【日常】東日本大震災から13年
公開 2024/03/11 23:08
最終更新
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今日で東日本大震災から13年だが、あの日のことは今でもよく覚えている。
仕事で行っていた渋谷のクライアント先から一人で歩いて帰社したこと、夜中に運転再開した地下鉄に乗って行けるところまで行き、そこから歩いて帰ったこと、途中立ち寄ったコンビニの棚がスカスカで食べ物がほとんど残っていなかったことなど、13年経っても鮮明に思い出せる。
実は、震災当日、東北の太平洋側から函館までの鉄道乗りつぶしのため、休みを取ってひとり旅に出る予定だったのだが、急遽その1週間前に休めることになり、予定を前倒しにして乗りテツ旅に出ていた。
もし当初の予定通りに旅行していたら、多分津波に飲まれていたかもしれないし、運良く生きていても、誰も知り合いのいない土地でひとり路頭に迷っていたと思う。
特に友人や家族などに旅行のことは言っていなかったので、最悪の場合、謎の行方不明になっていたかもしれないと思うと、休みが前倒しになったのはご先祖さまが守ってくれたに違いないと今でも思っている。



当時撮った写真。大湊まで行って銘菓「くちよせ」を買ったあと、青森に出て、函館へ。
仕事で行っていた渋谷のクライアント先から一人で歩いて帰社したこと、夜中に運転再開した地下鉄に乗って行けるところまで行き、そこから歩いて帰ったこと、途中立ち寄ったコンビニの棚がスカスカで食べ物がほとんど残っていなかったことなど、13年経っても鮮明に思い出せる。
実は、震災当日、東北の太平洋側から函館までの鉄道乗りつぶしのため、休みを取ってひとり旅に出る予定だったのだが、急遽その1週間前に休めることになり、予定を前倒しにして乗りテツ旅に出ていた。
もし当初の予定通りに旅行していたら、多分津波に飲まれていたかもしれないし、運良く生きていても、誰も知り合いのいない土地でひとり路頭に迷っていたと思う。
特に友人や家族などに旅行のことは言っていなかったので、最悪の場合、謎の行方不明になっていたかもしれないと思うと、休みが前倒しになったのはご先祖さまが守ってくれたに違いないと今でも思っている。



当時撮った写真。大湊まで行って銘菓「くちよせ」を買ったあと、青森に出て、函館へ。
