づいていた。動くこともままならなくなっていた私はどうすることも出来ずに立ち竦んでいた。すると切り傷は治療されて体力も回復した。
『これは』
『本来、その治療は持たないが、目的を果たすためならば致し方ない』
『目的? それよりもあなたは一体』
『死神……この鎌は見えなかったのか』
『!?』
『お前はこの世界で何を見たい』
『……見たいものなどない。私は罪を犯し、人間を化け物に変えてしまう実験に加担していたんだ。その自覚もなく遺物に魅入られていたとはいえ、償うために死んで……』
『それは求めている答えではない。何を見たいかと聞いている』
『だから私は』
『本心を否定するか?』
『否定?』
『確かに罪の重さは計り切れない。この瞳であらゆるものを見てきたが……能力というものに執着する者が多い中、お前は違った』
『……?』
『罪を償うために死ぬことがいいとは限らない。それに魂を回収するにはまだ長い』
『ならば私はどうすれば』
『本心を告げよ……話してみて分かったことがある。お前は会わなければならない人間がいるな』
 その問いに私は黙っていた。答えは分かっていたが、それを言葉にすることができなかった。二人の研究者は遺物の危険性を伝えていたのに魅入られていたせいで誰も聞く耳を持たず、事故という名の殺人に巻き込まれて死亡した。そしてその子供と理久は事故に巻き込まれながらも贈り物に選ばれて『影の守護者』となった。
『会わなければ……すべてを伝えるために』
『お前はそれでいい』
 私の前から死神の姿が消えて、代わりに化け物が現れた。しかし襲う気配もなくそれどころか化け物の方が怯えていた。割られていたガラスの一部に顔を映した時、私の瞳は『死者の瞳』と呼ばれる能力へと変わっていた。

 研究所は化け物達の暴れ具合もあったが、爆発には別の要因を関わっていた。それは能力者の乱入であり、その人物は未だ不明。そのせいもあり、研究所は崩壊寸前まで追いやられていた。建物が未だに残っているのは調査隊による修復によるものだった。


「爆発……そういえばそんな能力者の方がいました」
「え?」
「最終試験の時、監視人として危険区域周辺にいたらしいのですが……風花さんは知りませんか?」
「……知っている」
「それは誰なんですか!」
「知っているけど……名前は知らない。一回会ったことがあって、『何をしているのか?』と聞いたことあるけど、私が何者であるか理解している上で戦い申し込まれたことある。その人、爆弾を使う能力者なのかなって感じ」
「……何故研究所のことを知っていたんでしょうか?」
「わからない。でも元々この街に住んでいたんじゃないかな。危険区域と呼ばれる前は普通の街だったわけだし……」
「それなら子供達の方が詳しい……あっ、でも年齢的に知らない可能性が……」
「それよりも気配がわからない」
「気配なら遠のいた……逃げるなら今のうちがいい」
「私もそうした方がいいと思う。本当はもう少し話しておきたかったのだけども」
「虧月……まだ研究所に残るつもりか」
「いや、長くはいないよ。見つかるわけにはいかないからね」
「それは誰にだ?」
「君達以外の人間……かな。私は一つ忘れていることがあるから、それを思い出すためにここにいる。しかしその記憶はすでに消されてしまったものの可能性が高く、最初からなかったものとして処理されているかもしれない」
「何を言っている?」
「私もよくわからない。だが研究者の名簿の中に一つだけ空白になっている箇所が見つかった。ただの書き忘れにしては不自然に空いていた」
「……調べるにしても気をつけろよ」
「優しい心は変わっていないようだ」
「は? そんなわけないだろ」
「そういうことにしておこう。風花さん……これを、あなたに渡したくて」
 蒼徨が持ってきた資料の頁をめくり、虧月はその一つのファイルから一枚の写真を取り出して風花に渡した。それは幼い頃の風花とその両親と理久で撮られた写真だった。
「……なんでこれが」
「君の両親はずっとこれを持っていたようだ。二枚のうち一枚は燃え尽きてしまったが、もう一枚であるそれは資料の隙間に隠してあった」
「もしかして探し物って」
「うん……」
「まさか、そうか……希望を捨てなくてよかった」
