誰にも言えない自分の現状
公開 2026/05/30 17:48
最終更新
2026/05/30 21:54
昨日、Hさんとやりとりしてた。
Hさんは、結構最近サポになった人。
初めは、他にチームの話をする人も
他にはあんまりいないし
遠いけどまめさんに色々教えてもらえて
助かる!と喜んでもらえたりして、
遠方な自分でも役に立ててるなら
良かったなと思ってた。
でも、Hさんはチームのホームタウンの人。
試合や練習に行くようになれば
そこで仲良くなる人たちも出てくる。
チームに興味を持ってくれて
サポになってくれて
そんなふうに試合や練習に行っても
楽しく過ごしてくれてるなら、
それは自分にとっても嬉しいこと。
ただ、そんなふうに世界が広がるにつれて
自分は正直不必要な存在に
なっていったのかもしれないと
思う瞬間が、度々あるようになった。
はっきり言われたわけではない、
だけど“今の人間関係を構築してからは
別にまめとは仲良くする必要がない、
暇な時にでも話してればいいや”
というふうに思われてるのはもう分かる。
みんながみんな、とは言わない。
それでも、他県や他地域の人というのは
時としてすごく疎外感を感じる出来事が
あるものな気がしてしまう。
同じ趣味の輪の中の人間関係で
モメることは避けたいと思う。
だから、Hさんに限らず
自分は心の中で悲しいなと思っても
その感情を表すことはないけど、
やっぱりホームタウンに住んで
毎回のようにホームゲームで会って
練習場でも会って…という人間関係が
その知り合いにできた時点で
遠くに住む人というのは
言葉は悪いけどだんだんどうでもいい
存在になっていくこともあるのかなと
このチームのサポさんたちと接する時は
心の奥にはいつもそういう気持ちを
持って関わるようにしてる。
自分は、ホームタウンに住む
サポさんたちにとって“得”になる
存在にはきっとなりえない。
ガチャもランダムグッズも
お互いに欲しい物を得るために
協力したりもできないし、
スタジアムで“ぼっち”にならないために
一緒にいることもできない。
何の得にもならない人に
時間や心を使いたくないと思うのは
きっと、今の人間関係では普通のこと。
そう言い聞かせて、
自分もこのチームのサポさんとは
できるだけサッカーとチームの話以外は
しないように心がけて過ごしてる。
試合日の今日は
用事があって試合時間に
リアルタイムでDAZNも見れなかったけど、
家族に今日言われたことを
心の中で繋ぎ合わせてたら
ますますサッカーに関する自由を
なくされていくという現実を感じた。
複雑な家に生まれてるから
今でもずっと、きっと本来なら
許されるであろう自由もない。
そんな環境で生きてきたのに、
遠くの地域のチームを応援しようと決めた
かつての自分は、無茶な選択を
してしまったのかもしれないな。
何とも子どもらしい、
大人にはすることができなかったかも
しれない思いきった選択。
その選択のおかげで
学んだことも感じたこともあったし
出会えた人たちもいたし
自分はこういう人間という
アイデンティティも確立できたけど、
自分が置かれた環境では
いったいいつ、ホームゲームに
行かせてもらえるのか?
アウェイすら行けるか怪しいし。
どんなに家族や親戚、周りのために生きても
結局は「まめが我慢すれば済むこと」
「まめにとってサッカーは大切なものでも
世の中の全員にとってそうではないから
別にサッカーなんてなくても
応援に行かなくても生きていけるでしょ」
という方向に当然のように話を持っていかれる。
百年構想リーグのプレーオフが終わったら
サッカー関係の知り合いに
自分から連絡するのはやめようかなと思ってる。
普段からそんなに自分からは
連絡してないけど…、
これだけサッカーと関わったり
サッカーを好きでいることに
嫌がらせかと思うくらい邪魔される家庭環境で、
まずは心を守ることを優先しようと思う。
楽しそうにサッカーの話をすることが
今の自分にはとてもしんどいし、
孤独に潰されそうになってしまってる。
あまりにも自由のない生活の中で
サッカーに限らず、趣味を持つことは
無理があることなのかもしれないな。
個人的な意見としては
自分にとってはサッカー、
他の人にとっては違うかもしれないけど
何か大好きなものや生きがい、
誇れるものが人生の中にあることは
とても素晴らしいと思うけど、
それを家族も同じように
考えてくれるかというのは
また別の話な気がしてる。
Hさんは、結構最近サポになった人。
初めは、他にチームの話をする人も
他にはあんまりいないし
遠いけどまめさんに色々教えてもらえて
助かる!と喜んでもらえたりして、
遠方な自分でも役に立ててるなら
良かったなと思ってた。
でも、Hさんはチームのホームタウンの人。
試合や練習に行くようになれば
そこで仲良くなる人たちも出てくる。
チームに興味を持ってくれて
サポになってくれて
そんなふうに試合や練習に行っても
楽しく過ごしてくれてるなら、
それは自分にとっても嬉しいこと。
ただ、そんなふうに世界が広がるにつれて
自分は正直不必要な存在に
なっていったのかもしれないと
思う瞬間が、度々あるようになった。
はっきり言われたわけではない、
だけど“今の人間関係を構築してからは
別にまめとは仲良くする必要がない、
暇な時にでも話してればいいや”
というふうに思われてるのはもう分かる。
みんながみんな、とは言わない。
それでも、他県や他地域の人というのは
時としてすごく疎外感を感じる出来事が
あるものな気がしてしまう。
同じ趣味の輪の中の人間関係で
モメることは避けたいと思う。
だから、Hさんに限らず
自分は心の中で悲しいなと思っても
その感情を表すことはないけど、
やっぱりホームタウンに住んで
毎回のようにホームゲームで会って
練習場でも会って…という人間関係が
その知り合いにできた時点で
遠くに住む人というのは
言葉は悪いけどだんだんどうでもいい
存在になっていくこともあるのかなと
このチームのサポさんたちと接する時は
心の奥にはいつもそういう気持ちを
持って関わるようにしてる。
自分は、ホームタウンに住む
サポさんたちにとって“得”になる
存在にはきっとなりえない。
ガチャもランダムグッズも
お互いに欲しい物を得るために
協力したりもできないし、
スタジアムで“ぼっち”にならないために
一緒にいることもできない。
何の得にもならない人に
時間や心を使いたくないと思うのは
きっと、今の人間関係では普通のこと。
そう言い聞かせて、
自分もこのチームのサポさんとは
できるだけサッカーとチームの話以外は
しないように心がけて過ごしてる。
試合日の今日は
用事があって試合時間に
リアルタイムでDAZNも見れなかったけど、
家族に今日言われたことを
心の中で繋ぎ合わせてたら
ますますサッカーに関する自由を
なくされていくという現実を感じた。
複雑な家に生まれてるから
今でもずっと、きっと本来なら
許されるであろう自由もない。
そんな環境で生きてきたのに、
遠くの地域のチームを応援しようと決めた
かつての自分は、無茶な選択を
してしまったのかもしれないな。
何とも子どもらしい、
大人にはすることができなかったかも
しれない思いきった選択。
その選択のおかげで
学んだことも感じたこともあったし
出会えた人たちもいたし
自分はこういう人間という
アイデンティティも確立できたけど、
自分が置かれた環境では
いったいいつ、ホームゲームに
行かせてもらえるのか?
アウェイすら行けるか怪しいし。
どんなに家族や親戚、周りのために生きても
結局は「まめが我慢すれば済むこと」
「まめにとってサッカーは大切なものでも
世の中の全員にとってそうではないから
別にサッカーなんてなくても
応援に行かなくても生きていけるでしょ」
という方向に当然のように話を持っていかれる。
百年構想リーグのプレーオフが終わったら
サッカー関係の知り合いに
自分から連絡するのはやめようかなと思ってる。
普段からそんなに自分からは
連絡してないけど…、
これだけサッカーと関わったり
サッカーを好きでいることに
嫌がらせかと思うくらい邪魔される家庭環境で、
まずは心を守ることを優先しようと思う。
楽しそうにサッカーの話をすることが
今の自分にはとてもしんどいし、
孤独に潰されそうになってしまってる。
あまりにも自由のない生活の中で
サッカーに限らず、趣味を持つことは
無理があることなのかもしれないな。
個人的な意見としては
自分にとってはサッカー、
他の人にとっては違うかもしれないけど
何か大好きなものや生きがい、
誇れるものが人生の中にあることは
とても素晴らしいと思うけど、
それを家族も同じように
考えてくれるかというのは
また別の話な気がしてる。
自分がするのも応援するのも、サッカー大好き⚽
昔から特定のチームのサポーターだけど、ここ数年はたぶん“サポーターではない何か”。
チャラチャラとキャピキャピが苦手💦
プロ入り前からずっと大好きなマイヒーローがいます☺
よろしくお願いします!
昔から特定のチームのサポーターだけど、ここ数年はたぶん“サポーターではない何か”。
チャラチャラとキャピキャピが苦手💦
プロ入り前からずっと大好きなマイヒーローがいます☺
よろしくお願いします!
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