 風花は写真を見て泣いていたが、雨夜が背中をさすってくれていることに気づき、現実に引き戻されると少し恥ずかしそうにしていた。蒼徨は子供達のために涙を流さず、恐怖心を切り捨ててまで守ろうとしている彼女の本当の心が少しだけ見えた気がした。
「さぁ、行きなさい」
「……はい。僕が彼女を守ります」
 彼女は少し驚いていたが、感情の揺らぎで能力を使用するもんなら集中力が削がれてしまうだろうということで、蒼徨が彼女の腕を掴み、雨夜は彼女の影に仕舞われることで、同時に時を止める能力の効果を受けるようにした。懐中時計は正常に動き出し、サンストーンは光っていた。廊下に散らばったガラスの破片を踏みつけて、綺麗な床は汚い地面へと変わり扉は開いたままだった。
 研究所からなんとか出たが、蒼徨は能力の使用を止めることはなかった。何故ならそこには能力調査隊のバッチをつけた人間がたくさんいたからだった。
「あっ」
「……殺さなきゃ」
「待って……今離れたら風花さんの時間が止まってしまう」
「でも子供達が危ないから」
「それはそうですけど……」
「だから蒼徨さんだけ逃げて。その資料が目的だったのならもう完遂しているし」
「……だけど風花さんに傷ついてほしくない」
「ならこの状態で殺せるか?」
「お兄さん!?」
「なんか長いと思ったらこんな状態になっていたのか」
「やっぱり殺すんですか?」
「蒼徨の知っているやつがいるならそいつは除外してやるけど」
「……い……ません、たぶん」
「一人だけいる」
「え?」
「さっき言った爆弾の人」
「じゃあ、そいつだけか」
 雨夜はそう言い、影は一人を除く能力調査隊の体に取り憑いて包み込んだ。蒼徨は「本当に良かったのかな?」と心配になりながらも能力の負担にならないように静かにしていた。完全に包み終わるとその体は溶け出して影にのまれていった。影が彼女の元に戻り、雨夜がその中に消えようとした時、蒼徨の持つサンストーンが砕け散り、時を止める能力の使用が解除された。
 いきなり蒼徨と風花が現れたり、たくさんいた仲間が突然いなくなったりしているのに、その人は驚きすらなく二人を見ていた。
「どこに行っていた、蒼徨」
「……」
「逃げ出そうと考えるな」
「あなたはあの時の人」
「……『影の守護者』か……今日は争う気はない」
「ならばどうして他の人がいた」
「研究所に変な人がうろついていたからそれを駆除するために駆り出されていた。調査が終わればすぐにでも立ち去る気だった」
「私はあなたを許したわけではない。私が許したのは」
「蒼徨だけか」
「……」
「彼はまだ未熟故に罪を犯した。その資料をこっちに渡してくれるか」
「それを断ればどうなるんですか?」
「……奪い取るだけだが」
 何もない空間から爆弾は生み出され、その人の手の中にあった。投げられたそれはまだ小さかったが爆風が激しく、煙で視界が見えなくなってその人が蒼徨の腕を掴むことなど早いことだった。しかし資料に触れようとした時、煙ははらわれて影はその人を投げ飛ばした。
「争いはしないと言ったはず」
「……それは」
「確かに私とはしないと言った。でも蒼徨さんを狙うなら」
 その影は雨夜の意思ではなく、風花の感情による強制的な影の行使だった。彼女の目は赤く染まり、影はその人をすぐに捕まえていた。しかしどれだけ影で包み込もうとも飲み込もうとはしなかった。雨夜は大量の人を殺し続けていたが、彼女自身だけでは人を殺したことはなかった。
「ここから消えて……そうすれば何もしない」
「……わかったから離してくれ」
「影は見ている。その考えもすべて」
「……」
 その人を捕まえていた影は離されて、何もせずに爆弾を投げていなくなってしまった。逃げ足が異常に早いことに変な感じがしたが、風花の目がまだ赤いことに蒼徨は少し怖がっていた。影は未だ暴走状態にあったが、風花の体がふらついて目が閉じられると影はおとなしくなった。蒼徨は彼女の体を支えて、資料は地面に落ちていた。
趣味で小説や詩を書いている者です。また読書や音楽、写真など多くの趣味を抱えています。
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